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第一章 ロードライトの令嬢
19 朱鷺色の朝陽
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ふと意識を取り戻した時、身体は緑の光に包まれていた。
かろうじて首を動かす。
ここが自分の部屋であること、そしてわたしのベッドを囲むように、メイドさんたちが立っていることに気が付いた。
今はしんどくて身体を動かすことはできないものの、恐らくは、あらかじめベッドの床に描かれた魔法陣が発動しているのだろう。
呪いを解くものではなく、ただわたしの身体を癒すためだけの魔法。
対症療法でしかないものの、それでも少しだけ息がしやすくなる。
「セラ……お兄様は?」
隣にいたセラに尋ねる。
セラは組み合わせていた指を解くと、身をかがめてわたしの顔を覗き込んだ。
「オブシディアン様は、昨晩学校に戻られました。ご本人は、リッカ様に付き添うと言って聞きませんでしたが……シリウス様が引きずって行かれたようです」
さすが、シリウス様だ。
思わずほっと胸を撫で下ろす。
わたしの額に手を当てたセラは「もう少し眠った方がいいですね」と言い、毛布の裾をそっと直した。
「うん……」
セラは微笑むと、わたしの頭を優しく撫でる。
とろとろとした眠気を感じて、わたしは静かに目を閉じた。
◇◆◇
リッカの容態が落ち着いたのを確認して、セラ・ロードライトは部屋を出た。
リッカの部屋の前には、二人の男が立っている。
セラは背筋を正すと、その二人に対峙した。
「先ほど、意識を取り戻されました。今は眠っていらっしゃいます」
セラの言葉に、二人が胸を撫で下ろしたのが分かった。
それにしてもと、セラは二人を――ロードライト本家当主メイナードと、その従者のシギルを見ながら思う。
先日セラが『当主の間』へと足を踏み入れたときは、本家当主のことも、そしてシギルのことも、畏れも含んだ恐怖を覚えていた。
しかし今、こうしてリッカの容態を案ずる姿を見ていると、どうも普通の父親にしか思えなくなってしまう。
(昔から、なんだかんだで、子供想いの優しいお父様ではあったんだよなぁ……)
先代当主であり、現当主の妻である、アリア・ロードライトが身罷る前は、それこそメイナードの方が子供の面倒を見ていたように記憶している。
精力的に当主として務めを果たすアリアと、彼女を支えるメイナード。二人の長男であるオブシディアンも、父親に良く懐いていたものだ。
アリアの死により、変わってしまったこの家族も――また、元の形を取り戻すことができるのかもしれない。
「リッカ様は大丈夫ということで、その報告を聞けて良かったです。さぁ我が主人、仕事に戻りましょう」
「う、うむ……」
シギルがメイナードを急かす。
眉を寄せ頷いたメイナードは、軽く咳払いをしてセラを見つめた。
「……先日は、すまなかった」
「……であれば、リッカ様ご本人に仰るべきかと」
それもそうだなと、メイナードは軽く笑う。
歩いていく後ろ姿を、セラは頭を下げて見送った。
◇◆◇
目覚まし時計のけたたましい音で、シリウス・ローウェルは目を覚ました。
即座に手刀を叩き込み、目覚まし時計を黙らせる。
外はまだ薄暗い。
もう一眠りしたい、そんな気分を抑え込みながら、シリウスは寄宿舎のベッドから身を起こした。
この魔法学校は、«魔法使いだけの国»唯一の教育機関だ。
魔法をきちんと制御できなければ、後ほど大きな事件や事故に通じる。
だから、この国に生きる魔法使いは、十歳になるとすべからく全員、この学校に通って七年間きっちり魔法を学ぶ義務がある。
教育が国民の義務であるため、授業料や寄宿舎にて掛かる生活費は国負担だ。
自分のような、何の後ろ盾も持っていない国外者にとってはありがたい制度である。
もちろん、国から支給されるのは最低限であるので、遊びたい分は自分で稼ぐ必要がある。
幸い、この学校には依頼掲示板というものがあった。簡単な依頼を引き受けることで、その働きに見合った対価が手に入るのだ。
今日も、授業が始まる前から郵便配達を仕分ける依頼を受けている。遅れるわけにはいかない。
身だしなみを整える。
寄宿舎と言えど、一人に一室が与えられるため、居心地としては悪くない。
部屋を出て廊下を歩く。
溢れた欠伸を噛み殺しながら、それもそのはずだと思い返した。
ロードライトの『当主の間』で、リッカが倒れて。そのままオブシディアンと共に、リッカに付き添うようにして、ロードライトの家に泊まらせてもらっていた。
それでも明日には学校があるということで、寄宿舎に戻ったのは門限ギリギリの二十二時。
オブシディアンは「リッカが目覚めるまでは付き添う」と言って聞かなかったものの、リッカの侍女の手助けもあり、何とか寄宿舎まで連れ帰ることに成功した。
寄宿舎に戻って、それから週末に出されていた分の課題を片付けていたら、なかなかの時間になってしまった。それもあって、今日はだいぶ寝不足だ。
談話室への扉を押し開ける。
寄宿舎の間取り上、外へは談話室を通らないと出ることができない。
普段は学生で賑やかな談話室も、今は早朝だからか人気がなく、静かなものだ。
「……って、オブシディアン?」
シリウスは声を上げた。
端の方で一人本を捲っていたオブシディアン・ロードライトは、シリウスの声に顔を上げる。
思わず彼に駆け寄った。
「シリウス。君は早いな」
「どうも……って、黒曜は一体どうして?」
オブシディアンも優等生らしく朝は早いものの、この時間は早朝というより明け方に近い。
朝のランニングに励むにも、まだ早い時間だった。
オブシディアンは軽く肩を竦めてみせた。
「リッカのことが心配でな。眠れなかった」
そんな言葉に、あー、とシリウスも苦笑いをしてしまう。
よく見れば、オブシディアンの目の下には薄らと隈が浮かんでいた。
「リッカの侍女には、リッカが目覚めたらすぐに知らせを送ってくれと頼んだんだが……どうも気が気じゃなくって……」
オブシディアンは大きなため息を吐きながら、眉間を強く抑えている。
確かになぁ、とシリウスも軽く眉を寄せた。
もう何度か会っているから、シリウスもリッカのことはある程度知っているつもりだ。
触れたら解けてしまいそうなほどに儚くて、線の細い、驚くほどに綺麗な少女。
首も、服から覗く手足も、病的なまでに細くて――それでもリッカがいつも浮かべる笑顔は、そんな儚さとは無縁の明るいものだった。
いつでもニコニコ笑っていて、よく喋って、兄のことが心の底から大好きなリッカ。
それでもリッカの身に降りかかっている『呪い』は、間違いなくリッカの命を蝕んでいる。
まだ出会って日は浅いものの――シリウスだって、リッカのことが好きなのだ。
(リッカが呪いで死ぬなんて、あっちゃいけないことだよな)
憔悴するオブシディアンの肩を、そっと叩いた。
「大丈夫だ。リッカは必ず目を覚ますよ。強い子じゃないか、あの強さを信じてあげよう」
リッカが、ロードライト当主である父親に対してあそこまで啖呵を切ったことには、シリウスも驚いた。
それでも、リッカが言いたかった気持ちも理解できるのだ。
普段は丁寧な言葉遣いをするリッカが、あぁも怒った姿は新鮮だった。
きっと、ずっとずっと、溜め込んできたのだろう。
痛みも苦しみも、リッカはあまり表に見せることがない。
痛いだろうに。苦しいだろうに。
それら全てをいつだって内側に押し隠しては、明るく笑ってみせるのだ。
「……あぁ……そうだよな……」
オブシディアンは噛み締めるように頷いている。
指を組み合わせたオブシディアンは「眠ろうとすると、父の言葉が頭から離れなくって……」と目を伏せ呟いた。
「……リッカは、父の娘じゃなかったのか」
「……そう、みたいだな」
何と声を掛けていいか、迷いながらもシリウスは相槌を打つ。
よくある――とは言わないまでも、何処かにはある話ではある。
母親の不貞の末に生まれた子。
潔癖な気のあるオブシディアンには、やはり引っかかるところがあるのだろう。
オブシディアンは暗い顔で呟いた。
「リッカが父の娘じゃないってことは……やっぱり、リッカは僕の妹でもないってことなのか……!?」
「いや、母親が一緒なんだから、異父兄妹だろ」
思わず突っ込む。やっぱりってなんだ、やっぱりって。
しかしオブシディアンの耳には入っていないようだ。
「僕とリッカが兄妹じゃないとしたら……僕はリッカと結婚することができる……!?」
「だから、お前とリッカは異父兄妹だって言ってんだろ! できねぇよ!」
今すぐベッドに行って寝ろと言いたい。
いつにも増して言動が支離滅裂だ。結婚って。
「そ、そうだな。それもそうだな」
ハッとした顔でオブシディアンは頷いている。
しかしすぐさま何かに思い至った顔をしては「実は僕も母の子ではないのでは……!?」などと妄想を飛躍させていた。
さすがにそこまで付き合ってはいられない。依頼の時間が差し迫っているのだ。
「盛り上がってるとこ悪いが、俺行かなきゃいけないとこあるからさ」
「うん? そうなのか?」
「そう。依頼受けてんだよ」
「依頼?」
オブシディアンは不思議そうに首を傾げている。
あれ? とシリウスも目を瞠った。
「知らないの? この学校、依頼掲示板ってのがあって、手を貸して欲しい人はそこに書き込むようになってんだ。そして、手を貸せる人がその依頼を受けて、ちょっとした報酬をもらうってわけ。ちなみに今からは、郵便の仕分けの依頼だな」
「そんなものが……!?」
オブシディアンは、少しショックを受けた顔をしていた。
こいつにも知らないことがあったのか、なんて、シリウスは少し愉快に思ってみたりする。
「……あの、シリウス。僕も付いて行ってもいいか?」
オブシディアンからの思わぬ申し出に、シリウスは思わず驚いてしまう。
オブシディアンならば、別にお金に困っているということもないだろうに。
そう言うと、オブシディアンは困ったように頭を掻いた。
「……僕はこれまで、困ってる人を知らずに見過ごしていたのかと思うと……」
「真面目かっ」
いや、確かに真面目な男なのだ。
「……ま、なら、一緒に行くか」
そう言うと、オブシディアンは嬉しそうに頬を緩めた。
「本を置いてくる」と言い残し、足早に談話室を出ていく。
やれやれと、シリウスは肩を竦めた。
かろうじて首を動かす。
ここが自分の部屋であること、そしてわたしのベッドを囲むように、メイドさんたちが立っていることに気が付いた。
今はしんどくて身体を動かすことはできないものの、恐らくは、あらかじめベッドの床に描かれた魔法陣が発動しているのだろう。
呪いを解くものではなく、ただわたしの身体を癒すためだけの魔法。
対症療法でしかないものの、それでも少しだけ息がしやすくなる。
「セラ……お兄様は?」
隣にいたセラに尋ねる。
セラは組み合わせていた指を解くと、身をかがめてわたしの顔を覗き込んだ。
「オブシディアン様は、昨晩学校に戻られました。ご本人は、リッカ様に付き添うと言って聞きませんでしたが……シリウス様が引きずって行かれたようです」
さすが、シリウス様だ。
思わずほっと胸を撫で下ろす。
わたしの額に手を当てたセラは「もう少し眠った方がいいですね」と言い、毛布の裾をそっと直した。
「うん……」
セラは微笑むと、わたしの頭を優しく撫でる。
とろとろとした眠気を感じて、わたしは静かに目を閉じた。
◇◆◇
リッカの容態が落ち着いたのを確認して、セラ・ロードライトは部屋を出た。
リッカの部屋の前には、二人の男が立っている。
セラは背筋を正すと、その二人に対峙した。
「先ほど、意識を取り戻されました。今は眠っていらっしゃいます」
セラの言葉に、二人が胸を撫で下ろしたのが分かった。
それにしてもと、セラは二人を――ロードライト本家当主メイナードと、その従者のシギルを見ながら思う。
先日セラが『当主の間』へと足を踏み入れたときは、本家当主のことも、そしてシギルのことも、畏れも含んだ恐怖を覚えていた。
しかし今、こうしてリッカの容態を案ずる姿を見ていると、どうも普通の父親にしか思えなくなってしまう。
(昔から、なんだかんだで、子供想いの優しいお父様ではあったんだよなぁ……)
先代当主であり、現当主の妻である、アリア・ロードライトが身罷る前は、それこそメイナードの方が子供の面倒を見ていたように記憶している。
精力的に当主として務めを果たすアリアと、彼女を支えるメイナード。二人の長男であるオブシディアンも、父親に良く懐いていたものだ。
アリアの死により、変わってしまったこの家族も――また、元の形を取り戻すことができるのかもしれない。
「リッカ様は大丈夫ということで、その報告を聞けて良かったです。さぁ我が主人、仕事に戻りましょう」
「う、うむ……」
シギルがメイナードを急かす。
眉を寄せ頷いたメイナードは、軽く咳払いをしてセラを見つめた。
「……先日は、すまなかった」
「……であれば、リッカ様ご本人に仰るべきかと」
それもそうだなと、メイナードは軽く笑う。
歩いていく後ろ姿を、セラは頭を下げて見送った。
◇◆◇
目覚まし時計のけたたましい音で、シリウス・ローウェルは目を覚ました。
即座に手刀を叩き込み、目覚まし時計を黙らせる。
外はまだ薄暗い。
もう一眠りしたい、そんな気分を抑え込みながら、シリウスは寄宿舎のベッドから身を起こした。
この魔法学校は、«魔法使いだけの国»唯一の教育機関だ。
魔法をきちんと制御できなければ、後ほど大きな事件や事故に通じる。
だから、この国に生きる魔法使いは、十歳になるとすべからく全員、この学校に通って七年間きっちり魔法を学ぶ義務がある。
教育が国民の義務であるため、授業料や寄宿舎にて掛かる生活費は国負担だ。
自分のような、何の後ろ盾も持っていない国外者にとってはありがたい制度である。
もちろん、国から支給されるのは最低限であるので、遊びたい分は自分で稼ぐ必要がある。
幸い、この学校には依頼掲示板というものがあった。簡単な依頼を引き受けることで、その働きに見合った対価が手に入るのだ。
今日も、授業が始まる前から郵便配達を仕分ける依頼を受けている。遅れるわけにはいかない。
身だしなみを整える。
寄宿舎と言えど、一人に一室が与えられるため、居心地としては悪くない。
部屋を出て廊下を歩く。
溢れた欠伸を噛み殺しながら、それもそのはずだと思い返した。
ロードライトの『当主の間』で、リッカが倒れて。そのままオブシディアンと共に、リッカに付き添うようにして、ロードライトの家に泊まらせてもらっていた。
それでも明日には学校があるということで、寄宿舎に戻ったのは門限ギリギリの二十二時。
オブシディアンは「リッカが目覚めるまでは付き添う」と言って聞かなかったものの、リッカの侍女の手助けもあり、何とか寄宿舎まで連れ帰ることに成功した。
寄宿舎に戻って、それから週末に出されていた分の課題を片付けていたら、なかなかの時間になってしまった。それもあって、今日はだいぶ寝不足だ。
談話室への扉を押し開ける。
寄宿舎の間取り上、外へは談話室を通らないと出ることができない。
普段は学生で賑やかな談話室も、今は早朝だからか人気がなく、静かなものだ。
「……って、オブシディアン?」
シリウスは声を上げた。
端の方で一人本を捲っていたオブシディアン・ロードライトは、シリウスの声に顔を上げる。
思わず彼に駆け寄った。
「シリウス。君は早いな」
「どうも……って、黒曜は一体どうして?」
オブシディアンも優等生らしく朝は早いものの、この時間は早朝というより明け方に近い。
朝のランニングに励むにも、まだ早い時間だった。
オブシディアンは軽く肩を竦めてみせた。
「リッカのことが心配でな。眠れなかった」
そんな言葉に、あー、とシリウスも苦笑いをしてしまう。
よく見れば、オブシディアンの目の下には薄らと隈が浮かんでいた。
「リッカの侍女には、リッカが目覚めたらすぐに知らせを送ってくれと頼んだんだが……どうも気が気じゃなくって……」
オブシディアンは大きなため息を吐きながら、眉間を強く抑えている。
確かになぁ、とシリウスも軽く眉を寄せた。
もう何度か会っているから、シリウスもリッカのことはある程度知っているつもりだ。
触れたら解けてしまいそうなほどに儚くて、線の細い、驚くほどに綺麗な少女。
首も、服から覗く手足も、病的なまでに細くて――それでもリッカがいつも浮かべる笑顔は、そんな儚さとは無縁の明るいものだった。
いつでもニコニコ笑っていて、よく喋って、兄のことが心の底から大好きなリッカ。
それでもリッカの身に降りかかっている『呪い』は、間違いなくリッカの命を蝕んでいる。
まだ出会って日は浅いものの――シリウスだって、リッカのことが好きなのだ。
(リッカが呪いで死ぬなんて、あっちゃいけないことだよな)
憔悴するオブシディアンの肩を、そっと叩いた。
「大丈夫だ。リッカは必ず目を覚ますよ。強い子じゃないか、あの強さを信じてあげよう」
リッカが、ロードライト当主である父親に対してあそこまで啖呵を切ったことには、シリウスも驚いた。
それでも、リッカが言いたかった気持ちも理解できるのだ。
普段は丁寧な言葉遣いをするリッカが、あぁも怒った姿は新鮮だった。
きっと、ずっとずっと、溜め込んできたのだろう。
痛みも苦しみも、リッカはあまり表に見せることがない。
痛いだろうに。苦しいだろうに。
それら全てをいつだって内側に押し隠しては、明るく笑ってみせるのだ。
「……あぁ……そうだよな……」
オブシディアンは噛み締めるように頷いている。
指を組み合わせたオブシディアンは「眠ろうとすると、父の言葉が頭から離れなくって……」と目を伏せ呟いた。
「……リッカは、父の娘じゃなかったのか」
「……そう、みたいだな」
何と声を掛けていいか、迷いながらもシリウスは相槌を打つ。
よくある――とは言わないまでも、何処かにはある話ではある。
母親の不貞の末に生まれた子。
潔癖な気のあるオブシディアンには、やはり引っかかるところがあるのだろう。
オブシディアンは暗い顔で呟いた。
「リッカが父の娘じゃないってことは……やっぱり、リッカは僕の妹でもないってことなのか……!?」
「いや、母親が一緒なんだから、異父兄妹だろ」
思わず突っ込む。やっぱりってなんだ、やっぱりって。
しかしオブシディアンの耳には入っていないようだ。
「僕とリッカが兄妹じゃないとしたら……僕はリッカと結婚することができる……!?」
「だから、お前とリッカは異父兄妹だって言ってんだろ! できねぇよ!」
今すぐベッドに行って寝ろと言いたい。
いつにも増して言動が支離滅裂だ。結婚って。
「そ、そうだな。それもそうだな」
ハッとした顔でオブシディアンは頷いている。
しかしすぐさま何かに思い至った顔をしては「実は僕も母の子ではないのでは……!?」などと妄想を飛躍させていた。
さすがにそこまで付き合ってはいられない。依頼の時間が差し迫っているのだ。
「盛り上がってるとこ悪いが、俺行かなきゃいけないとこあるからさ」
「うん? そうなのか?」
「そう。依頼受けてんだよ」
「依頼?」
オブシディアンは不思議そうに首を傾げている。
あれ? とシリウスも目を瞠った。
「知らないの? この学校、依頼掲示板ってのがあって、手を貸して欲しい人はそこに書き込むようになってんだ。そして、手を貸せる人がその依頼を受けて、ちょっとした報酬をもらうってわけ。ちなみに今からは、郵便の仕分けの依頼だな」
「そんなものが……!?」
オブシディアンは、少しショックを受けた顔をしていた。
こいつにも知らないことがあったのか、なんて、シリウスは少し愉快に思ってみたりする。
「……あの、シリウス。僕も付いて行ってもいいか?」
オブシディアンからの思わぬ申し出に、シリウスは思わず驚いてしまう。
オブシディアンならば、別にお金に困っているということもないだろうに。
そう言うと、オブシディアンは困ったように頭を掻いた。
「……僕はこれまで、困ってる人を知らずに見過ごしていたのかと思うと……」
「真面目かっ」
いや、確かに真面目な男なのだ。
「……ま、なら、一緒に行くか」
そう言うと、オブシディアンは嬉しそうに頬を緩めた。
「本を置いてくる」と言い残し、足早に談話室を出ていく。
やれやれと、シリウスは肩を竦めた。
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