【R18】【挿絵多い】ラバーマスクガール

まへまへ

文字の大きさ
16 / 58

第16話 アキの気づき

しおりを挟む
翌朝。

目覚まし時計の音に目を覚ました順子は、ベッドの中でしばらく動けなかった。

昨夜の配信での出来事が、頭から離れなかったのだ。

──J子。キスしてほしい。

そのコメント。

まるで自分を知っているかのような文字列に、混乱と動揺が止まらない。

「……悟、なわけない。ないよね……」

呟きながらも、心臓はまた早鐘を打つ。

シャワーを浴び、制服のように白衣を着て大学へ向かう。

講義室では真面目にノートをとり、教授の話を一言も逃さないように耳を澄ます。

けれど、黒板の文字よりも昨夜のコメントが頭にちらつく。

「順子ちゃん、昨日のレポートまとめてきた?」

隣の席の同級生に声をかけられても、どこか上の空だった。

「……あ、うん。あるよ」

慌てて微笑みを返すが、心は落ち着かない。

授業の合間に図書館へ行っても、ノートの余白に無意識に「悟」の字を書いている自分に気づき、慌てて消す。

「……私、何やってるの」

現実では看護師を目指して真面目に学び、裏ではハルカやラバーマスクガールとして快楽と高揚に溺れる。

そして今、その二つの世界が、少しずつ重なり始めている気がしてならない。

昼休み。学食のテーブルに一人座りながら、順子は小さくため息をついた。

「……こんな気持ちで、大丈夫なのかな……」

彼女の胸の中で、現実と仮面の境界は揺らぎ始めていた。


ーーーーー


昼食を終えた順子は、気持ちを整理するようにゆっくりと歩いて寮へと戻ってきた。

寮は四階建て。

順子の部屋は一年生フロアの一階にあり、普段は上の階に行くこともない。

だから上級生と接点があるのは、せいぜいエントランスで顔を合わせて会釈する程度だ。

ガラス扉を押し開けると、ちょうど中から一人の上級生が出てきた。

長い黒髪がさらりと揺れる。背筋がすっと伸び、落ち着いた雰囲気をまとった女性。

「……」

順子は反射的に軽く会釈した。

その瞬間、女性がハッとしたように目を見開いた。

まるで、予想もしないものを目にしたような顔。
(え……?)

順子は戸惑いながらも、特に言葉を交わさず通り過ぎる。

ほんの一瞬のことだったが、順子には「え?」と疑問が残る。
(……私、変な顔でもしてた?)

心の中でそう呟きながら、順子は軽く首を傾げる。

女性はすぐに表情を整えると、何事もなかったかのように外へ歩み去っていった。

だが順子の背中には、ほんのわずかに視線の熱が残っているように感じられた。

廊下を歩きながらも、その驚いた目が焼きついて離れない。
(なんだったんだろ……)

順子は小さく息を吐き、自室の扉を開けた。

昨日の配信の余韻と、今すれ違った上級生のことが胸の中で混ざり合い、心は妙に落ち着かない。




ーーーその日の夜。順子は倶楽部に出勤した。

更衣室の扉を閉めると、そこはすでに自分を別人へと変えていく儀式の場だった。

順子は制服のように手際よく衣服を脱ぎ、オイルを肌に薄く伸ばす。

しなやかなラバーが、ぴたりと体に吸い付く。

胸を、腰を、太腿を、すべてを包み込む圧迫感に息を吐くと、鏡の中の自分はもう順子ではなかった。

──ハルカ。

黒いラバーマスクを締め上げ、赤い目のカラコン、重いアイシャドウをのせた姿。

その完成した自分の姿を見つめると、胸が高鳴り、現実から切り離されていく感覚が訪れる。

「……よし」

小さく呟き、ハルカは更衣室を後にした。

バックヤードに入ると、すでにひときわ存在感のあるキャストがそこにいた。

全身を黒光りのラバーで飾り、シルバーのウィッグを揺らす─ーアキ。

「こんばんは、ハルカ」

低く落ち着いた声が、ラバーの奥から響く。

「こんばんは、アキさん」

ハルカは自然に礼をした。慣れない頃なら緊張で声が震えていたが、今は少し余裕がある。

アキはそんなハルカを見て、口元を覆うマスク越しにわずかに笑ったように見えた。

「一人で準備できるようになったのね。頼もしいわ」

「はい。だいぶ慣れてきました」

──アキは今日気づいてしまった。

自分の目の前にいるこのラバーの新人が、大学の寮で見かけた“あの一年生”であることを。

だがその事実を口にすることはしない。

ただ、視線にほんの少しの親密さを滲ませて、ハルカに話しかける。

「今日はきっと良い夜になるわ。あなたならね」

ハルカは、意味を測りかねて小さく頷いた。

ーーーー

ハルカは、ふとアキをもう一度見返した。

雰囲気はいつも通り落ち着いたリーダーの佇まい。

けれど──どこか違う。

「……え?」

目を凝らすと、ラバースーツの胸の部分だけが切り取られたように見え、ふくよかな乳房がむき出しになっているように思えた。

「ア、アキさん……胸……どうしたんですか?」

思わず声が震えた。

アキは小さく笑い、肩を揺らした。

「ふふ、そう見えた?これは“シリコンバスト”。ファッションみたいなものよ。本物じゃないの」

「シリコン……?」

信じられず、ハルカは目を丸くした。

「触ってみる?」

ラバー越しの指が胸の上を軽く叩く。

アキのその余裕に飲み込まれるように、ハルカはこくりと頷いた。

指先を伸ばす。

ぷに、と柔らかい感触が指に伝わり、思わず息をのむ。

「……すごい、本物みたい」

「でしょ? お客様はこういう“視覚の遊び”が大好きなの」

アキは片目をウィンクさせ、シルバーのウィッグを揺らした。

その仕草に、ハルカの胸は妙にざわめいた。

ただのシリコンだとわかっているのに、ラバーで隠された存在感と合わさり、妖艶すぎる色気を放っている。

アキは、そんなハルカの戸惑いを見透かしたように囁いた。

「……今日は特別なお客様が来るわ。私にとっても、あなたにとってもね」

「特別……?」

何のことだろう。

ハルカは胸の奥にざらつくような不安と、抗えない高揚を同時に感じた。


ーーーバックヤード。

アキのシルバーのウィッグが照明に反射してきらめいた。

彼女は胸元のシリコンバストを軽く持ち上げると、鏡越しにハルカを見据える。

「ハルカ。今日は……私の姿を、ちゃんと見ておきなさい」

「……え?」

ハルカは戸惑い、ラバーマスクの下で瞬きをした。

「どういう意味ですか?」

アキは笑みを浮かべたまま、少し低い声で続ける。

「私には“専属に近いお客様”がいる。その方に命令されるときの私を、あなたに見てほしいの」

「……見てほしい?」

「そう。今日、私がどう振る舞うか。どう従うか。どう演じるか……それを、全部」

アキはラバーグローブをはめた指先をゆっくりと持ち上げ、ハルカの胸元に軽く触れる。

「いずれ、あなたが必要になる。そのときに備えてね」

ハルカは言葉を失った。

意味が、よくわからない。ただ、アキの声音には冗談の響きは一切なかった。

「……私に、そんな……」

声を絞り出したが、アキは首を横に振った。

「あるのよ。あなたには、その素質が」

その瞳はラバーマスクの奥で揺らがず、ただ真っ直ぐに射抜いてくる。

ハルカの胸が早鐘を打った。

(素質……私に? 何の……?)

わからない。ただ、背筋を伝う震えが心地よくて、抗えない。

やがてフロアの方からベルの音が響いた。

「……来たみたいね」

アキは背筋を伸ばし、完璧な“キャスト”の顔に戻る。

「見ていて、ハルカ。今日の私は、あなたのためにあるの」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

継承される情熱 還暦蜜の符合

MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。 しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。 母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。 同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...