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第6話 【エレナ視点】英雄の背中
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この世界において、魔力は絶対的な階級そのものだ。 生まれ持った魔力量の多寡が、その者の人生を決める。騎士の家に生まれながら魔力が少なかった私は、幼い頃から「出来損ない」の烙印を押され続けてきた。 努力で剣術を磨いても、身体強化魔法を使える凡夫にあっさりと力負けする。 家宝である聖剣に拒絶され、騎士団を追放されたあの日、私の心は完全に折れていた。
死に場所を探して迷宮に入った。 目の前には、伝説の『魔剣グラム』。触れただけで人の命を啜り尽くす、悪意の塊。 あれを使って怪物と刺し違えれば、せめて騎士として死ねると思った。 けれど、いざその時になると、私は震えて動けなかった。死への恐怖と、魔剣が放つ冷気にあてられ、無様に涙を流していた。
そんな私の前に、彼は現れた。 相模登(さがみ のぼる)。 彼は、私が触れることすらできなかった魔剣を、まるで落ちていた枝でも拾うように無造作に掴み取った。 血を吸われ、干からびて死ぬはずの彼が、平然と剣を振るう。 鋼鉄の巨人が紙細工のように切り裂かれる光景を、私は息をするのも忘れて見つめていた。
魔力という理(ことわり)を、彼は嘲笑うかのように踏み越えていく。 その背中は、私が絵物語で憧れたどんな英雄よりも大きく、そして鮮烈だった。
◇
宿屋の一室。窓から差し込む月明かりが、ベッドで眠るサガミ様の顔を照らしている。 私は椅子に座り、彼が「予備のナイフ」として腰に差している魔剣グラムの手入れをしていた。 かつてあれほど恐ろしかった魔剣が、今は不思議と愛おしく感じる。彼が握る剣だからだ。
昼間の出来事を思い出す。 私を嘲笑った元同僚のバルガスたち。彼らは騎士団自慢の魔法の罠で私たちを嵌めようとした。 けれど、サガミ様は魔法など意に介さなかった。 『暗闇の兜』。視力を奪う呪いの装備を、彼は平然と使いこなし、霧の中で正確に敵を追い詰めた。 そして『剛力の籠手』による、圧倒的な暴力。 魔法に頼りきっていたバルガスたちが、物理的な力でねじ伏せられ、無様に逃げ惑う姿。
胸がすくような思いだった。 だが、それ以上に嬉しかったのは、その後のサガミ様の言葉だ。
『道具なんてのは、使える奴が使えばいい。お前にはお前の使い道があるはずだ』
森で言われたその言葉が、私の胸に深く刻まれている。 彼は私の魔力量など気にしなかった。 「魔力が少ないから無価値」だと切り捨てられた私に、「使い道がある」と言ってくれた。 重い荷物を持ち、道案内をし、夜の見張りをする。そんな雑用のようなことでも、彼が任せてくれるなら、それは私にとって至上の任務となる。
サガミ様は、魔力を持たないふりをしている。 ご自身を「ただの人間」だと言う。 だが、そんなはずがない。呪いの装備を全身に纏い、副作用を微塵も感じさせないその姿。それは、魔力という概念を超越した、神域の領域にいる証拠だ。 彼はきっと、人の世の常識に合わせて力を抑えているのだ。 そして、その「抑えた状態」では、彼は無防備な人間に見える。 今だってそうだ。無防備に寝息を立てている。
――私が守らなければ。
強い使命感が、胸の奥から湧き上がる。 彼は呪いを無効化できるが、背後から刺されれば血を流す(と、彼は演技をしているのかもしれないが)。 ならば、その背中を守るのは私の役目だ。 魔力なんていらない。 この身と、剣技と、命のすべてを賭けて、彼の盾となろう。
私は手入れを終えた魔剣を鞘に収め、そっと彼の枕元に置いた。 そして、衝動に駆られるまま、眠る彼の手の甲に、唇を寄せる。 音を立てないように。起こさないように。
「……おやすみなさい、私の主」
騎士の誓いではない。一人の女としての、愛の誓い。 彼が目覚めた時、一番に役立つ道具でありたい。 そう願いながら、私は剣を抱き、朝まで彼の寝顔を見守り続けた。
死に場所を探して迷宮に入った。 目の前には、伝説の『魔剣グラム』。触れただけで人の命を啜り尽くす、悪意の塊。 あれを使って怪物と刺し違えれば、せめて騎士として死ねると思った。 けれど、いざその時になると、私は震えて動けなかった。死への恐怖と、魔剣が放つ冷気にあてられ、無様に涙を流していた。
そんな私の前に、彼は現れた。 相模登(さがみ のぼる)。 彼は、私が触れることすらできなかった魔剣を、まるで落ちていた枝でも拾うように無造作に掴み取った。 血を吸われ、干からびて死ぬはずの彼が、平然と剣を振るう。 鋼鉄の巨人が紙細工のように切り裂かれる光景を、私は息をするのも忘れて見つめていた。
魔力という理(ことわり)を、彼は嘲笑うかのように踏み越えていく。 その背中は、私が絵物語で憧れたどんな英雄よりも大きく、そして鮮烈だった。
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昼間の出来事を思い出す。 私を嘲笑った元同僚のバルガスたち。彼らは騎士団自慢の魔法の罠で私たちを嵌めようとした。 けれど、サガミ様は魔法など意に介さなかった。 『暗闇の兜』。視力を奪う呪いの装備を、彼は平然と使いこなし、霧の中で正確に敵を追い詰めた。 そして『剛力の籠手』による、圧倒的な暴力。 魔法に頼りきっていたバルガスたちが、物理的な力でねじ伏せられ、無様に逃げ惑う姿。
胸がすくような思いだった。 だが、それ以上に嬉しかったのは、その後のサガミ様の言葉だ。
『道具なんてのは、使える奴が使えばいい。お前にはお前の使い道があるはずだ』
森で言われたその言葉が、私の胸に深く刻まれている。 彼は私の魔力量など気にしなかった。 「魔力が少ないから無価値」だと切り捨てられた私に、「使い道がある」と言ってくれた。 重い荷物を持ち、道案内をし、夜の見張りをする。そんな雑用のようなことでも、彼が任せてくれるなら、それは私にとって至上の任務となる。
サガミ様は、魔力を持たないふりをしている。 ご自身を「ただの人間」だと言う。 だが、そんなはずがない。呪いの装備を全身に纏い、副作用を微塵も感じさせないその姿。それは、魔力という概念を超越した、神域の領域にいる証拠だ。 彼はきっと、人の世の常識に合わせて力を抑えているのだ。 そして、その「抑えた状態」では、彼は無防備な人間に見える。 今だってそうだ。無防備に寝息を立てている。
――私が守らなければ。
強い使命感が、胸の奥から湧き上がる。 彼は呪いを無効化できるが、背後から刺されれば血を流す(と、彼は演技をしているのかもしれないが)。 ならば、その背中を守るのは私の役目だ。 魔力なんていらない。 この身と、剣技と、命のすべてを賭けて、彼の盾となろう。
私は手入れを終えた魔剣を鞘に収め、そっと彼の枕元に置いた。 そして、衝動に駆られるまま、眠る彼の手の甲に、唇を寄せる。 音を立てないように。起こさないように。
「……おやすみなさい、私の主」
騎士の誓いではない。一人の女としての、愛の誓い。 彼が目覚めた時、一番に役立つ道具でありたい。 そう願いながら、私は剣を抱き、朝まで彼の寝顔を見守り続けた。
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