裏切りの悪女ですが、もう二度と裏切りません

朔良 逢

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4、魔獣との遭遇

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「……こんな身体で、一体どうしろっていうのよ……」

氷洞から外に出て森の中を裸足で慎重に歩く。
幸いにも服は真っ白なワンピースを普通に着ていたが靴はなかった。
たまに顔に当たる木漏れ日が暖かくて眩しくて目を細める。
ほんの少し歩いただけなのにもう息が切れて苦しい。
やはり幼い身体というのは動きづらいし、何かと不便だ。

「それにしても、ここどこ……?もうどっちに向かってるのかもわからない……」

分かっているのは、この森がアルセナ帝国とシャル帝国の国境に位置する森の中だということだけだ。

とりあえず氷洞を出て真っ直ぐ太陽を目指して歩いてきたが、私は今どちら側に歩いているのだろうか。

そうして暫く歩いていると、大きめの湖を見つけた。
水分を補給がてら少し休憩しようと湖の縁に座り込む。
透き通った清らかで綺麗な水だ。
本当は煮沸消毒とかした方がいいのかもしれないが、生憎今の私は火も自分でつけることが叶わない。
小さな手で水を掬うのは中々難しく、掬えたとしてもほんの少しだけ。
何か器のようなものがあれば良いのだが、そんなに都合良く近くに落ちたりはしていない。
どうすればいいかと思考を巡らせる。
そしてふと、今の自分には魔法が使えるのかどうか気になった。
この姿になる前は氷魔法を使えたが、小さくなってしまった今はどうなのだろう。
周囲に人の気配はない。

「……ひとまず試してみるか」

目を瞑って、とりあえず湖を少し凍らせるイメージで両手を翳し、手のひらに体内の魔力が集まるように意識を集中させる。
全身から魔力が滲み出て、周囲が冷気に包まれた。

そして。

「…………やってしまった……」

瞑っていた目を開けて呆然としてしまう。
凍った湖が眼前に広がっていた。
しかし少し凍っている湖ではない。湖の水全てがカチカチに凍ってしまっていたのだ。

「……うそでしょ、少し凍らせたかっただけなのに……」

これは明らかにおかしい。
少量の魔力しか使っていないのにこの威力。
前より魔法の威力が強くなっている。
これは多分、私の中にニクスがいるからだろう。
ニクスの膨大な力に合わせて、器である私の身体が変化したのだと思う。
あくまで仮定でしかないので、実際どうしてなのかは分からないが。

……次ニクスに会った時に聞き出さなければ。

太陽に照らされて輝く凍った湖を見つめる私の目はきっと死んだ魚のような目をしているに違いない。
いずれ自然に溶けるだろうと信じて、私は湖を後にした。



***



どれだけ森の中を歩いただろう。
太陽が傾き、もうすぐ夜が来る。
夜の森は危険そのもの。
何故なら"魔物"と呼ばれる怪物が現れるからだ。

魔物とは、魔力を持って生まれた生物のことだ。
魔物は普通の動植物より数倍は凶暴で、人々に害を成す。
大昔には魔物は"天災"とも呼ばれており、現在も恐れられている。
故に討伐対象で、更に厄介な事に、魔法でしか倒せない。
魔力持ちの人間、その中でも優秀な者しか入隊することが出来ない魔物を討伐する特殊討伐部隊も存在する位だ。
私も過去にアカデミーの授業の一環で魔物討伐を経験したことはあるが、なるべく遭遇はしたくない。
対抗できる手段があるとはいえ、今の身体で遭遇したら最後、逃げる事は至難の業だろう。

太陽が完全に沈み、闇に包まれた。
頼れるのは月の光のみ。
ちゃんとした灯りがない状態で夜の森を動き回るのは自殺行為だ。
私はどこか身を隠せるような場所がないか辺りを見回す。
すると近くに大の大人1人なら入れそうな程の大きさの洞穴を見つけ、今日はここで夜を過ごそうと決めた。

その時だ。
近くの茂みがガサガサと揺れる。
ビクリと肩を揺らして恐る恐るそちらに顔を向けると、茂みからゆったりとした動きで真っ黒な狼型の魔物が姿を現した。
血のように赤い目がギラギラと嫌な輝きを放っている。
理性が一切宿っていない目と目が合い、背筋がゾッとした。
唸り声を上げながら涎を垂らすその魔物は、私を獲物として狙いを定めたらしい。今にも飛びかかって来そうだ。
少しでも物音を立てたら、私は魔物の腹に収まってしまうかもしれない。
いや、1匹だけなら何とかなるだろうか。
そう思い魔法を発動しようとした。
しかし再び茂みが揺れ、魔物の背後から同じ魔物が現れる。
しかも1匹だけではない。2匹、3匹、4匹とどんどん増えていく。
この狼型の魔物は群れで行動するようで、最終的には十数匹の魔物に囲まれた。
多すぎる。
ニクスのお陰で魔法の威力が強くなっているとはいえ、5歳の身体で10匹以上の魔物を相手にするのは流石に無理だ。

どうする。どうにかして意識を逸らし、ここから離れなければ。
ジリジリと近づいてくる魔物。
唸り声が響いては暗い森の中に消えていく。
音を立てないようにゆっくりと1歩下がった。
ザワザワと風が木々を揺らす。
そして。
パキッと私の足元で音が鳴った。
鳴ってしまった。

「――しまっ……!」

《グルァァァアア!!》

初めの1匹が雄叫びを上げながら私に飛び掛ってくる。
咄嗟に氷魔法で障壁を作り上げてそれを防いだ。
しかしこれは単なる時間稼ぎに過ぎない。
今のうちに逃げるか次の手を打たなければ本当に死んでしまう。
とりあえずは身を隠してやり過ごすのが1番いいだろうか。しかし相手は狼型。鼻が利く奴らには直ぐにバレてしまう。
私が頭を回転させているうちに、魔物の魔法が繰り出された。
風の刃が氷の障壁を傷付けていく。
ピキピキとヒビが入ってきた。
時間がない。

「……っああもう!」

私は地面に両手を付けて、手のひらに魔力を集中させた。
障壁が破られたのと同時に数匹の魔物が私に襲いかかってくる。
その瞬間、私は魔法を放った。
先の鋭い氷柱が私を囲うように広範囲に地面から現れ、魔物を次々と刺し貫いていく。
魔物の血が滴り地面が赤く染った。
私の魔法に、残った魔物達は怯んだようで少しだけ後ずさる。

「よし、そのまま大人しく、……あ、れ?」

頭がクラクラしてそのまま尻餅をついた。
足に力が入らない。手がかすかに震えている。

「っまさか、急に、使いすぎたから……!」

急に魔力を使い過ぎると、その反動で動けなくなることがある。
盲点だった。
すっかり忘れてしまっていた。
私は本当に、最後に詰めが甘い。
動けなくなった私を見て、魔物達は再び臨戦態勢になりにじり寄ってくる。
ああ、もう駄目かもしれない。
口を大きく開けながら襲いかかって来る魔物を見て、私は両腕で頭を隠し、目をぎゅっと瞑って来るであろう痛みに備えた。
その時だった。
ぶわっと強風が吹き荒れる。
周囲に冷気が漂い少し肌寒く感じた。

「……ぅ?」

いつまで経っても痛みは訪れない。
そっと目を開けて、腕の隙間から覗いてみると、目の前には紺色のマントを羽織った青年が、私を魔物から庇うかのように立っていた。そしてその人を通り過ぎた視線の先には私に飛び掛ってきた魔物がいる。
それも、全てが傷だらけの状態で事切れていた。
鋭い刃のような物に連続で斬りつけられたような魔物の屍。
一瞬で全ての魔物を倒してしまった。
威力もそうだが、魔力量も膨大なのだろう。

「​────間に合って良かった。もう大丈夫ですよ」

テノールの心地良い声が響く。
初めて聞いた声のはずなのに、どこか懐かしく感じるのは何故だろう。
その人は軽くため息を吐くと、マントを翻しながら振り向いた。
月明かりに照らされるその人を見て、声も出ない程驚いてしまう。

年齢は10代半ばか後半くらいだろうか。
白銀色の美しい髪にアンバーのような瞳。
マントの下の白基調の制服も彼によく似合っていた。

私は、彼のことを知っている。

『シエラ様が、好きな人が危ない目にあっているのに、じっとなんてしていられません!!』

裏切り者の私に、そう言ってくれたあの子。
純粋な好意を寄せてくれていた。

「……ノア・ルアクイン……」

小さく呟く。
青年――ノアは、私の言葉が聞こえたのか目を丸くしてから私と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

じっと私を見つめて、そして。

「​─────シエラ様」

私の名を呼び、

「やっと、見付けた…シエラ様…!」

美しい顔を苦しそうに歪ませて、泣きそうになりながら、

優しく、強く、私を抱き締めた。
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