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第54話 帰路
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傾き始めた陽が、山の稜線の向こうに沈みかけていた。
車内は穏やかな沈黙に包まれていたが、それは気まずさではなく、心地よい満足感の余韻。
悟が運転席でハンドルを握り、助手席の麗子が窓の外を眺めている。
後部座席の順子は、空に浮かぶ橙の光を見つめながら、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。
「……楽しかったねぇ」
麗子がふっと笑いながら呟いた。
「最高の一日だったよ。あんなに笑って、あんなに自由にいられたの、久しぶり」
順子が嬉しそうに微笑む。
「うん……私も。麗子さん、すごく綺麗だった。森の中であのラバー姿、ほんとに絵になってた」
「やだ、もう~順子までお世辞が上手くなっちゃって」
麗子は笑いながら、手をひらひらさせる。
「でもね、ほんとありがとう。今日、こんな思い出をくれたの、二人のおかげだよ」
その言葉に悟が照れたように後頭部をかいた。
「いや、俺なんてただ運転して、ちょっと料理作っただけだし」
「その“ちょっと”がすごいのよ!」
麗子がすぐさま言い返し、笑みを浮かべる。
「順子には、こんな良い彼氏がいて、ほんと羨ましい。……ねぇ、順子?」
順子は顔を真っ赤にして俯いた。
「や、やめてくださいよ麗子さん……」
悟も頬を掻きながら、ぼそりと呟く。
「……そんな、照れるって」
車内に柔らかな笑い声が広がる。
その笑いが収まったあと、麗子は少し遠くを見つめながら、静かに言葉を続けた。
「……私もね、昔はいたんだ。彼氏」
順子と悟は少し驚いたように顔を向ける。
麗子は表情を崩さず、窓の外の夕焼けを眺めながら言った。
「でもね、私が“ラバーが好き”って言ったら……笑われちゃったの。冗談だろ、そんなのって」
「……」
「怖がられたわけじゃないんだけど、引かれたのよ。目の前で、私の一部を否定された気がして。……それで、もういいやって思っちゃった」
順子は胸が締めつけられるような思いで、前の座席を見る。
「麗子さん……」
麗子は小さく笑って首を振る。
「でもね、今日見てたら思ったの。ちゃんと“理解してくれる人”って、いるんだなって。悟くんみたいに」
悟は一瞬言葉を失い、照れくさそうに笑う。
「いや、俺なんてまだまだ……。でも、順子が好きなことを好きでいたいだけですよ」
順子はその言葉を聞いて、思わず唇を結んだまま笑った。
麗子はそんな二人を見て、心底嬉しそうにため息を漏らす。
「……いいねぇ、若いって」
そう言って、夕日に照らされた頬に手を当てる。
「でも、私もいつか見つけたいな。私のラバーを笑わない王子様」
順子と悟は顔を見合わせ、同時に笑った。
「きっと見つかりますよ」
「うん、絶対」
そのとき、山の向こうに沈みきった太陽が、最後の一筋の光を車内に差し込んだ。
それはまるで、三人の絆をそっと照らすように、温かく輝いていた。
夕暮れがすっかり夜に変わるころ、大学の寮の駐車スペースに車が滑り込んだ。
昼間あれほど賑やかだった3人の声も、今は穏やかで、どこか名残惜しさが漂っていた。
「ふぅー……戻ってきちゃったね」
順子が小さく伸びをしながら、シートベルトを外す。
麗子は隣で笑みを浮かべ、荷物を抱えて車から降りた。
「ほんと、あっという間だった。……悟くん、今日はありがとうね」
「こちらこそ、麗子さん。すごく楽しかったです」
悟は丁寧に頭を下げた。
「順子、またね」
「うん。また、寮で!」
麗子は軽く手を振ると、キャリーバッグを引きながら、ゆっくりと寮の玄関へと消えていった。
その背中が見えなくなった瞬間、順子は小さく息を吐き、ぽつりと呟いた。
「……なんか、夢みたいだったね」
悟は運転席のハンドルに手を置いたまま、柔らかく笑う。
「うん。たぶん一生忘れられない日になるよ」
しばらくの沈黙。
そして順子は、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。
「ねぇ、悟……今日、このあと、ホテルに泊まっていい?」
悟は一瞬、驚いたように目を瞬かせる。
「えっ……俺のホテル?」
「うん」
順子は視線を下げ、指先でシートの端をつまむ。
「だって、せっかく来てくれたのに……このまま“またね”だけじゃ、寂しいよ」
悟は照れ隠しのように笑いながら、少し顔を赤らめた。
「……うん。もちろん。泊まって」
順子の表情がふわりとほころぶ。
「ありがとう。嬉しい」
車内の空気が、ほんの少し甘く、そして静かに満ちていく。
そんな中、順子はふと思い出したように言った。
「……あ、そうだ。ラバーどうする?」
「え?」
「今、トランクに入ってるけど……ホテルに持ってく? 干したりお手入れしないとシワになっちゃうし」
悟は思わず苦笑した。
「もう今日は十分だよ。ラバー姿は昼間、たっぷり見たし」
「……え、そうなの?」
順子はちょっと意外そうに目を丸くする。
悟は肩をすくめ、優しく笑った。
「荷物になるよ。順子の部屋に置いてこ。明日ゆっくり手入れすればいいさ」
「……そっか」
順子は、少しだけ寂しそうに頷く。
「じゃあ、そうするね」
悟はそんな順子の横顔を見て、そっと言葉を添えた。
「代わりに……今日は順子の素顔を、たっぷり見せてもらうから」
「も、もうっ……!」
順子の頬は一瞬で真っ赤になり、慌ててカバンで顔を隠した。
悟はその反応を見て、堪えきれずに笑う。
「冗談だよ」
「ぜんっぜん冗談に聞こえないんだけど!」
夜の街灯が二人の笑い声を柔らかく照らし、春の夜風が、ほんのりと甘い香りを乗せて通り抜けていった。
車内は穏やかな沈黙に包まれていたが、それは気まずさではなく、心地よい満足感の余韻。
悟が運転席でハンドルを握り、助手席の麗子が窓の外を眺めている。
後部座席の順子は、空に浮かぶ橙の光を見つめながら、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。
「……楽しかったねぇ」
麗子がふっと笑いながら呟いた。
「最高の一日だったよ。あんなに笑って、あんなに自由にいられたの、久しぶり」
順子が嬉しそうに微笑む。
「うん……私も。麗子さん、すごく綺麗だった。森の中であのラバー姿、ほんとに絵になってた」
「やだ、もう~順子までお世辞が上手くなっちゃって」
麗子は笑いながら、手をひらひらさせる。
「でもね、ほんとありがとう。今日、こんな思い出をくれたの、二人のおかげだよ」
その言葉に悟が照れたように後頭部をかいた。
「いや、俺なんてただ運転して、ちょっと料理作っただけだし」
「その“ちょっと”がすごいのよ!」
麗子がすぐさま言い返し、笑みを浮かべる。
「順子には、こんな良い彼氏がいて、ほんと羨ましい。……ねぇ、順子?」
順子は顔を真っ赤にして俯いた。
「や、やめてくださいよ麗子さん……」
悟も頬を掻きながら、ぼそりと呟く。
「……そんな、照れるって」
車内に柔らかな笑い声が広がる。
その笑いが収まったあと、麗子は少し遠くを見つめながら、静かに言葉を続けた。
「……私もね、昔はいたんだ。彼氏」
順子と悟は少し驚いたように顔を向ける。
麗子は表情を崩さず、窓の外の夕焼けを眺めながら言った。
「でもね、私が“ラバーが好き”って言ったら……笑われちゃったの。冗談だろ、そんなのって」
「……」
「怖がられたわけじゃないんだけど、引かれたのよ。目の前で、私の一部を否定された気がして。……それで、もういいやって思っちゃった」
順子は胸が締めつけられるような思いで、前の座席を見る。
「麗子さん……」
麗子は小さく笑って首を振る。
「でもね、今日見てたら思ったの。ちゃんと“理解してくれる人”って、いるんだなって。悟くんみたいに」
悟は一瞬言葉を失い、照れくさそうに笑う。
「いや、俺なんてまだまだ……。でも、順子が好きなことを好きでいたいだけですよ」
順子はその言葉を聞いて、思わず唇を結んだまま笑った。
麗子はそんな二人を見て、心底嬉しそうにため息を漏らす。
「……いいねぇ、若いって」
そう言って、夕日に照らされた頬に手を当てる。
「でも、私もいつか見つけたいな。私のラバーを笑わない王子様」
順子と悟は顔を見合わせ、同時に笑った。
「きっと見つかりますよ」
「うん、絶対」
そのとき、山の向こうに沈みきった太陽が、最後の一筋の光を車内に差し込んだ。
それはまるで、三人の絆をそっと照らすように、温かく輝いていた。
夕暮れがすっかり夜に変わるころ、大学の寮の駐車スペースに車が滑り込んだ。
昼間あれほど賑やかだった3人の声も、今は穏やかで、どこか名残惜しさが漂っていた。
「ふぅー……戻ってきちゃったね」
順子が小さく伸びをしながら、シートベルトを外す。
麗子は隣で笑みを浮かべ、荷物を抱えて車から降りた。
「ほんと、あっという間だった。……悟くん、今日はありがとうね」
「こちらこそ、麗子さん。すごく楽しかったです」
悟は丁寧に頭を下げた。
「順子、またね」
「うん。また、寮で!」
麗子は軽く手を振ると、キャリーバッグを引きながら、ゆっくりと寮の玄関へと消えていった。
その背中が見えなくなった瞬間、順子は小さく息を吐き、ぽつりと呟いた。
「……なんか、夢みたいだったね」
悟は運転席のハンドルに手を置いたまま、柔らかく笑う。
「うん。たぶん一生忘れられない日になるよ」
しばらくの沈黙。
そして順子は、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。
「ねぇ、悟……今日、このあと、ホテルに泊まっていい?」
悟は一瞬、驚いたように目を瞬かせる。
「えっ……俺のホテル?」
「うん」
順子は視線を下げ、指先でシートの端をつまむ。
「だって、せっかく来てくれたのに……このまま“またね”だけじゃ、寂しいよ」
悟は照れ隠しのように笑いながら、少し顔を赤らめた。
「……うん。もちろん。泊まって」
順子の表情がふわりとほころぶ。
「ありがとう。嬉しい」
車内の空気が、ほんの少し甘く、そして静かに満ちていく。
そんな中、順子はふと思い出したように言った。
「……あ、そうだ。ラバーどうする?」
「え?」
「今、トランクに入ってるけど……ホテルに持ってく? 干したりお手入れしないとシワになっちゃうし」
悟は思わず苦笑した。
「もう今日は十分だよ。ラバー姿は昼間、たっぷり見たし」
「……え、そうなの?」
順子はちょっと意外そうに目を丸くする。
悟は肩をすくめ、優しく笑った。
「荷物になるよ。順子の部屋に置いてこ。明日ゆっくり手入れすればいいさ」
「……そっか」
順子は、少しだけ寂しそうに頷く。
「じゃあ、そうするね」
悟はそんな順子の横顔を見て、そっと言葉を添えた。
「代わりに……今日は順子の素顔を、たっぷり見せてもらうから」
「も、もうっ……!」
順子の頬は一瞬で真っ赤になり、慌ててカバンで顔を隠した。
悟はその反応を見て、堪えきれずに笑う。
「冗談だよ」
「ぜんっぜん冗談に聞こえないんだけど!」
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