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第二章 ローウェルの常連さん
05 お兄様の甘やかし
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結局わたしは魔法を一度も使えないまま、ルートヴィヒ先生との初日の授業を終えた。なんだかがっくりだ。
授業の後半は、何故かちょっとテンション高めなルートヴィヒ先生が、あれやこれやと魔法陣を描いてはわたしに試してみさせたり、魔道具をいくつか組み合わせたりと、何やらとても楽しそうではあった。わたしとしては、もうお好きにしてよって感じで、ちょっともうへろんへろんだ。
へろんへろんのまま、その日の夕方にはやっぱり熱が出て、わたしはそのまま二日寝込んだ。気持ちに対して、身体が全然着いていってないなと思う。
寝込んでいる間は、もちろん家庭教師の授業はお休みだった。兄とシリウス様が訪れる週末には熱は下がったものの、体調は万全とは言いがたく、それでもヤダヤダ二人に会いたいとセラにワガママを言い、ベッドの上から動かないのならいいですよと、なんとか許可を取り付けることが出来た。
「お兄様ぁ……」
ベッドまで来た兄の腰元に抱きついて、頭をぐりぐりと押し付けた。目を閉じて、大きく息を吸い込む。落ち着く匂いと温もりに、心の底からホッとした。
兄は苦笑しながらも、優しくわたしの頭を撫でてくれた。「今日は甘えたい気分のようだな」と言っては、いつもの椅子ではなくベッドの端に腰掛ける。
許可が出たと、わたしは兄に飛びついた。兄の膝に頭を乗せると、兄の手がわたしの肩から背中をぽんぽんと撫でる。
……あー、癒される……すごく、すごく落ち着くよぉ……。
「リッカとベッドの上で会うと、なんだか本当に『いつも通り』って感じだなぁ」
シリウス様が笑いながら指摘するので、思わずむぅぅっと頬を膨らませた。わたしだって、いつまでもこんな調子でいるわけにはいかないって思ってる。思ってるんだけども……!
「ま、焦るのも分かるけどさ。くれぐれも、無理だけはするなよ。リッカのペースで元気になればいいんだからな」
「……はぁい」
シリウス様にそう言われて、浮ついていた気持ちが少し静まった。
……そっか。確かに、少し焦っていたのかもしれない。
病気が治って、後は人並みになるだけだと、一気に頑張ろうとしてしまった。体力もない、教養もない、ないない尽くしの自分を、早くどうにかしないとと急いてしまった。
……そんなに簡単に、体力も知識も付くわけないのにね。落ち着いて考えれば分かることじゃん。千里の道も一歩から。何事も、一歩ずつだ。千里よりは近い……と、思いたい。
わたしの頭をゆるゆると撫でながら、兄は「そう言えば、魔法が使えなくなっていると聞いたんだが……?」と首を傾げた。
「あ、そうなんです。……ルートヴィヒ先生は、手術の影響かもしれないと言ってました」
外科手術では、心臓も止めたし輸血も受けた。「魔力は血に宿る」という言葉が真実であるのなら、影響は受けるかもしれない。
「ただ、魔力がなくなったわけではないみたいです」と言葉を添えると、兄はホッとしたように表情を緩める。
「ルートヴィヒ先生が言うなら、そうなんだろうな。リッカの家庭教師が彼で良かった」
「はは……」
ルートヴィヒ先生は「良かった」なんて思っていないようですけど? なんて言葉は飲み込んだ。兄は、優秀な人相手にこそ期待と成果を求める傾向がある。兄がそう言うということは、ルートヴィヒ先生は相当優秀な人なのだろう。
そう呟くと、兄は頷いた。
「そうだな。ルートヴィヒ先生はとても優秀な人だよ。第一分家の中でも非常に高く評価されていてね。ルートヴィヒ先生自身は第一分家の性質が合わないと、第三分家に転籍願いを出していたが、第一分家当主のダリアは確か受理しないままで、ずっと保留の状態だ。あれだけの才能を他所にはやりたくないだろうしね」
「第三分家に転籍って、そんなことできるんですか?」
驚いて尋ねると、兄はなんてことない顔で頷いた。
「婚姻や養子縁組など、様々に手段はある。父だって、出身は第四分家だが今は本家の人間だろう?」
「あ、それもそっか」
ならルートヴィヒ先生も、第三分家のお嬢さんと結婚すれば、望み通り第一分家を出て行くことができるのかな?
そう思ったものの、兄は肩を竦めた。
「ただルートヴィヒ先生はもうご結婚なさっているし、お子さんもいる。相手はロードライト外部の人だから、無関係の第三分家に転籍したいと言っても難しい部分ではある」
「うぇえ!? ルートヴィヒ先生、ご結婚されてたの!?」
ルートヴィヒ先生、既婚者!? しかも子持ち!?
いや、確かにシギルと同い年らしいし、子供がいてもおかしくない歳ではあるけど……あるけども……。
……見えねぇー……っ。あの、シギルに組み伏せられて情けない顔をしていた人が妻子持ちなんて、どうにも思えないよぉぉっ。
「加えてルートヴィヒ先生は芸達者で、学問、教養、芸術に武芸と、一通り何でも出来る人だから、リッカもしっかり教わるといい。もっとも、本人は自分自身を『器用貧乏なだけです、特別な役には立てません』と謙遜していたけれど」
兄はそう言うものの、ルートヴィヒ先生としては謙遜してるつもりはないのだろう。本気で自分のことを「器用貧乏で役立たず」だと思っていそうだ。だいぶ自己評価が低そうな人だもの。
「家庭教師かぁ。俺なんてあっという間にリッカに追い抜かれちゃいそうで怖いな」
「シリウス様は努力家ですから、わたしが必死で頑張っても追いつけないですよ」
シリウス様の呟きに、笑って言葉を返す。国外から来たシリウス様がどれほど普段から頑張っているかは、兄の言葉の端々からも理解できた。
そんなシリウス様のことを、兄が素直に尊敬していることも、わたしは知っている。
……わたしも、兄に恥じない妹になりたいな。
この国では小学校のようなものがない代わりに、家庭で家庭教師を雇ったり私塾に通ったりして各々教育を受けるのだそうだ。つまり学校では、読み書き計算に簡単な魔力制御は出来て当然、という環境になる。
わたしが学校に入学するまで、あと二年ある。この二年間、ロードライトの娘としても、オブシディアンの妹としても恥じない人になれるよう、頑張れるだけ頑張ろう。
そう気合を入れたわたしの額を、兄はピシッと軽く叩いた。
「あうっ」
「変な力が入ってるぞ。無理するなと、シリウスも言っただろ」
……はぁい。
◇ ◆ ◇
「リッカが元気なら、明日は城の庭でピクニックをしよう」
そう兄が提案したので、わたしは体調を元通りにするために本気を出した。きちんとご飯を食べてしっかりと眠れば、元々治りかけだった分、翌日は元気たっぷりで目を覚ますことが出来た。喝采ものだ。
セラからも「問題なさそうですね」と無事合格をもらい、そのまま身支度をして食堂へと向かう。
入院前はご飯を食べられない日も多かったから、基本的に食事は自室で取っていた。しかし退院してからは、食堂で頂く日も増えてきたのだ。父と同席して、その日の出来事をお話しながら頂く食事は楽しくて美味しい。
もっとも、食堂だと給仕と父にマナーを厳しく注意されながら食事するので、食べ終わる頃にはどっと疲れてしまうのだけれど。淑女への道は険しく遠いぜ。
食堂前で兄に出くわして、わぁっと思わず目を瞠った。
そうか、今日は日曜だ。週末はこの城に帰ってくる兄が日曜の朝食にいても、何ら不思議ではない。
何ら、不思議ではないのだ!
「お兄様! わぁぁっお兄様がいます! 一緒にご飯を食べられるんですね! 一緒にご飯食べるのって初めてですよね! わぁっ嬉しい、本当に嬉しいです!!」
兄に駆け寄り、ぴょんぴょん飛び跳ねながら嬉しさを表現する。兄は苦笑を返すと「落ち着きなさい」とわたしの肩をくっと抑えた。
「まずは挨拶からだよ、リッカ。出来るかな?」
「あう……おはようございます、お兄様。風の精霊の威光輝く春の佳き日にお会いできましたこと、心より嬉しく思っております」
スカートの裾を両手で摘むと、片足を下げて身を屈める。最近憶えた礼の執り方と挨拶は、一応は兄に及第点を貰えたようだ。
「うん、おはよう、リッカ。君に精霊の御加護と祝福がありますよう。……僕も、リッカと一緒にご飯が食べられて嬉しいよ」
そうはにかみながら言う兄が滅茶苦茶可愛くて格好よくて、わたしは朝からテンションが急上昇だ。
疲れちゃうから、落ち着いて、落ち着いて……と自分を宥めるものの、にへらぁ、と笑み崩れてしまうのを抑えられない。
やばいよぉ、兄と一緒にご飯が食べられるってだけで、滅茶苦茶嬉しいよぉぉっ。
ふと兄は、わたしの胸元を――正確には、雪の女王からもらったネックレスを――見た。
「今日は、そのネックレスを付けてるんだな。昨日は身につけてなかった気がするが」
「部屋の外に出る時は、身につけるようにしているんです。昨日はまだ体調が戻ってなくて、ずっとお部屋にいたでしょう?」
あぁ、と兄は納得したように頷くと「それは良かった」とぼそっと呟いた。わたしは目を瞬かせる。
「何か言いました?」
「いや、何も。……ちゃんと挨拶が出来たから、中までエスコートしてあげるよ」
ご褒美ねと言いながら、兄はすっと腕を差し出した。飛びつきたい気持ちをなんとか抑え込みつつ「光栄に存じます」と頭を下げた。淑女らしくしずしずと、兄の腕に腕を絡める。
……うふふへへぇ。こんなご褒美もらえるんだったら、礼儀作法も頑張ろうって気になるよ。お兄様、ありがとうございます。
なお、兄も加わった朝食では、給仕と父に加え兄までもが滅茶苦茶厳しくテーブルマナーを注意してきたので、兄と共に食事する雰囲気を楽しむどころではなかったのだけど。
……淑女への道、険しすぎて早くも挫折しそう。
授業の後半は、何故かちょっとテンション高めなルートヴィヒ先生が、あれやこれやと魔法陣を描いてはわたしに試してみさせたり、魔道具をいくつか組み合わせたりと、何やらとても楽しそうではあった。わたしとしては、もうお好きにしてよって感じで、ちょっともうへろんへろんだ。
へろんへろんのまま、その日の夕方にはやっぱり熱が出て、わたしはそのまま二日寝込んだ。気持ちに対して、身体が全然着いていってないなと思う。
寝込んでいる間は、もちろん家庭教師の授業はお休みだった。兄とシリウス様が訪れる週末には熱は下がったものの、体調は万全とは言いがたく、それでもヤダヤダ二人に会いたいとセラにワガママを言い、ベッドの上から動かないのならいいですよと、なんとか許可を取り付けることが出来た。
「お兄様ぁ……」
ベッドまで来た兄の腰元に抱きついて、頭をぐりぐりと押し付けた。目を閉じて、大きく息を吸い込む。落ち着く匂いと温もりに、心の底からホッとした。
兄は苦笑しながらも、優しくわたしの頭を撫でてくれた。「今日は甘えたい気分のようだな」と言っては、いつもの椅子ではなくベッドの端に腰掛ける。
許可が出たと、わたしは兄に飛びついた。兄の膝に頭を乗せると、兄の手がわたしの肩から背中をぽんぽんと撫でる。
……あー、癒される……すごく、すごく落ち着くよぉ……。
「リッカとベッドの上で会うと、なんだか本当に『いつも通り』って感じだなぁ」
シリウス様が笑いながら指摘するので、思わずむぅぅっと頬を膨らませた。わたしだって、いつまでもこんな調子でいるわけにはいかないって思ってる。思ってるんだけども……!
「ま、焦るのも分かるけどさ。くれぐれも、無理だけはするなよ。リッカのペースで元気になればいいんだからな」
「……はぁい」
シリウス様にそう言われて、浮ついていた気持ちが少し静まった。
……そっか。確かに、少し焦っていたのかもしれない。
病気が治って、後は人並みになるだけだと、一気に頑張ろうとしてしまった。体力もない、教養もない、ないない尽くしの自分を、早くどうにかしないとと急いてしまった。
……そんなに簡単に、体力も知識も付くわけないのにね。落ち着いて考えれば分かることじゃん。千里の道も一歩から。何事も、一歩ずつだ。千里よりは近い……と、思いたい。
わたしの頭をゆるゆると撫でながら、兄は「そう言えば、魔法が使えなくなっていると聞いたんだが……?」と首を傾げた。
「あ、そうなんです。……ルートヴィヒ先生は、手術の影響かもしれないと言ってました」
外科手術では、心臓も止めたし輸血も受けた。「魔力は血に宿る」という言葉が真実であるのなら、影響は受けるかもしれない。
「ただ、魔力がなくなったわけではないみたいです」と言葉を添えると、兄はホッとしたように表情を緩める。
「ルートヴィヒ先生が言うなら、そうなんだろうな。リッカの家庭教師が彼で良かった」
「はは……」
ルートヴィヒ先生は「良かった」なんて思っていないようですけど? なんて言葉は飲み込んだ。兄は、優秀な人相手にこそ期待と成果を求める傾向がある。兄がそう言うということは、ルートヴィヒ先生は相当優秀な人なのだろう。
そう呟くと、兄は頷いた。
「そうだな。ルートヴィヒ先生はとても優秀な人だよ。第一分家の中でも非常に高く評価されていてね。ルートヴィヒ先生自身は第一分家の性質が合わないと、第三分家に転籍願いを出していたが、第一分家当主のダリアは確か受理しないままで、ずっと保留の状態だ。あれだけの才能を他所にはやりたくないだろうしね」
「第三分家に転籍って、そんなことできるんですか?」
驚いて尋ねると、兄はなんてことない顔で頷いた。
「婚姻や養子縁組など、様々に手段はある。父だって、出身は第四分家だが今は本家の人間だろう?」
「あ、それもそっか」
ならルートヴィヒ先生も、第三分家のお嬢さんと結婚すれば、望み通り第一分家を出て行くことができるのかな?
そう思ったものの、兄は肩を竦めた。
「ただルートヴィヒ先生はもうご結婚なさっているし、お子さんもいる。相手はロードライト外部の人だから、無関係の第三分家に転籍したいと言っても難しい部分ではある」
「うぇえ!? ルートヴィヒ先生、ご結婚されてたの!?」
ルートヴィヒ先生、既婚者!? しかも子持ち!?
いや、確かにシギルと同い年らしいし、子供がいてもおかしくない歳ではあるけど……あるけども……。
……見えねぇー……っ。あの、シギルに組み伏せられて情けない顔をしていた人が妻子持ちなんて、どうにも思えないよぉぉっ。
「加えてルートヴィヒ先生は芸達者で、学問、教養、芸術に武芸と、一通り何でも出来る人だから、リッカもしっかり教わるといい。もっとも、本人は自分自身を『器用貧乏なだけです、特別な役には立てません』と謙遜していたけれど」
兄はそう言うものの、ルートヴィヒ先生としては謙遜してるつもりはないのだろう。本気で自分のことを「器用貧乏で役立たず」だと思っていそうだ。だいぶ自己評価が低そうな人だもの。
「家庭教師かぁ。俺なんてあっという間にリッカに追い抜かれちゃいそうで怖いな」
「シリウス様は努力家ですから、わたしが必死で頑張っても追いつけないですよ」
シリウス様の呟きに、笑って言葉を返す。国外から来たシリウス様がどれほど普段から頑張っているかは、兄の言葉の端々からも理解できた。
そんなシリウス様のことを、兄が素直に尊敬していることも、わたしは知っている。
……わたしも、兄に恥じない妹になりたいな。
この国では小学校のようなものがない代わりに、家庭で家庭教師を雇ったり私塾に通ったりして各々教育を受けるのだそうだ。つまり学校では、読み書き計算に簡単な魔力制御は出来て当然、という環境になる。
わたしが学校に入学するまで、あと二年ある。この二年間、ロードライトの娘としても、オブシディアンの妹としても恥じない人になれるよう、頑張れるだけ頑張ろう。
そう気合を入れたわたしの額を、兄はピシッと軽く叩いた。
「あうっ」
「変な力が入ってるぞ。無理するなと、シリウスも言っただろ」
……はぁい。
◇ ◆ ◇
「リッカが元気なら、明日は城の庭でピクニックをしよう」
そう兄が提案したので、わたしは体調を元通りにするために本気を出した。きちんとご飯を食べてしっかりと眠れば、元々治りかけだった分、翌日は元気たっぷりで目を覚ますことが出来た。喝采ものだ。
セラからも「問題なさそうですね」と無事合格をもらい、そのまま身支度をして食堂へと向かう。
入院前はご飯を食べられない日も多かったから、基本的に食事は自室で取っていた。しかし退院してからは、食堂で頂く日も増えてきたのだ。父と同席して、その日の出来事をお話しながら頂く食事は楽しくて美味しい。
もっとも、食堂だと給仕と父にマナーを厳しく注意されながら食事するので、食べ終わる頃にはどっと疲れてしまうのだけれど。淑女への道は険しく遠いぜ。
食堂前で兄に出くわして、わぁっと思わず目を瞠った。
そうか、今日は日曜だ。週末はこの城に帰ってくる兄が日曜の朝食にいても、何ら不思議ではない。
何ら、不思議ではないのだ!
「お兄様! わぁぁっお兄様がいます! 一緒にご飯を食べられるんですね! 一緒にご飯食べるのって初めてですよね! わぁっ嬉しい、本当に嬉しいです!!」
兄に駆け寄り、ぴょんぴょん飛び跳ねながら嬉しさを表現する。兄は苦笑を返すと「落ち着きなさい」とわたしの肩をくっと抑えた。
「まずは挨拶からだよ、リッカ。出来るかな?」
「あう……おはようございます、お兄様。風の精霊の威光輝く春の佳き日にお会いできましたこと、心より嬉しく思っております」
スカートの裾を両手で摘むと、片足を下げて身を屈める。最近憶えた礼の執り方と挨拶は、一応は兄に及第点を貰えたようだ。
「うん、おはよう、リッカ。君に精霊の御加護と祝福がありますよう。……僕も、リッカと一緒にご飯が食べられて嬉しいよ」
そうはにかみながら言う兄が滅茶苦茶可愛くて格好よくて、わたしは朝からテンションが急上昇だ。
疲れちゃうから、落ち着いて、落ち着いて……と自分を宥めるものの、にへらぁ、と笑み崩れてしまうのを抑えられない。
やばいよぉ、兄と一緒にご飯が食べられるってだけで、滅茶苦茶嬉しいよぉぉっ。
ふと兄は、わたしの胸元を――正確には、雪の女王からもらったネックレスを――見た。
「今日は、そのネックレスを付けてるんだな。昨日は身につけてなかった気がするが」
「部屋の外に出る時は、身につけるようにしているんです。昨日はまだ体調が戻ってなくて、ずっとお部屋にいたでしょう?」
あぁ、と兄は納得したように頷くと「それは良かった」とぼそっと呟いた。わたしは目を瞬かせる。
「何か言いました?」
「いや、何も。……ちゃんと挨拶が出来たから、中までエスコートしてあげるよ」
ご褒美ねと言いながら、兄はすっと腕を差し出した。飛びつきたい気持ちをなんとか抑え込みつつ「光栄に存じます」と頭を下げた。淑女らしくしずしずと、兄の腕に腕を絡める。
……うふふへへぇ。こんなご褒美もらえるんだったら、礼儀作法も頑張ろうって気になるよ。お兄様、ありがとうございます。
なお、兄も加わった朝食では、給仕と父に加え兄までもが滅茶苦茶厳しくテーブルマナーを注意してきたので、兄と共に食事する雰囲気を楽しむどころではなかったのだけど。
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∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
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お返事したつもりが出来てませんでしたすみません!いつもありがとうございます!
第一章の終盤でもあり、積み上げたものが段々と明かされていく様子は、こちらも書いていてとても楽しいです。リッカがリッカであったからこそ、生きたいという望みを叶えることができました。
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お父様に関しては「お手数かけてすみません」って感じでしたね、ついつい。国際問題にする気はなかったので思いもかけない大事態になってしまったリッカでした。流石のシギルもだいぶ無理したようです。
今回リッカが国外に出たことで、これまで秘密主義だったラグナルにも色々影響が出てくるかと思います。よろしければその先も、お楽しみに!