49 / 58
第49話 道中の大笑い
しおりを挟む
車は国道を外れ、静かな田舎道を北へと進んでいた。
街のざわめきが遠ざかるにつれ、車内には心地よいエンジン音と、FMラジオのぼんやりとした音楽だけが流れていた。
助手席の順子が、スマホの地図を見ながらぽつりと呟く。
「目的地はね……行ったことないんだけど。」
運転席の悟がちらりと視線をやる。
「うん?」
「森があって、人がいなくて、誰も来そうにないところ……」
後部座席の麗子が、コーヒーを口にしながら首をかしげる。
「ふむ、つまり静かで、撮影にぴったりなとこ?」
順子はコクリと頷く。
「うん、だから――」
一瞬、言葉を詰まらせてから、小さな声で言った。
「――樹海。」
その瞬間、車内の空気がピタッと止まった。
「……え?」
悟がハンドルを握る手を固めたまま、ミラー越しに順子を見た。
「じゅ、樹海って……あの“青木ヶ原の樹海”のこと? ほら……死にたい人が行くっていう……」
「えぇぇっ⁉」
麗子も目を丸くして、前の席に身を乗り出した。
「順子、あなたまさか――」
「だって……」
順子は視線を落とし、口を尖らせた。
「だって、“誰も来ない”って言ったら、そこぐらいしか思いつかなくて……」
一瞬の沈黙。
そして――
「ぷっ……はははっ!」
最初に笑い出したのは麗子だった。
膝を叩いて、涙が出るほど笑いながら、
「なによそれ!“卒業記念ラバー旅 in 樹海”って! もう、発想がぶっ飛びすぎ!」
順子は頬をふくらませながらも、つられて笑ってしまう。
「えー、だって、静かで……バレないし……!」
悟も半笑いでぼそっと言う。
「いや、“バレない”ってレベルじゃなくて……“帰ってこれない”場所だよ、それ……」
「やだもう、縁起でもない!」
麗子は手をひらひらと振ってから、「でも、まぁ……いいじゃない?」と悪戯っぽく微笑んだ。
「秘境探検ツアーみたいで。たぶんそこなら、思いっきり撮影できるでしょ?」
「でしょ!?」
順子が目を輝かせる。
「木もいっぱいあるし、誰もいないし、空気も綺麗で、なんか“幻想的な写真”とか撮れそうじゃない?」
悟は苦笑いを浮かべながらも、
「……まぁ、順子がそう言うなら。命だけは大事にしような。」
「それ、ちょっと怖いんだけど!」
順子は笑いながら肩を叩き、麗子はまたクスクスと笑い出す。
そんな冗談混じりの空気の中、車はのどかな田舎道を、ゆっくりと北へ走っていた。
両脇にはまだ冬の名残を残す枯れた田畑と、遠くに霞む山並み。
朝の光がやわらかく車内を照らし、窓の外には春の気配がほんのり漂っている。
助手席の順子が地図アプリを見ながら「あ、次の信号を右ね」と指差す。
悟が「了解」と軽く返してハンドルを切ったそのとき――
後部座席の麗子が、ふいに興味深そうな声で口を開いた。
「ねぇ、悟くん。」
「はい?」
「あなた……ラバー姿の女の人が好きなの?」
その質問はあまりにも唐突だった。
悟は目を丸くして、一瞬ハンドルを握る手に力が入る。
「えっ……あ、あの……」
順子は思わず吹き出しそうになるのをこらえて、助手席で肩を震わせた。
「ぷっ……麗子さん、それ今聞く?(笑)」
けれど、麗子はいたって真顔――いや、むしろ楽しそうなニヤニヤ顔で続けた。
「だって気になるじゃない。順子から、なんか“悟は変態だけど憎めない”って聞いてたし。」
「おいおいおい、ちょっと待ってくれ、それ初耳なんだけど!?」
悟は即座に順子を見やるが、順子はあからさまに視線を逸らす。
麗子はケラケラと笑いながら、さらに追い打ちをかけるように尋ねた。
「で、どうなの? 本当にラバー姿の女の子が好き?」
悟は観念したように苦笑し、頭を掻いた。
「……はい。恥ずかしながら、高校のときから……夜な夜なネットで……」
言いながら、自分でも情けなくなったのか、語尾がどんどん小さくなっていく。
「夜な夜な、ネットで……なにを?」
麗子の追撃。
「うっ……見てました……」
「ぷっ!」
麗子は堪えきれずに吹き出した。
「なにそれ!真面目な顔で言うから余計おかしい!」
順子も、もう笑いをこらえきれずに顔を両手で覆う。
「ちょ、悟、それ言わなくていいのに~!」
「だ、だって聞かれたから!」
「で?」麗子はわざとらしく顎に手を当て、「順子のラバー姿も見たの?」とにやり。
「えっ……えぇっ!?」
悟は一瞬で固まり、運転席の中で順子を見る。
順子は、顔を真っ赤にしながら両手をぶんぶん振った。
「ち、違うの!違うんです!悟がどうしても見たいって言うから、仕方なくっ!」
「おいおい順子、それは違うだろ!?」
悟は慌てて反論するが、その顔も耳まで真っ赤。
「“順子がノリノリだった”って、俺、ちゃんと覚えてるからな!?」
「悟!コラッ!!」
順子が思いっきり悟の肩をペシンと叩く。
車が軽く揺れ、悟が「ハンドル持ってるから!揺れるから!」と慌てる。
その光景を見て、麗子はついに大笑いした。
「ははははっ!もう最高!なんなのこの二人、漫才コンビみたい!」
「漫才じゃありませんっ!」
順子がムッとしながら言うが、口元はすでに笑っている。
悟は小声で「……まぁでも、また着てくれたら嬉しいけどな」と呟いた。
「今なんか言った!?」
順子が振り返る。
「い、いや!? なんでもないっ!」
麗子は笑いすぎて涙を拭いながら、
「ふふっ、やっぱりいいね、この旅。退屈しなさそう。」
車は、笑い声に包まれながら、ゆっくりと森の方角へ走り続けた――。
街のざわめきが遠ざかるにつれ、車内には心地よいエンジン音と、FMラジオのぼんやりとした音楽だけが流れていた。
助手席の順子が、スマホの地図を見ながらぽつりと呟く。
「目的地はね……行ったことないんだけど。」
運転席の悟がちらりと視線をやる。
「うん?」
「森があって、人がいなくて、誰も来そうにないところ……」
後部座席の麗子が、コーヒーを口にしながら首をかしげる。
「ふむ、つまり静かで、撮影にぴったりなとこ?」
順子はコクリと頷く。
「うん、だから――」
一瞬、言葉を詰まらせてから、小さな声で言った。
「――樹海。」
その瞬間、車内の空気がピタッと止まった。
「……え?」
悟がハンドルを握る手を固めたまま、ミラー越しに順子を見た。
「じゅ、樹海って……あの“青木ヶ原の樹海”のこと? ほら……死にたい人が行くっていう……」
「えぇぇっ⁉」
麗子も目を丸くして、前の席に身を乗り出した。
「順子、あなたまさか――」
「だって……」
順子は視線を落とし、口を尖らせた。
「だって、“誰も来ない”って言ったら、そこぐらいしか思いつかなくて……」
一瞬の沈黙。
そして――
「ぷっ……はははっ!」
最初に笑い出したのは麗子だった。
膝を叩いて、涙が出るほど笑いながら、
「なによそれ!“卒業記念ラバー旅 in 樹海”って! もう、発想がぶっ飛びすぎ!」
順子は頬をふくらませながらも、つられて笑ってしまう。
「えー、だって、静かで……バレないし……!」
悟も半笑いでぼそっと言う。
「いや、“バレない”ってレベルじゃなくて……“帰ってこれない”場所だよ、それ……」
「やだもう、縁起でもない!」
麗子は手をひらひらと振ってから、「でも、まぁ……いいじゃない?」と悪戯っぽく微笑んだ。
「秘境探検ツアーみたいで。たぶんそこなら、思いっきり撮影できるでしょ?」
「でしょ!?」
順子が目を輝かせる。
「木もいっぱいあるし、誰もいないし、空気も綺麗で、なんか“幻想的な写真”とか撮れそうじゃない?」
悟は苦笑いを浮かべながらも、
「……まぁ、順子がそう言うなら。命だけは大事にしような。」
「それ、ちょっと怖いんだけど!」
順子は笑いながら肩を叩き、麗子はまたクスクスと笑い出す。
そんな冗談混じりの空気の中、車はのどかな田舎道を、ゆっくりと北へ走っていた。
両脇にはまだ冬の名残を残す枯れた田畑と、遠くに霞む山並み。
朝の光がやわらかく車内を照らし、窓の外には春の気配がほんのり漂っている。
助手席の順子が地図アプリを見ながら「あ、次の信号を右ね」と指差す。
悟が「了解」と軽く返してハンドルを切ったそのとき――
後部座席の麗子が、ふいに興味深そうな声で口を開いた。
「ねぇ、悟くん。」
「はい?」
「あなた……ラバー姿の女の人が好きなの?」
その質問はあまりにも唐突だった。
悟は目を丸くして、一瞬ハンドルを握る手に力が入る。
「えっ……あ、あの……」
順子は思わず吹き出しそうになるのをこらえて、助手席で肩を震わせた。
「ぷっ……麗子さん、それ今聞く?(笑)」
けれど、麗子はいたって真顔――いや、むしろ楽しそうなニヤニヤ顔で続けた。
「だって気になるじゃない。順子から、なんか“悟は変態だけど憎めない”って聞いてたし。」
「おいおいおい、ちょっと待ってくれ、それ初耳なんだけど!?」
悟は即座に順子を見やるが、順子はあからさまに視線を逸らす。
麗子はケラケラと笑いながら、さらに追い打ちをかけるように尋ねた。
「で、どうなの? 本当にラバー姿の女の子が好き?」
悟は観念したように苦笑し、頭を掻いた。
「……はい。恥ずかしながら、高校のときから……夜な夜なネットで……」
言いながら、自分でも情けなくなったのか、語尾がどんどん小さくなっていく。
「夜な夜な、ネットで……なにを?」
麗子の追撃。
「うっ……見てました……」
「ぷっ!」
麗子は堪えきれずに吹き出した。
「なにそれ!真面目な顔で言うから余計おかしい!」
順子も、もう笑いをこらえきれずに顔を両手で覆う。
「ちょ、悟、それ言わなくていいのに~!」
「だ、だって聞かれたから!」
「で?」麗子はわざとらしく顎に手を当て、「順子のラバー姿も見たの?」とにやり。
「えっ……えぇっ!?」
悟は一瞬で固まり、運転席の中で順子を見る。
順子は、顔を真っ赤にしながら両手をぶんぶん振った。
「ち、違うの!違うんです!悟がどうしても見たいって言うから、仕方なくっ!」
「おいおい順子、それは違うだろ!?」
悟は慌てて反論するが、その顔も耳まで真っ赤。
「“順子がノリノリだった”って、俺、ちゃんと覚えてるからな!?」
「悟!コラッ!!」
順子が思いっきり悟の肩をペシンと叩く。
車が軽く揺れ、悟が「ハンドル持ってるから!揺れるから!」と慌てる。
その光景を見て、麗子はついに大笑いした。
「ははははっ!もう最高!なんなのこの二人、漫才コンビみたい!」
「漫才じゃありませんっ!」
順子がムッとしながら言うが、口元はすでに笑っている。
悟は小声で「……まぁでも、また着てくれたら嬉しいけどな」と呟いた。
「今なんか言った!?」
順子が振り返る。
「い、いや!? なんでもないっ!」
麗子は笑いすぎて涙を拭いながら、
「ふふっ、やっぱりいいね、この旅。退屈しなさそう。」
車は、笑い声に包まれながら、ゆっくりと森の方角へ走り続けた――。
0
あなたにおすすめの小説
継承される情熱 還暦蜜の符合
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる