裏切りの悪女ですが、もう二度と裏切りません

朔良 逢

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10、公爵家の人々

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階段を登りきると、大きな扉が見える。
その扉には燕尾服に身を包んだ妙齢の男性が1人、控えるように立っており、彼はノアを見るや否や恭しく頭を下げた。

「お帰りなさいませ、ノア様。お待ちしておりました」
「ああ、私が不在の間、何か問題はなかったか?」
「いえ、特には。……皇帝陛下から手紙が届いております」
「分かった、後で目を通しておく」
「かしこまりました。……それで、その方が……」

男性はチラリと私を見る。
その鋭い目付きがまるで品定めをされているみたいに感じてビクリと肩が跳ねた。
それに気付いたノアがその視線から私を隠すように身体をそらすと少し咎めるように男性に言った。

「怖がってるだろう、その目はやめてくれ。……怖がらせてしまってすいません、彼は執事長のエイブラム。顔は少し怖いですが、いい人ですよ。エイブラム、この子は……」
「……ネージュ、です。よろしくお願いします……」

おずおずと名前を名乗る。
エイブラムと呼ばれた男性は、少し目を見張ると、すぐに私に向かって深々と頭を下げた。
「失礼致しました、ネージュ様。エイブラ厶と申します。お困り事がございましたら、私共になんなりとお申し付けくださいませ」
「あ、ありがとうございます……」

お礼を言い、そしてすぐに顔を逸らし隠した。
するとエイブラムはキョトンとした顔になり、声を上げて笑う。

「ほっほっほ、随分と可愛らしいお嬢様を連れてきましたなぁ、ノア様」
「そうだろう?恥ずかしがり屋なんだ」

ノアが私の頭を撫でた。
ええ、その通り。私は恥ずかしがり屋だ。しっかり自覚している。
私の顔は、きっと今耳まで真っ赤だろう。
当然だ。抱っこされながらの挨拶なんて、本当に5歳だった時すらした事がない。
まさかこの歳でする事になるとは思っていなかったのだ。

「ノア様、ネージュ様も長旅でお疲れでしょう。旦那様と奥様もお待ちです。さあ、中へお入りください」

そう言い、エイブラムが大きめの扉を開ける。
光が強く、思わず目を細め、慣れてきたらまた開き、そして驚きのあまり目を大きく見開いた。

白基調の大理石で出来た中はどこもかしこも綺麗で圧倒される。
眩しいほどに輝くシャンデリアはたくさんの宝石があしらわれていて目がチカチカしてしまった。
突き当たり中央にある大きな階段には金の装飾が付いていキラキラと光を反射し輝いている。
豪華絢爛、という言葉が似合うほどのホールには赤い絨毯が敷かれており、それに沿ってメイドと使用人がズラリと並んで頭を下げていた。
さすが大貴族、と言った所だろうか。

「「「「お帰りなさいませ、ノア様。」」」」
「ああ」

ピッタリと揃っている彼らの声。

……ノアはいつもこんなお出迎えをされているのか。

チラリとノアを見ると、どこか遠い目をしている。
どうしたのかと疑問に思った時だった。

「お帰りなさい、ノア」
凛とした声がホールに響いた。
中央階段の上から女性が1人降りてくる。
見た目からして40代程。
髪はノアと同じ白銀色で高い場所に結い上げられた髪には真珠の髪飾りが着いている。
瞳は夕日と同じ綺麗なオレンジ色だ。
決して派手ではないが、それでも細かい刺繍と宝石があしらわれた深い紫色のドレスは彼女によく似合っている。
ノアは軽く頭を下げた。

「只今戻りました、母上」

女性はノアの母だった。
階段を降りきると、彼女はつかつかと私達の方に向かってきて、目の前で止まる。

「魔物討伐、お疲れ様でした。怪我はしてない?」
「はい、大丈夫です。母上、この子が手紙で連れ帰ると連絡した子です」
「ね、ネージュといいます、よろしくおねがいします」
「まあ……」

エイブラムにしたように、自己紹介をしてから頭を深く下げてお辞儀をした。
見なくても分かるくらい、視線が突き刺さる。
ドギマギしながらその状態で待っていると、細く綺麗な手が私の頬に添えられ、顔を上げるように促される。
オレンジ色の瞳と目が合った。

「……まあ、まあまあまあ!なんて可愛らしいの!」
身体が硬直する。
彼女はキラキラと目を輝かせながら私に抱き着いてきた。
「ネージュちゃん、名前まで可愛いわぁ!私はノアの母のエリスよぉ、よろしくねぇ!」

私、娘欲しかったのよぉ、と満面の笑みを浮かべながら私をぎゅうぎゅう抱き締める。
ラベンダーのいい香りがする。
混乱しすぎて頭が上手く働かない。

「……母上、離してあげてください。ネージュが困ってますよ」
「真っ白な髪、綺麗ねぇ!お目目も苺みたい!まるで兎さんねぇ!本当に可愛いわぁ、私の事はお母様って呼んで頂戴ね!」
「……母上……」

ノアがはぁ、と大きくため息を吐き、額に手を当てる。
どうやらエリスは夢中になると周りの声が聞こえなくなるタイプらしい。
頭を撫でられ、頬を揉まれ、もみくちゃにされる。
ノアに助けてほしいと目で訴えるが、僅かに首が横に振られた。

「母上はこうなってしまうと満足するまで止まりません」

私だけに聞こえるほど小さな声でそう言った。
諦めの表情だ。
私も心の中でため息を吐き、エリスの好きにさせることにした。
要するに、ノアと同じく諦めたのである。
そうして暫くエリスに撫でくり回されていると、また階段から誰かが降りてきた。
今度は40代後半程の男性だ。
紺色のコートスーツに身を包み、金糸と銀糸の刺繍が目を引く。
青みを帯びた灰色の髪はオールバックにしており、瞳は氷を思わせるようなアイスブルーだ。
顔立ちがノアとそっくりで少し目を見開いた。
きっとノアが歳をとったらこんな風になるんだろう。
男性はエリスに近づくと、トントンと優しく肩を叩く。

「エリス、お嬢さんが困っているだろう?そろそろ話してあげなさい」
「あっ、あなた……。いわだわ私ったら、ネージュちゃんがあまりにも可愛かったからつい夢中に……。ごめんなさいねぇ、ネージュちゃん……」
「帰ったか、ノア。そのお嬢さんが手紙の?」
「父上。はい、そうです」

やはりノアの父親だったようだ。
私はまたぺこりと頭を下げた。

「ネージュです、よろしくお願いします」
「ネージュか、良い名だな。幼いのに挨拶出来るとは、偉いじゃないか。私はノアの父、アーロンと言う」

よろしく、と私に手を差し出してくる。
私はその手をそっと握り返した。
アーロンは目を細めてから手を離すと、エリスの腰に手を回し、にっこりと微笑む。

「ノア、詳しい事は後で聞かせてくれ。エイブラ厶、後は頼んだぞ」
「はい」
「かしこまりました、大旦那様」
「ネージュちゃん、ここを自分のお家だと思って過ごしてくれていいからねぇ」
「あっ、ありがとうございます」

エリスが私に向かって手を振った。
私もそれに返すようにエリスに小さく手を振り返す。
そうして2人は一緒に屋敷の奥へと消えていった。
エイブラムがパンパンと手を叩き、並んでいた使用人達に声をかける。

「今日からネージュ様がこのお屋敷に住まわれます。皆、丁重にご対応するように」
「ね、ネージュです。これから、よろしくお願いします」

使用人達の視線全てが私に集まった。
少しビクビクしながら同じように挨拶をすると、よろしくお願い致します、と次々返事が返ってくる。

「さあ、各自仕事に戻りなさい。……では、ネージュ様のお部屋に案内致します」
「ああ、頼む」
「こちらです」

先を歩くエイブラムの後をノアが着いて歩いていく。
子供とはいえ素性もよく分からないような人間をこうも易々と受け入れるとは。
ルアクイン家の人々は総じてお人好しなのだろうか。
少し心配になった。

屋敷の中はとても広くて、1度通っただけでは覚えられそうにない。
暫くすると、エイブラムが扉の前で止まり、懐から鍵を取り出した。
その鍵を扉の鍵穴に差し込み、右に回す。
扉を開けられ入ると、そこはいかにも女の子らしい可愛らしい部屋だった。
白とピンクを基調とした室内。
天蓋付きベットのカーテンは真っ白なレースでできており、フリルが沢山施されている。
ベッドの上には大きめのクマのぬいぐるみが、サイドテーブルには百合のような形をしたランプが置いてある。
私は呆然とその部屋を見つめていた。

「……これは」
「ノア様から連絡を受け、すぐに準備致しました。大きめの家具はご用意できましたが、細かい物は難しく……申し訳ございません」
「い、いえ、充分です!ありがとうございます!」
「とんでもございません。ああ、それから……。入ってきなさい」

エイブラムが扉の外に呼びかける。
すると小さめのノックの音、扉が開き、栗色のお下げ髪の若いメイドが部屋に入って来た。

「本日からネージュ様のお世話をさせていただきます、リズと申します!よろしくお願い致します!」

勢いよく頭を下げるリズ。
スカートを握りしめる手は微かに震えていて、緊張しているようだった。

「リズは少しおっちょこちょいな所がありますが、ネージュ様と年齢が近いので1番の適任かと思います。何かございましたら私かこのリズにお申し付けください」
「は、はい、わかりました」
「……さて、私はこれから父上と母上にお話がありますので。リズ、ネージュを頼む」
「はい!精一杯お仕えさせていただきます!」

ノアは私を下ろすと耳元で小さく囁いた。

「また後で来ます」
「うん」

そうしてパッと離れるとふわりと私の頭を人撫でして立ち上がる。

「では、ネージュ、ゆっくり休んでくださいね」
「はい」

エイブラムと共に部屋から出て行った。
扉が音を立てて閉まり、部屋には私とリズの2人きり。
リズはまだ緊張しているようで顔を俯かせていた。
私はリズに近付き、彼女の頬に手を当ててみる。

「わっ!?ね、ネージュ様!?」

驚いた拍子に顔を上げたリズをじっと見た。
灰色の大きな目。少し大人しめだがそれでも可愛らしい顔付きだ。
鼻筋のそばかすが彼女の愛らしさを引き立たせている。
オロオロと目をさ迷わせるリズに、私は笑みを零した。
頬から手を離し、そのままリズに手を差し出す。

「……これから、よろしくお願いします、リズさん」
「……!は、はい!」

リズは私の言葉を聞いて、ほっとしたような顔をした。
そして私の小さな手を両手で優しく包み込み握る。

第一印象は上々。

私のルアクイン公爵家での生活が始まった。
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