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第12話 悟の想い
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高校を卒業してからの悟の毎日は、一変していた。
地元の料理専門学校に通いながら、家業の日本料理店を手伝う日々。
「お客さんが笑顔で帰ってくれるのが一番だな」
厨房の奥で包丁を握りながら、悟はふと口にする。
東北地方ならではの新鮮な魚介や山菜、郷土の食材。
それらをどう活かすか、悟は常に考えていた。
「ただ伝統を守るだけじゃなくて、自分のオリジナルを作りたい」
専門学校の授業では、基礎的な和食の技法に加え、盛り付けや新しい調理法も学ぶ。
だが悟にとって一番の学びは、実際に店で客に出す料理を作りながら反応を見ることだった。
失敗すれば落ち込み、成功すればその笑顔が力になる。
そんな充実した毎日を送りながら、悟は少しずつ、料理人としての自分を形にしていった。
(……俺の料理で、もっと地元を知ってもらいたい……)
その思いを胸に、悟は今日も包丁を研ぎ、真剣な眼差しで食材に向き合うのだった。
夕方、専門学校の授業を終えた悟は、家業の日本料理店の厨房に立っていた。
板前姿もすっかり板についてきて、包丁を握る手には迷いがない。
そのとき、店の戸が開いた。
「こんばんは、三人です~」
明るい声が響き、ホールのスタッフが案内する。
カウンター越しに目をやった悟の目に、見知った顔が飛び込んできた。
――理恵だった。
大学の友達らしい二人の女性を連れて、楽しそうに笑っている。
(……理恵……)
一瞬、手が止まったが、すぐに気を取り直して作業を続ける。
「ここ、落ち着いた雰囲気で好きなんだ。高校の同級生がやってるんだよ」
理恵は友達に説明している。
友達の一人が興味津々で店内を見回しながら、
「へぇ~、素敵なお店!料理も楽しみだね」と声を弾ませた。
悟は胸の奥に温かさを感じながら、三人のための前菜を準備する。
地元の山菜をさっと和え、彩りを大切に盛り付ける。
カウンター越しにそっと差し出すと、理恵と目が合った。
「……悟」
「いらっしゃい。ようこそ」
短い言葉だったが、互いに笑みがこぼれる。
友達が「えっ、同級生なの?」と驚き、理恵は「そうそう、昔から真面目な人だったんだよ」と少し誇らしげに語る。
悟は照れくささを覚えながらも、料理人としての自分を見てもらえることに、胸が高鳴っていた。
「このお料理、すごく繊細な味ですね!」
理恵の友達の一人が、箸を止めて目を輝かせた。
「地元の食材を使ってるんですか?」
カウンター越しに問いかけられた悟は、一瞬驚いたが、すぐに穏やかに答える。
「はい。山菜や魚は、できるだけ東北のものを使うようにしています。今日は川魚を昆布締めにしてみました」
「ええ~、すごい!しかも見た目が華やかで……」
もう一人の友達が感心して身を乗り出す。
「専門学校に通ってるんですよね?でも、すでにプロみたい」
悟は少し頬を赤らめて、苦笑した。
「まだまだです。修行中の身なんで。家業だから手伝ってはいますけど、もっと勉強しないと」
理恵がくすっと笑いながら、友達に説明する。
「悟はね、高校のときから運動神経抜群で人気者だったんだよ。でも今は、こうやって料理の道に進んでる。ギャップあるでしょ?」
「へぇ~!高校時代から知ってるっていいなあ」
「うんうん。なんか青春ドラマみたい」
二人の友達は楽しそうに理恵と悟を見比べる。
悟は照れながらも、丁寧に料理を盛り付け続けた。
ふとした瞬間、理恵と悟の視線が重なる。
言葉は交わさないが、二人の間に高校時代からの時間の流れを感じさせる、柔らかな空気が漂っていた。
「悟くんって、今彼女とかいるんですか?」
友達の一人が軽い調子で尋ねた。
お酒の席でもないのに、唐突な質問に場が少し静まる。
悟は包丁を置き、わずかに視線を落としてから答えた。
「……いないよ。料理と学校で手一杯だから」
その言葉に友達は「意外~!絶対モテるのに」と声を上げる。
もう一人も「ほんとほんと、彼女いないの信じられない」と頷いた。
悟は苦笑して肩をすくめる。
「いや、ほんとにそうなんだ。俺、不器用だからさ」
その横顔を、理恵は静かに見つめていた。
軽く答えているように見えるが、悟の声の奥に、何か押し隠したような響きがある。
──順子。
理恵は心の中でその名前を呟いた。
悟は誰かに恋をしている。その「誰か」が、もうここにはいないことを理恵は直感していた。
「順子に、まだ未練があるんだ……」
確信にも似た思いが胸に刺さり、理恵は箸を止めた。
友達は悟に向かって「絶対すぐに彼女できるよ!」と無邪気に言っている。
しかし理恵の耳には、その言葉が空虚に響いた。
悟は笑顔で受け流しながら、ふと視線を遠くに向ける。
まるで心は、今も東京で暮らす順子を追いかけているかのように。
ーーーーー
店を出て、秋の夜風に頬をなでられながら三人は駅へ向かって歩いていた。
「悟くん、やっぱりかっこいいね」
友達の一人がため息まじりに言う。
「そうそう!料理もうまいし、あれで彼女いないなんて信じられない」
理恵は笑顔を作ろうとしたが、口元はどこか硬い。
「……うん。でもね、悟には好きな人がいたんだよ」
「えっ、そうなの?」
「えー、誰誰?」
友達二人が食いつくように理恵を見た。
理恵はほんの一瞬、言葉を飲み込む。
けれど、胸の奥でまだ続いている気配を感じていたから、素直に口を開いた。
「順子っていう子。同じ高校の同級生だったんだ」
「へぇ~!どんな子?」
「すごく頭が良くて、静かな子。でも……いろいろあってね。自分に自信がなかった」
友達は顔を見合わせ、やがて「ふーん」と軽い調子で頷いた。
けれど理恵の表情は、どこか真剣だった。
「悟はきっと、まだ順子のことを引きずってる。あの目を見たらわかる」
「え、今日?そんな感じしたかなぁ?」
「うん。気づかないくらいのものだけど、私にはわかるんだ」
友達はそれ以上深く聞かなかったが、理恵の胸の中では、高校時代の記憶が鮮明に蘇っていた。
──笑わない順子。
──不器用に気を配る悟。
二人の間に流れていた何かは、今もまだ消えていないのかもしれない。
理恵は夜空を見上げ、小さく息をついた。
ーーーーー
店を閉めた後、悟は調理場に一人残っていた。
静かな厨房に、まな板を叩く包丁の音だけが響く。
「……やっぱり、まだ下手だな」
鱗を落とした川魚を捌きながら、小さく呟いた。
昼間に客に出した料理。褒められはしたけれど、自分の理想には程遠い。
だが──その「理想」の中に、いつも浮かぶ顔があった。
順子。
「美味しい」
その一言を彼女からもらえたら、どんなに嬉しいだろう。
高校のとき、ろくに話もできなかった。
彼女は俺を嫌ってるのかもしれないとずっと思っていた。
でも、気づけば目で追っていた。
彼女が笑うと、自分も安心した。
悟は包丁を置き、深く息を吐いた。
「まだ……忘れられねえのか、俺は」
手を洗いながら鏡に映る自分を見つめる。
高校時代の自分とは違う。
料理人を目指して、形だけは少し大人になった。
けれど心は、まだあの教室の片隅に取り残されたままだった。
「いつか……俺の作った料理を食べてもらえたら」
そう呟くと、悟は静かに包丁を磨きはじめた。
彼にとって料理は修行であり、祈りでもあった。
順子への想いを込めて、一皿一皿を仕上げていくために。
地元の料理専門学校に通いながら、家業の日本料理店を手伝う日々。
「お客さんが笑顔で帰ってくれるのが一番だな」
厨房の奥で包丁を握りながら、悟はふと口にする。
東北地方ならではの新鮮な魚介や山菜、郷土の食材。
それらをどう活かすか、悟は常に考えていた。
「ただ伝統を守るだけじゃなくて、自分のオリジナルを作りたい」
専門学校の授業では、基礎的な和食の技法に加え、盛り付けや新しい調理法も学ぶ。
だが悟にとって一番の学びは、実際に店で客に出す料理を作りながら反応を見ることだった。
失敗すれば落ち込み、成功すればその笑顔が力になる。
そんな充実した毎日を送りながら、悟は少しずつ、料理人としての自分を形にしていった。
(……俺の料理で、もっと地元を知ってもらいたい……)
その思いを胸に、悟は今日も包丁を研ぎ、真剣な眼差しで食材に向き合うのだった。
夕方、専門学校の授業を終えた悟は、家業の日本料理店の厨房に立っていた。
板前姿もすっかり板についてきて、包丁を握る手には迷いがない。
そのとき、店の戸が開いた。
「こんばんは、三人です~」
明るい声が響き、ホールのスタッフが案内する。
カウンター越しに目をやった悟の目に、見知った顔が飛び込んできた。
――理恵だった。
大学の友達らしい二人の女性を連れて、楽しそうに笑っている。
(……理恵……)
一瞬、手が止まったが、すぐに気を取り直して作業を続ける。
「ここ、落ち着いた雰囲気で好きなんだ。高校の同級生がやってるんだよ」
理恵は友達に説明している。
友達の一人が興味津々で店内を見回しながら、
「へぇ~、素敵なお店!料理も楽しみだね」と声を弾ませた。
悟は胸の奥に温かさを感じながら、三人のための前菜を準備する。
地元の山菜をさっと和え、彩りを大切に盛り付ける。
カウンター越しにそっと差し出すと、理恵と目が合った。
「……悟」
「いらっしゃい。ようこそ」
短い言葉だったが、互いに笑みがこぼれる。
友達が「えっ、同級生なの?」と驚き、理恵は「そうそう、昔から真面目な人だったんだよ」と少し誇らしげに語る。
悟は照れくささを覚えながらも、料理人としての自分を見てもらえることに、胸が高鳴っていた。
「このお料理、すごく繊細な味ですね!」
理恵の友達の一人が、箸を止めて目を輝かせた。
「地元の食材を使ってるんですか?」
カウンター越しに問いかけられた悟は、一瞬驚いたが、すぐに穏やかに答える。
「はい。山菜や魚は、できるだけ東北のものを使うようにしています。今日は川魚を昆布締めにしてみました」
「ええ~、すごい!しかも見た目が華やかで……」
もう一人の友達が感心して身を乗り出す。
「専門学校に通ってるんですよね?でも、すでにプロみたい」
悟は少し頬を赤らめて、苦笑した。
「まだまだです。修行中の身なんで。家業だから手伝ってはいますけど、もっと勉強しないと」
理恵がくすっと笑いながら、友達に説明する。
「悟はね、高校のときから運動神経抜群で人気者だったんだよ。でも今は、こうやって料理の道に進んでる。ギャップあるでしょ?」
「へぇ~!高校時代から知ってるっていいなあ」
「うんうん。なんか青春ドラマみたい」
二人の友達は楽しそうに理恵と悟を見比べる。
悟は照れながらも、丁寧に料理を盛り付け続けた。
ふとした瞬間、理恵と悟の視線が重なる。
言葉は交わさないが、二人の間に高校時代からの時間の流れを感じさせる、柔らかな空気が漂っていた。
「悟くんって、今彼女とかいるんですか?」
友達の一人が軽い調子で尋ねた。
お酒の席でもないのに、唐突な質問に場が少し静まる。
悟は包丁を置き、わずかに視線を落としてから答えた。
「……いないよ。料理と学校で手一杯だから」
その言葉に友達は「意外~!絶対モテるのに」と声を上げる。
もう一人も「ほんとほんと、彼女いないの信じられない」と頷いた。
悟は苦笑して肩をすくめる。
「いや、ほんとにそうなんだ。俺、不器用だからさ」
その横顔を、理恵は静かに見つめていた。
軽く答えているように見えるが、悟の声の奥に、何か押し隠したような響きがある。
──順子。
理恵は心の中でその名前を呟いた。
悟は誰かに恋をしている。その「誰か」が、もうここにはいないことを理恵は直感していた。
「順子に、まだ未練があるんだ……」
確信にも似た思いが胸に刺さり、理恵は箸を止めた。
友達は悟に向かって「絶対すぐに彼女できるよ!」と無邪気に言っている。
しかし理恵の耳には、その言葉が空虚に響いた。
悟は笑顔で受け流しながら、ふと視線を遠くに向ける。
まるで心は、今も東京で暮らす順子を追いかけているかのように。
ーーーーー
店を出て、秋の夜風に頬をなでられながら三人は駅へ向かって歩いていた。
「悟くん、やっぱりかっこいいね」
友達の一人がため息まじりに言う。
「そうそう!料理もうまいし、あれで彼女いないなんて信じられない」
理恵は笑顔を作ろうとしたが、口元はどこか硬い。
「……うん。でもね、悟には好きな人がいたんだよ」
「えっ、そうなの?」
「えー、誰誰?」
友達二人が食いつくように理恵を見た。
理恵はほんの一瞬、言葉を飲み込む。
けれど、胸の奥でまだ続いている気配を感じていたから、素直に口を開いた。
「順子っていう子。同じ高校の同級生だったんだ」
「へぇ~!どんな子?」
「すごく頭が良くて、静かな子。でも……いろいろあってね。自分に自信がなかった」
友達は顔を見合わせ、やがて「ふーん」と軽い調子で頷いた。
けれど理恵の表情は、どこか真剣だった。
「悟はきっと、まだ順子のことを引きずってる。あの目を見たらわかる」
「え、今日?そんな感じしたかなぁ?」
「うん。気づかないくらいのものだけど、私にはわかるんだ」
友達はそれ以上深く聞かなかったが、理恵の胸の中では、高校時代の記憶が鮮明に蘇っていた。
──笑わない順子。
──不器用に気を配る悟。
二人の間に流れていた何かは、今もまだ消えていないのかもしれない。
理恵は夜空を見上げ、小さく息をついた。
ーーーーー
店を閉めた後、悟は調理場に一人残っていた。
静かな厨房に、まな板を叩く包丁の音だけが響く。
「……やっぱり、まだ下手だな」
鱗を落とした川魚を捌きながら、小さく呟いた。
昼間に客に出した料理。褒められはしたけれど、自分の理想には程遠い。
だが──その「理想」の中に、いつも浮かぶ顔があった。
順子。
「美味しい」
その一言を彼女からもらえたら、どんなに嬉しいだろう。
高校のとき、ろくに話もできなかった。
彼女は俺を嫌ってるのかもしれないとずっと思っていた。
でも、気づけば目で追っていた。
彼女が笑うと、自分も安心した。
悟は包丁を置き、深く息を吐いた。
「まだ……忘れられねえのか、俺は」
手を洗いながら鏡に映る自分を見つめる。
高校時代の自分とは違う。
料理人を目指して、形だけは少し大人になった。
けれど心は、まだあの教室の片隅に取り残されたままだった。
「いつか……俺の作った料理を食べてもらえたら」
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