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第48話 『想いの先へ⸻家族』

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Scene.03 父と兄へ、家族のように

 午後の陽射しが、整備場の奥の床に細く差し込んでいた。

 油と鉄の匂いに包まれたその空間で、隼人は愛車のGSX-R125のチェーンに軽く注油していた。手慣れた手つきで作業を進めながらも、どこか落ち着かない様子でときおり時計に目をやっている。

 その視線の先に、小柄なシルエットが立った。

 「……隼人さん」

 静かな声に、手が止まる。

 工具を置いて振り向いた隼人の視線の先には、深呼吸を一つしてからこちらに歩いてくる悠真の姿があった。

 「どうした?」

 「……あの、今日……ご報告があります」

 凛と付き合うようになったことを、いつかきちんと話そうと思っていた。
 悠真は一歩ずつ、誤魔化しも言い訳もせずに、言葉を紡いだ。

 「ボク……凛ちゃん……凛と、正式にお付き合いすることになりました」

 その一言が、空気を変えた。

 整備台の奥から、誠一も姿を現す。
 オイルの染みた作業着の胸元を拭きながら、口元に静かな笑みを浮かべていた。

 隼人は、ぽつりと呟く。

 「……そうか。よかったな」

 それだけで、全てを見守ってきた兄としての気持ちは十分に伝わった。

 「お前らを見ててな。ずっと“いつか、そうなればいいな”って、思ってたよ」

 「……えっ」

 悠真が、目を丸くする。

 まさか、ずっと気づかれていたなんて――。

 「ボクのこと……知ってたんですか? トランスであることも」

 隼人は眉を動かしながら、あえてそっけなく言った。

 「……まぁ、GROMの書類を見れば、な。性別の欄くらい確認するさ」

 悠真は一瞬たじろぐように視線を落としたが、隼人の言葉は、続いた。

 「でもよ、お前がどんな性別でも関係ない。俺は、お前が“凛にとって必要な存在”だってことが、何より大事だと思ってる」

 「……隼人さん」

 「それに……あの時、あいつを守ったのはお前だった。兄としても借りができたと思ってる。これからは俺達の事を家族と思ってくれていい。だよな親父!」

 「……!」

 その瞬間、悠真の胸の奥が温かくなった。

 そして隣で聞いていた誠一が、ゆっくりと腕を組んで口を開いた。

 「そうだな……だが、坊主――いや、お嬢さんに頼みがある」

 「……はい」

 誠一はわずかに視線を落とし、しばらく言葉を選んだあと、静かに続けた。

 「凛はな、ああ見えて脆いところがある。男に乱暴されかけた一件以来、あの子は自分を守るために“強がり”になった。誰にも頼らず、一人で立とうとする癖がついたんだ」

 悠真は黙って、しっかりと頷く。

 その言葉は、凛のことを最も理解している家族の声として、まっすぐに心に届いていた。

 「でも、あの子が初めて弱さを見せた相手がいる。それが……お前だ。悠真、お前さんだ」

 誠一の目は真剣で、けれどどこか優しかった。

 「だから頼む。どうか……あの子のそばにいてやってくれ。無理に支えろとは言わん。けどな、あの子が頼れる“誰か”になってやってくれんか」

 その願いは、もはや家族としての頼みだった。

 悠真は、拳を軽く握り、まっすぐ誠一の目を見た。

 「……はい。ボクは凛に、たくさん支えられました。凛が笑ってくれるから、今のボクがいる」

 そして、ゆっくりと胸に手を当てて言った。

 「だから……ボクも、凛の力になりたい。支えたい。心からそう思ってます」

 「……」

 誠一は、目を細めると、少しだけ笑ってうなずいた。

 そのときだった。

 「悠真っ!!」

 勢いよく扉が開き、凛が駆け込んできた。

 驚いて振り返る悠真の前に、凛はまっすぐ走ってきて――そのまま抱きついた。

 「バカ……あんた、バカよ……!」

 ぐっと、涙をこらえるように声を震わせながら。

 「どれだけあたしが……どれだけ、支えられてきたと思ってんのよ……!」

 「凛ちゃん……」

 悠真は、その細い肩を抱きしめ返す。

 「ボクも……凛ちゃんがいたから、今ここにいられるんだ。だから……一緒に支え合おうよ。もう、ひとりで背負わないで」

 「うん……!」

 ふたりは、言葉よりも深く抱き合った。

 そして、凛が小さく微笑んで言う。

 「それに、呼び方、元に戻ってる。“凛ちゃん”じゃなくて、ただの“凛”にして?」

 「……わかった、凛」

 その声に、凛の目が再び潤む。

 ……が、そこにひときわ響く低い声が入った。

 「あー……お二人さん、ちょっといいか」

 ぱっと凛と悠真が振り返る。

 隼人が、腕を組んで苦笑していた。

 そして、誠一がぼそりとひと言。

 「親の前でイチャつくんじゃないこのバカ娘が……」

 苦々しい言葉とは裏腹に、その声はどこか照れたようで――

 何より、優しかった。

 その瞬間、ふたりはようやく“家族”の輪の中に、受け入れられたのだと実感した。

To be Continued...
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