お兄様、闇堕ちしないって本当ですか!?

由原靜

文字の大きさ
2 / 73
第一章 ロードライトの令嬢

02 終わりの始まり

しおりを挟む
 翌日、朝。
 欠伸を零しながらリビングへと降りてきたわたしを見て、母は露骨に眉を顰めた。

「六花! アンタまたっ、夜中じゅうゲームばっかしてたんでしょ!」

「もうクリアしたから、今日からはやめるよ……」

「そう言う問題じゃない!」と怒る母を見ながら、もうひと欠伸。
 いつも通りの、退屈な日常だ。
 朝ご飯のパンを齧りながらスマートフォンを見ると、昨日(今日?)夜中にメッセージを送った友人からの返信が届いていた。

『熱意に草。はよ寝ろや』

『それなー』スタンプをポチッと返す。

「ご飯食べてる時にスマホ見ない!」と眉を吊り上げる母に「お父さんだってスマホ見ながらご飯食べてるもん!」と矛先を逸らした。
 わたしと母の言い合いを我関せずと、手元のスマートフォンを眺めていた父は、いきなり自分に飛んできた話題に、思わずコーヒーを咳き込んでいる。

「ま、ママ、まぁいいじゃないか。六花だって忙しいんだ、ご飯を食べながらニュースをチェックしたり、メールを返したりするくらいあるよなぁ。テレビを見るのと同じようなものだろう」

 狙い通り、父はわたしを庇ってくれた。
 父親は娘に甘いものだ。

 母が父をくどくどと「パパが甘やかすから!」と怒っているのを横目に、カバンを背負って家を飛び出す。

「お母さんだって、一人の時はスマホ見ながらご飯食べてるでしょ! おんなじだよ!」

「あっ、コラ六花! 『行ってきます』くらい言ったらどうなの!」

 母の声が追いかけてくるが、もちろん返事なんてするわけがない。
 やれやれ、と肩を竦め、何の気無しに自宅を見上げた。

 何の変哲もない、ごくごく普通の二階建て住宅だ。
 父と母、それにわたしの三人で暮らすには充分なお家。


 ――見慣れたはずの我が家を、わざわざ数秒じっと見つめたのは。
 もしかすると、何かの予感めいたものがあったのかもしれない。

 ◇◆◇

 家から学校までは歩けば四十分、自転車を飛ばせば十五分だ。
 朝の冷たい空気の中、川沿いの道を、スピード出してかっ飛ばす。
 この時間帯は、辺りを歩く人も少ない。
 学校へと行く道すがら、考えてしまうのはやっぱり、昨日(正確には今日だけど)クリアしたゲームのことだった。

「……、ん?」

 赤いランドセルを背負った女の子が一人、川をじっと覗き込むようにしてしゃがみこんでいる。
 何か気になるものでも見つけたのか、はたまた何か落としてしまったのだろうか?
 それはそうとして、体勢があまりにも川にのめり込みすぎていて、見ているだけで危なっかしい。
 ちょっと気になりはしたものの、わたしも朝練の時間が迫っていた。

「危ないよ」と声を掛けようとしたちょうどその時、いきなり凄まじい突風が吹いた。凄まじいまでの風に、思わずわたしの自転車も煽られる。
 瞬間、女の子の細い身体が、バランスを崩して川の方へと倒れ込んだ。
 驚いたように、女の子は手足を空中でバタつかせ――ふっと、わたしに視線を向けた。
 とぷん、と小さな水飛沫が上がる。

「――――――――!!」

 両手でブレーキを強く握り締めた。
 前輪がロックされ、弾みで後輪が浮く。
 でも、それよりも早く、わたしは運動靴で地面を蹴っていた。
 投げ出された自転車が、後ろでガチャンと大きな音を立てる。

「ウッソ、でしょ……!?」

 どうして、誰もいないんだ。
 早朝とはいえ、ランニングしている人だったり犬の散歩をしている人だったりと、いつもは誰かしらいたじゃない。
 なんで、よりにもよって今、ここにわたししかいないんだ。

 飛び込む間際、ギリッギリで理性が働いた。
 ――溺れている子を一人で助けに行くなんて、そんなの無謀に決まってる。
 慌ててスマートフォンを制服のポケットから取り出すと、無我夢中で110をタップした。
 スマートフォンを耳に当ててから、119の方が良かったかも? と思い至るも、掛け直している暇はない。
 良いじゃないか、どっちでも。

 プツンとコール音が繋がる。
 電話先の相手の声を無視して、ただ叫んだ。

「明月四丁目の川沿い! 女の子が溺れてる! 早く来て!!」

 川の中、女の子が背負っていたランドセルだけが、唯一の目印だった。
 ランドセルって浮くんだね、初めて知ったよ。
 でも、女の子が水面に顔を出す気配はない。
 助けが早く来ないものかと、じりじりしながらただ待った。

 一分経って、二分経って。
 五分くらいは、経ったはずだ。
 それでも一向にサイレンの音は聞こえてこないし、ランドセルは流されながら、水の上を漂っている。

「……っ、あぁっ、もうっ、なんで、なんでよ!!」

 制服の上着を脱いだ。勢いよく水に飛び込む。
 冷たさが全身を包み込むも、水底には足がついた。
 そう、大人の腰ほどまでの川なのだ。
 それでも、子供だけで遊ぶのは危ないと、大人たちから止められてはいたけれど。

 水を掻き分けランドセルの元まで辿り着くと、女の子を抱き上げた。
 全身が冷たくて、ぐったりしていて生気がない。
 その時サイレンの音が耳に届いて、わたしはホッと安堵する。
 やがてパトカーが岸に止まった。
 中から警察の人がわらわらと出てきて、わたしと女の子を見ては何かを叫んでいる。

 水を吸った服が重たい。
 ランドセルも結構な重さで、よくこんなのが浮くもんだと、わたしはちょっと感心してしまった。
 それでも、この女の子だけは助けないと。

「こっちへ!」

 警察の人が手を伸ばすので、わたしも渾身の力で女の子を抱き上げた。
 意識がない人間って、すっごく重たい。
 それでも警察の人は、ランドセルごと女の子の身体を持ち上げてくれた。
 
「よかった……」

 心の底からホッとした、その時──いきなり水の流れが変わった。
 膝から下、自分の体重を支えていた部分が、強い水の流れに流される。
 当然、わたしもそのまま川へと倒れ込んだ。

「嘘……っ!?」

 驚いた途端に、川の水を飲み込んでしまう。うぅ、生臭い。
 ――流れが、早い。
 慌てて踠くも、いくら水を掻き分けたところで、水面はどんどん遠ざかっていく一方だ。

 警察の人が助けてくれるだろう……なんて期待も虚しく、身体はどんどん動かなくなっていく。
 酸欠で思考が巡らない。思わず咳き込んだところで、肺の中に冷たい水が流れ込んできた。

 ――あぁ、これは、ダメかもしれない。

 回らない頭で、ただ思う。

 お父さん、お母さん、ごめんなさい。
 最後に交わしたのが、あんなしょうもない親子喧嘩だなんて、最悪すぎるよ。


 あぁ、本当に。
『行ってきます』くらい、言えば良かった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

弟に前世を告白され、モブの私は悪役になると決めました

珂里
ファンタジー
第二王子である弟に、ある日突然告白されました。 「自分には前世の記憶がある」と。 弟が言うには、この世界は自分が大好きだったゲームの話にそっくりだとか。 腹違いの王太子の兄。側室の子である第二王子の弟と王女の私。 側室である母が王太子を失脚させようと企み、あの手この手で計画を実行しようとするらしい。ーーって、そんなの駄目に決まってるでしょ!! ……決めました。大好きな兄弟達を守る為、私は悪役になります!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~

いとうヒンジ
ファンタジー
 ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。  理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。  パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。  友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。  その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。  カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。  キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。  最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。

【長編版】悪役令嬢の妹様

ファンタジー
 星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。  そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。  ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。  やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。  ―――アイシアお姉様は私が守る!  最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する! ※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>  既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

処理中です...