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第13話 悟の記事
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ーーーー数か月後
「ねえ見た?これ」
母親が店のカウンターに新聞を置いた。
地元の小さな地方紙。
そこには「若き料理人の挑戦」という見出しと共に、悟の笑顔の写真が掲載されていた。
──“地元の山菜や川魚を使った新しい料理に取り組む、専門学校生の悟さん(19)。家業の日本料理店を手伝いながら、東北の食材の魅力を広めようと努力している。”
記事はほんの小さなものだったが、写真には真剣な目で盛り付けをする悟の姿が写っていた。
「悟、すごいじゃない。新聞に載るなんて」
悟の母が誇らしげに笑う。
悟は照れくさそうに頭をかいた。
「いや、取材って言っても、学校の先生が紹介してくれただけだし……」
けれど、店の常連客はその記事を見て、次々に声をかけてきた。
「新聞読んだよ、若旦那!」
「いや~、これから有名になっちゃうんじゃないの?」
悟は笑いながら「まだまだですよ」と答えたが、胸の奥が少し熱くなるのを感じていた。
夜、厨房で一人になると、記事の切り抜きを手に取る。
順子がもし、これを目にしたらどう思うだろう。
「少しは……変わったって思ってくれるかな」
自分の名前と写真が活字になったことが、ただの料理人としての喜びだけでなく、どこか順子に届けたい願いのように感じられた。
悟は切り抜きを大切に折り畳み、引き出しの奥にそっとしまった。
ーーーーその頃順子はーーーーー
ハルカとして働き始めて数週間。
ラバーに包まれる日常が、彼女にとって「もうひとつの現実」になりつつあった。
客の前に立ち、視線を浴びるだけで、最初は恥ずかしさと高揚感が入り混じっていたのに、今ではその熱が快感のように身体に馴染んでいた。
「ハルカは、最近命令されることは少ないね」
休憩中、アキが微笑んで言った。
確かに、客たちは新人である彼女を大事に扱っているのか、ただ眺める程度で済ませてくれることが多かった。
その一方で──アキは違う。
彼女はフロアで呼び止められるたびに、どんな命令にも軽やかに応えていた。
ときに妖艶に、ときに茶目っ気を交えて。
その姿は、ただエロティックというだけでなく、客たちを魅了し、笑わせ、楽しませる。
──プロだ。
順子はそう思った。
ただ「見られる」存在ではなく、「舞台で生きる表現者」。
今日も、フロアに小さなざわめきが走る。
アキが客の前で命令に従う瞬間。
キャストたちも遠巻きに見守り、観客のように空気を共有している。
順子は胸を締めつけられるような感覚に包まれた。
──私も、あんなふうに……。
ラバーの下で、彼女の心臓が高鳴っていた。
勤務を終え、ラバースーツのまま控室に戻った順子――ハルカは、ソファに腰を下ろした。
周囲も全員ラバーに包まれ、目や口だけがわずかに見える姿。
誰が誰なのか、素顔や名前はもちろんわからない。
まるで異世界の集団の中に紛れ込んだような感覚だった。
「ねえ、見た?私ね、東北地方出身なの。イケメン見つけちゃった。」
隣に座っているラバー姿のキャストが、スマホにネット記事を表示する。
光沢の黒や赤のラバーに包まれた手が、スマホ画面を順子の方に差し出す。
順子はふと視線を向ける。
記事には、真剣な表情で料理を盛り付ける若い男性の写真。
──悟(19)。
その名前を見た瞬間、順子の胸が高鳴った。
ラバーに覆われた自分の体が、急に熱く、そして少し震える。
記事には短く紹介されていた。
“東北の食材にこだわる若手料理人。家業の日本料理店を手伝いながら、専門学校で新しい日本料理を研究中。”
順子は、視界に入るラバーの手元も気にならないほど、記事に夢中になった。
──私が夜の世界で別の自分として存在している間、悟は料理で輝いている。
「どうしたの?」
ラバー姿の隣のキャストが、微かに声をかける。
順子は慌てて首を振った。
「い、いえ……」
控室のざわめきの中で、順子の意識は完全に記事の中の悟に集中していた。
──私は高校のときの順子と同じ。でも悟はもう遠くにいる。
──私がハルカとして生きる間に、悟は確実に前に進んでいる。
胸の奥に、嫉妬にも似た熱と、取り残されたような寂しさが同時に押し寄せてきた。
「ねえ見た?これ」
母親が店のカウンターに新聞を置いた。
地元の小さな地方紙。
そこには「若き料理人の挑戦」という見出しと共に、悟の笑顔の写真が掲載されていた。
──“地元の山菜や川魚を使った新しい料理に取り組む、専門学校生の悟さん(19)。家業の日本料理店を手伝いながら、東北の食材の魅力を広めようと努力している。”
記事はほんの小さなものだったが、写真には真剣な目で盛り付けをする悟の姿が写っていた。
「悟、すごいじゃない。新聞に載るなんて」
悟の母が誇らしげに笑う。
悟は照れくさそうに頭をかいた。
「いや、取材って言っても、学校の先生が紹介してくれただけだし……」
けれど、店の常連客はその記事を見て、次々に声をかけてきた。
「新聞読んだよ、若旦那!」
「いや~、これから有名になっちゃうんじゃないの?」
悟は笑いながら「まだまだですよ」と答えたが、胸の奥が少し熱くなるのを感じていた。
夜、厨房で一人になると、記事の切り抜きを手に取る。
順子がもし、これを目にしたらどう思うだろう。
「少しは……変わったって思ってくれるかな」
自分の名前と写真が活字になったことが、ただの料理人としての喜びだけでなく、どこか順子に届けたい願いのように感じられた。
悟は切り抜きを大切に折り畳み、引き出しの奥にそっとしまった。
ーーーーその頃順子はーーーーー
ハルカとして働き始めて数週間。
ラバーに包まれる日常が、彼女にとって「もうひとつの現実」になりつつあった。
客の前に立ち、視線を浴びるだけで、最初は恥ずかしさと高揚感が入り混じっていたのに、今ではその熱が快感のように身体に馴染んでいた。
「ハルカは、最近命令されることは少ないね」
休憩中、アキが微笑んで言った。
確かに、客たちは新人である彼女を大事に扱っているのか、ただ眺める程度で済ませてくれることが多かった。
その一方で──アキは違う。
彼女はフロアで呼び止められるたびに、どんな命令にも軽やかに応えていた。
ときに妖艶に、ときに茶目っ気を交えて。
その姿は、ただエロティックというだけでなく、客たちを魅了し、笑わせ、楽しませる。
──プロだ。
順子はそう思った。
ただ「見られる」存在ではなく、「舞台で生きる表現者」。
今日も、フロアに小さなざわめきが走る。
アキが客の前で命令に従う瞬間。
キャストたちも遠巻きに見守り、観客のように空気を共有している。
順子は胸を締めつけられるような感覚に包まれた。
──私も、あんなふうに……。
ラバーの下で、彼女の心臓が高鳴っていた。
勤務を終え、ラバースーツのまま控室に戻った順子――ハルカは、ソファに腰を下ろした。
周囲も全員ラバーに包まれ、目や口だけがわずかに見える姿。
誰が誰なのか、素顔や名前はもちろんわからない。
まるで異世界の集団の中に紛れ込んだような感覚だった。
「ねえ、見た?私ね、東北地方出身なの。イケメン見つけちゃった。」
隣に座っているラバー姿のキャストが、スマホにネット記事を表示する。
光沢の黒や赤のラバーに包まれた手が、スマホ画面を順子の方に差し出す。
順子はふと視線を向ける。
記事には、真剣な表情で料理を盛り付ける若い男性の写真。
──悟(19)。
その名前を見た瞬間、順子の胸が高鳴った。
ラバーに覆われた自分の体が、急に熱く、そして少し震える。
記事には短く紹介されていた。
“東北の食材にこだわる若手料理人。家業の日本料理店を手伝いながら、専門学校で新しい日本料理を研究中。”
順子は、視界に入るラバーの手元も気にならないほど、記事に夢中になった。
──私が夜の世界で別の自分として存在している間、悟は料理で輝いている。
「どうしたの?」
ラバー姿の隣のキャストが、微かに声をかける。
順子は慌てて首を振った。
「い、いえ……」
控室のざわめきの中で、順子の意識は完全に記事の中の悟に集中していた。
──私は高校のときの順子と同じ。でも悟はもう遠くにいる。
──私がハルカとして生きる間に、悟は確実に前に進んでいる。
胸の奥に、嫉妬にも似た熱と、取り残されたような寂しさが同時に押し寄せてきた。
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