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第41話 『佐田岬に恋の花が咲く2――転機』

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Scene.04 風を追いかけて

 双海から出発し、再びバイクは南へ向かう。

 地図上では「国道378号線」──通称『夕焼けこやけライン』。

 とはいえ、いまはまだ昼過ぎ。沈みゆく夕日はまだ遠く、代わりに海と空の蒼が混じり合う、澄んだ水平線が広がっている。

 「わあ……」

 目の前の絶景に、悠真は思わず息を呑んだ。

 右手に見えるのは伊予灘。海は光を跳ね返してキラキラと輝き、左手には低い山並みと、民家の瓦屋根が交互に現れては消えていく。遠くには、のどかにたなびく漁船の帆。

 まるで、時間がゆっくりと流れているような――そんな不思議な感覚。

 「凛ちゃん……ここ、最高だね」

 「でしょ? 夕焼けだけがウリじゃないのよ。昼間も、ちゃんとキレイなんだから」

 先を走る凛の声が、インカム越しに聞こえてくる。嬉しそうな笑い声に、悠真もつられて笑みをこぼした。

 やがて、ふたりのバイクは連なって海沿いのなだらかなカーブへ。

 その瞬間、悠真の視界が傾き、水平線が斜めに流れる。

 (……やっぱり、これだ)

 風のなかを滑るように進む、その心地よさ。傾いた視界に映る地平線と、光のグラデーション。それはまるで、海と空に溶けていくみたいな――感覚。

 「凛ちゃん」

 「え?」

 「ボク、何度か斜めの地平線見て感動したって話、したでしょ。……あれって、きっと“自由”の景色なんだって、今日改めて思ったんだ」

 インカム越しに、静かに凛が頷く気配がした。

 「うん。あたしも、初めて一人でここ走ったとき、そんな気がした。風って、自由なんだよね。誰にも縛られない。……あたし、あの頃、縛られてばっかだったからさ」

 凛の声が、いつになく優しく、少しだけ遠い。

 「……うん。ボクも……今、やっとわかった気がするよ」

 ――あの日、東京のアスファルトの匂いと、いつも怒鳴っていた父の声から逃げてきた自分。

 でも今は、風のなかでこうして笑っている。

 それがどれだけ、尊くて、かけがえのないことか。

 「ボクね、凛ちゃんと出会って……人生変わったんだと思う。ここに来られて、本当によかったって思う」

 「……もう。何それ、照れるじゃん」

 凛が小さく笑いながら言ったその声は、どこか潤んでいるようにさえ聞こえた。

 穏やかな風が二人の間を通り抜けていく。

 それは、少しずつ距離を詰めながら走るふたりの、確かな絆のように感じられた。



Scene.05 守りたいもの

 午後の陽光がやわらかく傾き始めたころ、ふたりは《道の駅 伊方・きらら館》へと到着した。

 岬の突端へ向かう国道197号線――通称「佐田岬メロディーライン」へ入る手前にあるこの道の駅は、伊方町の西端に位置する高台にあり、ガラス張りの展望スペースからは瀬戸内海と宇和海、二つの海の青が織りなす絶景が一望できる。

 そして、隣接する物産館には揚げたてのじゃこ天の香ばしい匂いが漂っていた。

 「はぁ~、ここも絶景だね。ボク、今日どんだけ“キレイ”って言ったか数えられないよ」

 悠真が笑いながらヘルメットを外す。

 凛も隣で笑った。「あたしも、何度来ても“初めてみたい”って思うから、不思議だよね」

 二人はじゃこ天を1枚ずつ買い、軽く冷たい缶のお茶を手にして、展望ベンチに腰掛ける。さっきまでバイクで走っていた潮風が、優しく頬を撫でていた。

 「ね、凛ちゃん。……さっきはありがと」

 「え?」

 「ボクが“自由”だって言ったとき、ちゃんと受け止めてくれたこと。……昔のボクは、誰かに想いを伝えるのが怖くて、ずっと黙ってた。父親にも、学校にも、友達にも。……だから今、ちゃんと話せる相手がいるのが、すごく、嬉しい」

 悠真の声は、まっすぐだった。

 凛はその横顔を見つめながら、心があたたかくなるのを感じていた。

 (……あたしも、あんたに出会えてよかった)

 「……ねえ、凛ちゃん、ちょっとトイレ行ってくる。先にバイクのとこ戻ってて」

 「わかった。ヘルメット預かっとく」

 悠真は笑顔でトコトコと物産館の脇にあるトイレへ向かっていった。

 ――そして、それがすべての“転機”の始まりだった。

 凛が二人のバイクの前でヘルメットを抱えて立っていると、物陰から何人かの男たちが近寄ってきた。

 二十代半ばくらいの、ラフな私服姿。観光客だろうか。顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。

 「ねえ、君さ、さっきからずっと見てたんだけど、可愛いね。どこから来たの?」

 「……あ、すみません。連れがいるんで」

 凛は軽く会釈をして立ち去ろうとした。だが、その瞬間、ひとりの男が腕を掴んできた。

 「えー、いいじゃん。ちょっとくらい喋ったってさ」

 「やめて……!」

 パニックが凛の胸に走る。

 男の手が、自分の腕を強く握ってくる。その手の感触、距離の詰め方。――あの時の“恐怖”が、フラッシュバックのように蘇ってきた。

 「――っ!」

 呼吸が苦しい。声が出ない。体が動かない。頭が真っ白になる。

 そして、そのときだった。

 「その手を離せ――ッ!!」

 怒号のような声が、空気を切り裂いた。

 悠真だった。

 小柄なその姿が、バイクの陰から駆けてきた。男の目の前に立ちはだかる。女の子にしか見えないその姿から発された怒気に、男たちは一瞬ひるんだ。

 「その汚い手で……ボクの大事な人に触るなあああぁぁぁぁ!!!」

 悠真の手が男の手を掴むと、身体を捻り、重心を崩す。――ガタン、と男が地面に転がった。

 合気道。

 それは幼い頃より厳格な父から仕込まれた唯一の“武術”だった。嫌だった。怒られながら続けさせられた。だけど今、この瞬間だけは――

 (……ありがとう、父さん)

 悠真は凛の前に立ち、震える彼女の肩をかばうように抱いた。

 物産館から職員が飛び出してくる。数分後にはパトカーのサイレンが聞こえ、騒ぎは一気に収束へ向かう。

 正当防衛と判断され、悠真も凛も事情聴取のあと解放されたのは、もう夕方の4時を過ぎていた。

To be Continued...
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