さよならルーレット

夏目とろ

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 いったん蓋を開けてしまえば、封印する直前の出来事まで鮮明に思い出すから不思議だ。大学の入学式の当日。実は記憶を取り戻すまで完全に、その日の記憶がまるまる抜け落ちていたと言うのに。

「ジョン、さ。生まれた時から心臓に疾患があって、二十歳まで生きられないって宣告されてたらしくてさ」

 村田が何を言っているのかが理解できなくて、その後のことは今も思い出せない。それでも妻の花苗が先立って一年が過ぎ、ようやく落ち着いた頃に村田は言った。

「なあ、ジョンの墓参り行かねえ?」

 花苗の死を経験して、ようやくジョンの死にも向き合えた。村田の誘いを受けたのが一ヶ月前のことだ。結局、村田は急な用事が入って来られなくなったけど、それって僕に気を遣ったのかどうか、娘の華と二人でこちらに来たのだ。


 少年の僕らが憧れた町。君が死の直前まで暮らしていた町。いつか一緒に歩きたかった。アビーロードの横断歩道、ロンドンの町並みを君と。

「それとさ。お前があんまり落ち込んでたから言いそびれてたんだけど……」

 帰国する直前、ジョンは村田にぽろりと零したらしい。帰国したらすぐに準備に取り掛かって、心臓移植手術を受けるって。

 二十歳までにはまだ少し命の期限があり、それに賭けていたジョン。移植手術は二十歳に受けると決めて、ギリギリまで我慢することで自分に負けないでいるってそう考えて。
 なのに、運命は悪戯に二十歳までの期限、たった三年を待ってはくれなかった。僕ら、クラスメートにも何も言わずに帰国したジョン。急激に体調を崩したのが原因で、そのまま掛かり付けの病院に入院。

 そしてそのまま……、逝ってしまった。


 ねえ、ジョン。君は覚えてるかな。秋祭りの縁日で、君が意外な才能を発揮したこと。

「ちょ、ジョン。すごいよ!」

 君と二人、初めて挑戦した金魚すくい。僕は何度か経験したのにさっぱりで、反対に君はまるで網ですくっているかのような大漁だった。
 赤いのや黒いのがぴちぴち跳ねながら、アルミのお椀にするりと移動して行く。その様子はまるで魔法のようだった。

「やるな、兄ちゃん。金魚すくいのプロだな」

 お店のおじさんにそう褒められて、君はまるで子供のように無邪気に笑っていたっけ。
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