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3、おはよう、世界
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夜と冥府の神・ニクスは、アルセナ帝国聖書では人々に災いをもたらす悪神だと書かれている。
火を使って地上を火の海にし、地を揺らして地面を割る。海を凍らせ、闇で人々に恐怖を与えるのだと。
夜はニクスの時間で、夜に外出した人間は気に入られると冥府に連れていかれるのだとか。
普通の家庭では、子供が悪さをした時は「いい子にしないとニクス様に連れて行かれる」と言って叱るらしい。
幼い頃にエレノアも、彼女の両親にそう言われて泣きながら謝ったと言っていた。
無論私は一度も言われたことなどないし、第一神の存在なんて信じていなかったので、エレノアから話を聞いても「ふーん」で済ませていた。
「確かに過去にうっかり街を燃やしてしまったりちょっと地上を揺らしてみたり面白半分で海を氷漬けにしたことはあるが、メヘラだって洪水起こしたり雷落としたり竜巻起こしたりしてるだろう!何故我だけ悪神と言われねばならんのだ!!」
私の記憶の中の聖書を読みながらキャンキャンと文句を言う姿はまるで小型犬のようだ。
本当に悪神と呼ばれている神なのか疑問だ。
この黒一色の世界が私の心の中だと分かってから、一体どれだけの時間が過ぎただろうか。
私とニクスは互いに名前で呼び合う程にまで仲を深めている。
といっても、私の自害(未遂)の原因で、片や少し悪名高いだけのただの人、片や人に災をもたらす神様だ。
完全に打ち解け合うのはまあ不可能だろう。
ニクスは私の記憶の中の物を取り出し具現化する事が出来るようで、記憶を覗いては気になる物を取り出して、これは何か、どう使うのかと楽しそうに聞いてきた。
おかげで周囲には様々な物が散らかっている。
その度に懇切丁寧に説明するのだが、多分殆ど聞いていない。
それにしても、精神世界とはいえずっとただ黒いだけの世界にいるのも疲れてしまう。
私は未だに聖書に吠えるニクスに声をかけた。
「……あの、この空間って変えられたりしないんですか?」
「何?どういう事だ?」
「いやあの、黒一色の世界って味気ないというか……。だからこう、変えられたりするのかなって。例えば、そうですね……」
口元に手を当てて考える。
私の記憶にある場所で、どこが良い場所はないだろうか。
静かで、落ち着けて、良い思い出しかない場所がいい。
私もだが、目の前にいるこの神様も存外本が好きなようなので、本が沢山ある――。
「……図書館、とか」
私がそう呟いた瞬間、1面黒だった世界がガラッと変化した。壁にそって並ぶたくさんの本棚と本。
本棚は天井まで高く、上の本を取るための梯子がかかっている。
明る過ぎず暗過ぎない、少し豪華な照明に、床に敷きつめられた赤い絨毯。
アンティーク風のテーブルと椅子には細やかな装飾が付いている。
私はこの場所に覚えがあった。
私が思い浮かべたのはまさにこの場所だったから。
「……帝都魔法アカデミーの、図書館だ」
かつて私がエレノアと通っていたアカデミーの図書館だった。
懐かしい。
休み時間や授業終わりに、毎日通っていた。
忙しく動き回るエレノアをよくここで待っていたものだ。
エレノアが面白い本を見つけては声を上げて喜んで、その度に司書さんに怒られたりもした。
その時の記憶を思い出し、クスッと笑みが零れる。
「でも、どうして急に変わったんだろう……」
「ここはお前の精神世界だからな、変われと思えば変わるさ。……なるほど、ここがお前の一等好きな場所か。気に入ったぞ」
ニクスはそう言って満足そうに笑った。
そうか、ここが私の1番好きな場所なんだ。
ニクスに言われて初めて気が付いた。
好きじゃなければ毎日通ったりしない。
「お前は自分の感情に疎い。他者から向けられる気持ちにもな」
「……今更気付きましたよ」
記憶と少しも変わらない館内を見て回る。
何度も読み返した本を見つけたり、梯子を登って上から見下ろしてみたり。
懐かしさで胸がいっぱいになり、泣きそうになってしまった。
「……さて、シエラ。これからの事だが」
一通り見て回った後、わざとらしい咳払いを1つ零したニクスが真剣な表情で私を見つめる。
私が何も言わずに小さく頷くと、ニクスはそのまま言葉を続けた。
「そろそろお前の身体のが治る頃だ。我が暴れたのもあって損傷が激しく時間がかかってしまったが……」
「聞き捨てならない言葉が聞こえた」
それ7割くらいニクスのせいじゃないか。
ニクスはバツが悪そうに私から顔を背ける。
「そ、それは、まあ、悪かった。しかし我も必死で……いやそれよりもだ!」
気を取り直し話を戻すニクス。
後で文句を言おうと決意した。
「お前の身体はアルセナ帝国とシャル帝国の狭間の森にある洞窟の中だ。あそこは誰も近付かんからな、一先ずは安心すると良い」
「はぁ……」
「それでだな、ここからが本題なのだが……」
1度口を閉ざしてからパッと爽やかな笑顔を浮かべて心底楽しそうな声で言い放った。
「お前の身体を治してる時、たの、いやおもしろ……違うな、えーと……そう!ちと間違えてな!思った以上に縮んでしまったのだ!」
「縮ん……は?え、待ってそれどういう……」
「説明するのも面倒だ、事実見た方が早いからな、そら行ってこい!」
「なっ……!?」
言い終わるや否やニクスに肩をドンッと強く押されて身体が後ろに傾いた。
床に背中をぶつける――と、思いきや、いつの間にか出来ていた穴にそのまま真っ逆さまに落ちた。
思わず叫び声を上げる。
「ぎゃあァァァァァァッ!!?」
「精神世界は眠ればいつでも来られる!いざとなれば我を呼ぶと良い、気が向いたら助けてやろう!!」
いつ地面に叩き付けられるかも分からない恐怖。
いっそ気絶してしまえれば良かった。
わっはっはと大声で笑うニクスを見上げ、思わず叫んだ。
「このっ……人でなしィィィィ!!!」
「神だからな!」
自信満々に言ってのける、腹が立つほど美しい笑みを浮かべたニクスを最後に、私の意識はプツリと途切れる。
「……我はお前の中で、お前の行く末を見届けよう。せいぜい足掻けよ、シエラ・ルージュ」
ポツリと呟かれた最後の言葉は、私の耳には届かなかった。
***
ハッと意識を取り戻す。
薄暗い中で最初に見えたのは氷だった。
上半身を起こしてから辺りを見回す。
ニクスが言っていた洞窟とはどうやら一年中氷が解けない氷洞だったらしい。
大きく息を吸って、吐いて、を数回繰り返し、そうしてほっと胸を撫で下ろした。
あの悪神絶対に許さない。
次に会った時には私が満足するまで殴り続けてやる。
といっても相手は男神。大したダメージにはならないだろうし、なんなら片手で軽くいなされてしまうだろう。
自然と口から大きな白いため息が吐き出された。
空気の冷たさが肌を刺し、身体が寒さで震える。
両手で腕を摩り、摩擦で熱を作ろうと試みたがなかなか上手く身体が動かない。
そこでふと気が付いた。
「……なんか、小さくなってない……?」
思いの外口も上手く回らない。
手のひらを見つめる。
ぷくぷくとした柔らかそうな、紅葉のように小さく白い手。
恐る恐る頬に両手を当てると、こちらもまたぷにぷにとしていて柔らかい。
嫌な予感がする。
目の前の氷に映る自分の姿を見た。
そこに映っていたのは、5歳位であろう幼女の姿。
少し違うのは、カラスのように黒かったうねり髪が白色になっている所。
髪色以外は寸分違わず私の幼少期の姿だった。
『ちと間違えてな!思った以上に縮んでしまったのだ!』
思い出されるニクスの言葉に、私は身体を戦慄かせる。
「縮んでしまったって、こういうことかぁ!!」
洞窟内で反響するのも構わずに私は叫んだ。
楽しそうに笑いながらピースするニクスの姿が頭の中に浮かぶ。
シエラ・ルージュ。死んだと思いきや生きていて、しかも身体が物理的に縮んでしまっていた。
火を使って地上を火の海にし、地を揺らして地面を割る。海を凍らせ、闇で人々に恐怖を与えるのだと。
夜はニクスの時間で、夜に外出した人間は気に入られると冥府に連れていかれるのだとか。
普通の家庭では、子供が悪さをした時は「いい子にしないとニクス様に連れて行かれる」と言って叱るらしい。
幼い頃にエレノアも、彼女の両親にそう言われて泣きながら謝ったと言っていた。
無論私は一度も言われたことなどないし、第一神の存在なんて信じていなかったので、エレノアから話を聞いても「ふーん」で済ませていた。
「確かに過去にうっかり街を燃やしてしまったりちょっと地上を揺らしてみたり面白半分で海を氷漬けにしたことはあるが、メヘラだって洪水起こしたり雷落としたり竜巻起こしたりしてるだろう!何故我だけ悪神と言われねばならんのだ!!」
私の記憶の中の聖書を読みながらキャンキャンと文句を言う姿はまるで小型犬のようだ。
本当に悪神と呼ばれている神なのか疑問だ。
この黒一色の世界が私の心の中だと分かってから、一体どれだけの時間が過ぎただろうか。
私とニクスは互いに名前で呼び合う程にまで仲を深めている。
といっても、私の自害(未遂)の原因で、片や少し悪名高いだけのただの人、片や人に災をもたらす神様だ。
完全に打ち解け合うのはまあ不可能だろう。
ニクスは私の記憶の中の物を取り出し具現化する事が出来るようで、記憶を覗いては気になる物を取り出して、これは何か、どう使うのかと楽しそうに聞いてきた。
おかげで周囲には様々な物が散らかっている。
その度に懇切丁寧に説明するのだが、多分殆ど聞いていない。
それにしても、精神世界とはいえずっとただ黒いだけの世界にいるのも疲れてしまう。
私は未だに聖書に吠えるニクスに声をかけた。
「……あの、この空間って変えられたりしないんですか?」
「何?どういう事だ?」
「いやあの、黒一色の世界って味気ないというか……。だからこう、変えられたりするのかなって。例えば、そうですね……」
口元に手を当てて考える。
私の記憶にある場所で、どこが良い場所はないだろうか。
静かで、落ち着けて、良い思い出しかない場所がいい。
私もだが、目の前にいるこの神様も存外本が好きなようなので、本が沢山ある――。
「……図書館、とか」
私がそう呟いた瞬間、1面黒だった世界がガラッと変化した。壁にそって並ぶたくさんの本棚と本。
本棚は天井まで高く、上の本を取るための梯子がかかっている。
明る過ぎず暗過ぎない、少し豪華な照明に、床に敷きつめられた赤い絨毯。
アンティーク風のテーブルと椅子には細やかな装飾が付いている。
私はこの場所に覚えがあった。
私が思い浮かべたのはまさにこの場所だったから。
「……帝都魔法アカデミーの、図書館だ」
かつて私がエレノアと通っていたアカデミーの図書館だった。
懐かしい。
休み時間や授業終わりに、毎日通っていた。
忙しく動き回るエレノアをよくここで待っていたものだ。
エレノアが面白い本を見つけては声を上げて喜んで、その度に司書さんに怒られたりもした。
その時の記憶を思い出し、クスッと笑みが零れる。
「でも、どうして急に変わったんだろう……」
「ここはお前の精神世界だからな、変われと思えば変わるさ。……なるほど、ここがお前の一等好きな場所か。気に入ったぞ」
ニクスはそう言って満足そうに笑った。
そうか、ここが私の1番好きな場所なんだ。
ニクスに言われて初めて気が付いた。
好きじゃなければ毎日通ったりしない。
「お前は自分の感情に疎い。他者から向けられる気持ちにもな」
「……今更気付きましたよ」
記憶と少しも変わらない館内を見て回る。
何度も読み返した本を見つけたり、梯子を登って上から見下ろしてみたり。
懐かしさで胸がいっぱいになり、泣きそうになってしまった。
「……さて、シエラ。これからの事だが」
一通り見て回った後、わざとらしい咳払いを1つ零したニクスが真剣な表情で私を見つめる。
私が何も言わずに小さく頷くと、ニクスはそのまま言葉を続けた。
「そろそろお前の身体のが治る頃だ。我が暴れたのもあって損傷が激しく時間がかかってしまったが……」
「聞き捨てならない言葉が聞こえた」
それ7割くらいニクスのせいじゃないか。
ニクスはバツが悪そうに私から顔を背ける。
「そ、それは、まあ、悪かった。しかし我も必死で……いやそれよりもだ!」
気を取り直し話を戻すニクス。
後で文句を言おうと決意した。
「お前の身体はアルセナ帝国とシャル帝国の狭間の森にある洞窟の中だ。あそこは誰も近付かんからな、一先ずは安心すると良い」
「はぁ……」
「それでだな、ここからが本題なのだが……」
1度口を閉ざしてからパッと爽やかな笑顔を浮かべて心底楽しそうな声で言い放った。
「お前の身体を治してる時、たの、いやおもしろ……違うな、えーと……そう!ちと間違えてな!思った以上に縮んでしまったのだ!」
「縮ん……は?え、待ってそれどういう……」
「説明するのも面倒だ、事実見た方が早いからな、そら行ってこい!」
「なっ……!?」
言い終わるや否やニクスに肩をドンッと強く押されて身体が後ろに傾いた。
床に背中をぶつける――と、思いきや、いつの間にか出来ていた穴にそのまま真っ逆さまに落ちた。
思わず叫び声を上げる。
「ぎゃあァァァァァァッ!!?」
「精神世界は眠ればいつでも来られる!いざとなれば我を呼ぶと良い、気が向いたら助けてやろう!!」
いつ地面に叩き付けられるかも分からない恐怖。
いっそ気絶してしまえれば良かった。
わっはっはと大声で笑うニクスを見上げ、思わず叫んだ。
「このっ……人でなしィィィィ!!!」
「神だからな!」
自信満々に言ってのける、腹が立つほど美しい笑みを浮かべたニクスを最後に、私の意識はプツリと途切れる。
「……我はお前の中で、お前の行く末を見届けよう。せいぜい足掻けよ、シエラ・ルージュ」
ポツリと呟かれた最後の言葉は、私の耳には届かなかった。
***
ハッと意識を取り戻す。
薄暗い中で最初に見えたのは氷だった。
上半身を起こしてから辺りを見回す。
ニクスが言っていた洞窟とはどうやら一年中氷が解けない氷洞だったらしい。
大きく息を吸って、吐いて、を数回繰り返し、そうしてほっと胸を撫で下ろした。
あの悪神絶対に許さない。
次に会った時には私が満足するまで殴り続けてやる。
といっても相手は男神。大したダメージにはならないだろうし、なんなら片手で軽くいなされてしまうだろう。
自然と口から大きな白いため息が吐き出された。
空気の冷たさが肌を刺し、身体が寒さで震える。
両手で腕を摩り、摩擦で熱を作ろうと試みたがなかなか上手く身体が動かない。
そこでふと気が付いた。
「……なんか、小さくなってない……?」
思いの外口も上手く回らない。
手のひらを見つめる。
ぷくぷくとした柔らかそうな、紅葉のように小さく白い手。
恐る恐る頬に両手を当てると、こちらもまたぷにぷにとしていて柔らかい。
嫌な予感がする。
目の前の氷に映る自分の姿を見た。
そこに映っていたのは、5歳位であろう幼女の姿。
少し違うのは、カラスのように黒かったうねり髪が白色になっている所。
髪色以外は寸分違わず私の幼少期の姿だった。
『ちと間違えてな!思った以上に縮んでしまったのだ!』
思い出されるニクスの言葉に、私は身体を戦慄かせる。
「縮んでしまったって、こういうことかぁ!!」
洞窟内で反響するのも構わずに私は叫んだ。
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