64 / 67
怖くても、貴方を選ぶ
しおりを挟む
怖くても、貴方を選ぶ。
セラの部屋に向かう足が震える。
謝れば、彼女はまた安心してくれるだろうか。
愛して欲しいとまでは言わない。だがせめて、側にいて、笑って欲しい。
「あ、殿下。」
ドアの前に待機しているエティがレオを認めた。
「セラはどうだ?」
「お疲れのようで...お食事もあまり召し上がられませんでした。お湯浴みはされ、笑いかけてくださいますが、どこか気落ちしてらっしゃるように見えます。」
「そうか、ありがとう。」
「殿下にお礼を言われるようなことなどしておりません。私では力不足のようです。殿下をお待ちしておりました。」
「....俺はもっと力不足かもしらんがな。」
呟く言葉は静寂に消えた。
「セラ様、殿下がお見えになりました。」
「......入っていただいて。」
聞こえる声は硬い。息を呑む音がドア越しに聞こえるようで、気持ちは重くなった。
「....入るぞ。」
真っ直ぐに立ち、こちらを見つめるセラの傷が目に入る。思い出しかけた怒りを飲み込み、見つめたその目は怯えではなく、悲しみに沈んでいるように見えた。
「.....セラ、さっきはすまなかった。お前を失っていたかもしれないと思うと我を忘れた.....俺が、怖いか?」
セラがゆっくりと首を振る。
「いえ。レオ様は、優しい方です.....でも、分かりません。レオ様が何故あれ程お怒りになったのか。」
「分からない?」
「結果私の命には問題がありませんでした。私の身体には、既に多くの傷跡があります。一つ増えたからと言って何も変わりません。」
卑屈になっているわけでもなく、心底理解できないといった様子のセラに、飲み込んだ怒りが再度顔を出す。セラにではない。彼女にこう思わせた全ての物にだ。
「......なあ、セラ。お前に大事な人はいるか?」
「...はい。」
「弟か?」
「弟と....レオ様です。」
「は?」
自分の名前が出てくるとは思っていなかったレオは面食らった。
どんな間抜け面をしていたのか。セラが再度押し出すように言葉を紡ぐ。
「だから....レオ様は私を何度も助けてくださいました。軍に入ると言った時も、レオ様のために死ねるなら悔いはないと思ったからです。」
分かってる。そういう意味じゃない。それでも弟以外いなかったセラの世界に自分がいるという事実はこんな時なのに、心がはやる。
「あ、いや、すまん。まさか俺の名前が出るとは思ってなかった。それならもし、俺かライが傷ついたらどう思う?」
「傷ついた状況によります。」
こういうやつだ。
「誰かに傷つけられたとしたら?」
「それは....相手に腹が立ちます。」
「何故?俺にも傷跡ぐらいある。傷一つ増えたところで変わらないぞ?」
セラが動揺したのが見えた。自分の言ったことの矛盾に気づいている。それでも自分に対してはそうは思えない彼女に、知って欲しいと思う。
「.....矛盾していることぐらい分かっているのです。でも、レオ様に傷がつくのは嫌です。それなら私が傷つく方がいい。」
「お前がそうすれば俺の身体に傷はつかずとも心は傷つく。その方がいいか?」
「.......私は、どうすればレオ様を守れるのですか。」
「簡単だ。お前が幸せでいてくれればいい。お前が笑って、菓子を食べて、満たされていてくれたら、俺は守られる。」
「.....でも、私を笑わせて、菓子を食べさせて、満たしてくださるのはレオ様です。」
期待、してしまう。その言い方だったらまるでお前が俺を好きみたいじゃないか。
「.....なら丁度いいじゃないか。お前を俺が満たして、俺も傷つかない。お前が望むのはそれか?」
「.....でも、私はいつまでもレオ様の側にはいられないのです。」
セラの声が震えている。自惚れじゃない。セラは本当に――――
「俺を、愛しているのか?」
セラの目が絶望の色を帯びた。それは答えを告げると同時に、想いが叶うことはないという嘆きを表していた。
抱き寄せたセラの身体が硬くなる。今すぐ、この不安を取り除き、自分のものにしてしまえたらどれだけいいだろう。
「.....言ったはずだ。お前を必ず手に入れると。それはお前の全てを知ろうが変わらない。」
「.....許されることではありません。私が、レオ様を愛するなど。」
「俺が王族などでなければ俺を愛せたか?」
「それも含めてのレオ様を、私は好きになったのです。だから.....」
「セラ。今は、まだ言えない。だがお前が抱えているものは必ず消える。だから俺を...信じてくれないか?」
今知っていることを話せばセラは罪悪感で逃げてしまう。話すのは、全てが整った後と決めていた。
迷っているのが見えた。当然かもしれない。危険な海に一緒に飛び込んでくれと言っているようなものなのだから。セラが信じられぬと言ったところで仕方がない。そう思った。
「.......信じます。」
聞こえた言葉は予想に反していた。不安を残し、それでも信じると口にするセラは、どれだけの勇気を要したのだろう。
「信じて、くれるのか。」
「.....もし最後、全てが上手くいかなくてもレオ様ならば納得できると思います。....望めと仰ったでしょう?私は今、ここにいることを望みます。」
これが今の彼女なりの精一杯の答えなのだろう。それでもいい。俺を望んでくれるなら。
そう思い、ゆっくりとセラの顔を近づけた。
セラの部屋に向かう足が震える。
謝れば、彼女はまた安心してくれるだろうか。
愛して欲しいとまでは言わない。だがせめて、側にいて、笑って欲しい。
「あ、殿下。」
ドアの前に待機しているエティがレオを認めた。
「セラはどうだ?」
「お疲れのようで...お食事もあまり召し上がられませんでした。お湯浴みはされ、笑いかけてくださいますが、どこか気落ちしてらっしゃるように見えます。」
「そうか、ありがとう。」
「殿下にお礼を言われるようなことなどしておりません。私では力不足のようです。殿下をお待ちしておりました。」
「....俺はもっと力不足かもしらんがな。」
呟く言葉は静寂に消えた。
「セラ様、殿下がお見えになりました。」
「......入っていただいて。」
聞こえる声は硬い。息を呑む音がドア越しに聞こえるようで、気持ちは重くなった。
「....入るぞ。」
真っ直ぐに立ち、こちらを見つめるセラの傷が目に入る。思い出しかけた怒りを飲み込み、見つめたその目は怯えではなく、悲しみに沈んでいるように見えた。
「.....セラ、さっきはすまなかった。お前を失っていたかもしれないと思うと我を忘れた.....俺が、怖いか?」
セラがゆっくりと首を振る。
「いえ。レオ様は、優しい方です.....でも、分かりません。レオ様が何故あれ程お怒りになったのか。」
「分からない?」
「結果私の命には問題がありませんでした。私の身体には、既に多くの傷跡があります。一つ増えたからと言って何も変わりません。」
卑屈になっているわけでもなく、心底理解できないといった様子のセラに、飲み込んだ怒りが再度顔を出す。セラにではない。彼女にこう思わせた全ての物にだ。
「......なあ、セラ。お前に大事な人はいるか?」
「...はい。」
「弟か?」
「弟と....レオ様です。」
「は?」
自分の名前が出てくるとは思っていなかったレオは面食らった。
どんな間抜け面をしていたのか。セラが再度押し出すように言葉を紡ぐ。
「だから....レオ様は私を何度も助けてくださいました。軍に入ると言った時も、レオ様のために死ねるなら悔いはないと思ったからです。」
分かってる。そういう意味じゃない。それでも弟以外いなかったセラの世界に自分がいるという事実はこんな時なのに、心がはやる。
「あ、いや、すまん。まさか俺の名前が出るとは思ってなかった。それならもし、俺かライが傷ついたらどう思う?」
「傷ついた状況によります。」
こういうやつだ。
「誰かに傷つけられたとしたら?」
「それは....相手に腹が立ちます。」
「何故?俺にも傷跡ぐらいある。傷一つ増えたところで変わらないぞ?」
セラが動揺したのが見えた。自分の言ったことの矛盾に気づいている。それでも自分に対してはそうは思えない彼女に、知って欲しいと思う。
「.....矛盾していることぐらい分かっているのです。でも、レオ様に傷がつくのは嫌です。それなら私が傷つく方がいい。」
「お前がそうすれば俺の身体に傷はつかずとも心は傷つく。その方がいいか?」
「.......私は、どうすればレオ様を守れるのですか。」
「簡単だ。お前が幸せでいてくれればいい。お前が笑って、菓子を食べて、満たされていてくれたら、俺は守られる。」
「.....でも、私を笑わせて、菓子を食べさせて、満たしてくださるのはレオ様です。」
期待、してしまう。その言い方だったらまるでお前が俺を好きみたいじゃないか。
「.....なら丁度いいじゃないか。お前を俺が満たして、俺も傷つかない。お前が望むのはそれか?」
「.....でも、私はいつまでもレオ様の側にはいられないのです。」
セラの声が震えている。自惚れじゃない。セラは本当に――――
「俺を、愛しているのか?」
セラの目が絶望の色を帯びた。それは答えを告げると同時に、想いが叶うことはないという嘆きを表していた。
抱き寄せたセラの身体が硬くなる。今すぐ、この不安を取り除き、自分のものにしてしまえたらどれだけいいだろう。
「.....言ったはずだ。お前を必ず手に入れると。それはお前の全てを知ろうが変わらない。」
「.....許されることではありません。私が、レオ様を愛するなど。」
「俺が王族などでなければ俺を愛せたか?」
「それも含めてのレオ様を、私は好きになったのです。だから.....」
「セラ。今は、まだ言えない。だがお前が抱えているものは必ず消える。だから俺を...信じてくれないか?」
今知っていることを話せばセラは罪悪感で逃げてしまう。話すのは、全てが整った後と決めていた。
迷っているのが見えた。当然かもしれない。危険な海に一緒に飛び込んでくれと言っているようなものなのだから。セラが信じられぬと言ったところで仕方がない。そう思った。
「.......信じます。」
聞こえた言葉は予想に反していた。不安を残し、それでも信じると口にするセラは、どれだけの勇気を要したのだろう。
「信じて、くれるのか。」
「.....もし最後、全てが上手くいかなくてもレオ様ならば納得できると思います。....望めと仰ったでしょう?私は今、ここにいることを望みます。」
これが今の彼女なりの精一杯の答えなのだろう。それでもいい。俺を望んでくれるなら。
そう思い、ゆっくりとセラの顔を近づけた。
0
あなたにおすすめの小説
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
リアンの白い雪
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。
いつもの日常の、些細な出来事。
仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。
だがその後、二人の関係は一変してしまう。
辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。
記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。
二人の未来は?
※全15話
※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。
(全話投稿完了後、開ける予定です)
※1/29 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。
老け顔ですが?何かあります?
宵森みなと
恋愛
可愛くなりたくて、似合わないフリフリの服も着てみた。
でも、鏡に映った自分を見て、そっと諦めた。
――私はきっと、“普通”じゃいられない。
5歳で10歳に見られ、結婚話は破談続き。
周囲からの心ない言葉に傷つきながらも、少女サラサは“自分の見た目に合う年齢で学園に入学する”という前代未聞の決意をする。
努力と覚悟の末、飛び級で入学したサラサが出会ったのは、年上の優しいクラスメートたちと、ちょっと不器用で真っ直ぐな“初めての気持ち”。
年齢差も、噂も、偏見も――ぜんぶ乗り越えて、この恋はきっと、本物になる。
これは、“老け顔”と笑われた少女が、ほんとうの恋と自分自身を見つけるまでの物語。
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。
くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。
だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。
そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。
これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。
「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」
(小説家になろう、カクヨミでも掲載中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる