闇喰

綺羅 なみま

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彼女には視えてしまう

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女は俺を先に家に押し込み、周りに誰もいないことを確認して家に入ると鍵をかけた。
そしてそのまま窓を確認した。
恐らく閉まっていたのだろう。

緊迫した空気がやっとここで緩まった。静かにと言われ無意識に呼吸も控えめにしていた。

「お茶でいいかな?」
「あ、うん。お構い無く」

疲れただろう、と冷たいお茶を出してくれた。
遠慮なくぐびりと一気に飲み干す。緊張からか、からからだった喉が潤った。

「この村に住んでいるのか?」
湯呑みを台に置くとさっそく本題に入る。
「今のところ、一応」地味女は迷う素振りを見せてから答えた。「地元ではない。私がここで暮らし始めたのは最近だ」
最近越してきたのか。それを今のところ、と言うのは不自然だな。
すると俺の疑問を汲み取ったのかこう続けた。
「どちらかと言うと客人に当たると思う」
「客人、か。ここに住むつもりでいるわけではないということだな」
「ここに住む、まぁそれも有りと言えば有りだ。決めたわけではない」

住処すみかにするかどうかの問題だというのに、決めてはいないがそれも有りっちゃ有りと。随分マイペースな生き方をしているな。
地味女は雑に肩辺りまで伸ばされた髪が、頬にかかるのを鬱陶うっとうしそうに払い茶をすする。
味気ないシャツとデニムのパンツ、飾り気はない。自分のことに興味がないのだろうか。

「ここの村に知り合いがいるのか?」
「いや、いない。こんな村、と言っては失礼だが、実際にここに来るまで存在も知らなかった」
知り合いがいないのであればこの家に一人でいるのも納得だ。
「この村はメディアにもあまり取り上げられていないからな。じゃあどうしてここに?」
「どうしてだろうな」

首を傾げてさも不思議だと言わんばかりだ。理由を探しているのか、ここに来た時のことを思い出そうとしているようだ。

「私はあの日、何かに吸い寄せられるようにしてこの山に向かっていた。思い出そうとしても、何故ここに向かっていたかは分からないんだ」







「いったぁ……あれ、ここどこだ?」
朝に家を出たばかりという気がしていたが、辺りを見渡せば夕暮れ時。
今まで何をしていたんだっけか。転んだ拍子に意識がはっきりした。

きっといつものアレだな。
深く気にすることでもないが、ここがどこだか分からなければ家に帰ることが出来ない。
いつもの、と言ったように私にとってはこれは日常茶飯事の範囲内だ。

小さな頃からこの世のものではない者達によく絡まれてしまう。彼らは寂しがり屋さんだから。私のような視える人、心が疲れてしまっている等様々な要因であの世とこの世の境が曖昧あいまいになってしまっている人、そんな人達に近寄ってきてしまう。

私は所謂いわゆる霊感、というものが強いようで度々呼び寄せてしまう。そして、自分の知らない内に思いもよらぬ行動に出ていたりする。
取り憑かれている時もあれば、強い何かに引かれている時もある。
呪いのなんとか、みたいな物が望みもしないのに手元に集まってしまう。
これのせいで友達も男も私の側にはいられない。全員精神を病んでしまう。
いい年して定職にも就けない。そこが心霊スポットになってしまうのだ。

視えるし聴こえるが、払うことはできない。なので取り憑かれてしまっても、彼らが諦めるのを大人しく待つしかない。
大体寝込む。
だが寝込むだけで済んでいる。
幸いと言うべきか、今まであまり強いモノには出会でくわしていない。

そして今日のも恐らく原因は彼らだ。取り憑かれたのか導かれたのかは分からないが、見た限りとんでもない山奥に置いて行かれた。
民家も見当たらないぞ。一体どうやって来たんだ。
体の疲労度を考えると、朝から今まで歩いていたようには思えない。記憶にはないが公共機関でも使って来たのだろうか。

とりあえず。ここがどこだか調べなくては。
リュックの中を漁り、スマートフォンを取り出した。
「16時、か」思ったより遅い時間ではない。
地図機能を起動すれば、現在位置がおおむね分かる。そうこうしている間に子どもの霊が寄ってきてはいるが、ちょっと後にしてくれ。

表示された位置情報に、思わず目を見開いた。
「うそ……」
これは一日で来られる場所なのか?少なくとも電車では無理だ。まさか、飛行機を経由している?
「旅行じゃないんだから」
ちなみに私は旅行でもこんな所まで来たことはない。位置情報が間違っていてくれ。
そうでないと今居る場所が分かったところで、帰宅にかかる費用が足りない。

霊は悪いものばかりではない。悪いものではないが成仏の仕方が分からないのか未練があるのか現世から出られず彷徨っている、という場合もある。
長引けばその内成仏出来なくなってしまうが、それを私が助けてあげることはできない。たまに話しているうちに成仏することはあるけれど。

だから先程から一緒にスマートフォンを眺めている男の子に話しかけた。
「こんにちは。近くに大人の人はいないかな?」
長い間この世に取り残されてしまっているのだろう。現代の私服には珍しい和服姿の男の子はぱっと顔をあげる。

「おばさん僕が見えるの?」
男の子はさぞびっくりしたように一瞬固まり、泣きそうな顔で私の服を掴む。あ、まずい。懐かれてしまう。あとおばさんと呼ぶのはやめようね?
「ああ、見えているよ」
「すごい!そんな人、初めて見た!」
男の子がはしゃぎだし、私の周りをぐるぐると飛び回る。目が回る。
「君はどうしてこんなところにいるんだ?」
男の子に尋ねると悲しそうな顔。しまった。聞かない方が良かったか?
「わからないんだ。おうちに帰りたいんだけど、帰ることが出来なくて」
「そうか。私も何故ここにいるのか分からないんだ」
「おばさんも?一緒だね!」
「そうだな」

年月の経過とともに幽霊だって記憶が薄れていく。それでも未練があれば魂がここを離れられなくなってしまうのだ。
きっと彼も何らかの未練があり、昇っていけないのだろう。

「大人、そこ」
突如男の子が真顔になり、一点を指す。何か思い出したのかもしれないな。
とも思いつつ後ろを振り返れば、道端で老人が倒れているではないか。
「お、本当だ。ありがとう!君のおうちが見つかる事祈ってるよ」
そう言って老人に駆け寄ろうとしたのだが、少年は私の正面に立ち動かせてはくれない。

どうしたものか。やはり懐かれてしまったか。
「あの人、だめ、」
少年は震える声でそれだけ告げると、急に消えてしまった。どういう意味だろう。
しかし考えている余裕はなかった。人が倒れている。

「大丈夫ですか」私は倒れている老人に駆け寄ると、屈んで声をかけた。
「ああ、ありがとう。少しばかし目眩がしただけじゃて、」
そう言っておじいさんは立ち上がろうとするが、ふらふらと足元が覚束おぼつかない。
「おじいさん、家は近いですか?送っていきましょうか?」
この老人を放っておくわけにはいかないし、それにこの体調の悪い人にここからどうやって公共機関のある場所に行けるか聞くのも心苦しい。
「良いんかね?では、お言葉に甘えさせてもらうとしよう」

軽く世間話をしながら老人と、彼の家へ向かった。
「わしの村はこの川の向こうじゃ」
しばらく歩いたところでおじいさんは村の方を指し、ちと歩き辛い道じゃが、そう言って川辺かわべりに歩き始めた。

驚いたことに轟々と流れる川の端には大きな岩があり、その下に人一人通れるだけの道が掘ってある。入り口には岩の戸が立てかけてあり、外の人間がこの侵入口を見つけることは困難だろう。

その真っ暗なトンネルに足を踏み入れた途端、なぜかふっと息がしやすくなった。
もしかしてあの村には偉大な神様とかいるのかもしれない。
そう期待して暗闇の中を一歩一歩進んでいく。

止まるよう言われ立ち止まると、おじいさんが先程とは反対側の岩の戸をずらし村が見えた。
おじいさんに続き、私もゆっくりとそこから出た。

予想と反して、村の空気は酷く淀んでいた。
神社などに行くと、肺が2つに増えたのかと思うほど空気は透明になる。軽くなるのだ。
神聖な場所、神様の祀られている場所等はそこに立つだけですぐにわかる。
それとは反対に、良くない空気と言うものもある。ハッキリとは分からないが、空気が重いことだけは確かだ。

「ここがわしの村じゃ。わしは」「村長!」若い青年がおじいさんを認めて走ってきた。
「この人は、」はたと私の存在にも気が付き不審者を見るような顔でこちらを一瞥いちべつした。
「この御婦人が倒れたわしを連れてきてくれたのじゃよ」
「そうだったのですか、ありがとうございます」
青年はずっと村長を探していたのか深々と頭を下げた。

「ですが村長、外の人は」「さて、御婦人。この辺の人じゃなさそうじゃな」
青年は何か言いかけたが、村長がそれを遮る。
「あ、はい。ちょっと色々あってこの近くまで来てしまったのですが帰り方がわからなくて」
「そうかそうか」村長は人のいい笑顔を浮かべた。「でしたら丁度使っていない空き家が一軒ございますで。しばらく泊まっていかれてはどうじゃろうか?」

願ってもない提案だ。ありがたい。
どうせこの時間からでは今日中に家に着かない。
 
「空き家を貸していただけるのでしたら、是非」
「どうせ使っていない家じゃ、金のことは気にせんでえぇ」
随分気前の良いことだ。
不審に思わなくもないが、こちらも所持金がない。不安を振り払い、私は黙って使わせてもらうことにしたのであった。

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