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第一章 ロードライトの令嬢
30 はじめてのおでかけ
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占いや星見を得意とする第五分家には、極々稀にではあるものの、過去や未来を覗くことが出来る、過去視や未来視の持ち主が生まれてくることがあるらしい。
当代では、第五分家の直系長女、ナナリー・ロードライトが、そんな『目』を持って生まれてきたのだという。
「そんな、強い力ではありませんが」とナナリーは謙遜していたものの、わたしから見ると十分とんでもないことだと思うのだが。
ロードライトの分家の人たちは、ちょっと自己評価が低い気がする。もっと自分の能力を誇ってほしい。
過去を覗くことができる『過去視』の力。その力を一番発揮できる、きちんと場が整えられた第五分家こそ、わたしの過去の記憶を覗くのに望ましい。
そんなわけで、わたしは週末、ロードライト第五分家の屋敷へと訪れることとなった。
……訪れることとなった!
(物心ついて、初めての城の外だぁ!!)
嬉しい、嬉し過ぎる。
これまでずっと本家の城の中でしか生活してこなかったわたしが、一族分家の屋敷ではあるといえ、初めて城の外に出られるのだ。
なんかもう、とんでもなく感動しちゃうな。
昨夜は、それこそ遠足前の子供よろしく、なかなか寝付くことができなかった。
しかしそんなわたしの心理を、わたしにずっと付いてくれている侍女のセラは、とっくの昔にお見通しだったようだ。セラが用意してくれた眠り薬で、なんとか眠りにつくことができた。
いつものことながら、セラ様様、だ。足を向けて寝られない。
「リッカ、あまりはしゃぐと疲れるぞ」
出かける準備は万全、あとは『当主の間』前で、父が降りてくるのを待つばかり。
まだかなーまだかなーとそわそわしていたのがバレたらしく、兄に嗜められてしまった。
「オブシディアン坊っちゃまの仰る通りでございますよ、お嬢様? お嬢様は、はしゃげばはしゃぐほど翌日の反動がすごいのですから。くれぐれも気を付けてくださいね」
うっ、セラまでも!
うぐ、と頬を引き攣らせては、手持ち無沙汰に揺らしていた足をぴたりと揃える。
……だって、とても楽しみなのだ。
初めてのお外に、外出用の靴。服だって、ちゃんとした他所行きのもの。体調も万全……というのは言い過ぎだけれど、少なくとも、寝込んで動けなくなるほどではない。
「気持ちは分かるが、それでも落ち着け。お前が具合悪くなっちゃ、元も子もないんだから」
わたしに漆黒のケープを着せかけながら、兄はそう言って軽く笑った。
このケープは、魔法工学に秀でた第三分家特製なのだという。改竄禁止の名簿を作っていた、あの分家だ。
薄くて軽いものの、物理防御と魔法防御、共に最高ランクの優れもの。
生地自体に魔法陣が織り込まれているらしく、そこんじょそこらの魔法、もしくはナイフなんかじゃ決して貫き通すことの出来ない逸品だ。ついでに寒暖調整機能もばっちり、雨が降っても主人を守ってくれるのだという。
魔法すげぇ。
いや、この場合、第三分家がすごいのか? どっちにせよすげぇや。
同じ形状のケープを、兄もセラも身に纏っている。
襟の飾りは、わたしと兄のものは銀色で、セラのものは緑色だった。
こんなところまで本家分家の色を入れるものなんだなぁ……。
相変わらず、このお家のしきたりはよく分からない。
「お兄様。今週は、シリウス様はいらっしゃらないのですか?」
兄に問いかける。
わたしの襟についた銀飾りを整えていた兄は、わたしの問いかけに「あぁ」と軽く頷いた。
「ちょっと、事務的な用事があるらしくってな。なんでも、国外の者が出さなきゃならない書類があるんだと。お前に会えないことを大層悲しんでいたよ」
「そうなんですね……わたしも寂しいです……」
最近は、本当に毎週毎週シリウス様に会っていたから、会えないとなるとなんだか悲しくなっちゃうな。仕方のないことではあるんだけど。
ふと視線を感じて顔を上げると、兄が無表情で、わたしの顔を覗き込んでいた。
兄はとても端正なお顔をしているから、近くで見つめられると、ついついドキドキしてきちゃうな。
お兄様、ご自身のお顔の威力って分かっています? リッカはとても心配ですよ。
一体どれだけの女の子の初恋を泥棒してきたのでしょうね?
途端、兄はきっと眉を寄せた。
「泥棒なんてしていない!」
「うそっ、声に出してた!?」
「お前の顔がそう言ってた」
兄は息を吐いて、わたしのおでこを軽く突く。思わずおでこを押さえた。
う、そんなにうるさい顔をしてたのだろうか。
なんだか恥ずかしいな。
その時、父とシギルが『当主の間』から姿を表した。
シギルはわたしたちの姿を見ると、その場で深々と一礼する。ほとんど同時にセラも髪をかき上げると、父に対して軽くスカートを摘み頭を下げた。
「お父様、遅いです!」
そう叫んだわたしに、兄はぎょっとした顔をする。
父も驚いたように目を瞠ったものの、やがて柔らかな笑みを口元に湛えては「待たせてすまなかったな」と謝罪した。
「リッカ、体調は大丈夫そうか?」
父の問いかけに「大丈夫です」と胸を張る。
ソファから立ち上がって父に歩み寄ると、父はぎこちない手つきでわたしの頭をそっと撫でた。
「……、よくも、リッカに馴れ馴れしく……いや落ち着け、あれでも一応は父親だ……しかし……」
おぉ、兄が今にも暗黒面に堕ちそうな顔をしている。
でも、ごめんね、お兄様。
わたし、お兄様とお父様には仲良くしてほしいなって思うんです!
本家の城と分家の屋敷間は、転移の魔法陣が設置されていて、簡単に行き来が出来るようになっているらしい。
その転移陣がある中庭の東屋まで向かう最中、『誰がわたしを背負っていくか』でちょっと揉めた。
揉めたと言っても、押し付け合ったわけではなく。
「リッカを背負っていくのは、当然、リッカの兄たる僕の仕事だろう」
「いえっ、坊っちゃまにそんなことさせられません、私が背負って歩きます!」
「女性にそんな真似はさせられない。ここは、私が……」
「我が主人と次期当主様のお手を煩わせるわけにはいかないでしょう。どうか私めにお任せください」
「シギルには死んでも任せない」
「「「「さぁリッカ(様)、選んでくれ(お選びください)!!!!」」」」
……これは、なんだろう、ある意味ハーレムみたいな?
案外悪い気はしないものだ。
候補者全員身内だけど。
……せっかく魔法があるんだから、椅子にふわふわ浮く魔法でもかけて、その椅子にわたしを乗せて押していった方がいいんじゃないかなぁ……なんて言葉は野暮だろうね……。
とはいえ、この中から誰が一人を選ぶとなると、ここはやっぱり……。
「それじゃあセラ、よろしくお願いするね」
「お嬢様……っ、任されました!」
まぁ順当に、セラだろうなぁ。
「なっ……!? リッカ、どうして……!?」
てっきり自分が選ばれると信じて疑いもしなかった兄は、ものすごくショックを受けた顔をしていた。
ごめんなさい、お兄様……でも誰からもヘイトを集めない人選は、これなんです……!
「お嬢様、ちゃんと掴まっていてくださいね? ぎゅっと密着した方が安定するんですよ」
「こ、こう、かな」
セラにおんぶされると、まぁ当然なんだけど、兄におんぶされるよりも目線が高くてなんだか新鮮だ。
こうなると、一回くらいは父やシギルにおぶってもらってもいいかもなぁ、なんてことを思ってしまう。
「……僕からリッカを取るなんて……でもセラは、リッカのことをとてもよく見てくれるいい人だから……でも……でも……」
おぉ、兄が落ち込んでいる……。
大人びていて落ち着いた、兄の普段の姿からは考えられない表情だった。ある意味子供らしいというか。
いつもいつも面倒を見てもらっているからついつい忘れてしまうけれど、そういえば、兄もまだ十歳なんだよなぁ。まだまだ全然子供じゃないか。
六花の頃は、十歳の時なんて一体何してたかなぁ……。
ただただ毎日遊び呆けていた記憶しかない。
今のわたしは、確かに身体の年齢自体は七歳だけど、精神年齢は十六歳なのだ。兄が拗ねるのを微笑ましく見守る余裕だってある。
お兄様、かーわいっ。
転移の魔法陣は、中庭の東屋にある。
中庭へ降りると、すぐさまひんやり冷たい風が頬を撫でた。その冷たさに、わたしは思わず驚いてしまう。
外の空気に触れたのは、あまりにも久しぶりだった。風って、こんなに冷たかったんだっけ。
もう冬なんだなぁ、なんて、そんな当たり前のことをしみじみと思い知る。見れば中庭の草花も、咲いている花は少なくて、なんだか寂しい気がしてきた。
そんな中庭をぐるりと囲むように、似たような東屋が六つ、等間隔で並んでいた。わたしたちはそのうちの一つを目指す。
東屋の内側の地面には、凝った魔法陣が刻まれていた。
わたしたちより一歩先んじたシギルが手を翳すと、魔法陣が紫色の光を灯す。
「それでは、お先に失礼して」
軽く頭を下げ、シギルが陣の中に足を踏み入れた。途端、その姿が掻き消える。
おおおおっ、実物を見るとついつい感動してしまうな。魔法の世界に生きているとは言っても、わたし自身は魔法を使えないので。ただでさえ少ない生命エネルギーを無駄遣いするわけにはいかない。
シギルの後は父が続いた。その後、兄がわたしたちの方を心配そうにちらちら見ながらも、やがて「早く来るんだぞ」と言い残しては消えて行く。
「お嬢様、緊張してらっしゃいます?」
わたしがセラの服をぎゅっと掴んだのが分かったのか、セラはそう問いかけてきた。
う、と思わず眉を下げる。
「大丈夫ですよ、お嬢様」
思っていた以上に、優しい声が返ってきた。
セラはわたしを振り返ると、にっこり微笑む。
「私が、ついていますからね」
「……それは、とっても心強いなぁ」
改めて、セラの背中にぎゅっと抱きついた。
セラが、魔法陣に足を踏み入れる。
瞬間、全身が眩い光に包まれて――でも、セラの温もりだけは鮮明だった。
当代では、第五分家の直系長女、ナナリー・ロードライトが、そんな『目』を持って生まれてきたのだという。
「そんな、強い力ではありませんが」とナナリーは謙遜していたものの、わたしから見ると十分とんでもないことだと思うのだが。
ロードライトの分家の人たちは、ちょっと自己評価が低い気がする。もっと自分の能力を誇ってほしい。
過去を覗くことができる『過去視』の力。その力を一番発揮できる、きちんと場が整えられた第五分家こそ、わたしの過去の記憶を覗くのに望ましい。
そんなわけで、わたしは週末、ロードライト第五分家の屋敷へと訪れることとなった。
……訪れることとなった!
(物心ついて、初めての城の外だぁ!!)
嬉しい、嬉し過ぎる。
これまでずっと本家の城の中でしか生活してこなかったわたしが、一族分家の屋敷ではあるといえ、初めて城の外に出られるのだ。
なんかもう、とんでもなく感動しちゃうな。
昨夜は、それこそ遠足前の子供よろしく、なかなか寝付くことができなかった。
しかしそんなわたしの心理を、わたしにずっと付いてくれている侍女のセラは、とっくの昔にお見通しだったようだ。セラが用意してくれた眠り薬で、なんとか眠りにつくことができた。
いつものことながら、セラ様様、だ。足を向けて寝られない。
「リッカ、あまりはしゃぐと疲れるぞ」
出かける準備は万全、あとは『当主の間』前で、父が降りてくるのを待つばかり。
まだかなーまだかなーとそわそわしていたのがバレたらしく、兄に嗜められてしまった。
「オブシディアン坊っちゃまの仰る通りでございますよ、お嬢様? お嬢様は、はしゃげばはしゃぐほど翌日の反動がすごいのですから。くれぐれも気を付けてくださいね」
うっ、セラまでも!
うぐ、と頬を引き攣らせては、手持ち無沙汰に揺らしていた足をぴたりと揃える。
……だって、とても楽しみなのだ。
初めてのお外に、外出用の靴。服だって、ちゃんとした他所行きのもの。体調も万全……というのは言い過ぎだけれど、少なくとも、寝込んで動けなくなるほどではない。
「気持ちは分かるが、それでも落ち着け。お前が具合悪くなっちゃ、元も子もないんだから」
わたしに漆黒のケープを着せかけながら、兄はそう言って軽く笑った。
このケープは、魔法工学に秀でた第三分家特製なのだという。改竄禁止の名簿を作っていた、あの分家だ。
薄くて軽いものの、物理防御と魔法防御、共に最高ランクの優れもの。
生地自体に魔法陣が織り込まれているらしく、そこんじょそこらの魔法、もしくはナイフなんかじゃ決して貫き通すことの出来ない逸品だ。ついでに寒暖調整機能もばっちり、雨が降っても主人を守ってくれるのだという。
魔法すげぇ。
いや、この場合、第三分家がすごいのか? どっちにせよすげぇや。
同じ形状のケープを、兄もセラも身に纏っている。
襟の飾りは、わたしと兄のものは銀色で、セラのものは緑色だった。
こんなところまで本家分家の色を入れるものなんだなぁ……。
相変わらず、このお家のしきたりはよく分からない。
「お兄様。今週は、シリウス様はいらっしゃらないのですか?」
兄に問いかける。
わたしの襟についた銀飾りを整えていた兄は、わたしの問いかけに「あぁ」と軽く頷いた。
「ちょっと、事務的な用事があるらしくってな。なんでも、国外の者が出さなきゃならない書類があるんだと。お前に会えないことを大層悲しんでいたよ」
「そうなんですね……わたしも寂しいです……」
最近は、本当に毎週毎週シリウス様に会っていたから、会えないとなるとなんだか悲しくなっちゃうな。仕方のないことではあるんだけど。
ふと視線を感じて顔を上げると、兄が無表情で、わたしの顔を覗き込んでいた。
兄はとても端正なお顔をしているから、近くで見つめられると、ついついドキドキしてきちゃうな。
お兄様、ご自身のお顔の威力って分かっています? リッカはとても心配ですよ。
一体どれだけの女の子の初恋を泥棒してきたのでしょうね?
途端、兄はきっと眉を寄せた。
「泥棒なんてしていない!」
「うそっ、声に出してた!?」
「お前の顔がそう言ってた」
兄は息を吐いて、わたしのおでこを軽く突く。思わずおでこを押さえた。
う、そんなにうるさい顔をしてたのだろうか。
なんだか恥ずかしいな。
その時、父とシギルが『当主の間』から姿を表した。
シギルはわたしたちの姿を見ると、その場で深々と一礼する。ほとんど同時にセラも髪をかき上げると、父に対して軽くスカートを摘み頭を下げた。
「お父様、遅いです!」
そう叫んだわたしに、兄はぎょっとした顔をする。
父も驚いたように目を瞠ったものの、やがて柔らかな笑みを口元に湛えては「待たせてすまなかったな」と謝罪した。
「リッカ、体調は大丈夫そうか?」
父の問いかけに「大丈夫です」と胸を張る。
ソファから立ち上がって父に歩み寄ると、父はぎこちない手つきでわたしの頭をそっと撫でた。
「……、よくも、リッカに馴れ馴れしく……いや落ち着け、あれでも一応は父親だ……しかし……」
おぉ、兄が今にも暗黒面に堕ちそうな顔をしている。
でも、ごめんね、お兄様。
わたし、お兄様とお父様には仲良くしてほしいなって思うんです!
本家の城と分家の屋敷間は、転移の魔法陣が設置されていて、簡単に行き来が出来るようになっているらしい。
その転移陣がある中庭の東屋まで向かう最中、『誰がわたしを背負っていくか』でちょっと揉めた。
揉めたと言っても、押し付け合ったわけではなく。
「リッカを背負っていくのは、当然、リッカの兄たる僕の仕事だろう」
「いえっ、坊っちゃまにそんなことさせられません、私が背負って歩きます!」
「女性にそんな真似はさせられない。ここは、私が……」
「我が主人と次期当主様のお手を煩わせるわけにはいかないでしょう。どうか私めにお任せください」
「シギルには死んでも任せない」
「「「「さぁリッカ(様)、選んでくれ(お選びください)!!!!」」」」
……これは、なんだろう、ある意味ハーレムみたいな?
案外悪い気はしないものだ。
候補者全員身内だけど。
……せっかく魔法があるんだから、椅子にふわふわ浮く魔法でもかけて、その椅子にわたしを乗せて押していった方がいいんじゃないかなぁ……なんて言葉は野暮だろうね……。
とはいえ、この中から誰が一人を選ぶとなると、ここはやっぱり……。
「それじゃあセラ、よろしくお願いするね」
「お嬢様……っ、任されました!」
まぁ順当に、セラだろうなぁ。
「なっ……!? リッカ、どうして……!?」
てっきり自分が選ばれると信じて疑いもしなかった兄は、ものすごくショックを受けた顔をしていた。
ごめんなさい、お兄様……でも誰からもヘイトを集めない人選は、これなんです……!
「お嬢様、ちゃんと掴まっていてくださいね? ぎゅっと密着した方が安定するんですよ」
「こ、こう、かな」
セラにおんぶされると、まぁ当然なんだけど、兄におんぶされるよりも目線が高くてなんだか新鮮だ。
こうなると、一回くらいは父やシギルにおぶってもらってもいいかもなぁ、なんてことを思ってしまう。
「……僕からリッカを取るなんて……でもセラは、リッカのことをとてもよく見てくれるいい人だから……でも……でも……」
おぉ、兄が落ち込んでいる……。
大人びていて落ち着いた、兄の普段の姿からは考えられない表情だった。ある意味子供らしいというか。
いつもいつも面倒を見てもらっているからついつい忘れてしまうけれど、そういえば、兄もまだ十歳なんだよなぁ。まだまだ全然子供じゃないか。
六花の頃は、十歳の時なんて一体何してたかなぁ……。
ただただ毎日遊び呆けていた記憶しかない。
今のわたしは、確かに身体の年齢自体は七歳だけど、精神年齢は十六歳なのだ。兄が拗ねるのを微笑ましく見守る余裕だってある。
お兄様、かーわいっ。
転移の魔法陣は、中庭の東屋にある。
中庭へ降りると、すぐさまひんやり冷たい風が頬を撫でた。その冷たさに、わたしは思わず驚いてしまう。
外の空気に触れたのは、あまりにも久しぶりだった。風って、こんなに冷たかったんだっけ。
もう冬なんだなぁ、なんて、そんな当たり前のことをしみじみと思い知る。見れば中庭の草花も、咲いている花は少なくて、なんだか寂しい気がしてきた。
そんな中庭をぐるりと囲むように、似たような東屋が六つ、等間隔で並んでいた。わたしたちはそのうちの一つを目指す。
東屋の内側の地面には、凝った魔法陣が刻まれていた。
わたしたちより一歩先んじたシギルが手を翳すと、魔法陣が紫色の光を灯す。
「それでは、お先に失礼して」
軽く頭を下げ、シギルが陣の中に足を踏み入れた。途端、その姿が掻き消える。
おおおおっ、実物を見るとついつい感動してしまうな。魔法の世界に生きているとは言っても、わたし自身は魔法を使えないので。ただでさえ少ない生命エネルギーを無駄遣いするわけにはいかない。
シギルの後は父が続いた。その後、兄がわたしたちの方を心配そうにちらちら見ながらも、やがて「早く来るんだぞ」と言い残しては消えて行く。
「お嬢様、緊張してらっしゃいます?」
わたしがセラの服をぎゅっと掴んだのが分かったのか、セラはそう問いかけてきた。
う、と思わず眉を下げる。
「大丈夫ですよ、お嬢様」
思っていた以上に、優しい声が返ってきた。
セラはわたしを振り返ると、にっこり微笑む。
「私が、ついていますからね」
「……それは、とっても心強いなぁ」
改めて、セラの背中にぎゅっと抱きついた。
セラが、魔法陣に足を踏み入れる。
瞬間、全身が眩い光に包まれて――でも、セラの温もりだけは鮮明だった。
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