お兄様、闇堕ちしないって本当ですか!?

由原靜

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第一章 ロードライトの令嬢

12 城探索

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 兄とシリウス様から『週末に会いに行く』と言われたものだから、わたしはそりゃあもう、しっかりと体調を整えようと……整えようとは……思っていたわけなんだけど――

「こんなはずでは……!」

 ベッドの上で頭を抱えた。

 週末は昨日で終わった。起き上がれるようになったのは今日のことだ。
 熱が出てしまったため、お兄様チェックに合格できず、シリウス様とは扉ごしの対面となってしまった。なんとも悲しい。

 もちろん、兄とシリウス様は既に学校に戻ってしまった。
 それは、いい。お勉強は大事だものね。

 腹が立つのは自分の身体だ。

「お兄様たちが帰ってしまってからやっと元気になる、この身体が恨めしい……!」

 初めは「わぁい転生したら美少女になった!」と喜んでいたものの、こうも身体が虚弱ではどうしようもない。
 せっかくの美少女も、ベッドに横になっているだけじゃ宝の持ち腐れだ。

「いや……確か、呪いなんだっけ……」

 何の呪いなんだろう、と、何度目かも分からない疑問を再び抱いた。

 この呪いは、誰かに掛けられたものなのだろうか?
 それとも、家系的に稀に出るようなものなのだろうか?

 何かを知っていそうなのは、やっぱり父だ。
 ……でも、父への面会はあっけなく断られてしまったんだよなぁ。
 なんでだよー! こんなに可愛い娘がお父様に会いたいって言ってるのに! なんて、思わずしょんぼりしてしまうが仕方ない。
 切り替えて、出来ることを考えよう。

「まずは、ちょっとでいいから体力を付けたいよね……」

 自分の棒のような手足を思い、ため息をつく。

 あまり激しい運動は身体に障るだろうけど、それでもちょっと歩くだけで息が切れるのは尋常じゃない。
 それに、リッカときたら、未来を儚んでここ一、二年はずっとベッドの上だけで暮らしてたんだから。

 現に、肌だってゾッとするように真っ白だった。日光にもずっと当たっていないのだ。
 おまけに会話する相手は兄一人。それは気分も滅入ってくるし、呪いにだって負けてしまう。

「まずは、具合が悪い日を減らすこと……一週間ずっと元気でいられることが、まずは当面の目標かな」

 自分で言ってて泣けてきた。
 それでも、一週間ずっと元気でいられた試しがないのだ、仕方ない。

 身体と、それに心の健康。
 ご飯をしっかり食べて、人とおしゃべりして、陽の光を浴びること。
 そのくらいから始めよう。

「あとは……お勉強だよね……」

 兄には家庭教師がついていたが、わたしにはそんな人はいない。
 たびたび寝込んでしまうからだ。

 今のわたしは、それこそ最低限の読み書き計算が出来るくらい。
 この身体は七歳だから、大体小学校一年生くらいの知識量といったところ?
 七歳ならばそんなものかと思うけれど、でも精神年齢は十六歳だ。
 いい加減、部屋にある絵本は読み飽きてしまった。暗唱だって出来てしまいそうだ。

 呪いについても調べないといけないし、加えてこのロードライト家、なんか本家や分家やらでだいぶややこしい予感がする。

 ……いや、事実ややこしいのだ。
 メイドさん達がしている噂話に耳を傾けてみても、どの分家の誰々がどうだのと、とにかく固有名詞が多くって、肝心な話の中身はちっとも頭に入ってこない。

 とにもかくにも、お貴族様というものは、関わる人間の数が多すぎる。
 三分の一くらいに減ってくれないものだろうか。……なーんてね。

 さて、文句を言っていても始まらない。
 幸いにして、今日の体調は普段のものより良好だ。少しなら身体も動かせそう。

 で、あるのなら。

「探検しよう!」


 ◇◆◇
 

 一人で部屋の外に出るのは、お手洗いに行く以外では初めてだった。
 お風呂のときは、メイドさんの誰かがいつも付いていてくれていたし。

 食事もいつもメイドさんが部屋まで運び込んでくれる。まさに至れり尽くせり、まるで天国にもいる心地だが、しかしぼうっとしてると本当に天国に行ってしまいかねないので、なんとまぁ難儀なことだった。

 廊下のど真ん中に立ったわたしは、思わず呟いた。

「……廊下が、広い」

 なんと、自動車がすれ違えるほどの広さがある。
 こんなに広い必要、本当にあるのだろうか?

 耳を澄ますと、どこかから声が聞こえてきた。メイドさん達がそれぞれお仕事をしているのだろう。
 バレないように、こっそりこっそり抜き足差し足で歩いて行く。

 わたしの部屋にある窓、その窓から見える景色から考える限り、わたしの部屋は二階にある。
 兄の部屋も同じ階で、シリウス様を迎えた応接間は、確か一階だったっけ。

 とりあえず、近いところから一部屋ずつ見て回る。
 たまに鍵が掛かっている部屋があるのは、個人の私室だろうか。
 見つかったら怒られるだろうな、なんてスリルがなんだかたまらない。

 今までのリッカは大人しくて従順で、こうして誰も見ていない時に部屋を抜け出すなんて、考えたことすらない子だった。
 兄が知ったら、一体どんな顔をするだろう?
 ふふふと笑いながら、探検を継続する。

 しかし、相変わらず広い屋敷だ。どのくらいの人が住んでいるのだろう?

 体力の残りを計算しながらも、慎重に歩いた。
 屋敷の全体像を見てみたいのなら、上から眺めるのが一番だろう。
 手すりを掴みながら、ゆっくり階段を上っていく。

 四階に辿り着いたところで、階段は終わっていた。
 この身体は小さいから、なんてことない段差の一段ですら結構な苦労だ。
 息が上がってしまわないよう、途中で何度も休憩を入れながらの歩みだったから、すごく時間が掛かってしまった。
 一番上に辿り着いて、大きく胸を撫で下ろす。

 ……あれ?
 もしかして、わたしがこんなに身体を動かしたのって、もしかして人生で初めてなんじゃない?

 わぁ、それは……明日の筋肉痛が心配だ、なぁ……。
 動けなくなっちゃいそう。

 そんな予感に怯えながら、わたしは静かに四階の廊下を歩く。
 わたしがこれまでいた二階と違って、四階には人気がない。
 そうっと扉を開けてみるも、ほとんどは物置のようだった。
 置かれているのも、もう使われていないような家具や小物ばかり。本棚の中には、古めかしい分厚い本がぎっしりと詰まっていた。

 床にも埃が積もっている。
 もうずっと、誰も立ち入ってはいないのだろう。

 気付かずに足を踏み入れて、埃を踏んだ感触に飛び退いた。
 入るのはやめておこう……。

 きょろきょろしながら歩いていると、ふと開けた場所に出た。
 思わず、わたしは目を瞠る。

 大きな窓が、廊下の中程に嵌っていた。
 天井から足元までがガラス張りになっていて、さんさんと日差しが降り注いでいる。ちょうど、中庭が一望できる位置だ。
 すぐ傍にはソファが二つ、向かい合うように置かれていた。

 少しだけ休もう。
 そう思ったわたしは、豪奢なソファに倒れ込むように腰掛けた。
 ふぅ、とついつい息を吐く。
 疲れないようにと適宜休憩を入れていたものの、やっぱり疲労は溜まってしまうものらしい。


「――初めまして? 可愛いお嬢さん」


 いきなり掛けられた声に、飛び上がりそうになるほど驚いた。
 慌てて顔を向ける。

 向かい合うように置かれた二つのソファ、その反対側に、いつの間にか女の人が座っていた。

 二十歳くらいの女の人だ。
 長く真っ直ぐな銀髪に、青のドレスは裾を引きずるほど長い。

「……あら? 顔色が悪いわね。大丈夫かしら?」

 澄んだ青い瞳を煌めかせた彼女は、わたしを覗き込んではにっこりと笑いかけた。
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