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第11話 論理的な説得
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巨大な守護獣をねじ伏せた俺の周りから、エルフたちが遠巻きに様子を窺っている。 畏怖、困惑、そして警戒。 無理もない。彼らの常識では、魔法を弾く怪物を素手で制圧する人間など、バグ以外の何物でもないだろう。
「……そなた、何者だ」
震える声で尋ねてきたのは、豪奢な杖を持った長老だった。 俺は守護獣の首から足を退かし、軽く服の汚れを払った。
「通りすがりだ。それより、こいつが暴れた原因は何だ?」
俺が問い返すと、長老はハッとして、広場の中央にある石碑を指差した。
「あ、あれじゃ……。我らの守り神である『精霊の石碑』が、先日の地震でズレてしまったのじゃ。石碑は地脈の制御弁も兼ねておる。位置がズレたことで魔力の奔流が狂い、守護獣様が錯乱されたのじゃ」
見ると、広場の中心にある高さ三メートルほどの巨大な石の板が、台座から斜めにズレ落ちていた。 なるほど。精密機器の配線がショートしたような状態か。
「直せばいいだろう。なぜ放置した?」
「直そうとしたわ!」
長老が悲痛な声を上げた。
「だが、あの石碑は『吸魔石』でできておる。魔法で浮かせようとしても魔力を吸われてしまうのじゃ。人力で動かそうにも、重さは数十トン……我らエルフの腕力ではビクともせん」
周囲の若いエルフたちも悔しそうに頷いている。
「風魔法で持ち上げようとしたが、霧散した」
「綱をつけて百人で引いたが、動かなかった」
「もはや、新たな生贄を捧げて鎮めるしか……」
彼らは深刻な顔で、「儀式」だの「祈祷」だの、非科学的な解決策を議論し始めている。 俺はため息をついた。 これだから、魔法に依存した文明は脆い。 魔法が使えないなら、別の法則を使えばいいだけのことだ。
俺は瓦礫の山へと歩いた。 家屋が倒壊した際に露出した、太い鉄の支柱を見つける。長さは三メートルほど。建材に使われていたものだろう。 強度確認。錆びてはいるが、芯はしっかりしている。 次に、手頃な大きさの硬い石を拾う。
「おい人間、何をする気だ?」
「危険だ、離れていろ!」
エルフたちが騒ぐ中、俺は石碑の前に立った。 石碑は台座から半分ほどズレて、地面に角を突っ込んでいる。 俺は拾った石を、石碑の根元近く――台座との隙間にセットした。 そして、鉄の棒を石碑の下に差し込み、その石を支点として固定する。
テコの原理。 紀元前からある、単純な物理法則だ。
「……棒で突いてどうするつもりだ?」
「魔法でも動かないものが、そんな鉄屑で動くはずがなかろう」
嘲笑の声が聞こえる。 俺は無視して、鉄の棒の端――力点に手をかけた。 左手には、まだ『剛力の籠手』が装着されている。 テコの倍力効果に、籠手の呪われた怪力を上乗せする。 計算上、動かないはずがない。
「せーの」
俺は体重をかけ、一気に棒を押し下げた。 鉄がきしむ音がする。 次の瞬間。
ズズズズ……ッ。
重厚な地響きと共に、数十トンの巨石が浮き上がった。
「なっ!?」
「浮いた!?」
エルフたちの目が飛び出る。 俺は冷静に棒の角度を調整し、浮いた石碑を台座の方へとスライドさせた。 ガコン、という重い音と共に、石碑は元の台座の窪みに綺麗に収まった。
途端に、地面から吹き出していた不快な風が止んだ。 守護獣の赤い瞳から狂気が消え、穏やかな青色に戻っていく。 正常化完了。
俺は鉄の棒を放り捨て、手をパンパンと叩いた。
「終わりだ」
広場は静まり返っていた。 誰も言葉を発しない。 やがて、長老が震える足で近づいてきた。
「……まさか、今の……『重力操作』の極大魔法か? いや、詠唱もなしに……」
「ただのテコだ」
「テコ? なんじゃそれは。古代語の呪文か?」
説明しても無駄か。 彼らは「不思議なことは魔法で解決する」という思考に囚われすぎている。物理学という基礎を知らない彼らにとって、単純な力学現象は魔法よりも不可解な奇跡に見えるらしい。
「サガミ様……」
背後から、セフィが歩み寄ってきた。 彼女は、元の位置に戻った石碑と、俺の顔を交互に見つめている。 その瞳には、先ほどの恐怖とは違う、熱い光が宿っていた。 里の大人たちが束になっても解決できなかった問題を、俺が鉄の棒一本で解決してしまったことへの衝撃。 そして、それが「魔法」ではない何かによるものだとうっすら感づいているような、賢い目だった。
「これで、文句はないな」
俺が言うと、セフィは深く、深く頷いた。
「……はい。……すごいです、サガミ様」
彼女の声は、まだ掠れていたが、はっきりとした輪郭を持っていた。 周囲のエルフたちも、もはや俺を侵入者として見ることはできなかった。 守護獣を素手で黙らせ、御神体を指先一つ(に見えたらしい)で動かした謎の男。 畏敬の念が、さざ波のように広がっていくのを感じた。
「……そなた、何者だ」
震える声で尋ねてきたのは、豪奢な杖を持った長老だった。 俺は守護獣の首から足を退かし、軽く服の汚れを払った。
「通りすがりだ。それより、こいつが暴れた原因は何だ?」
俺が問い返すと、長老はハッとして、広場の中央にある石碑を指差した。
「あ、あれじゃ……。我らの守り神である『精霊の石碑』が、先日の地震でズレてしまったのじゃ。石碑は地脈の制御弁も兼ねておる。位置がズレたことで魔力の奔流が狂い、守護獣様が錯乱されたのじゃ」
見ると、広場の中心にある高さ三メートルほどの巨大な石の板が、台座から斜めにズレ落ちていた。 なるほど。精密機器の配線がショートしたような状態か。
「直せばいいだろう。なぜ放置した?」
「直そうとしたわ!」
長老が悲痛な声を上げた。
「だが、あの石碑は『吸魔石』でできておる。魔法で浮かせようとしても魔力を吸われてしまうのじゃ。人力で動かそうにも、重さは数十トン……我らエルフの腕力ではビクともせん」
周囲の若いエルフたちも悔しそうに頷いている。
「風魔法で持ち上げようとしたが、霧散した」
「綱をつけて百人で引いたが、動かなかった」
「もはや、新たな生贄を捧げて鎮めるしか……」
彼らは深刻な顔で、「儀式」だの「祈祷」だの、非科学的な解決策を議論し始めている。 俺はため息をついた。 これだから、魔法に依存した文明は脆い。 魔法が使えないなら、別の法則を使えばいいだけのことだ。
俺は瓦礫の山へと歩いた。 家屋が倒壊した際に露出した、太い鉄の支柱を見つける。長さは三メートルほど。建材に使われていたものだろう。 強度確認。錆びてはいるが、芯はしっかりしている。 次に、手頃な大きさの硬い石を拾う。
「おい人間、何をする気だ?」
「危険だ、離れていろ!」
エルフたちが騒ぐ中、俺は石碑の前に立った。 石碑は台座から半分ほどズレて、地面に角を突っ込んでいる。 俺は拾った石を、石碑の根元近く――台座との隙間にセットした。 そして、鉄の棒を石碑の下に差し込み、その石を支点として固定する。
テコの原理。 紀元前からある、単純な物理法則だ。
「……棒で突いてどうするつもりだ?」
「魔法でも動かないものが、そんな鉄屑で動くはずがなかろう」
嘲笑の声が聞こえる。 俺は無視して、鉄の棒の端――力点に手をかけた。 左手には、まだ『剛力の籠手』が装着されている。 テコの倍力効果に、籠手の呪われた怪力を上乗せする。 計算上、動かないはずがない。
「せーの」
俺は体重をかけ、一気に棒を押し下げた。 鉄がきしむ音がする。 次の瞬間。
ズズズズ……ッ。
重厚な地響きと共に、数十トンの巨石が浮き上がった。
「なっ!?」
「浮いた!?」
エルフたちの目が飛び出る。 俺は冷静に棒の角度を調整し、浮いた石碑を台座の方へとスライドさせた。 ガコン、という重い音と共に、石碑は元の台座の窪みに綺麗に収まった。
途端に、地面から吹き出していた不快な風が止んだ。 守護獣の赤い瞳から狂気が消え、穏やかな青色に戻っていく。 正常化完了。
俺は鉄の棒を放り捨て、手をパンパンと叩いた。
「終わりだ」
広場は静まり返っていた。 誰も言葉を発しない。 やがて、長老が震える足で近づいてきた。
「……まさか、今の……『重力操作』の極大魔法か? いや、詠唱もなしに……」
「ただのテコだ」
「テコ? なんじゃそれは。古代語の呪文か?」
説明しても無駄か。 彼らは「不思議なことは魔法で解決する」という思考に囚われすぎている。物理学という基礎を知らない彼らにとって、単純な力学現象は魔法よりも不可解な奇跡に見えるらしい。
「サガミ様……」
背後から、セフィが歩み寄ってきた。 彼女は、元の位置に戻った石碑と、俺の顔を交互に見つめている。 その瞳には、先ほどの恐怖とは違う、熱い光が宿っていた。 里の大人たちが束になっても解決できなかった問題を、俺が鉄の棒一本で解決してしまったことへの衝撃。 そして、それが「魔法」ではない何かによるものだとうっすら感づいているような、賢い目だった。
「これで、文句はないな」
俺が言うと、セフィは深く、深く頷いた。
「……はい。……すごいです、サガミ様」
彼女の声は、まだ掠れていたが、はっきりとした輪郭を持っていた。 周囲のエルフたちも、もはや俺を侵入者として見ることはできなかった。 守護獣を素手で黙らせ、御神体を指先一つ(に見えたらしい)で動かした謎の男。 畏敬の念が、さざ波のように広がっていくのを感じた。
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