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第40話 悟からの差し入れ
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ーーー夕方の東京駅。
ホームに傾いた陽が差し込み、スーツケースを引く人々の影が長く伸びていた。
アナウンスが新幹線の出発を告げるたび、構内に風が流れ、旅立ちの気配が満ちていく。
悟と順子は、改札の前に立っていた。
悟はキャリーケースを持つ順子を見つめ、少し照れたように笑う。
「今日の昼、ほんとにご馳走さま。あんな店、人生で初めてだったよ」
「ふふ、そう?」
順子が笑うと、悟は少し声を落とした。
「だからさ、お礼に――順子がお世話になってる倶楽部に、俺が作った弁当送るよ。『東北幕内弁当』皆さんにも食べてほしくて…。」
順子は一瞬驚き、すぐにふっと優しい笑みを浮かべた。
「うん、喜ぶと思う。アキさんもオーナーも……きっとね」
「そっか。じゃあ、近いうちに送るよ」
新幹線の到着を知らせる風が、二人の髪を揺らす。
悟は名残惜しそうに順子の顔を見て、小さく息をついた。
「じゃあ、そろそろ行くよ。……また連絡する」
悟が背を向け、一歩踏み出そうとした瞬間――
順子は我慢できず、その背中にぎゅっと抱きついた。
「もっと……一緒にいたいよ」
悟は驚いたように振り返り、そして何も言わず順子の額に唇を落とした。
その優しい温もりが、すべての言葉の代わりになった。
「すぐ会いに来るから」
小さくそう囁くと、悟は改札を抜けて新幹線に乗り込んだ。
ドアが閉まり、列車がゆっくりと動き出す。
順子はホームに立ったまま、手を振る代わりに胸の前で両手を組んだ。
夕暮れのホームに、車輪の音と、切なさだけが静かに残った。
ーーーそれから数週間後のある日。
倶楽部の裏口を入ると、いつものように香水とラバーの匂いが混じった独特の空気が漂っていた。
順子がタイムカードを押すと、奥からアキが勢いよく駆け寄ってきた。
「ちょっと順子!来たわよ!すごいのが!」
「え?なにが?」
「ほらこれ!」
アキが控え室のテーブルを指さす。
そこには、上品な包み紙に包まれたお弁当がずらりと並んでいた。
どれも統一されたデザインの箱で、帯には金の箔で「東北幕内弁当」と書かれている。
「キャスト全員分!冷蔵便で届いたのよ。宛名が“ハルカ様(順子様)”になってたから、私が受け取っといたけど……これ、なに?」
アキがニヤリと笑う。
順子は包みを見つめながら、静かに微笑んだ。
「……悟から。私の彼、なんだけどね。説明するから、着替え終わったら皆んな集めてくれませんか?」
「え、ちょっと待って、まさかその“悟”って――あの“ラバー好きの悟”?」
「ふふ、そう♡その悟」
***
数分後、ラバー姿の“ハルカ”になった順子が控え室に戻ると、すでにキャスト全員が集まっていた。
テーブルの上には弁当がずらりと並び、皆の視線は興味津々。
「みんな、ごめんね。これ、私の……彼が送ってくれたの」
「彼!?」
と一斉に声が上がる。
その中で、以前“悟の記事”をハルカに見せた東北出身の子が、目を丸くして叫んだ。
「あっ!これ!この弁当、ネットで見た!“イケメン料理人が作る、郷土料理弁当”ってバズってたやつ!」
「えー!ほんと?」
「うそー!ハルカの彼氏、あの人!?」
「この人めっちゃイケメンだったじゃん!」
「ていうかさ、弁当のクオリティ高すぎ!私の彼なんてコンビニで唐揚げ買ってくるだけだよ!」
順子――ハルカは、少し照れながら微笑んだ。
「うん……あの人、料理の修行してるの。これ、皆さんに“いつも順子がお世話になってます”って言って送ってくれたみたい」
「キャー!なにそれ最高じゃん!」
「真面目で優しくてイケメンで、弁当まで作る男?私が結婚する!」
「無理!ハルカの彼だって!」
アキは腕を組みながらため息をついた。
「……なるほどね。泣き顔で相談してきたと思ったら、まったくハルカって。ふふ。でも――いい男じゃない。あんた、やるじゃん」
ハルカは少し恥ずかしそうに笑いながら、テーブルの弁当を見つめた。
「……うん。私には、もったいないくらい」
照明の反射で黒いラバーが艶めく中、控え室は笑い声と温かい空気に包まれていた。
ホームに傾いた陽が差し込み、スーツケースを引く人々の影が長く伸びていた。
アナウンスが新幹線の出発を告げるたび、構内に風が流れ、旅立ちの気配が満ちていく。
悟と順子は、改札の前に立っていた。
悟はキャリーケースを持つ順子を見つめ、少し照れたように笑う。
「今日の昼、ほんとにご馳走さま。あんな店、人生で初めてだったよ」
「ふふ、そう?」
順子が笑うと、悟は少し声を落とした。
「だからさ、お礼に――順子がお世話になってる倶楽部に、俺が作った弁当送るよ。『東北幕内弁当』皆さんにも食べてほしくて…。」
順子は一瞬驚き、すぐにふっと優しい笑みを浮かべた。
「うん、喜ぶと思う。アキさんもオーナーも……きっとね」
「そっか。じゃあ、近いうちに送るよ」
新幹線の到着を知らせる風が、二人の髪を揺らす。
悟は名残惜しそうに順子の顔を見て、小さく息をついた。
「じゃあ、そろそろ行くよ。……また連絡する」
悟が背を向け、一歩踏み出そうとした瞬間――
順子は我慢できず、その背中にぎゅっと抱きついた。
「もっと……一緒にいたいよ」
悟は驚いたように振り返り、そして何も言わず順子の額に唇を落とした。
その優しい温もりが、すべての言葉の代わりになった。
「すぐ会いに来るから」
小さくそう囁くと、悟は改札を抜けて新幹線に乗り込んだ。
ドアが閉まり、列車がゆっくりと動き出す。
順子はホームに立ったまま、手を振る代わりに胸の前で両手を組んだ。
夕暮れのホームに、車輪の音と、切なさだけが静かに残った。
ーーーそれから数週間後のある日。
倶楽部の裏口を入ると、いつものように香水とラバーの匂いが混じった独特の空気が漂っていた。
順子がタイムカードを押すと、奥からアキが勢いよく駆け寄ってきた。
「ちょっと順子!来たわよ!すごいのが!」
「え?なにが?」
「ほらこれ!」
アキが控え室のテーブルを指さす。
そこには、上品な包み紙に包まれたお弁当がずらりと並んでいた。
どれも統一されたデザインの箱で、帯には金の箔で「東北幕内弁当」と書かれている。
「キャスト全員分!冷蔵便で届いたのよ。宛名が“ハルカ様(順子様)”になってたから、私が受け取っといたけど……これ、なに?」
アキがニヤリと笑う。
順子は包みを見つめながら、静かに微笑んだ。
「……悟から。私の彼、なんだけどね。説明するから、着替え終わったら皆んな集めてくれませんか?」
「え、ちょっと待って、まさかその“悟”って――あの“ラバー好きの悟”?」
「ふふ、そう♡その悟」
***
数分後、ラバー姿の“ハルカ”になった順子が控え室に戻ると、すでにキャスト全員が集まっていた。
テーブルの上には弁当がずらりと並び、皆の視線は興味津々。
「みんな、ごめんね。これ、私の……彼が送ってくれたの」
「彼!?」
と一斉に声が上がる。
その中で、以前“悟の記事”をハルカに見せた東北出身の子が、目を丸くして叫んだ。
「あっ!これ!この弁当、ネットで見た!“イケメン料理人が作る、郷土料理弁当”ってバズってたやつ!」
「えー!ほんと?」
「うそー!ハルカの彼氏、あの人!?」
「この人めっちゃイケメンだったじゃん!」
「ていうかさ、弁当のクオリティ高すぎ!私の彼なんてコンビニで唐揚げ買ってくるだけだよ!」
順子――ハルカは、少し照れながら微笑んだ。
「うん……あの人、料理の修行してるの。これ、皆さんに“いつも順子がお世話になってます”って言って送ってくれたみたい」
「キャー!なにそれ最高じゃん!」
「真面目で優しくてイケメンで、弁当まで作る男?私が結婚する!」
「無理!ハルカの彼だって!」
アキは腕を組みながらため息をついた。
「……なるほどね。泣き顔で相談してきたと思ったら、まったくハルカって。ふふ。でも――いい男じゃない。あんた、やるじゃん」
ハルカは少し恥ずかしそうに笑いながら、テーブルの弁当を見つめた。
「……うん。私には、もったいないくらい」
照明の反射で黒いラバーが艶めく中、控え室は笑い声と温かい空気に包まれていた。
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