【R18】【挿絵多い】ラバーマスクガール

まへまへ

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第12話 悟の想い

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高校を卒業してからの悟の毎日は、一変していた。

地元の料理専門学校に通いながら、家業の日本料理店を手伝う日々。

「お客さんが笑顔で帰ってくれるのが一番だな」

厨房の奥で包丁を握りながら、悟はふと口にする。

東北地方ならではの新鮮な魚介や山菜、郷土の食材。

それらをどう活かすか、悟は常に考えていた。

「ただ伝統を守るだけじゃなくて、自分のオリジナルを作りたい」

専門学校の授業では、基礎的な和食の技法に加え、盛り付けや新しい調理法も学ぶ。

だが悟にとって一番の学びは、実際に店で客に出す料理を作りながら反応を見ることだった。

失敗すれば落ち込み、成功すればその笑顔が力になる。

そんな充実した毎日を送りながら、悟は少しずつ、料理人としての自分を形にしていった。
(……俺の料理で、もっと地元を知ってもらいたい……)

その思いを胸に、悟は今日も包丁を研ぎ、真剣な眼差しで食材に向き合うのだった。

夕方、専門学校の授業を終えた悟は、家業の日本料理店の厨房に立っていた。

板前姿もすっかり板についてきて、包丁を握る手には迷いがない。



そのとき、店の戸が開いた。

「こんばんは、三人です~」

明るい声が響き、ホールのスタッフが案内する。

カウンター越しに目をやった悟の目に、見知った顔が飛び込んできた。

――理恵だった。

大学の友達らしい二人の女性を連れて、楽しそうに笑っている。
(……理恵……)

一瞬、手が止まったが、すぐに気を取り直して作業を続ける。

「ここ、落ち着いた雰囲気で好きなんだ。高校の同級生がやってるんだよ」

理恵は友達に説明している。

友達の一人が興味津々で店内を見回しながら、

「へぇ~、素敵なお店!料理も楽しみだね」と声を弾ませた。

悟は胸の奥に温かさを感じながら、三人のための前菜を準備する。

地元の山菜をさっと和え、彩りを大切に盛り付ける。

カウンター越しにそっと差し出すと、理恵と目が合った。

「……悟」

「いらっしゃい。ようこそ」

短い言葉だったが、互いに笑みがこぼれる。

友達が「えっ、同級生なの?」と驚き、理恵は「そうそう、昔から真面目な人だったんだよ」と少し誇らしげに語る。

悟は照れくささを覚えながらも、料理人としての自分を見てもらえることに、胸が高鳴っていた。

「このお料理、すごく繊細な味ですね!」

理恵の友達の一人が、箸を止めて目を輝かせた。

「地元の食材を使ってるんですか?」

カウンター越しに問いかけられた悟は、一瞬驚いたが、すぐに穏やかに答える。

「はい。山菜や魚は、できるだけ東北のものを使うようにしています。今日は川魚を昆布締めにしてみました」

「ええ~、すごい!しかも見た目が華やかで……」

もう一人の友達が感心して身を乗り出す。

「専門学校に通ってるんですよね?でも、すでにプロみたい」

悟は少し頬を赤らめて、苦笑した。

「まだまだです。修行中の身なんで。家業だから手伝ってはいますけど、もっと勉強しないと」

理恵がくすっと笑いながら、友達に説明する。

「悟はね、高校のときから運動神経抜群で人気者だったんだよ。でも今は、こうやって料理の道に進んでる。ギャップあるでしょ?」

「へぇ~!高校時代から知ってるっていいなあ」

「うんうん。なんか青春ドラマみたい」

二人の友達は楽しそうに理恵と悟を見比べる。

悟は照れながらも、丁寧に料理を盛り付け続けた。

ふとした瞬間、理恵と悟の視線が重なる。

言葉は交わさないが、二人の間に高校時代からの時間の流れを感じさせる、柔らかな空気が漂っていた。

「悟くんって、今彼女とかいるんですか?」

友達の一人が軽い調子で尋ねた。

お酒の席でもないのに、唐突な質問に場が少し静まる。

悟は包丁を置き、わずかに視線を落としてから答えた。

「……いないよ。料理と学校で手一杯だから」

その言葉に友達は「意外~!絶対モテるのに」と声を上げる。

もう一人も「ほんとほんと、彼女いないの信じられない」と頷いた。

悟は苦笑して肩をすくめる。

「いや、ほんとにそうなんだ。俺、不器用だからさ」

その横顔を、理恵は静かに見つめていた。

軽く答えているように見えるが、悟の声の奥に、何か押し隠したような響きがある。

──順子。

理恵は心の中でその名前を呟いた。

悟は誰かに恋をしている。その「誰か」が、もうここにはいないことを理恵は直感していた。

「順子に、まだ未練があるんだ……」

確信にも似た思いが胸に刺さり、理恵は箸を止めた。

友達は悟に向かって「絶対すぐに彼女できるよ!」と無邪気に言っている。

しかし理恵の耳には、その言葉が空虚に響いた。

悟は笑顔で受け流しながら、ふと視線を遠くに向ける。

まるで心は、今も東京で暮らす順子を追いかけているかのように。

ーーーーー

店を出て、秋の夜風に頬をなでられながら三人は駅へ向かって歩いていた。

「悟くん、やっぱりかっこいいね」

友達の一人がため息まじりに言う。

「そうそう!料理もうまいし、あれで彼女いないなんて信じられない」

理恵は笑顔を作ろうとしたが、口元はどこか硬い。

「……うん。でもね、悟には好きな人がいたんだよ」

「えっ、そうなの?」

「えー、誰誰?」

友達二人が食いつくように理恵を見た。

理恵はほんの一瞬、言葉を飲み込む。

けれど、胸の奥でまだ続いている気配を感じていたから、素直に口を開いた。

「順子っていう子。同じ高校の同級生だったんだ」

「へぇ~!どんな子?」

「すごく頭が良くて、静かな子。でも……いろいろあってね。自分に自信がなかった」

友達は顔を見合わせ、やがて「ふーん」と軽い調子で頷いた。

けれど理恵の表情は、どこか真剣だった。

「悟はきっと、まだ順子のことを引きずってる。あの目を見たらわかる」

「え、今日?そんな感じしたかなぁ?」

「うん。気づかないくらいのものだけど、私にはわかるんだ」

友達はそれ以上深く聞かなかったが、理恵の胸の中では、高校時代の記憶が鮮明に蘇っていた。

──笑わない順子。

──不器用に気を配る悟。

二人の間に流れていた何かは、今もまだ消えていないのかもしれない。

理恵は夜空を見上げ、小さく息をついた。


ーーーーー


店を閉めた後、悟は調理場に一人残っていた。

静かな厨房に、まな板を叩く包丁の音だけが響く。

「……やっぱり、まだ下手だな」

鱗を落とした川魚を捌きながら、小さく呟いた。

昼間に客に出した料理。褒められはしたけれど、自分の理想には程遠い。

だが──その「理想」の中に、いつも浮かぶ顔があった。

順子。

「美味しい」

その一言を彼女からもらえたら、どんなに嬉しいだろう。

高校のとき、ろくに話もできなかった。

彼女は俺を嫌ってるのかもしれないとずっと思っていた。

でも、気づけば目で追っていた。

彼女が笑うと、自分も安心した。

悟は包丁を置き、深く息を吐いた。

「まだ……忘れられねえのか、俺は」

手を洗いながら鏡に映る自分を見つめる。

高校時代の自分とは違う。

料理人を目指して、形だけは少し大人になった。

けれど心は、まだあの教室の片隅に取り残されたままだった。

「いつか……俺の作った料理を食べてもらえたら」

そう呟くと、悟は静かに包丁を磨きはじめた。

彼にとって料理は修行であり、祈りでもあった。

順子への想いを込めて、一皿一皿を仕上げていくために。


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