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第13話 疫病と聖女
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静寂の森を抜け、俺たちが辿り着いたのは、大陸有数の宗教都市「聖都アクア」だった。 美しい白亜の城壁に囲まれた都だが、門をくぐった瞬間に違和感を覚えた。 空気が、澱(よど)んでいる。 物理的な汚れではない。街全体が重苦しい湿気に包まれ、行き交う人々の顔色は土気色だった。 あちこちから、乾いた咳をする音が聞こえてくる。
「……様子がおかしいですね」
エレナが眉をひそめて周囲を見回す。 活気があるはずの大通りは静まり返り、多くの店がシャッターを下ろしていた。
「サガミ様。風が……泣いています。悪いものが、街の地下から染み出しているような……」
セフィが鼻を押さえ、不快そうに呟いた。 俺は懐から『暗闇の兜』を取り出し、一瞬だけ被って周囲を確認した。 サーモグラフィーで見える通行人の体温は、軒並み高い。発熱している。 典型的なパンデミックの兆候だ。
「疫病か。長居は無用だな」
俺は兜を脱ぎ、結論付けた。 だが、この街を通り抜けないと先へは進めない。俺たちは情報を集めるため、街の中心にある大聖堂へ向かった。 そこには、救いを求める市民が溢れかえっていた。
大聖堂の中は、外よりもさらに空気が悪かった。 何百人もの病人が床に寝かされ、うめき声を上げている。 窓は全て閉め切られ、大量の焚き香の煙が充満している。 酸素濃度が低く、湿度は高い。ウイルスの培養器のような環境だ。
「皆様、祈りなさい! 聖女様が結界で病魔を抑えてくださっています!」
祭壇の前で、司祭が大声で叫んでいた。 その視線の先に、一人の少女がいた。 淡いピンク色の髪をした少女。彼女は祭壇に膝をつき、祈りを捧げていた。 目を引くのは、その異様な服装だ。 純白の生地に金の刺繍が施された法衣なのだが、それが何重にも重ねられ、まるで布団を巻き付けたかのような厚みになっている。 『聖女の法衣』。 見るからに重そうだ。
「あれが、聖女ルネ様……」
エレナが呟く。 ルネと呼ばれた少女の顔色は、病人たちよりもさらに悪かった。 真っ白で、唇には血の気がない。大量の汗をかき、肩で息をしている。 彼女の身体から薄い光の膜――結界が広がっているが、それは今にも消え入りそうに明滅していた。
「……限界だな」
俺がそう呟いた瞬間だった。 ルネの身体がぐらりと傾き、そのまま横に倒れ込んだ。
「ああっ! 聖女様!」
「ルネ様がお倒れになったぞ!」
信者たちが悲鳴を上げる。 だが、奇妙なことに、誰も彼女に駆け寄ろうとしなかった。 司祭たちでさえ、倒れた彼女を取り囲むだけで、決して手を触れようとはしない。
「何をしているのですか! 早く介抱を!」
見かねたエレナが飛び出そうとするが、近くの男に止められた。
「馬鹿! 触るな! 死ぬぞ!」
「え?」
「聖女様のあの法衣は、神聖すぎるがゆえに、不純な心を持つ者が触れると『聖なる炎』で焼き殺されるんだ! 俺たちごときが触れれば、黒焦げだ!」
不純な心を持つ者を焼く防衛機能。 なるほど、セキュリティが強すぎてメンテナンスができない状態か。 俺は倒れているルネを見た。 彼女は苦しげに胸元を掻きむしろうとしているが、分厚い法衣に阻まれて肌に触れることもできない。 熱中症と脱水症状、それに酸素欠乏だ。 結界を維持するために体力を消耗している上に、あのふざけた厚着と、換気のない室内環境が彼女を殺そうとしている。
「窓を開けろ」
俺は人混みをかき分け、前に出た。
「は?」
「空気が悪すぎる。換気をしないと、彼女も、ここにいる全員も窒息するぞ」
俺の言葉に、司祭が顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。
「何を言うか! 窓を開ければ、聖なる香煙が逃げ、結界の効果が薄れる! 貴様、異教徒か!」
話にならない。 彼らは「神聖な空気(焚き香)」を密閉することが治療だと信じている。その密閉こそが感染を広げ、聖女を弱らせている主犯だというのに。
俺は司祭を無視し、倒れているルネの元へ歩み寄った。
「おい、待て! 自殺する気か!」
「その法衣に触れるな! 灰になるぞ!」
周囲の制止を背中で聞き流す。 ルネが薄く目を開け、俺を見た。 その瞳は潤み、助けを求めているように見えた。
「……あ……つ……い……」
彼女が蚊の鳴くような声で漏らす。 俺は彼女の前にしゃがみ込み、その分厚い法衣に手を伸ばした。
バチッ。
指先が生地に触れる直前、静電気のような音がした。 法衣の表面に、白い炎が揺らめく。 不純物排除プログラムの起動だ。 だが、俺は構わずその炎の中に手を突っ込んだ。
「……様子がおかしいですね」
エレナが眉をひそめて周囲を見回す。 活気があるはずの大通りは静まり返り、多くの店がシャッターを下ろしていた。
「サガミ様。風が……泣いています。悪いものが、街の地下から染み出しているような……」
セフィが鼻を押さえ、不快そうに呟いた。 俺は懐から『暗闇の兜』を取り出し、一瞬だけ被って周囲を確認した。 サーモグラフィーで見える通行人の体温は、軒並み高い。発熱している。 典型的なパンデミックの兆候だ。
「疫病か。長居は無用だな」
俺は兜を脱ぎ、結論付けた。 だが、この街を通り抜けないと先へは進めない。俺たちは情報を集めるため、街の中心にある大聖堂へ向かった。 そこには、救いを求める市民が溢れかえっていた。
大聖堂の中は、外よりもさらに空気が悪かった。 何百人もの病人が床に寝かされ、うめき声を上げている。 窓は全て閉め切られ、大量の焚き香の煙が充満している。 酸素濃度が低く、湿度は高い。ウイルスの培養器のような環境だ。
「皆様、祈りなさい! 聖女様が結界で病魔を抑えてくださっています!」
祭壇の前で、司祭が大声で叫んでいた。 その視線の先に、一人の少女がいた。 淡いピンク色の髪をした少女。彼女は祭壇に膝をつき、祈りを捧げていた。 目を引くのは、その異様な服装だ。 純白の生地に金の刺繍が施された法衣なのだが、それが何重にも重ねられ、まるで布団を巻き付けたかのような厚みになっている。 『聖女の法衣』。 見るからに重そうだ。
「あれが、聖女ルネ様……」
エレナが呟く。 ルネと呼ばれた少女の顔色は、病人たちよりもさらに悪かった。 真っ白で、唇には血の気がない。大量の汗をかき、肩で息をしている。 彼女の身体から薄い光の膜――結界が広がっているが、それは今にも消え入りそうに明滅していた。
「……限界だな」
俺がそう呟いた瞬間だった。 ルネの身体がぐらりと傾き、そのまま横に倒れ込んだ。
「ああっ! 聖女様!」
「ルネ様がお倒れになったぞ!」
信者たちが悲鳴を上げる。 だが、奇妙なことに、誰も彼女に駆け寄ろうとしなかった。 司祭たちでさえ、倒れた彼女を取り囲むだけで、決して手を触れようとはしない。
「何をしているのですか! 早く介抱を!」
見かねたエレナが飛び出そうとするが、近くの男に止められた。
「馬鹿! 触るな! 死ぬぞ!」
「え?」
「聖女様のあの法衣は、神聖すぎるがゆえに、不純な心を持つ者が触れると『聖なる炎』で焼き殺されるんだ! 俺たちごときが触れれば、黒焦げだ!」
不純な心を持つ者を焼く防衛機能。 なるほど、セキュリティが強すぎてメンテナンスができない状態か。 俺は倒れているルネを見た。 彼女は苦しげに胸元を掻きむしろうとしているが、分厚い法衣に阻まれて肌に触れることもできない。 熱中症と脱水症状、それに酸素欠乏だ。 結界を維持するために体力を消耗している上に、あのふざけた厚着と、換気のない室内環境が彼女を殺そうとしている。
「窓を開けろ」
俺は人混みをかき分け、前に出た。
「は?」
「空気が悪すぎる。換気をしないと、彼女も、ここにいる全員も窒息するぞ」
俺の言葉に、司祭が顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。
「何を言うか! 窓を開ければ、聖なる香煙が逃げ、結界の効果が薄れる! 貴様、異教徒か!」
話にならない。 彼らは「神聖な空気(焚き香)」を密閉することが治療だと信じている。その密閉こそが感染を広げ、聖女を弱らせている主犯だというのに。
俺は司祭を無視し、倒れているルネの元へ歩み寄った。
「おい、待て! 自殺する気か!」
「その法衣に触れるな! 灰になるぞ!」
周囲の制止を背中で聞き流す。 ルネが薄く目を開け、俺を見た。 その瞳は潤み、助けを求めているように見えた。
「……あ……つ……い……」
彼女が蚊の鳴くような声で漏らす。 俺は彼女の前にしゃがみ込み、その分厚い法衣に手を伸ばした。
バチッ。
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