理想の夫婦

まへまへ

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第2話 第一土曜日の夜

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第一土曜日の夜は、いつも少しだけ言葉が軽くなる。

ラバーに包まれた麗子がソファに腰を下ろすと、アキはその前に立ち、わざとらしく肩をすくめた。

シリコンの皮膚は室内灯を柔らかく反射して、現実と舞台の境目を曖昧にする。

「ねえ、麗子」

アキは、鏡越しに自分の胸元をちらりと見てから、わざと溜めを作る。

「泌尿器科ってさ。考えようによっては、男だったら毎日女性のおっぱいを見れるみたいなもんだよね」

言い切りの語尾に、ほんの少しの悪意と、かなりの遊び心が混じる。

麗子は一瞬きょとんとしてから、吹き出した。

「ちょっと違うんだなぁ、それ」

笑いながら、首を左右に振る。ラバーの表面がきゅっと音を立てる。

「そもそも“見てる”って感覚じゃないの。仕事だし、部位だし、状況が全然ロマンチックじゃない」

「えー?」

アキはわざと不満そうに唇を尖らせる。

「でもさ、視界に入るわけでしょ?毎日。繰り返し。慣れちゃったら、なんかこう…」

言葉を探すふりをして、胸に手を当てる。

「ありがたみとか、出てこない?」

麗子は今度こそ声を上げて笑った。

「出てこない出てこない。ありがたみ以前に、早く次の処置に進みたいって思ってる」

それから、ふっと視線をアキの下半身に落とす。

シリコンの滑らかなラインを一瞬だけ眺めて、にやりと口角を上げた。

「あらー」

間の取り方が、絶妙に意地悪だった。

「アキちゃんには、シリコンで隠れて……ついてないわねー」

わざとゆっくり、確認するように言う。

アキは一瞬、言葉に詰まったふりをしてから、すぐに笑い返す。

「うわ、そこ突いてくる?」

軽く腰に手を当てて、モデルみたいにポーズを取る。

「でもさ、これ、ちゃんと“ない”って完成形だから。省略じゃなくて、仕様」

「はいはい、仕様ね」

麗子は肩をすくめながら立ち上がり、アキの前に近づく。

「泌尿器科で見る“ついてるもの”と、ここで見る“ついてないアキ”は、全然別物だよ」

「どう違うの?」

「意味が違う」

即答だった。

「向こうは情報。ここは、選択」

その言葉に、アキは少しだけ黙る。

からかうつもりで始めた会話が、思いがけず深いところに触れた気がして、照れ隠しに笑った。

「じゃあさ」

再び軽い調子に戻して、

「私のこの仕様、看護師さん的にはどう評価?」

麗子は一拍置いてから、真面目な顔でアキを見つめる。

「とても良好。違和感なし。患者じゃないけど」

そう言って、くすっと笑う。

二人の間に、またいつもの空気が戻る。

仕事でも、現実でもない、二人だけの文脈。

からかいと受容が、軽やかに行き来する夜は、まだ静かに、続いていく。

アキは、ほんの少しだけ姿勢を正した。

からかいが一段落して、空気が柔らかく落ち着いた、その隙間に言葉を滑り込ませるように。

「……それじゃあ、いつも通り」

少し照れたように、でも逃げない声で続ける。

「女の子同士で、楽しみましょう」

その言い方には、確認と提案が同時に含まれていた。



決まり文句のようでいて、毎回きちんと選び直される言葉。

麗子は一瞬だけ目を細めて、クスッと笑う。

「そうね」

短く、軽く。

でもその返事には、もう向かう先が含まれている。

ラバーに包まれた体を少しだけ近づけて、麗子は人差し指を立てる。

それは注意喚起の仕草のはずなのに、どこか楽しげだ。

「じゃあ今日も」

わざと間を取ってから、いたずらっぽく言う。

「徹底的に、女の子をアキに教えてあげるからね!」

語尾が跳ねる。

教師の宣言というより、共犯者の合図だった。

アキは思わず笑って、肩をすくめる。

「はいはい、先生」

その言葉を聞いた瞬間、麗子は満足そうにうなずく。

「よろしい」

二人は並んで歩き出す。

リビングの灯りを少し落とし、廊下を抜け、寝室へ。

足音は、ラバーと素足で違うはずなのに、不思議と揃っている。

三年という時間が、歩幅まで共有させていた。

寝室の扉を開ける前、麗子はふと立ち止まり、振り返る。

「アキ」

呼ばれて、アキは自然に顔を上げる。

「ここでは、名前も、役割も、全部シンプルでいいから」

そう言って、微笑む。

「女の子同士。それだけ」

アキは小さく息を吸って、うなずく。

「うん」

それだけで十分だった。

扉が閉まり、外の世界は静かに遮断される。

これから先のことは、言葉にしなくても、二人とも知っている。

いつも通りで、いつも少し違う夜が、ゆっくりと、始まろうとしていた。
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