裏切りの悪女ですが、もう二度と裏切りません

朔良 逢

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2、暗闇の中で

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沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
視界は黒一色で、少しの光も見当たらない。
しかし、私の心中は穏やかだった。
ぬるま湯に全身が浸かっているかのような感覚がして、酷く安心する。
いつの間にか死ぬ時に着ていた黒のマーメイドドレスではなく真っ白なワンピースを着ていた。

「……はは、白って……似合わなすぎ」

それにしても、これは一体どういうことなのだろうか。
私はあの日、自分の心臓に探検を突き刺して死んだはずだ。自分の中にいた"何か"諸共。
確かに自分で人生を終わらせたはずなのだ。
しかし、意識がある。思考が出来る。
今私に何が起こっているんだろう。
ぐるぐると頭を回転させているうちに、生きていた頃の記憶が走馬灯のように蘇ってきた。



***



私、シエラ・ルージュの人生は、大声で「幸せだった」と言えるような人生ではなかった。
傍から見たらむしろ悲惨な人生と言っても過言ではないと思う。

生まれてすぐに実母に捨てられて小さな孤児院で育った。
生まれつきのカラスを思わせる黒いうねり髪に血のように紅い瞳。
他者から気味悪がられ、怖がられ、からかわれる。
腫れ物のように扱われる毎日。
"悪魔の子"と言われることもあった。

実父であるルージュ男爵に引き取られるも、血の繋がった父は私に一切興味関心がなく、義母と異母弟は婚外子である私をよく思っていなかった。
暴力や暴言は日常茶飯事。
使用人か召使い、いや、それより酷い扱いを受けていたかもしれない。
そんな血反吐を吐くような生活がましになったのは、あの子と出会ったからだった。

『わたし、エレノア・ブランシェです!よろしくね!』

花が綻ぶような笑顔で私に手を差し出してきたのは、ブランシェ侯爵家の令嬢、エレノアだった。
太陽の光をそのまま閉じ込めたようなプラチナブロンドのくせっ毛にサファイアの瞳。私とは正反対の色を持つ子。
エレノアは当時誰にも心を開いていなかった私にも優しくて、頻繁に私に会いに来てくれていた。

今思えば、1番初めに私に愛情というものを教えてくれたのはエレノアだったと思う。
エレノアのお陰で私は"愛"という感情の温かさを知ることが出来たのだ。
……まあ、それに固着し過ぎたせいでこうなってしまったのもあるけれど。
死んでから気付くなんて思いもしなかった。
私の人生で1番の幸運は、きっとエレノアに出会えた事だ。
エレノアに出会った時に人生の運を使い果たしてしまったのだ。
それから13歳でアデルに、14歳でノアに出会って。

15歳の冬の日に"あの男"に出会ったのだ。
私と同じ、カラスを思わせる黒髪。
アメジストの瞳には光がなく、黒く濁っていて、その瞳を見る度に背筋が凍るような感覚に陥った。
甘い言葉で他者を誘惑し、頭を働かせなくしてから操る。
あの男に囚われれば最後、死ぬまで操り人形として使われ続けるのだ。
かくいう私も、男の戯言に惑わされ操り人形として使われ、母国や大切な人達を危険に晒してしまった。

……そういえば、私の中で暴れていた"何か"はどうなったのだろうか?
光の魔力が籠った短剣で貫いたとはいえ、あれが完璧に消えることはないだろう。
まだ私の中にいるのか、それとも私が死んで弾けてしまったか。

「……自害してまで止めようとしたんだから、消えてなくなっていて欲しいんだけど」

止められず私の体が爆発してたらどうしよう。
私の悪名が更に酷くなってしまうので本当にやめて欲しい。

『爆発なぞする訳なかろう。お前の顔は好ましい、なくしてしまうのは勿体ない』

「……は?」
『お、やっと繋がったか!いやぁ長かった!』
「……は?え、何これ……?」

黒一色の世界。
私しかいないはずのその空間に、第三者の声が響き渡った。
混乱しつつ周りを見渡す。
すると目の前に紫色に輝く大量の粒子がふわふわと漂ってきた。
やがて粒子は1つに集まり人型になり、光がパッと弾けて散っていく。
そうして私の目の前に男が現れた。

褐色の肌に、夜を閉じ込めたような黒髪は短く、襟足の部分だけ腰まで長い。
瞳は金色で月を思わせる。瞳孔は猫のように縦長だ。
そして、この世のものとは到底思えない程美しい、彫刻のように整った顔立ちと身体付きをしている。
帝国聖書に登場する神を思わせるような服装に、金の首飾りや耳飾り、腕輪を身に付けていた。
呆然と見つめる事しか出来ない私を他所に男は楽しそうに目を細める。

「シエラ・ルージュと言ったか……。友の為に己を犠牲にするとはなぁ。しかもこの我ごと短剣で串刺しか!面白い事をする!」
「……え、はぁ?何、誰……?」

突然の出来事に驚きが隠せない。
目の前の男は、きっと人間ではない。
この男から発せられる異様な圧がその事を物語っている。
男から距離を取るために数歩後ろに下がった。
元々吊り気味の目をさらに吊り上げて男を睨みつける。

「……あなた、何者?何故私の名を知っている?」
「知っているさ、我はお前の中にいたのだから」
「私の、中に……?」

本当に何者なんだこの男は。
私の中にいた、とは一体どういうこと?
思考をぐるぐると回転させていると、男はフッと笑みをこぼす。
そしてわざとらしく肩を竦め、悲しそうな顔をしながら大きなため息を吐いた。

「はぁぁぁ~……共に心中した仲だというのに、我の事を知らぬなど酷いではないか」
「……あなたと心中した記憶なんてないわ、誰かと間違えてるんじゃない?」
「いいや、お前だ。我の言葉に間違いはない。友の為、母国のために自ら命を絶っただろう。短剣で、我諸共心の臓を貫いて」
「……!」

まさか、まさか。

「……あなたが、あの時私の中にいた"何か"なの?」
「ああ、そうだ。……そうだ、お前は最初に聞いたな。我が一体何者なのかと」

教えてやろう、と。
男は愉快そうに笑みを深め、そして堂々と言い放った。

「我が名はニクス。火、土、氷、闇を司る夜と冥府の神よ」

「……は?」

驚きのあまり、男を見つめ返す。
"ニクス"と名乗るその男は、私の反応を見てケラケラと声を上げて笑っていた。

嘘だ、信じられない。
だって神は空想上の存在の筈だ。
現実にいる訳がない。ありえない。

「信じられないか?」
「……当たり前だ」
「本当に?お前程の実力者が、分からぬ訳がない」

金色に輝く瞳でじっと私を見つめてくる。
目を逸らしたくても逸らせないのは、きっと、既に頭の中では分かっているからだ。

目の前の男の言っていることは本当で────
いもしないと信じていた神なのだと。

「っ……まさか、本当に……?」

アルセナ帝国では悪神と名高いニクス。
善神メヘラと対であるこの神が、どうして私の中にいたのか。
"あの男"の仕業というのは間違いないだろうが、本当に一体どうやって実体もないであろう神を私の中に封じ込めたのか。

それよりも、今ここに悪神ニクスがいるということは、つまりあの時の私の自害が功を奏したということ。
例え今現状がかなり面倒な事になっているとしても、アルセナ帝国で暴れ回ってないから結果オーライではないだろうか。

私は頭を抱えて大きなため息を吐く。
腕を組みながらケラケラと笑う悪神に再び目を向けた。

「……夜の神ニクス様。ここはどこなのでしょうか。死後の世界ですか?」
「ハッ!今更取り繕っても遅いわ!散々我のことを悪神悪神とほざいておいて!」
「……それは申し訳ございませんでした、まさか本当に神とは思わず……。それで、ここはどこなのですか?」
「……ここは、精神世界。お前の心の中だ」

精神世界。私の心の中。
死後の世界ではない。
どういう事だ?だって私は​────。

「お前は死んでいない」
「え!?」

目を見張った。目の前の神の言葉が信じられない。
だって私は、確かに死んだのだ。
大切な人達の前で、この胸に短剣を突き刺した感覚を今でも覚えている。

「我は神だ。我が器になり得る人間を、そう易々と死なせはせんよ。まあ、仮死状態、と言ったところか」
「……そう、ですか」
「なんだ、嬉しくないのか?」
「……複雑な気持ちです」

死ぬ寸前、正直ほっとしたのだ。
やっとこのろくでもない人生から開放されると。
エレノアやアベル、ノアに会いたくないという訳ではない。むしろ会いたい気持ちはある。
しかし私は、彼女達を裏切り、傷付けてしまった。
母国を滅亡寸前にまで追いやった。
今更どんな顔をして会えばいいのか分からないし、会う資格もない。

裏切り者と罵倒されるかもしれない。拒絶されるかもしれない。

「あなたの事が嫌い」と、面と向かって言われるかもしれないと思うと、怖くて身体が震えるのだ。
"あの男"の誘惑に負けてしまうほど、私は弱いから。
微かに震える体を自分で抱きしめて俯いた。
悪神は何か考えるように目を伏せると、暫くしてから私に近付き、俯かせていた顔を無理やり上に上げて目を合わせた。

「我の事はニクスと呼べ。特別に許そう、我が半身よ」
「……へ?」
「悪神とはもう呼ぶな。どこぞの国では我も善神だ」
「……あの、どういう……?」

訳が分からず眉を顰める。
すると彼の神は私の顔から手を離し、軽くため息を吐いた。

「実はな、お前が我諸共心臓をぶっ刺したせいで我の魂とお前の魂の一部が同化してしまってな。我はお前から離れられなくなってしまったのだ」
「……は、はぁぁ!?何だそれ!?」

驚きのあまりつい素の口調が出てきてしまうが、この際そんな事はもうどうでもいい。
私は相手が神だということも忘れて肩を掴み力任せに揺さぶった。

「どういう事だよそれ詳しく説明しろ!!」
「詳しくも何も言った通りだが?お前が我とお前の心臓を突き刺した拍子に、我とお前の魂がくっついてしまったのだ。故に、我とお前は文字通り一心同体だ!あ、完全に混ざりきったわけではないからな、お前はまだ人間だ。安心しろ」
「な、なんてこと……」

全く安心できない。
完全に混ざりきったら一体どうなってしまうんだ。
膝から崩れ落ちる。
そんな馬鹿な話があってたまるか。
信じられない。信じたくない。

「……我はな、面白い事や楽しい事が何よりも好きなのだ」

愕然とする私の肩を慰めるように優しく叩く神の顔は清々しいほどの笑顔だ。

「これから楽しくなりそうだな!宜しく頼むぞ、半身よ!」

憎たらしいほどに整った顔を殴った私は悪くない。 
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