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過去と現在
しおりを挟む意識を手放した後、私は夢を見ていた。
「お前が生まれたせいで、母さんは死んだんだ!」
思い出したくもない、あの頃の夢だ。
どうして、今更こんな夢を見てしまうのだろう。
御園梨々香としての記憶。
私を産んだせいで母は死んだ。
仕事で忙しい父は、なかなか家にいる事はなかったから···兄さんにとっての家族は“母”だけだった。
私は、兄さんの大事な家族を奪ってしまった存在。
暴力を振るわれたりはなかったけど、顔を合わせば睨まれ、機嫌が悪い時は酷い言葉で罵られた。
子供だった私にとって、“家族”とは辛い思い出しかない。
私は、その温かさを知らなかったから。
高校進学を機に、父親や兄に気を使いながらも唯一私を心配してくれた祖父に頼み込んでアパートを借り、全てを捨てて家を出た。
一人暮らしを始めてから、父や兄から何度も連絡が来たけど···私は、全てを拒否した。
離れてみれば自由だった。
何者にも縛られない自由、鳥籠のようなあの息苦しい家から解放され、私は自由を得た。
もう、誰の顔色を窺う必要もない。
バイト漬けの日々は大変だったけど、私を苦しめるものは何もなかった。
それから社会人になるまで、心穏やかに暮らしていた。
ただ、死ぬ前の日に兄が職場に現れたけど···兄は私の顔を見ただけで、何も言わずに去っていった。
あの時、兄は何か言いたそうにしていた。
兄は今更····何をしに来たんだろう?
まあ死んでしまった今では、聞こうにも聞くことはできないし、聞きたくもない···。
この世界の家族は、私の知らないものをたくさん与えてくれる。
私はあんな環境で育ってきたからか、人として···何かが欠けているのだと思う。
始めは、あんなに優しく私に気をかけてくれる家族に戸惑いを覚えた。
だけど彼らは、私に惜しみない愛情をたくさん注いでくれる。
だから、私も···自然と返したいと思う。
もはや、こちらの世界の方が私にはかけがえのないものになっていた。
たぶん、向こうの世界の記憶がなかったら···その全てを当たり前のように享受して、この恵まれた環境に何も思わず暮らしていただろう。
私にとって、この世界の家族は、仲間は···小説の中の人間ではなく、何ものにも代え難い宝物になっていた。
意識を手放してから、まる二日も眠ってしまっていたらしい。
そのせいで、ますます家族の過保護が悪化してしまった。
もうすっかり元気になったのに、ベッドから出して貰えない···。
そして二人の大事な幼馴染みも、四六時中ベッタリと私を離してくれない。
困ったなと思うこの気持ちでさえも···心の中では幸せに感じているのだから、私も手遅れな気がする。
あのパーティーの後から、屋敷の警備が増えた。
たぶんイザーク様が両者に説明してくれたのだと思う。
やはり、彼に相談して正解だった。
小説の通り、彼は誠実で優しい人だった。
せっかくアリアナと引き合わせようと思ったのに。
アリアナとイザークのイベントを邪魔してしまったのが気がかりだけど、まだチャンスはある。
もうすぐ病に臥せっていた国王が崩御し、物語が始まる。
王太子であるメインヒーローのシルヴィオが、国王の崩御により、新しい国王として即位する。
国王の即位を記念して、全貴族が参加するパーティーが開催される。
その場には、小説のサブヒーロー、メインヒーローが勢揃いする。
そこでアリアナは、シルヴィオと運命的な出会いをする。
サブヒーロー、メインヒーロー達から熱いアプローチを受けて戸惑うアリアナだが、一見冷徹で強引なシルヴィオの本当は優しい面や、誰にも見せない弱い面に気づいて、シルヴィオの側にいて支えてあげたいと思うようになっていき、どんどん距離が近づいていく。
メインヒーローとサブヒーローの違いは、サブヒーローは、ヒーローとは名ばかりの当て馬なんだよね···。
話のメインはシルヴィオとアリアナの恋だから。
でも別ルート、番外編でアリアナとの恋物語が読めるから救済はある。
だけどここは、小説とは違う。
小説の中の世界とはいえ、アリアナ達は生きているから、必ずメインヒーローのシルヴィオを選ぶとは限らない。
それを証明するように、小説ではエルルーシアが殺されそうになるなんて書いてなかったし、イザークに助けられるなんてなかった。
二人に、絡みはないはずだった。
これから先どうなるのかは、小説の内容を知っている私でもわからない。
悪役でもなんでもない、モブキャラのエルルーシアに死亡フラグなんてなかったのに、現にこうして巻き込まれてしまった。
小説が、変わり始めてしまっている。
死亡する可能性がある以上、私も安心はしていられない。
「エルルーシアお嬢様、お客様がいらしてますがどう致しますか?」
ベッドから出してもらえないので、現在寝間着姿である。
お客様に対して寝間着はさすがに不味い。
レイブンやアリアナの時は、何故か確認すら来ないから···ちゃんとした“お客様”よね?
「着替えなければいけないから、少しお待ちいただけるか聞いてくれるかしら?」
慌てて侍女に支度を頼むが、すぐに確認に行ったメイドが戻ってきた。
「報告だけなので、そのままでいいと言われました···あの···どう致しますか?」
えっ!?
さすがに寝間着は不味いと思うんだけど···正気?
「お客様って誰が来てるの?」
寝間着でいいなんて···本当に誰なのかしら?
「イザーク・フォレスター様です。ちなみに、もうこちらに向かっていらっしゃいます」
せめて返事を待て、イザーク・フォレスター。
もし着替えてたらどうするのよ!
でも、もう向かってるなら···このまま会うしかないわね。
侍女に上着を持ってきてもらい、慌てて羽織るとノックする音が聞こえた。
返事をすると、イザークが入ってきた。
イザークは室内に入るなり、私のベッドの方にやってきて、持ってきた大きな花束を差し出し跪く。
持ってきたのは赤いバラの花束、おそらく100本はある。
プロポーズでもするんか~い!と思わずツッコミそうになった。
たぶん様子を見る限りでは、イザークは花言葉を理解していないだろう。
お見舞いの品だよね?
イザークって誠実で優しいけど···もしかして天然?
「エルルーシア嬢、体調はいかがですか?」
嬉しそうな笑みを浮かべるイザークに耳としっぽの幻覚が見える。
「あの、イザーク様?一応私、これでも嫁入り前ですので···着替えるのを待つか、次回からは先触れを出していただけると助かるのですが?」
皮肉を込めてニッコリ笑う。
すると、正気に戻ったイザークが状況を理解し、顔を赤らめたり、青褪めさせたりしてから慌ててすみませんでしたと土下座でもするのではないかという勢いで頭を下げる。
普通は、夜着姿や寝間着姿は、結婚した相手にしか見せない。
さすがに頭を下げさせたままでは会話が出来ないので頭を上げてもらう。
イザークは視線をどこに向けてよいのかわからず、挙動がおかしくなった。
「ふふふ····っイザーク様ったら!」
慌てるイザークの姿が可愛いすぎて、思わず笑いを堪えられなかった。
「すみません!」と羞恥に顔を真っ赤にするイザークだったが、貴族の品のある笑いでなく、素のエルルーシアの笑う顔を思わず見つめてしまっていた。
「ふふっ···ごめんなさい!イザーク様が、あまりにもこの間お会いした時と様子が違うから···だって、あんなに慌てるんですもの···ふふふっ」
完全にツボに入ってしまい笑いが止まらなくなってしまった。
「そんなに笑わないでください。恥ずかしいです···。でも、エルルーシア嬢がお元気そうで安心しました」
イザークもエルルーシアにつられて、思わず笑ってしまう。
騎士団員としてのイザークではなく、素のイザークの笑顔は、少し年齢よりも幼く見える無邪気な笑顔だった。
「笑ってしまってごめんなさい。ところでご報告というのは、この間の事ですか?」
私が本題に入ると、イザークは真面目な顔に戻り、その表情には険しさが浮かんだ。
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