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第9話 体験入店
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鏡の中――。
赤い瞳が妖しく光を放ち、艶やかな黒の装束が照明を受けてきらめいていた。
それはもう「順子」という名の少女ではなかった。
頬の火傷の痕など、どこにもない。
コンプレックスの象徴だった赤黒い影は、黒いラバーの艶に覆い尽くされている。
「傷跡のある女の子」ではなく、誰もが振り向かざるを得ない異形の存在がそこに立っていた。
「……すごい……」
順子は小さく声を漏らした。
喉が震え、言葉が掠れる。
視線を逸らしたいのに、どうしても鏡から目を離せない。
(こんな私……知らない……)
胸元をコルセットに締め上げられた身体は、呼吸のたびに張り詰めて艶めき、ブーツに縛られた脚は細く長く誇張されている。
ラバーグローブに覆われた指先を持ち上げてみると、そこにあるのは柔らかな女子大生の手ではなく、冷たく光る異質な存在感を持つ「女王の手」だった。
ゾクリ、と背筋を駆け抜ける。
全身が自分ではないような、けれど確かに「なりたかった誰か」に触れている実感。
その矛盾が、順子を昂らせた。
(……私……綺麗……)
唇が勝手に震える。
「綺麗」――ずっと欲しかった言葉。
けれど順子の胸に今、芽生えつつあるのは「可愛い」でも「優しい」でもない。
もっと濃く、もっと危うい欲望に満ちた、美しさの実感だった。
ラバー越しに伝わる熱。
圧迫感と呼吸の制限が、逆に自分を現実から遠ざけ、心を解き放つ。
「順子」でいる限り決して手に入らない自由。
――その仮面を被ることで、彼女は初めて「生きている」と感じた。
「……私……このまま……」
呟いた言葉は、自分でも聞き取れないほど小さかった。
けれど鏡の中の存在は、その囁きを肯定するかのように妖しく微笑んで見えた。
リーダー格の女性――アキは、完成した順子をじっと見つめ、落ち着いた声で語り始めた。
「順子さん、私のこの店での名前はアキ。これから大切なルールをお伝えします。しっかり覚えてくださいね」
その声音は柔らかいが、確かな威厳を帯びていた。
「まず、この店でのあなたの名前は、ハルカ。」
ラバー越しに身を固くした順子――いや、“ハルカ”は自然と姿勢を正す。
「この店では、お客様があなたに触れることは絶対にありません」
アキの言葉に、順子の胸から緊張がひとつ解けた。
「あなたの仕事は、頼まれた飲み物や食事を、その姿で運ぶこと。ただそれだけです」
一拍置き、アキは視線を深める。
「ただし――お客様に呼び止められたら、必ずその命令に従ってください。それが、この店の“キャスト”の絶対条件です」
(命令に……従う……?)
順子の胸にざわめきが走る。けれど、不思議と強い恐怖はなかった。
むしろ、未知の扉が開かれるような緊張と期待が混じり合っていた。
アキはさらに続けた。
「そしてもうひとつ。この店のキャストたちは、店長と私を除いて、誰も互いの素顔を知りません。お互いを識別するのは、このバッジに記された“源氏名”だけです」
差し出された黒いバッジには、銀色の文字でこう刻まれていた。
――ハルカ。
順子は息を呑み、両手でそっとそれを受け取る。
胸元に当てた瞬間、ラバースーツの艶やかな黒に銀の文字が映えた。
(……私は順子じゃない。ここでは“ハルカ”なんだ……)
その事実が、彼女の心を安堵で満たしていく。
素顔を誰にも知られず、過去の影も、火傷の痕も、ここでは存在しない。
あるのはただ――仮面の下に隠された「ハルカ」という新しい存在だけ。
アキは順子の肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「大丈夫。あなたはもう、この店にふさわしいキャストになっていますよ、ハルカ」
その名前を呼ばれた瞬間、順子の胸は熱く波打ち、マスクの内側で唇が小さく震えた。
安堵と昂揚が入り混じった笑みが、密着した仮面の下でそっと形づくられていた。
鏡の中に映るのは、黒く艶めくラバーに全身を包まれ、赤い瞳を光らせた自分――いや、ハルカだった。
(……すごい……これが……私?)
コルセットに締め付けられた腰、艶やかに光を反射する胸元、脚を長く強調する編み上げブーツ。
全身を覆う圧迫感は苦しさではなく、むしろ快感に近い。
肌がすべて覆われているのに、逆に裸よりも露わにされているような、背徳的な昂ぶりがこみあげてくる。
(この姿で……人前に出るの? 見知らぬ人たちの前に……)
想像するだけで、胸がざわついた。
羞恥と興奮が入り混じり、下腹部に熱が宿る。
夜の配信でカメラ越しに見せていた“仮面の私”が、現実世界でも舞台に立とうとしている。
その事実が、信じられないほどのエロティックな高揚感を生んでいた。
「準備はいい?」
背後からアキの声が落ちてくる。
ハルカはマスク越しに鏡を見つめ、震える息を整え、そして小さく頷いた。
「……はい」
アキは満足そうに微笑み、ハルカの手を軽く取った。
「では、行きましょう」
重厚な扉が開かれる。
奥からは、低く流れるジャズの旋律とグラスの触れ合う音、そして静かなざわめきが聞こえてくる。
アキに導かれ、ハルカはフロアへと足を踏み入れた。
ラバーブーツのヒールが床を叩くたび、空気が揺れるように感じる。
視線が――確かに、自分に注がれていた。
(あぁ……見られてる……!)
その瞬間、羞恥は甘美な快感に変わり、ハルカは仮面の下で熱く微笑んだ。
赤い瞳が妖しく光を放ち、艶やかな黒の装束が照明を受けてきらめいていた。
それはもう「順子」という名の少女ではなかった。
頬の火傷の痕など、どこにもない。
コンプレックスの象徴だった赤黒い影は、黒いラバーの艶に覆い尽くされている。
「傷跡のある女の子」ではなく、誰もが振り向かざるを得ない異形の存在がそこに立っていた。
「……すごい……」
順子は小さく声を漏らした。
喉が震え、言葉が掠れる。
視線を逸らしたいのに、どうしても鏡から目を離せない。
(こんな私……知らない……)
胸元をコルセットに締め上げられた身体は、呼吸のたびに張り詰めて艶めき、ブーツに縛られた脚は細く長く誇張されている。
ラバーグローブに覆われた指先を持ち上げてみると、そこにあるのは柔らかな女子大生の手ではなく、冷たく光る異質な存在感を持つ「女王の手」だった。
ゾクリ、と背筋を駆け抜ける。
全身が自分ではないような、けれど確かに「なりたかった誰か」に触れている実感。
その矛盾が、順子を昂らせた。
(……私……綺麗……)
唇が勝手に震える。
「綺麗」――ずっと欲しかった言葉。
けれど順子の胸に今、芽生えつつあるのは「可愛い」でも「優しい」でもない。
もっと濃く、もっと危うい欲望に満ちた、美しさの実感だった。
ラバー越しに伝わる熱。
圧迫感と呼吸の制限が、逆に自分を現実から遠ざけ、心を解き放つ。
「順子」でいる限り決して手に入らない自由。
――その仮面を被ることで、彼女は初めて「生きている」と感じた。
「……私……このまま……」
呟いた言葉は、自分でも聞き取れないほど小さかった。
けれど鏡の中の存在は、その囁きを肯定するかのように妖しく微笑んで見えた。
リーダー格の女性――アキは、完成した順子をじっと見つめ、落ち着いた声で語り始めた。
「順子さん、私のこの店での名前はアキ。これから大切なルールをお伝えします。しっかり覚えてくださいね」
その声音は柔らかいが、確かな威厳を帯びていた。
「まず、この店でのあなたの名前は、ハルカ。」
ラバー越しに身を固くした順子――いや、“ハルカ”は自然と姿勢を正す。
「この店では、お客様があなたに触れることは絶対にありません」
アキの言葉に、順子の胸から緊張がひとつ解けた。
「あなたの仕事は、頼まれた飲み物や食事を、その姿で運ぶこと。ただそれだけです」
一拍置き、アキは視線を深める。
「ただし――お客様に呼び止められたら、必ずその命令に従ってください。それが、この店の“キャスト”の絶対条件です」
(命令に……従う……?)
順子の胸にざわめきが走る。けれど、不思議と強い恐怖はなかった。
むしろ、未知の扉が開かれるような緊張と期待が混じり合っていた。
アキはさらに続けた。
「そしてもうひとつ。この店のキャストたちは、店長と私を除いて、誰も互いの素顔を知りません。お互いを識別するのは、このバッジに記された“源氏名”だけです」
差し出された黒いバッジには、銀色の文字でこう刻まれていた。
――ハルカ。
順子は息を呑み、両手でそっとそれを受け取る。
胸元に当てた瞬間、ラバースーツの艶やかな黒に銀の文字が映えた。
(……私は順子じゃない。ここでは“ハルカ”なんだ……)
その事実が、彼女の心を安堵で満たしていく。
素顔を誰にも知られず、過去の影も、火傷の痕も、ここでは存在しない。
あるのはただ――仮面の下に隠された「ハルカ」という新しい存在だけ。
アキは順子の肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「大丈夫。あなたはもう、この店にふさわしいキャストになっていますよ、ハルカ」
その名前を呼ばれた瞬間、順子の胸は熱く波打ち、マスクの内側で唇が小さく震えた。
安堵と昂揚が入り混じった笑みが、密着した仮面の下でそっと形づくられていた。
鏡の中に映るのは、黒く艶めくラバーに全身を包まれ、赤い瞳を光らせた自分――いや、ハルカだった。
(……すごい……これが……私?)
コルセットに締め付けられた腰、艶やかに光を反射する胸元、脚を長く強調する編み上げブーツ。
全身を覆う圧迫感は苦しさではなく、むしろ快感に近い。
肌がすべて覆われているのに、逆に裸よりも露わにされているような、背徳的な昂ぶりがこみあげてくる。
(この姿で……人前に出るの? 見知らぬ人たちの前に……)
想像するだけで、胸がざわついた。
羞恥と興奮が入り混じり、下腹部に熱が宿る。
夜の配信でカメラ越しに見せていた“仮面の私”が、現実世界でも舞台に立とうとしている。
その事実が、信じられないほどのエロティックな高揚感を生んでいた。
「準備はいい?」
背後からアキの声が落ちてくる。
ハルカはマスク越しに鏡を見つめ、震える息を整え、そして小さく頷いた。
「……はい」
アキは満足そうに微笑み、ハルカの手を軽く取った。
「では、行きましょう」
重厚な扉が開かれる。
奥からは、低く流れるジャズの旋律とグラスの触れ合う音、そして静かなざわめきが聞こえてくる。
アキに導かれ、ハルカはフロアへと足を踏み入れた。
ラバーブーツのヒールが床を叩くたび、空気が揺れるように感じる。
視線が――確かに、自分に注がれていた。
(あぁ……見られてる……!)
その瞬間、羞恥は甘美な快感に変わり、ハルカは仮面の下で熱く微笑んだ。
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