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1章

目覚めさせて

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 ようやくお茶会から解放されたはいいが、服を奪われてしまったのでやむなくドレスのまま一度魔導研究室に戻ろうと中庭を隠れながら通る。仮面もないし、他人に見られる訳にはいかない。そして、秘密の庭への入口へと滑り込んだ。
 秘密の庭は私とエーリヒ、そして国王しか知らない。庭へ入る方法に制限が掛かっているからだ。デーニッツ爺や一部の親しい人間も存在だけなら知っている。
 秘密の庭はいたるところに繋がる道があり、研究所に向かうにもここを通るのが一番だ。そもそも仮面も魔導師としての衣装もない状態で堂々と人前を歩けないのでここを通るしかないのだが。
 庭は夕方だからか淡いオレンジで白い外壁が染まっている。この外壁は外からどう映っているのかよくわからない。特殊な結界があることは知っているのだが、解析したことはないのだ。今度、余裕が有る時に調べてみようかなどと考えていると壁に見覚えのない影が見えた。
「……?」
 エーリヒがいるはずはない。先にこれるような場所ではないだろうから。精霊にしても気配がしないしそもそもあんな大きな影ではないはず。だとしたら――

 壁にはいかにも騎士、という格好をした青年が寄りかかった状態で眠っていた。

「――!? だっ――」
 誰だ、と言おうとして慌てて口を閉じる。ここに人が居るはずないのもそうだが、今自分の姿を見られるわけにもいかず、どうしようと慌ててしまう。
 魔法でどこか適当なところへ送りつけようかと手を伸ばしたその瞬間……
「んぅ……?」
 タイミング悪く目を覚ました青年が寝起きと思えないほどぱっちりと目を見開いて私をまじまじと見つめてきた。茶色の瞳を輝かせながら。
「……なんで王城に女の子……?」
「ひ、あ……その……」
 やばい、やばいやばいやばい。
 全身から汗が噴き出して声がうまく出ない。
 素顔がばっちり見られた上にこの場所を知られてしまった。この顔を見ればエーリヒと瓜二つとわかってしまうだろう。

 ――消すか?

 一瞬だけそんな恐ろしいことを考えてしまうが頭をブンブンと振って振り払った。
 しかし青年は特に何も言わずにこちらをずっと見つめている。魂が抜けたかのような呆けた様子を不審に思い、声をかけてみた。
「あの……どうしてここに……」
 まだぼんやりとしているのか何も言わない青年は、唐突に自前の赤毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜて飛び上がる。
「か、勝手に入って悪かった!!」
 そのまま外壁を一度の跳躍で飛び越えようとし、ぎょっとする。ちょっとした塀のような感覚でやっているが高さだけなら二階建ての建物より少し高いくらいだというのに。どんな身体能力だ。
「あ、あの!」
 まだ壁の上に立っている青年に声をかける。気づいたようで一瞬こちらを見た。
「ここのことは秘密にしてくださいね!」
 唇の前に人差し指を立てて秘密、と強調する。すると、なぜか青年は顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。
 飛び降りたような音がして青年が去っていく。どうやってここに入ったのかと思っていたが、まさかああやって飛び越えたのだろうか。
「……にしても騎士か……顔は見たこともないけど、紋章は白百合っぽかったな」
 この国には騎士団が二つある。
 一つは白百合騎士団。もう一つは白薔薇騎士団である。どちらも大差はないのだが、遠征に交互に出て魔物討伐などをしている。かつて、騎士の国と呼ばれた名残で二つの騎士団が存在するようだが詳細までは知らない。
「……白百合騎士団、帰ってきてたのか?」
 現在、白百合騎士団は遠征中だったはずだ。帰還の日程は知らないが、まだ帰ってきたとの報告は聞いていない。まあ、残留組の可能性もあるが、やはり見覚えないあの青年は残留組とも思えない。
 本当に帰ってきてたとすると、めんどうなことになるかもしれない。
 魔導師団と騎士団の険悪ぶりを思い出して、エルはそろそろ飽きてきたため息を再び吐いた。





 秘密の庭の複数ある通路を通り抜け、馴染みのある魔導研究室の扉をくぐった。
 床や机には色々な書類や本、魔道具や杖に魔法薬の材料となる植物の残骸や贄に使う何かの魔物の一部や標本。散らかりすぎである。
「ただいまー」
 のんきな声で帰宅(?)を告げると研究室の空気が明るくなった。
「エル、おかえりー!」
「エル、お腹すいてないかー?」
「エル、早速だがちょっと手伝ってくれー」
 全員、内容は違えど、好意が感じられる。
 そう、ここは私の帰る場所であり、私の大切な家族。
 魔導師団は騎士団とは違い王城内部の研究を主とした組織だ。魔力持ちは血統関係ないため大半が平民だ。所属しているのは自分を除けば男だけで騎士団と大差ないむさ苦しさがある。
「あ、そうだ。ダズにーさんいるー?」
「んー? 呼んだかー」
 少し離れたところで魔法陣を調整している青年が手を振る。
 ダズ・アンハイサー。幼い頃からともに魔導師として暮らしている幼馴染であり、実の兄より兄らしい男だ。彼も、というか魔導師団の大半の同僚たちは私の事情を知っている。もちろん、口外禁止の契約つきで。
 黒髪に青い瞳。ごく一般的な容姿と、素朴といえば聞こえのいい長身の細身。何度見ても普通という印象がぴったりだ。もちろん褒めている。私がいなければ魔導師団の団長候補として名前が挙がるであろうが、私のせいであまり目立っていない。現状、爺様と自分を覗いたら魔導師団のまとめ役に収まっている人物だ。
 色々散らかっている研究室の中をうまく進んで、ダズの隣へと座り込む。ドレスの裾が汚れた床についてしまうが知ったことではない。あぐらをかいて魔法陣を見て唸るダズは視線こそ向けないが声をかけてくれる。
「どうしたー。なんか殿下に嫌なことでもされたか? そのドレス似合ってるぞ」
「それは別に慣れたかな。……あ、ダズにーさん、ここの詠唱式のスペル間違ってる」
 魔法陣のミスを指摘し、修正しつつ私は続けた。
「あのさ、白百合騎士団の騎士っぽいの見かけたんだけどもしかして遠征から帰ってきてる?」
「白百合―? お前、聞いてないのか?」
「何を?」
 本当になんのことだろうとポカンとしているとダズは魔法陣修正を一度止めて呆れた顔で私を見た。
「今朝言っただろ。予定を早めて騎士団が戻ってくるって。んで、明日の午後三時頃に遠征報告会で俺ら魔導師団も中核組が出席。その後夜には祝賀会でやっぱり俺らも出席」
「え、聞いてな――」
 いや待て、そういえば今朝、実験中に……

『おーい、エル。騎士団が早めに帰って――』
『あーうん、わかった』

 ああ、そういえばすごい適当に聞き流していた。
 だってその時は新魔法の構築に忙しくてそれどころじゃなかったんだってば。
「人の話はちゃんと聞けよ」
「はい……」
 明日のために正装を準備しなきゃいけない。そう思うと心が重くなっていく。めんどくせぇ……。
「とりあえず着替えてくる……」
「そういえばさ、ドレスのままだから気になってたんだけど……お前自分で作った魔法で一瞬で着替えられるだろ」

 3拍の沈黙。

 それを打ち破るように私はパチンと指を大きく鳴らすといつもの黒い魔導師服に一瞬にして着替えた。手には先ほど来ていたドレスと髪飾り。
 おおー、と周りから声が上がる。この魔法は今はまだ自分にしか使えないもので、すっかり忘れていた。
「……お前って天才だけど抜けてるよな」
「……こ、この魔法を使うと堕落してしまうので」
 声が若干裏返ってしまったが実際その通りなので使用を控えている。そしたらすっかり忘れていた。エーリヒにもこの魔法は見せたことはないので彼もそれを知らないはずだ。知っていたらわざわざ服を返さないなどといういたずらはしないだろう。
「ふ、ふ……ふふふ……」
 我ながら自分の馬鹿さ加減に震える。そうだ、最初から魔法を使っていればあの騎士っぽいのに顔を見られなくて済んだのに。
「あー!! もうっ!!」

 世の中、というか人生思い通りにいかない。


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