さよならルーレット

夏目とろ

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 9月の半ばも過ぎ、季節的にはすっかり秋だった。だけど、その夜は僕らにとっては紛れもない夏で、家にたどり着いた僕らは母さんに浴衣を着せてもらった。

「……なんか、ボクのジュンのとちがう」
「ぶふふっ」

 ジョンは父さんの浴衣を着せられた。あんじょう着丈きたけが短くて笑ってしまう。それでもジョンは嬉しそうに、家の中をきょろきょろと見回していたっけ。

 当時の僕の家は古い日本家屋で、ふすまたたみ縁側えんがわなんかの日本特有のものが珍しかったんだろう。ジョンは日本の勉強もしていたらしいけど、軽いカルチャーショックを受けていた。
 この町は田舎町で、都会に比べれば日本の伝統や文化も残ってはいる。それでも、どうやらジョンが考えていた日本とは違ったらしく、僕の家に来て初めて日本らしさを感じたようだった。

 縁側に座ってジョンと二人、線香花火に火をつけた。風鈴の音とパチパチと弾ける火花の音をBGMに。
 傍らには陶器の蚊取り豚。少し肌寒いし季節的にはもう秋だけど、僕らは日本の夏もどきを楽しんだ。


 ねえ、ジョン。君は覚えているかな。

 君を記憶から消していた僕が言うのはなんだけど、あの夜、手を繋いで眠ったこと。本当のことを言うと一睡もできなくて、僕はずっと寝たふりをしていた。
 そしたら、最初は別々の布団で眠ってたはずなのに、いつの間にか僕は君の腕の中にいたよね。君の熱い視線を感じて胸がドキドキして、僕は目を開けることができなかった。

 それからなんか柔らかいものがおでこに当たって、その場所がとても熱くなったこと、君も気づいていたよね。それは、イギリスでは挨拶なんだろうけど、日本では少し意味が違うんだ。

 くちびる以外の顔中にキスされた僕は、余計に眠れなくなったのだった。


 ――翌朝。

 それでもどうやら少しだけ眠れたようで、

「おはよ」

 そんな声に目覚めてみれば、隣り合わせに並んだ布団の中。右を向けば、満点の笑顔の君と目が合った。

(……夢だったのかな)

 なんて、一瞬思ったけど。

「あら、純。蚊がいた?」
「え、なんで?」
「ほら、ここ。首んとこ」

 そう言いながら母さんに手渡された手鏡を覗くと、鎖骨の辺りが赤くなっていた。当時、まだ子供だった頃の僕には分からなかったけれど、あれって……、あれだよね。

 所謂いわゆる、キスマークってやつ。
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