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第一章 ロードライトの令嬢
04 はじめまして、お兄さ……ま?
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――川で溺死した挙句、銀髪の美少女に生まれ変わったことを思い出して、早三日。
わたしは何をするでもなく、ただ自室のベッドで横になっていた。
……と、いうより。
「この身体、ほんっとひ弱……」
起き上がっていられる時間がそもそも短い。一日のほとんどを、ベッドの上で過ごす生活だ。
ご飯もあまり食べられないし、この身体は七歳を迎えているらしいけど、間違いなく七歳の身長と体重じゃない。
前世で経験したことがないほどの気怠さと息苦しさが、この小さな身体を常に這い回っている。
一体これは、何の病気なんだろう。
尋ねてみたいものだけど、口を利けるほど元気な日というのがそうそうないのだ。
――せっかく、こんなに可愛い美少女に生まれ変わったというのに!
おうちもすっごいお金持ちみたいだし、これで身体が丈夫でさえあれば、もう人生勝ち組、順風満帆、エリートコース間違いなしだったろうに。
このままじゃ、転生して早々にお陀仏かも。
そんな暗いことを考えかけた瞬間、部屋の扉がコンコンとノックされた。
わたしが「どうぞ」を言うよりも早く、その誰かはドアノブを捻ると、ツカツカとわたしの部屋の中に入って来る。
わたしのか細い声は扉越しには絶対に届かないし、わたし自身、しんどくて声を出せない状況であることも多いため、誰もわたしの許可など待ちはしない。
……いや、いいんだけどね。恥じらいなんてないさぁ……。
入ってきたのは男の子だった。
いつもはお付きのメイドさんばかりだったから、もの珍しさに思わず目を瞠ってしまう。
すらっとした男の子だ。背筋がピンと伸びていて、立ち姿が美しい子だとまず思う。
歳は、十歳を超えたくらいかな? さらっさらで真っ直ぐな黒髪を持つその少年は、起き上がってるわたしを見ては、澄んだ蒼の瞳を驚いたように見開いた。
「リッカ、起きてたのか」
「お兄様」
口が勝手に動いた。
すんなりと出てきたその言葉に「そっか、この人はわたしの兄なのかー」と逆に納得してしまう。
オブシディアン・ロードライト。リッカ・ロードライトが慕ってやまない人。
いつでも優しくて、格好よくて何だって出来て、わたしの狭い狭い世界の中でも、とってもとっても大事な人。
わたしの母親は身体の弱い人だったようで、わたしを産んですぐに死んでしまったのだという。
父は健在なようだが、常に寝込んでいるわたしとは滅多に会うことがないらしく、わたしは父の顔も曖昧だ。
だからわたしは、側で仕えてくれているメイドさん達と、そして兄によって育てられた。
兄は、わたしと唯一関わってくれる人だった。
時間を見つけては部屋に来てくれ、いつもわたしと、他愛ないおしゃべりをしてくれる。
とっても優しい兄のことを、もちろんわたしも慕っていた。
ベッドまで歩み寄った兄は、そばの椅子を引くと腰掛ける。
手を伸ばしてわたしのおでこに軽く触れると、兄はそっと微笑んだ。
「今日は、熱もないみたいだな」
近付いたことで、兄の顔がはっきり分かる。
綺麗な二重に通った鼻筋、まだ幼いまでも精悍な面立ち。
歳の割にすらりと長い手足を持っていて、背も伸びた暁には、今よりもずっとずっと格好よくなるだろう。
(――あれ?)
オブシディアン・ロードライト?
(この名前、どこかで聞いたことがあるような?)
「今日は、ちょっと元気なんです。……来てくれてありがとう、お兄様」
今年十歳になった兄は、この前の秋から学校に通い始めた。
平日は基本的に寮で過ごすことになるらしく、こうして家に帰ってくるのは週末だけだ。
でも、家に帰ってくるたびに、こうしてちょくちょくわたしの様子を見に来てくれる。
心配されてるなぁと思うけど、その心配が何だか嬉しく、心地よい。
……六花はひとりっ子だったから、お兄ちゃんがいるってだけで、友達のことが心底羨ましかったなぁ……。
兄がいる子はほとんど必ず「あんな暴君いない方がいいよ!」と口にしていたけれど、それでも「いいなぁ」と思っていたものだ。
それが転生してみたら、こんなに格好良くって優しい、まさしく理想の兄の下に生まれることが出来るなんて。
しかも、今のわたしは超絶可愛い美少女だし、どう考えても良いところの生まれだし、もしかして前世のわたし、すっごい徳を積んだんじゃない?
……まぁ、この身体は弱々で、虚弱そのもので、いつ死んでもおかしくないようなものだけど……。
「お兄様、学校はどうですか? わたし、お兄様のお話、聞きたいです!」
兄の話はいつだって楽しくて、わたしはいつも、兄の訪れを待ち侘びていた。
と言っても兄が話してくれるのは、そんなハラハラドキドキの冒険譚じゃない。
兄が語るのは、本当に些細で小さなこと。
先週は雪合戦をしたんだよ、とか、ノギノキに実がついていたからもう冬が近いね、とか、そんなありきたりなお話。
兄の話そのものよりも、そんな日常の何でもないことを優しい声で話してくれる兄のことが、リッカは心の底から大好きだった。
今日の兄は、入学したばかりの学校について話してくれた。
校長先生が面白くって変わっていること。歴史の授業は宿題が多くてみんなが文句を言っていること。ちょっと意地悪な先生がいること。
初めての寮生活にやっていけるか緊張していたものの、新たな友達も出来たこと――
「いいなぁ……わたしも、学校に行ってみたい……」
そう口を滑らせたわたしは、兄の顔を見た瞬間、今のは失言だったと察した。
五日に二日は寝込んでしまうこの身体。
外へはおろか、部屋からもなかなか出られない日々。
この国の子供たちは、十歳で学校に入学するらしい。
今のわたしは、その歳まで生きることができないと思われている。
「……きっと、行けるよ。リッカが元気になったら、必ず」
兄はぎこちない笑みを浮かべながらも、わたしの頭を優しく撫でた。
優しく、どこまでも優しく。
暖かくて大きな手のひらは、やがて頭を滑り落ち、わたしの頬にそっと触れる。
わたしの手を握った兄は、両手でその手を包み込んだ。
捧げ持つように、自分の額に押し当てる。
兄の手のひらは、少し痛いくらいに熱かった。
わたしの手の方が氷のように冷たいのだと、気が付いたのは一拍遅れた。
「リッカは、絶対元気になれるよ。そうしたら、僕と一緒に学校に行こう」
その言葉は、どこか祈りのような響きを伴っていた。
やがて顔を上げた兄は、痛みを振り払うように、ただただ優しい笑顔を浮かべてみせる。
それでも、まだ十歳の男の子だ。
いくら取り繕ったとしても、わたしの目にはその痛々しさが見えてしまう。
わたしは、兄に愛されている。
愛しているから――喪うことが、怖いんだ。
「そうだ」と、兄は手を叩いた。
「リッカ。明日、家に友達を呼ぼうと思っているんだけど……リッカも会ってみる?」
もちろん、リッカの体調が良ければだけど、と付け加えることも忘れない。
兄の言葉に、わたしの胸は思わず弾んだ。
「えっ、お兄様のお友達!? ぜひとも! ぜひとも会いたいです!」
学校で出来た、新しいお友達だろうか。
わたしにも会わせてくれるだなんて、今からワクワクが止まらない。
目を輝かせるわたしに対して、兄はしかし苦笑していた。
わたしの肩を押してベッドに寝かせると「なら、大人しく寝ておくこと」と、兄っぽい口調で言い聞かせる。
「はぁい」
本当はもっと兄と話していたいけど、兄の言うことももっともだ。
毛布を引き上げる。
兄は手を伸ばすと、毛布越しにわたしの背中をそっと撫でた。
兄の手の暖かさに、ふと眠気が襲ってくる。
「リッカ……大好きだよ」
兄の優しい声を聞きながら、わたしは眠りに落ちていった。
……あれ?
そう言えば、何か思い出しかけた気がしたんだけど……なんだっけ?
わたしは何をするでもなく、ただ自室のベッドで横になっていた。
……と、いうより。
「この身体、ほんっとひ弱……」
起き上がっていられる時間がそもそも短い。一日のほとんどを、ベッドの上で過ごす生活だ。
ご飯もあまり食べられないし、この身体は七歳を迎えているらしいけど、間違いなく七歳の身長と体重じゃない。
前世で経験したことがないほどの気怠さと息苦しさが、この小さな身体を常に這い回っている。
一体これは、何の病気なんだろう。
尋ねてみたいものだけど、口を利けるほど元気な日というのがそうそうないのだ。
――せっかく、こんなに可愛い美少女に生まれ変わったというのに!
おうちもすっごいお金持ちみたいだし、これで身体が丈夫でさえあれば、もう人生勝ち組、順風満帆、エリートコース間違いなしだったろうに。
このままじゃ、転生して早々にお陀仏かも。
そんな暗いことを考えかけた瞬間、部屋の扉がコンコンとノックされた。
わたしが「どうぞ」を言うよりも早く、その誰かはドアノブを捻ると、ツカツカとわたしの部屋の中に入って来る。
わたしのか細い声は扉越しには絶対に届かないし、わたし自身、しんどくて声を出せない状況であることも多いため、誰もわたしの許可など待ちはしない。
……いや、いいんだけどね。恥じらいなんてないさぁ……。
入ってきたのは男の子だった。
いつもはお付きのメイドさんばかりだったから、もの珍しさに思わず目を瞠ってしまう。
すらっとした男の子だ。背筋がピンと伸びていて、立ち姿が美しい子だとまず思う。
歳は、十歳を超えたくらいかな? さらっさらで真っ直ぐな黒髪を持つその少年は、起き上がってるわたしを見ては、澄んだ蒼の瞳を驚いたように見開いた。
「リッカ、起きてたのか」
「お兄様」
口が勝手に動いた。
すんなりと出てきたその言葉に「そっか、この人はわたしの兄なのかー」と逆に納得してしまう。
オブシディアン・ロードライト。リッカ・ロードライトが慕ってやまない人。
いつでも優しくて、格好よくて何だって出来て、わたしの狭い狭い世界の中でも、とってもとっても大事な人。
わたしの母親は身体の弱い人だったようで、わたしを産んですぐに死んでしまったのだという。
父は健在なようだが、常に寝込んでいるわたしとは滅多に会うことがないらしく、わたしは父の顔も曖昧だ。
だからわたしは、側で仕えてくれているメイドさん達と、そして兄によって育てられた。
兄は、わたしと唯一関わってくれる人だった。
時間を見つけては部屋に来てくれ、いつもわたしと、他愛ないおしゃべりをしてくれる。
とっても優しい兄のことを、もちろんわたしも慕っていた。
ベッドまで歩み寄った兄は、そばの椅子を引くと腰掛ける。
手を伸ばしてわたしのおでこに軽く触れると、兄はそっと微笑んだ。
「今日は、熱もないみたいだな」
近付いたことで、兄の顔がはっきり分かる。
綺麗な二重に通った鼻筋、まだ幼いまでも精悍な面立ち。
歳の割にすらりと長い手足を持っていて、背も伸びた暁には、今よりもずっとずっと格好よくなるだろう。
(――あれ?)
オブシディアン・ロードライト?
(この名前、どこかで聞いたことがあるような?)
「今日は、ちょっと元気なんです。……来てくれてありがとう、お兄様」
今年十歳になった兄は、この前の秋から学校に通い始めた。
平日は基本的に寮で過ごすことになるらしく、こうして家に帰ってくるのは週末だけだ。
でも、家に帰ってくるたびに、こうしてちょくちょくわたしの様子を見に来てくれる。
心配されてるなぁと思うけど、その心配が何だか嬉しく、心地よい。
……六花はひとりっ子だったから、お兄ちゃんがいるってだけで、友達のことが心底羨ましかったなぁ……。
兄がいる子はほとんど必ず「あんな暴君いない方がいいよ!」と口にしていたけれど、それでも「いいなぁ」と思っていたものだ。
それが転生してみたら、こんなに格好良くって優しい、まさしく理想の兄の下に生まれることが出来るなんて。
しかも、今のわたしは超絶可愛い美少女だし、どう考えても良いところの生まれだし、もしかして前世のわたし、すっごい徳を積んだんじゃない?
……まぁ、この身体は弱々で、虚弱そのもので、いつ死んでもおかしくないようなものだけど……。
「お兄様、学校はどうですか? わたし、お兄様のお話、聞きたいです!」
兄の話はいつだって楽しくて、わたしはいつも、兄の訪れを待ち侘びていた。
と言っても兄が話してくれるのは、そんなハラハラドキドキの冒険譚じゃない。
兄が語るのは、本当に些細で小さなこと。
先週は雪合戦をしたんだよ、とか、ノギノキに実がついていたからもう冬が近いね、とか、そんなありきたりなお話。
兄の話そのものよりも、そんな日常の何でもないことを優しい声で話してくれる兄のことが、リッカは心の底から大好きだった。
今日の兄は、入学したばかりの学校について話してくれた。
校長先生が面白くって変わっていること。歴史の授業は宿題が多くてみんなが文句を言っていること。ちょっと意地悪な先生がいること。
初めての寮生活にやっていけるか緊張していたものの、新たな友達も出来たこと――
「いいなぁ……わたしも、学校に行ってみたい……」
そう口を滑らせたわたしは、兄の顔を見た瞬間、今のは失言だったと察した。
五日に二日は寝込んでしまうこの身体。
外へはおろか、部屋からもなかなか出られない日々。
この国の子供たちは、十歳で学校に入学するらしい。
今のわたしは、その歳まで生きることができないと思われている。
「……きっと、行けるよ。リッカが元気になったら、必ず」
兄はぎこちない笑みを浮かべながらも、わたしの頭を優しく撫でた。
優しく、どこまでも優しく。
暖かくて大きな手のひらは、やがて頭を滑り落ち、わたしの頬にそっと触れる。
わたしの手を握った兄は、両手でその手を包み込んだ。
捧げ持つように、自分の額に押し当てる。
兄の手のひらは、少し痛いくらいに熱かった。
わたしの手の方が氷のように冷たいのだと、気が付いたのは一拍遅れた。
「リッカは、絶対元気になれるよ。そうしたら、僕と一緒に学校に行こう」
その言葉は、どこか祈りのような響きを伴っていた。
やがて顔を上げた兄は、痛みを振り払うように、ただただ優しい笑顔を浮かべてみせる。
それでも、まだ十歳の男の子だ。
いくら取り繕ったとしても、わたしの目にはその痛々しさが見えてしまう。
わたしは、兄に愛されている。
愛しているから――喪うことが、怖いんだ。
「そうだ」と、兄は手を叩いた。
「リッカ。明日、家に友達を呼ぼうと思っているんだけど……リッカも会ってみる?」
もちろん、リッカの体調が良ければだけど、と付け加えることも忘れない。
兄の言葉に、わたしの胸は思わず弾んだ。
「えっ、お兄様のお友達!? ぜひとも! ぜひとも会いたいです!」
学校で出来た、新しいお友達だろうか。
わたしにも会わせてくれるだなんて、今からワクワクが止まらない。
目を輝かせるわたしに対して、兄はしかし苦笑していた。
わたしの肩を押してベッドに寝かせると「なら、大人しく寝ておくこと」と、兄っぽい口調で言い聞かせる。
「はぁい」
本当はもっと兄と話していたいけど、兄の言うことももっともだ。
毛布を引き上げる。
兄は手を伸ばすと、毛布越しにわたしの背中をそっと撫でた。
兄の手の暖かさに、ふと眠気が襲ってくる。
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