さよならルーレット

夏目とろ

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 朝というものをこれほどまでに、うとましく感じたことはない。どんな夢を見ていたのかは忘れてしまったが、目覚めたことを後悔している自分がいる。

 結局はあのままソファで眠ってしまったようで、目が覚めたのは翌朝だった。重い頭を無理矢理起こすと二日酔いの時のように、頭が鈍く痛んだ。
 昨日はとにかく慌ただしい一日だったなと、人ごとのように思い返し、少し勢いをつけてソファから起き上がった。

 思えば昨日は、丸一日バタバタしていて風呂にも入っていない。取りあえずはシャワーだけでもと思い立ち、風呂場へと向かう。


 ジョン。そう言えば君と一緒に、風呂に入ったことはなかったよね。いろんなことを一緒にやったのに。
 きっと君は、心臓の辺りにあるであろう、何度も開かれて縫合ほうごうされた手術痕を僕に見られたくなかったんだろう。最初で最後、二人で抱き合った夜に僕は初めて、その痛々しいあとを目にした。

「気持ちわるい?」

 ジョンはばつが悪そうに僕に聞いて、僕は返事ができなかった。そんなこともあり、本当はジョンが急遽きゅうきょ帰国したことでも嫌な胸騒ぎがしていた。
 だから僕は、ジョンの帰国後も敢えてジョンに連絡を取らなかった。あの時の僕には、予感めいたものがあったんだと思う。

 それでもその時の僕は、返事の代わりにジョンの胸に耳を宛てた。しっかりと鼓動している、その音が聞きたくて。

(――トクン、トクン)

 規則正しいその音を聞いて、あの時、なぜだかホッとしたっけ。


 だから僕は、村田からジョンの訃報を聞いた時も取り乱したりせず、案外落ち着いていられたのかも知れない。予感めいたものが的中したショックで、ジョンがいた記憶を抹消してはしまったけれど。
 村田も村田で、それ以降、ジョンの話は一切しなかった。花苗の死から立ち直っていく僕を見て、もう大丈夫だと思ったんだろう。

 それでも、改めてジョンの眠る場所をこの目で確認して、なんとも言えない切なさが胸いっぱいに広がった。華の手前泣くことはなかったが、華がいなければ間違いなく泣いていただろう。


 ねえ、ジョン。僕はいつか君がいない日常に慣れることができるのだろうか。記憶を消してしまっていた頃とは違う、両手いっぱいでもあまる君との思い出を胸にしたまま。
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