お兄様、闇堕ちしないって本当ですか!?

由原靜

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第一章 ロードライトの令嬢

21 謝罪

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 いつものことではあるのだが、兄とシリウス様が来る週末を、わたしはどうしても待ち侘びてしまう。それ以外、日々の刺激がないからだろうか。
 
 何か、趣味でも持てば変わるのかな。
 でも、六花としてのわたしの趣味といえば、ゲームか、もしくはSNSをぼうっと眺めることだったため、この世界で生かせるとも思えない。
 前世の記憶を取り戻す前のリッカの趣味も、絵本を読むか、メイドさんたちとボードゲームをするか、あとは窓の外の景色をぼんやり眺めるか、くらいなものだったし。
 
 その時、廊下から足音が聞こえてきた。加えて、少年二人の話し声も。

 おざなりなノックの後、予想通り、兄とシリウス様が姿を見せた。
 二人はわたしの顔を見て、嬉しそうにニコッとする。二人のそんな顔を見ると、わたしまで嬉しくなってくる。

「リッカ!」

 わたしの元に駆け寄ってきた兄は、そのままぎゅっとわたしを抱き締めた。
 思わず驚いてしまうものの、そう言えば先週は「またね」も言えずに倒れてしまったのだっけ。

「リッカ……良かった……また、お前の元気な顔を見ることができた……」

 わたしの肩と背中を撫でながら、兄は長く息を吐いていた。

「……はい、お兄様。心配かけてしまってごめんなさい」

 一体どれだけ、この人を心配させてしまったのだろう。

 兄の強ばった背中を撫でると、やっと安心したように、兄の身体から少しずつ力が抜けていった。

 シリウス様も、わたしの頭をうりうりと撫でては「心配したんだぞ」と笑ってみせる。

「ま、黒曜コクヨウは本当、今にも自分が死にそうな顔をしてたけどな。今週は全然授業に身が入ってなくって、何度も先生に怒られてたよ」

「シリウス、そういうのをリッカにバラすのはやめろ」

 ちょっと鼻を啜りながら、兄はシリウス様に文句を言う。
 シリウス様は肩を竦めたものの、優しい眼差しでただわたしたちを見つめていた。

 やっと落ち着いたのか、兄はわたしからそっと身を離した。
 それでもふとした瞬間に、兄は泣きそうな顔で、確認するかのようにわたしの頬や頭に触れてくる。何だかくすぐったい。

 そんなわたしたちの、優しくも穏やかな時間は、一人の侵入者によって破られた。

 部屋の扉をノックして、誰かが部屋に入ってくる。
 メイドさんの誰かかと、何となしに顔を上げた。

「……シギル!?」

 父の従者であり、ロードライトの中でも秘匿された第六分家セイブルの当主を務めている、シギル・ロードライト。

 これまで浮かべていた柔らかな表情を一転させ、兄は険しい顔で立ち上がる。
 シギルは薄く笑みを浮かべたまま「お邪魔しますよ」と軽く頭を下げた。

「何の用だ、変態」

 兄が短く吐き捨てる。
 ま、とシギルは心外だとばかりに口元を覆ってみせたものの、一切傷ついていないことは明白だ。

「これは酷い。ただリッカ様のお部屋に訪れただけだというのに、何という言われようでしょうか……あぁ、でも、ここがリッカ様のお部屋……」

「嗅ぐなド変態。シリウス」

「あいよ。はいはい、変態さんはお帰り願いますねー」

 シリウス様は素早く立ち上がると、シギルを部屋からぐいぐい押し出そうとする。
「待って待ってちょっと待ってくださいよ!」と、シギルは焦ったように声を上げた。

「我が主人から言付けを預かってるんですぅっ! 次期当主様、ねぇ聞いて!?」

 シギルの言葉に、兄は動きを止めた。
 やがて、兄ははぁぁと大きなため息をつきながらも、シリウス様に引くように言う。

「何だって?」

 心の底から嫌そうな声だったが、シギルは気にする素振りもない。

 シギルの言葉に、わたしたちは三人揃って目を瞬かせた。

「我が主人、ロードライト本家当主メイナード様が、皆様をお呼びです。『当主の間』にてお待ちしています」

 
 ◇◆◇

 
 今日も今日とて兄に背負われ、シギルの後ろを着いて行く。
 水面のような扉を抜け、螺旋階段を上って『当主の間』へ。

 二度目に見た父の姿は、前回とはなんだか少し違った。
 いや、見た目は違わないのだけど、なんというか……少し、そわそわしてる? ような?

 前回は『当主の間』前での相対だったというのに、今日は『当主の間』の中心に置かれたソファへと案内された。
 なんと紅茶まで出してもらえる高待遇。前回の待遇との違いに驚いてしまうものの、問題が一つだけあった。

「二人掛けのソファに三人……なら、俺が立てばいいか……」

 ソファを見てそう呟いていたシリウス様を尻目に、兄はわたしを抱え上げると、そのまま自身の膝の上へと座らせた。
 そして、立ったままのシリウス様を見上げると「シリウス」と隣の座面をぽんぽんと叩いてみせる。
 
 ……大人二人がゆうゆうと座れるソファなのだから、子供三人くらい余裕なのでは? なんてツッコミは野暮だろうね……。

「……さっすが黒曜、歪みねぇー……」

「は?」

「なんでもねぇよ、ありがとなー」

 肩を竦めながら、シリウス様も腰を下ろした。
 兄は後ろからわたしをぎゅっと抱きしめつつ「なんか体調おかしいなって感じたら、すぐさま僕に言うんだぞ。いいな?」と言い聞かせてくる。

「分かりました、お兄様」

 素直に頷いた。
 と、兄は「本当に分かってるんだよなー?」と甘やかすような声で言いながら、わたしのほっぺに自分の頬を擦り付けてくる。思わず、くすくすと声を上げて笑った。

 父は、そんな兄とわたしのやり取りを驚いたように見つめていたが、やがてコホンと咳払いをすると、おずおずと口を開いた。

「あー……いいかな、オブシディアン……」

「リッカ、紅茶にお砂糖はどのくらい入れようか? 少し熱いから、冷めるまでちょっとの間待ってような。それともリッカは、甘くて冷たいジュースの方が好みかな?」

 そんな父の言葉を、しかし兄は見事なまでに無視スルーする。
 その威力たるや、ちょっと父がおろおろしてしまうほどだった。なんだか少し気の毒だ。

 ……あ、でも、個人的には飲み慣れない紅茶より、甘いジュースの方が欲しいかもしれない。
 兄にそう伝えると、兄はすぐさま側に控えているメイドさんを呼んだ。
 即座に冷たいジュースがストローと共に恭しく持って来られる。すげぇ。

 ……普段は水と白湯ばかり飲んでいるから、甘くて冷たいジュースは、なんだかすごく新鮮な気分だった。
 童心に戻った気分というか。いや、今の方が子供なんだけど。

 父は空気を取り戻そうと、二度ほど咳払いをする。

「えー、その、来てもらったのは他でもない、先週の件で……」

「まずはリッカに、これまでの謝罪をする方が先でしょう」

 すぐ耳元で、冷ややかな声がした。
 その声の主が、さっきまでわたしを甘やかしていた兄のものであると、一拍遅れてから気が付いた。

 わたしの頭を優しい手つきで撫でながら、兄は厳しい眼差しで父を見据えている。

 一瞬固まった父だが、やがて顔を上げると、真っ直ぐな瞳でわたしを見つめた。
 深々と頭を下げる。

「――これまで本当にすまなかった、リッカ」

 真摯な声だった。

「お前の痛みも苦しみも、何一つ私は見ていなかった。ただ私は、ロードライト当主として……家名についたキズをどうやったら隠せるかということしか考えていなかった」

「…………」

「どういう出自であろうと、生まれた子供に罪はない。そんなこと、分かっていたはずなのにな。ただ意固地になって、お前の身体と心を長い間傷つけてしまった」

 悪かった、と、父はぽつりと呟いた。

「……わたしこそ、これまでありがとうございました」

 父は驚いたようにわたしを見る。
 そんな父の顔を見返して、わたしはにっこりと笑ってみせた。

「血が繋がっていないのに、それでも娘として育ててくれたこと、本当に感謝しています。わたしは、この家に生まれていなかったら、ここまで生きることすら出来ずに死んでいたと思いますし……それに、生まれのことも」

 そこで、わたしは言葉を止めた。父の横に立つシギルに視線を向ける。
 それで、父は何かを察したようだ。物言いたげにシギルを睨みつけている。
 シギルはあからさまに父から目を逸らすと、下手くそな口笛を吹いていた。……全く。

「呪いのこと、教えてもらえますか」

 胸に手を当て、父を見つめる。
 父は表情を引き締めると、ふと視線を下へ落とした。

「……少し、長い話になるが」

 ――そんなもの。
 聞く用意なんて、とうの昔に出来ている。
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