さよならルーレット

夏目とろ

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 ここに来てようやく一息ついた。二階に上がり母さんにも挨拶をして、華を預かってもらった。
 それから再び一階に下り、取りあえずこの後はどうしようかと店内を見渡してみる。今夜もお客さんはいないようで、このまま閉めても支障はなさそうだ。

「高橋くん。ごめんね。もう閉めるから帰っていいよ」

 そう言うと高橋くんは、無言で小さく礼をして帰って行った。相変わらず無愛想で無関心な態度だけど、今回はそれに助けられた。
 そんな高橋くんは決して悪い子じゃなく、音楽、ことさら自分がやっているパンクバンドのことになると態度が一変する。

 埋め合わせはいつかするとして、取りあえずは店の後片付けをしてしまうと、ドアノブに掛けてある営業中のプレートを外した。
 しんと静まり返る店内。今でも現役で仕事をしているレコードプレイヤー、ターンテーブルの上。回転数が落ちたレコード盤が静かに停止すると、全ての音が消えてしまった。

 そんな中、自分の胸の鼓動が聞こえるような気がした。君がいなくなった今も僕の心臓は、こんなにもしっかりと動き続けている。

『さよなら言えたか』

 村田は言ったけど、どうやら僕には言えそうもない。


 ねえ、ジョン。こんな僕を許して欲しい。僕は君にさよならは言えないよ。
 だって僕は聞いていない。君の口から『さよなら』その一言を。君から直接、さよならが聞けたなら、僕は君にさよならが言えたのに。

 だから僕らは、まださよならをしてはいない。君が誰にも何も告げずに帰国した前の日、君はいつものように笑った。
 初めて君と繋がった夜。ぎこちない行為の後、僕をきつく抱きしめた君が僕にくれたのは『さよなら』じゃなく『また明日』で。

 どうしてそうなったのかはもう忘れてしまったけれど、その日、僕らは初めてセックスをした。僕らは二人ともが初めてで、何をどうやっていいのか分からないまま僕が抱かれる側に。

「ジュン。すき。すき。だいすき」
「うん。僕も」

 涙が出るほど痛かったけれど、僕はとても幸せだった。
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