エルルーシアの受難

海野すじこ

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恋に落ちる瞬間②(イザークside)

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明らかに何かに怯える彼女に声をかけるが、彼女は恐怖で声が出ないように思えた。

だから、声を出さなくても彼女の意思がわかるように今助けが必要か、もし助けが必要なら頷いてほしいと声をかけた。

彼女は今にも泣きそうな表情で必死に頷いた。

この場から彼女を連れ出さなくては···。

恐怖に染まり今にも泣きだしてしまいそうな彼女の姿を周りに晒してはいけない。

咄嗟に彼女の姿を隠すように、脱いだ上着を彼女に掛ける。

周囲を確認するが、幸い誰も彼女の異変に気づいた様子はない。

ふと、一人の男性給仕がこちらを見ているのに気付いたが、今は彼女をこの場から安全に移動させる事が優先だ。

確かこの屋敷は、テラスが休憩室に繋がっている。

もし彼女を屋敷の外に避難させる事が必要になったら、休憩室を通り避難させれば、誰の目にも触れずに避難させる事ができる。

連れ出すならテラスだ。

何事もないように振る舞い、休憩しましょうと彼女をテラスに移動させる事ができた。

そして、彼女を落ち着かせる為に会場からテラス内が見えないようにカーテンを閉じる。

カーテンを閉じておけば、“使用中”という意味も含まれるので人が入ってくる事はない。

テラスに設置されているテーブルの椅子を引き、彼女を座らせた。

可哀想に···まだ震えている。

そんな彼女を見ているのが辛くて、助けになりたかった。

もし話せるのなら、吐き出せるものは吐き出してしまった方がいい。

もし話が、助けられる事なら絶対に彼女を助けるつもりだ。
少しでも、その恐怖を肩代わりしてあげたい。

そんなつもりで聞いたが、話は彼女の名誉に関わる話だという。

もちろん彼女の名誉を傷つけるつもりはない。

騎士の誇りにかけて、私の命に替えても他言するつもりはない。

すると彼女は、声が震えそうになるのを必死で堪えて何があったのか話してくれた。

彼女の話を聞いて、顔が青褪めた。

ちょうど半年前、一人の令嬢が無理心中に巻き込まれそうになった。

しかも犯人は屋敷の給仕見習い。
給仕見習いの一方的な想いの末の犯行だった。

私達の班が担当した事件じゃないか···!

あの時の被害者は···そうか···彼女だったのか···。

前代未聞の事件だった。

忠誠を誓うべき対象であるご令嬢を、平民である使用人が邪な気持ちで無理心中で殺そうとするなど····。

絶対あってはいけない事だ。

その場で斬り捨てられても文句は言えない。

本来であれば、ご令嬢からも聴取しなければならなかった。

しかし、今回の事件を考えれば···話せる状況ではないだろう事は簡単に想像できる。

しかも、被害者は高位貴族のご令嬢···こちらも迂闊に踏み込めない。

ご両親の願いもあり、被害者女性の名誉を守る為にも犯人のみ罰を受けた形でスピード解決、そしてその事件は伏せられた。

犯人は始め、自分の犯行を全て認めていた。

しかし、いざ刑が執行される時に犯人は自分の罪を否定したのだ。

「違う!僕じゃない!!話を聞いてくれ!僕がやったんじゃない。アイツがやったんだ!」と支離滅裂な事を話していた。

犯人のあの言葉が、何故かとても引っ掛かっていた。

彼女が辛そうに事件を話すのを必死で聞いた。

今にも泣き出しそうになるのを、必死で堪える姿はとても見ていて辛かった。

「犯人が捕まり処刑されたと聞いていたので、友人の力を借りて····必死に心のリハビリをしました。
やっと社交に出れるまでに癒えていたのに···。
先ほど、犯人に瓜二つの人間を見かけてしまったんです···。たぶん、見間違えではないと思います。その後、恐怖で体が動かなくなってしまって····」

彼女がここまで立ち直れたのは、彼女が必死に恐怖に立ち向かい、ご家族や友人に励まされ、彼女自身必死に頑張ってきたのがわかる。

それなのに、彼女を嘲笑うかのように···また目の前に犯人らしき男が現れたのだ。

自分に忠誠を誓っているはずの者に裏切られ、それどころか、信頼を置いていた者に薬を盛られ体の自由を奪われ殺されかける···どれだけの恐怖だったのか彼女の様子を見ればわかる。

もうここまで話してくれたのなら、言わなくてもわかる。もうこれ以上彼女に言わせてはいけない。

これでは彼女は、もう一度傷つけられたのと変わらない。

彼女の体をギュッと抱きしめて、これ以上話そうとするのを止めた。

一瞬ビクッと体が強ばったが···必死で彼女が安心出来るように声をかけ続けた。

どうしてこんなに純粋な人が被害に合わなければならなかったのか?卑劣な犯人を許す事はできない。

抱きしめた彼女の体から力が抜けた。

体が震えて泣き声も聞こえる。

必死で堪えていたのだろう。
今は···少しでも吐き出して落ち着いてくれたらいい。

吐き出しても、その傷が癒えないのはわかっているが、少しでもいいから、吐き出して落ち着けたらいい。

大丈夫、君は一人ではないと···少しでも伝わったらいい。

彼女を守りたい。
彼女の傷を癒してあげたい···。

彼女のその心の痛みを全て引き受けてあげたい。

私は···彼女を傷つける全てから彼女を守る騎士になりたい。

彼女がいつも笑って過ごせるように···貴女の騎士になりたい。

緊張の糸が切れてしまったのか、彼女の体から力が抜け、ガクッとそのまま彼女は意識を手放した。

彼女がここまで傷つく羽目になったのは···騎士団の···私達の班のミスだ···。

犯人のあの言葉が引っ掛かっていた理由は···。

全てのピースが揃ったような感覚がする。

犯人の···あの言葉は本当だった···?

あの時、彼からちゃんと話を聞けば···今頃彼女は傷つく事にはならなかったのではないか?

犯人は、双子だった・・・・・のではないか?

犯人は何らかの方法で入れ替わった・・・・・・

それならば、あの時の···彼の言葉の意味がわかる。

犯人は···今も生きている。

あの時の、自分のツメの甘さに猛烈な怒りが湧く。

もし私の勘が当たっていたら···。
また彼女が狙われるかもしれない。

すぐに、彼女のご両親と話をしなければ···。
そして、騎士団の上層部にも···。

彼女と誰にも言わないと約束したが、こればかりは、必要な人間に話さなければ彼女の命に関わる。

聡い彼女だから···理解してくれると思うが、約束を破ってしまう結果に胸が苦しくなる。

彼女の為なら、命も惜しくない。
今は、彼女の身を守る事が先決だ···。

彼女の目が覚めたら···事情を話して謝ろう。

人を呼ぼうと立ち上がろうとした時、カーテンを閉めていたはずなのに、誰かが入っていた。

その人物は、必死に怒りを抑えているように見えたので警戒体制を取ったが···彼の口からは、エルルーシア嬢を案ずる言葉が出た。

「エル」

彼女を愛称で呼ぶ彼は、相当親しい間柄なのだろう。

チクッと胸が痛む。

とても顔立ちが整っている。
彼女はこんな友人が常に側にいるのだな···。
それに、彼の様子を見れば相当彼女の事が好きなのがわかる。こんなに敵意を向けられれば、嫌でも気付いてしまう。

彼女は、彼の事をどう思っているのだろう···?
彼と同じように、彼女も彼を同じくらい想っているのだろうか···?

ズキズキと胸が痛む···。

本当に···こんな気持ちは初めてだ···。

彼女が、彼を好きかもしれないと思っただけで···引き裂かれそうなくらい胸が痛む。

もう認めるしかない。
私は、今日出会ったばかりの彼女を愛し始めている。

その後、彼を落ち着かせて彼女の家族を呼んで来てもらい、事情を説明して話し合った。

ずっと求めていた運命の出会い。

恋に落ちるのは本当に一瞬だった。

彼女の瞳と目が合った瞬間には、もう落ちていたんだろう。

とても強力なライバルがいる女性を好きになってしまった···。


でも、私は···簡単に負ける気はない。

引くつもりもない。

正々堂々と、騎士らしく···彼女の心が掴めるようにやれるだけの事はしよう。

彼女自身から、自分を守る騎士になってほしいと自ら願って貰えるように。





























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