さよならルーレット

夏目とろ

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「おかえり。店開けてたのか」

 待ち伏せていたのは村田だった。僕と華をロンドンへ送り出してくれた大切な友人。どうやら空港に迎えに来てくれただけでは飽き足らず、家まで様子を見に来てくれたらしい。
 村田はくわえた煙草を地面で踏み消し、丸めた背中を伸ばした。途端にひょいと背が伸びて、僕より頭ひとつ分背が高くなる。

 アパートの階段下、目立つようで目立たない場所で煙草を吸っていた村田。いつから待ち伏せていたんだろう。村田の足元を何気なく見遣れば、大量の煙草の吸い殻が散らばっていた。
 村田は昔からこういうやつだ。人見知りする僕にいつも話し掛けてくれて、何かしら世話を焼いてくれる。

「あ、ううん。店は開けてない」
「そか」

 それから少しの沈黙のあと、

「……よかった」

 村田は唐突にそう言い放った。


「え?」
「帰って来てくれて」

 村田はホッとしたようにそう続けると、

「おやすみ」

 そんな一言を残して僕に背を向ける。

「あ、ちょっと待って」

 思わず呼び止めてしまったけれど、咄嗟に言葉は出なかった。村田が言った一言が胸に引っ掛かって。


 帰って来てくれた、って言った?
 村田は僕がロンドンに行ったまま、帰って来ないと思った?

(……あ。そうか。だからか)

 華は当初、実家に預けるつもりでいた。だけど村田が華も連れて行けと猛烈にプッシュして来て。自分は行くのをやめたくせに、と、ここまで考えて不意に気がついた。

「帰って来ないって思った?」
「あー……、うん。てか。連れてっちまわないかな、とかさ。ジョンが」
「え」

『ちょ、村田。何を言い出すんだよ』

 そこまで出ていたのに、それは言葉にはならなかった。


 正直、全く考えていなかった。ジョンが死んだこともようやく今日、納得できたばかりなのだから。それでもなぜだか、ずきりと胸が痛んだ。


 僕が行く?
 ジョンのところへ?
 そしたら声が聞けるのだろうか。

『ジュン』

 僕の名前を呼ぶ、あの優しい声が。


「木田っ」

 その時、村田の声で我に返った。一瞬、意識をどこかへ飛ばしてしまった。

 ……あ、れ。僕、いま何してたっけ。
 なんで僕、村田の腕の中にいるんだろう。

 気づけば正面から村田に抱かれていて、自分が置かれている状況に頭がついていかない。

「……行くな。頼むから」

 自分からロンドンへ行けと言っといて、今度はそんなことを言ってくる村田。村田が僕を抱く腕に力がこもった。
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