裏切りの悪女ですが、もう二度と裏切りません

朔良 逢

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11、公爵家での生活

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「それで?どうなんだ?」
「どうなんだって……何がですか?」

精神世界。
椅子に深く腰かけ本を読んでいるニクスが、私に視線を寄越さないままそう聞いてきた。

「決まっておるだろう、公爵邸での生活の事だ。もう1ヶ月位経ったか?」
「ああ、そうですね……。とても快適ですよ、皆さん良くしてくださいます」

公爵家での生活について聞きたかったらしい。
公爵邸に来た日の夜、ノアが私の部屋を訪ねてきて、彼の父母と話した事を教えてくれた。

『両親は私が天眼を持っている事を知っているので、私が大丈夫だと判断したなら、あなたの素性とかは特に気にしていないそうです。』
『それは助かるわね』
『はい。……特に母は、シエラ様を大層気に入ったようで、多分その内買い物に付き合わされたり、着せ替え人形にされたりすると思います……』
『ああ……』

私とノアは遠くを見る。
夕飯の時も、エリスは私に様々なことを聞いてきた。
好きな食べ物、色や趣味、洋服の好みなど、本当に様々なことを。
私は困惑し、しどろもどろになりながらも答えていった。
そんな私達の様子を微笑ましそうに見つめるノアとアーロン。
温かく、笑いが絶えない食卓。
家族とは本来こういうものなんだろうと、心がポカポカと熱を帯びていったのを覚えている。

その事を思い出して私はクスッと笑った。

「なんだ、笑ってしまうほど楽しいのか?」
「え?……ええ、そうですね、楽しいですよ、本当に」

私なんかには勿体ないくらいだった。
公爵家で過ごす時間は本当に温かくて、優しくて。
私のような裏切り者が受けていいようなものではなかった。
彼らが私を本当の家族のように接してくれるのは、私が子供で、"ネージュ"だからだ。
きっと私が反逆者の"シエラ・ルージュ"だと分かれば自ずと離れていくだろう。
そう思うと胸がちくりと痛んだ。

ニクスは読んでいた本をパタンと閉じ、椅子から勢いよく立ち上がる。
ガタン、と椅子が音を立てた。

「お前、また面倒なことを考えているな」
「……どうせ私は面倒な女ですよ」

はぁ、と大きくため息を吐いたニクスに言葉を返す。
ニクスは私に向かってビシッと指を差した。

「お前はもう少し他者からの好意を素直に受け入れた方が良いぞ」
「……それがすぐに出来たら苦労しませんよ」

たまに思うのだ。
何もかも、全てを忘れた状態で目覚めることが出来たなら。
それなら、彼らからの好意を素直に受け入れ、返すことが出来たのにと。
私には出来ないことができたのではないかと。

『ネージュちゃん!一緒にお茶しましょう?』
『おや、ネージュ。また書庫に来ていたのか。今度新しい本を買ってあげるよ』
『ネージュ様、今日も可愛らしいですねぇ!今日は何色のお召し物に致しますか?』
『今日の夕飯はネージュ様の好きな物にしましょう!何がよろしいですか?』

エリスもアーロンもリズも、他の使用人達も皆、余所者である私を可愛がってくれる。

『ネージュ、今日は私と遊びましょう』

ノアも変わらず私に酷く甘い。
エリスが言っていたが、ノアは随分な仕事人間で、休みを取らず、何日も屋敷に帰らない事が殆どだったという。
しかし私を連れて来てからはほぼ毎日帰ってくるようになったし、休みもちゃんととるようになったと。
それを聞いて驚いたものだ。
だってそれでは、ノアは私に会うために帰ってきてくれているようなものではないか。
自惚れかもしれない。
それでも、もしそうであれば、少し嬉しいと思う。

「……全く、鈍いにも程があるなぁ」

ニクスは頭をガシガシと掻きながら吐き捨てた。
そうしてもう行け、というようにシッシと手で払う。
私はニクスを睨みながら、現実で目覚めるために目を閉じる。
意識が遠のき、目の前が真っ暗になった。

「……」

ニクスが何かを言いたげに私を見ている事に気付かなかった。



***



ふわりと柔らかな風が頬を撫でる。
うっすらと瞼を開け、陽の光に目を慣らす。
ぱちぱちと何度か瞬きをして上半身を起こし、両手を上に広げて身体を伸ばした。

「あっ!おはようございます、ネージュ様!今日はとっても暖かいですよ!」
「おはよう、リズ」

リズが窓を開けながら私に声をかける。
返事を返すと、リズは嬉しそうに笑い、水の入った洗面器をサイドテーブルに置いた。

「ふふっ、ネージュ様、最近やっとリズって呼んでくれるようになりましたよね!とっても嬉しいです!」
「んん……そう?」
「はい!」

実はリズには、最初から「リズと呼んで欲しい」と言われていたのだ。"さん"はいらない、と。
しかし、メイドとはいえほとんど初対面の相手を呼び捨てにするのは少し気が引けたので、慣れるまで待ってもらっていたのだ。
1ヶ月を経てようやく自然にリズと呼べるようになった。
「でも、本当にいいの?わたしは居候のようなものなのに……」
「いいんです!私は平民なので、さん付けは逆に違和感がありますから……」

リズは平民で、帝都にあるパン屋が実家で、今は兄が店を継ぎ、両親と切り盛りしているらしい。
何でも街では結構おいしいと評判なんだとか。

リズの持ってきてくれた洗面器の水で顔を洗い、ふわふわなタオルで水滴を拭う。
ベッドから降りてクローゼットを開け、今日着る服を取りだした。
動きやすさ重視の濃い緑のシンプルなワンピース。

「随分大人しめのワンピースですね」
「今日は庭仕事を手伝う日だから、汚れてもいいやつ」
「ああ!そうだったんですね!」

公爵家でお世話になるにあたってら何もしないという選択肢は私にはなかった。
ノアは、何も気にせず自由に過ごしてくれと言っていたがそうもいかない。
お世話になりっぱなしでは申し訳ないし、何かされた分、私もお返しがしたいのだ。
なので私はここに来て3日後くらいから使用人達の手伝いをし始めた。
掃除や洗濯、皿洗いや庭の草むしりなど。簡単だが手が足りない、というような作業を率先して行っている。
お陰で使用人達と少しは打ち解けることが出来たと思う。

「毎日毎日欠かさず私たちのお手伝いだなんて……ネージュ様は本当にいい子ですね……!」

……こうしてことある事に大袈裟に褒められるのは恥ずかしいので出来れば控えてほしいけど。

そうこう考えているうちに着替え終わる。
それと同時にコンコンとノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ」と返すと扉が開き、ノアが入ってくる。

「おはようございます、ネージュ」
「ノア様、おはようございます」

ノアが2人きりの時以外は私を"ネージュ"と呼ぶように、私もノアを"ノア様"と呼んでいた。
そっちの方が自然だからだ。
ノアは私に近寄るとひょいと抱き上げて笑う。

「もうすぐ朝食の時間なので呼びに来たんです。一緒に行きましょう」
「は、はい……。リズ、あとはお願いしてもいい?」
「もちろんですよ!お任せ下さい!」
「ありがとう」

胸を張るリズに礼を言い、ノアに抱えられながら部屋を出た。
ノアに抱えられることは最早日常茶飯事になっている。
この人はやたら私を抱っこしたがるのだ。
子供扱いするのはやめてほしいが、私の本当の年齢を知っていても、見た目が子供なので難しいだろう。
すれ違う使用人達が挨拶をしてくれるので、私もそれに返す。
食堂に着くと、既にアーロンとエリスが座って待っていた。

「おはよう、ノア、ネージュちゃん」
「良く眠れたか?」
「はい、おはようございます」
「おはようございます」

朝の挨拶を済ませて椅子に座る。
ノアは私の左隣に腰掛けた。
ちなみに机を挟んで目の前に座っているのはエリスだ。
ニコニコと笑みを絶やさずこちらを見ている。
朝食が運ばれてきた。
スクランブルエッグにソーセージ。レタスとトマトのサラダ、丸くて白いパンはふわふわで綿のよう。
いただきますと言った後に、まずはパンに手を伸ばした。
ふわふわもちもちのパンを1口サイズにちぎってから口に入れる。ほんのり甘いパンはとても美味しく、いくらでも食べられそうだ。
それからサラダ、スクランブルエッグ、ソーセージと、次々と腹の中に収めていく。

「はあ……。ネージュちゃんが食べてる姿、本当に可愛い……」

うっとりとそう呟くエリス。
私以外の3人は既に朝食を食べ終わっていて、アーロンとノアはゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
そして私が食べ終わる頃。
ノアがソーサーにカップを置き、私の方を向いた。

「ネージュ、今日、私は仕事休みなんです。ネージュは急ぎの用事とかありますか?」
「今日はトムさんと草むしりの予定です」

トムさんとは公爵家の庭師だ。
庭だけでなく野菜や果物も作っており、今日はその菜園の草むしりを手伝う予定だった。

「そうなんですか。……では、草むしりは明日にしてくれませんか?トムには私が伝えておきますので」
「なんでですか?」

私が聞くと、ノアはフワッと笑う。

「今日は私と、街へお出かけしましょう」

キョトンと目を瞬かせる。
そんな私を見て、ノアは一層笑みを深めたのだった。
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