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お仙の黒い子
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村の女はすっかり減ってしまい、若い者や老いた者は食い殺した。
村に住む人間だけでなく近隣の人間達を連れて来ては、繁殖に用いたり鍋で煮込んだりした。
今では村人の殆どが力が有り余る若い男だ。殺して食そうにも反撃を恐れてお互いに手を出せなかった。
人肉はもう食べられない。そろそろ終わりにしなくては。
誰もが潮時を感じていた。
終わりにするなら、自分達の残りの人生の為にも完全に終わらせなければ。少しの残り火も燻らせてはせてはならない。
女達は何れも最初は泣き付いたものの、すぐに食欲に負け自分達の家族を食すのも厭わなくなった。
それ程までにあの肉は依存性が高い。
しかし、八重子やお仙は違った。
雨が降りやまず一番苦しい時期を他の村で過ごしたせいかもしれない。
人肉を食べる事が生きていく為に仕方のない事だと覚えるより先に、非道さに気が付いてしまった。
母と弟を村人によって、実の弟によって、無惨に殺されてしまったお仙の恨みは大きいだろう。
自らの欲を満たす為女達を繁殖の道具とし、弱者を食し、人の心を捨てた彼らであってもそれは容易に想像出来る。
殺された八重子の呪いで女達が次々に死んでいくのだ。更にお仙の恨みを上塗りすれば何が起こるか分からない。
きっと残った男達も全員殺されてしまう。それだけで済むだろうか。
そうさせない為にも、早くお仙を始末したい。お腹の子は惜しいが、その子も生かしておけばそこから呪いの連鎖が繰り返される恐れがある。
二人とも生かしておく訳にはいかなかった。
これまで定史、八重子と実の身内を手に掛け、村人達の役に立っていた定信も、家族以上の想いで慕うお仙を簡単に殺せはしないだろう。
そう考えた村人達はお仙殺しを納得させる為、それがお仙を助ける事になると定信を言いくるめた。
そして今夜。あの呪いが始まりを迎えてしまうーー。
夜も深まった頃、男達は数名で隊を組み各々に刃物をぶら下げお仙の住む家へと向かった。
定信は全身の血液がどくどくと体中を駆け巡るのを感じていた。
初めて赤ん坊を裂いた時とも、泣き喚く定史を罰と称して裂いた時とも、人形のようになってしまった母の腹を裂いた時とも違う。
空を見上げて深く息を吐き出した。
本当に、これで良いのだろうか。
この村に訪れ初めて人の肉を食った時、しっかりとした歯応え、それに噛めば噛む程口の中を満たす複雑な香りに胸が高鳴った。
ここにいれば毎日これが食べられるのかと期待した。元の村にいた頃、こんなに肉を食った事はなかった。
村の男達に連れられ人を捌くのを見た時は、人はこんなに簡単に死ぬのかと痙攣しながら死んでいく子供を眺めながら考えていた。
赤い液体がぽたぽたと流れ落ちるのがとても綺麗で見惚れてしまった。
隣で震える弟の肩を抱き寄せ、家族が食べて行くには仕方ないと自分に言い聞かせた。
繁殖の為と女達と交わった時は、今まで知らなかった遊びを見付けた気分だった。
感情が昂ぶり、体が熱くなる。
何度か経験すると、ただ下半身が気持ち良くなるだけで何も思わなくなった。
定史がオレ達から逃げた時、村の男達は「居場所は分かってる、放っておけ」と言われた。
彼等が定史を非常食として取って置いているのは分かっていた。
母が初めて身籠りあの屋敷にやって来た時、自分と血の繋がった赤ん坊はどんな味がするのかと興味が湧いた。
母は一度も赤ん坊を見ていないらしいが、オレは肝臓を甘辛く煮て食べた。今までで一番美味しかった。
血が繋がってる方が美味しいのかもしれないと思い、自分の腕の肉を削いで食べたが痛くて味は分からなかった。
三人はやはり逃げ出そうとした。
彼等を見付けた時、きっとオレが肉を食すのを見ていたのだろうと思った。
口の周りに血を滴らせ肉を味わう様を、姉には見られたくなかった。姉には、化け物のように見られたくなかった。
しかし、こんな化け物のようになってしまったオレに最後に会いに来てくれたと思うと胸が一杯になった。
弟を捕らえた村人達が「何故逃げ出そうとしたんだ」と拷問するのを見ていた時、体中に怪我を負い懇願するような眼差しでこちらを見る定史がとても愛おしく思えた。
彼はもうすぐ息の根を切らす。唯一助けてくれるのがオレだと信じて死んでいく。なんて可愛い弟だろう。
最期彼の目には絶望が溢れていた。
姉を抱いた時、他の女とは全く違う気持ち良さに体が震えた。
他の男達に触れられ身動ぐ姉も美しく、自分がこれから清らかな姉を女にすると思うと体中が熱くなった。
姉の体に舌を這わせるとどんな肉より舌触りが良く、思わず噛み付きそうになった。
母が死んだように宙を見つめていた時、これでは生きている方が可哀想だと思った。
足首の怪我は酷く悪化していて、糞尿を垂れ流していた。飼われている豚よりも酷い。
痛そうだから片足を切り落としてやった。片方の足で立つには体力が無さ過ぎるので、まっすぐ立てるようもう片方の足も切り落とした。
初めて赤ん坊を腹から取り出した時、女の人の体は凄いと思った。
母の大きくなっていたお腹を切り裂いてみたら、本当に赤ん坊が眠っていた。こんな所で赤ん坊を十月十日も育てているなんて。
きっと重かっただろうに。母にゆっくり休んで欲しいと思って、そのまま寝かせてあげた。
あの時の赤ん坊は、育つのを待てず食べてしまった。
姉が子を宿した時、きっとオレとの子だと思った。
村中の男達が姉を求めて訪れていたようだったが、オレが一番姉を愛しているからお腹の子はオレの子に違いない。
本当に嬉しかった。この子は食べずに大事に育てようと思っていた。
思っていたのに。
手には大きな鉈を携え、愛する姉を苦しみから解放しに行く。
母の呪いのせいで女達が死んでいるらしい。
姉が苦しんで死ぬ位なら、確かにオレがこの手で開放してあげたい。
だが、本当に呪いなんてものが存在するのだろうか。
お仙は外の足音に気が付くと、寝ていた体を起こした。
「一人じゃない。どうして……」
理由に思いを巡らす内にガラリと戸を開け、男達が家の中へと入って来た。
その中に弟の姿を見付け、身構える。
暗闇に目が慣れてくると、男達が各々刃物を持っている事に気が付いた。
今まで数え切れない程の人を殺め、捌いてきたその刃は暗い室内で月明かりを浴びている。
「お前達、私を。そうか。私を殺しに来たんか」
お仙は全てを察するも、抵抗しようとはせずじっと動かずにいた。
もう死のうとも生きようとも、どちらでも構わなかった。
お腹の子も生きていても食われるだけだ。
「定信、答えろ。私を、殺しに来たんか」
「姉ちゃん。姉ちゃんの為なんじゃ」
「私の為だと? いいや、お前達はいつだって私利私欲の為に殺生を行って来た」
お仙は村人達の目をじっと見渡した。
男達は居たたまれず、柄をぎゅっと握り目を反らす。
「定信、お仙ちゃんは八重子さんのせいで頭がおかしくなっとる。話を聞いちゃいかん」
「あ、あぁ」
定信がお仙の話をまともに聞けば、殺すのをやめてしまうかもしれない。村人は焦って捲し立てた。
定信に考える猶予を与えようとはしなかった。
「姉ちゃん、ごめんな」
定信が鉈を振り上げたその時だった。
「う、ぐっ」
突然お仙が唸り、腹を抱えて苦しみ始める。
「な、なんだ……?」
「まさか本当に八重子さんが」
男達はあたふたとお仙を取り囲む。
「うぅ、がはっ」
お仙は吐血し、仰向けに横たわった。
「姉ちゃん、姉ちゃんっ」
膨れた腹が間隔を開けて脈打ち、定信は慌てて小袖の重ねを開く。
お仙は尚も血を吐き続けた。
これでやっと母と弟の元へ行ける。お仙は安堵の笑みを浮かべると活発に動く我が子を撫でた。
「お前で……最後だよ……」
血を吐きながら笑うお仙の様子に、村人達は背筋が凍る思いをした。
「姉ちゃん、どうしたんじゃ」
突如苦しみだしたお仙に定信が縋り付く。お仙は定信の胸元を掴んだ。
「このような所業、私は絶対に許さんでな」
今まで聞いたこともない地を這うような声だった。
「お前等の事、忘れはせん。この先幸せに生きていけると思うな。お前等の欲望の為殺められた幾つもの命、彼等も絶対に忘れはせん。忘れはしないぞ」
途切れ途切れに喉から血を吹き出しながらそう言うと、お仙は再び苦しそうな声を上げる。
お仙の胸の下が裂け、破れるかのように腹部が開かれた。
おびただしい血液が溢れ出し、絶叫にも似た声が家中に村中に響き渡る。
腹の中から出て来たのは、闇のように暗く硬い岩のような塊だった。
定信は赤ん坊の形をしたその塊を恐る恐る取り上げる。
彼のその瞳が恐怖に染まるのを見届けると、お仙は血を吐きながら高笑いをしやがて息絶えた。
男達は最後に笑うお仙の声が耳から離れず、暫くその場から動く事が出来なかった。
村に住む人間だけでなく近隣の人間達を連れて来ては、繁殖に用いたり鍋で煮込んだりした。
今では村人の殆どが力が有り余る若い男だ。殺して食そうにも反撃を恐れてお互いに手を出せなかった。
人肉はもう食べられない。そろそろ終わりにしなくては。
誰もが潮時を感じていた。
終わりにするなら、自分達の残りの人生の為にも完全に終わらせなければ。少しの残り火も燻らせてはせてはならない。
女達は何れも最初は泣き付いたものの、すぐに食欲に負け自分達の家族を食すのも厭わなくなった。
それ程までにあの肉は依存性が高い。
しかし、八重子やお仙は違った。
雨が降りやまず一番苦しい時期を他の村で過ごしたせいかもしれない。
人肉を食べる事が生きていく為に仕方のない事だと覚えるより先に、非道さに気が付いてしまった。
母と弟を村人によって、実の弟によって、無惨に殺されてしまったお仙の恨みは大きいだろう。
自らの欲を満たす為女達を繁殖の道具とし、弱者を食し、人の心を捨てた彼らであってもそれは容易に想像出来る。
殺された八重子の呪いで女達が次々に死んでいくのだ。更にお仙の恨みを上塗りすれば何が起こるか分からない。
きっと残った男達も全員殺されてしまう。それだけで済むだろうか。
そうさせない為にも、早くお仙を始末したい。お腹の子は惜しいが、その子も生かしておけばそこから呪いの連鎖が繰り返される恐れがある。
二人とも生かしておく訳にはいかなかった。
これまで定史、八重子と実の身内を手に掛け、村人達の役に立っていた定信も、家族以上の想いで慕うお仙を簡単に殺せはしないだろう。
そう考えた村人達はお仙殺しを納得させる為、それがお仙を助ける事になると定信を言いくるめた。
そして今夜。あの呪いが始まりを迎えてしまうーー。
夜も深まった頃、男達は数名で隊を組み各々に刃物をぶら下げお仙の住む家へと向かった。
定信は全身の血液がどくどくと体中を駆け巡るのを感じていた。
初めて赤ん坊を裂いた時とも、泣き喚く定史を罰と称して裂いた時とも、人形のようになってしまった母の腹を裂いた時とも違う。
空を見上げて深く息を吐き出した。
本当に、これで良いのだろうか。
この村に訪れ初めて人の肉を食った時、しっかりとした歯応え、それに噛めば噛む程口の中を満たす複雑な香りに胸が高鳴った。
ここにいれば毎日これが食べられるのかと期待した。元の村にいた頃、こんなに肉を食った事はなかった。
村の男達に連れられ人を捌くのを見た時は、人はこんなに簡単に死ぬのかと痙攣しながら死んでいく子供を眺めながら考えていた。
赤い液体がぽたぽたと流れ落ちるのがとても綺麗で見惚れてしまった。
隣で震える弟の肩を抱き寄せ、家族が食べて行くには仕方ないと自分に言い聞かせた。
繁殖の為と女達と交わった時は、今まで知らなかった遊びを見付けた気分だった。
感情が昂ぶり、体が熱くなる。
何度か経験すると、ただ下半身が気持ち良くなるだけで何も思わなくなった。
定史がオレ達から逃げた時、村の男達は「居場所は分かってる、放っておけ」と言われた。
彼等が定史を非常食として取って置いているのは分かっていた。
母が初めて身籠りあの屋敷にやって来た時、自分と血の繋がった赤ん坊はどんな味がするのかと興味が湧いた。
母は一度も赤ん坊を見ていないらしいが、オレは肝臓を甘辛く煮て食べた。今までで一番美味しかった。
血が繋がってる方が美味しいのかもしれないと思い、自分の腕の肉を削いで食べたが痛くて味は分からなかった。
三人はやはり逃げ出そうとした。
彼等を見付けた時、きっとオレが肉を食すのを見ていたのだろうと思った。
口の周りに血を滴らせ肉を味わう様を、姉には見られたくなかった。姉には、化け物のように見られたくなかった。
しかし、こんな化け物のようになってしまったオレに最後に会いに来てくれたと思うと胸が一杯になった。
弟を捕らえた村人達が「何故逃げ出そうとしたんだ」と拷問するのを見ていた時、体中に怪我を負い懇願するような眼差しでこちらを見る定史がとても愛おしく思えた。
彼はもうすぐ息の根を切らす。唯一助けてくれるのがオレだと信じて死んでいく。なんて可愛い弟だろう。
最期彼の目には絶望が溢れていた。
姉を抱いた時、他の女とは全く違う気持ち良さに体が震えた。
他の男達に触れられ身動ぐ姉も美しく、自分がこれから清らかな姉を女にすると思うと体中が熱くなった。
姉の体に舌を這わせるとどんな肉より舌触りが良く、思わず噛み付きそうになった。
母が死んだように宙を見つめていた時、これでは生きている方が可哀想だと思った。
足首の怪我は酷く悪化していて、糞尿を垂れ流していた。飼われている豚よりも酷い。
痛そうだから片足を切り落としてやった。片方の足で立つには体力が無さ過ぎるので、まっすぐ立てるようもう片方の足も切り落とした。
初めて赤ん坊を腹から取り出した時、女の人の体は凄いと思った。
母の大きくなっていたお腹を切り裂いてみたら、本当に赤ん坊が眠っていた。こんな所で赤ん坊を十月十日も育てているなんて。
きっと重かっただろうに。母にゆっくり休んで欲しいと思って、そのまま寝かせてあげた。
あの時の赤ん坊は、育つのを待てず食べてしまった。
姉が子を宿した時、きっとオレとの子だと思った。
村中の男達が姉を求めて訪れていたようだったが、オレが一番姉を愛しているからお腹の子はオレの子に違いない。
本当に嬉しかった。この子は食べずに大事に育てようと思っていた。
思っていたのに。
手には大きな鉈を携え、愛する姉を苦しみから解放しに行く。
母の呪いのせいで女達が死んでいるらしい。
姉が苦しんで死ぬ位なら、確かにオレがこの手で開放してあげたい。
だが、本当に呪いなんてものが存在するのだろうか。
お仙は外の足音に気が付くと、寝ていた体を起こした。
「一人じゃない。どうして……」
理由に思いを巡らす内にガラリと戸を開け、男達が家の中へと入って来た。
その中に弟の姿を見付け、身構える。
暗闇に目が慣れてくると、男達が各々刃物を持っている事に気が付いた。
今まで数え切れない程の人を殺め、捌いてきたその刃は暗い室内で月明かりを浴びている。
「お前達、私を。そうか。私を殺しに来たんか」
お仙は全てを察するも、抵抗しようとはせずじっと動かずにいた。
もう死のうとも生きようとも、どちらでも構わなかった。
お腹の子も生きていても食われるだけだ。
「定信、答えろ。私を、殺しに来たんか」
「姉ちゃん。姉ちゃんの為なんじゃ」
「私の為だと? いいや、お前達はいつだって私利私欲の為に殺生を行って来た」
お仙は村人達の目をじっと見渡した。
男達は居たたまれず、柄をぎゅっと握り目を反らす。
「定信、お仙ちゃんは八重子さんのせいで頭がおかしくなっとる。話を聞いちゃいかん」
「あ、あぁ」
定信がお仙の話をまともに聞けば、殺すのをやめてしまうかもしれない。村人は焦って捲し立てた。
定信に考える猶予を与えようとはしなかった。
「姉ちゃん、ごめんな」
定信が鉈を振り上げたその時だった。
「う、ぐっ」
突然お仙が唸り、腹を抱えて苦しみ始める。
「な、なんだ……?」
「まさか本当に八重子さんが」
男達はあたふたとお仙を取り囲む。
「うぅ、がはっ」
お仙は吐血し、仰向けに横たわった。
「姉ちゃん、姉ちゃんっ」
膨れた腹が間隔を開けて脈打ち、定信は慌てて小袖の重ねを開く。
お仙は尚も血を吐き続けた。
これでやっと母と弟の元へ行ける。お仙は安堵の笑みを浮かべると活発に動く我が子を撫でた。
「お前で……最後だよ……」
血を吐きながら笑うお仙の様子に、村人達は背筋が凍る思いをした。
「姉ちゃん、どうしたんじゃ」
突如苦しみだしたお仙に定信が縋り付く。お仙は定信の胸元を掴んだ。
「このような所業、私は絶対に許さんでな」
今まで聞いたこともない地を這うような声だった。
「お前等の事、忘れはせん。この先幸せに生きていけると思うな。お前等の欲望の為殺められた幾つもの命、彼等も絶対に忘れはせん。忘れはしないぞ」
途切れ途切れに喉から血を吹き出しながらそう言うと、お仙は再び苦しそうな声を上げる。
お仙の胸の下が裂け、破れるかのように腹部が開かれた。
おびただしい血液が溢れ出し、絶叫にも似た声が家中に村中に響き渡る。
腹の中から出て来たのは、闇のように暗く硬い岩のような塊だった。
定信は赤ん坊の形をしたその塊を恐る恐る取り上げる。
彼のその瞳が恐怖に染まるのを見届けると、お仙は血を吐きながら高笑いをしやがて息絶えた。
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