さよならルーレット

夏目とろ

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「それで、どうだった?」

 ロンドンは。そう聞かれて返事に困った。どうもこうもロンドンへはジョンに会いに行っただけで、観光も何もしてはいない。

「まあ、滞在時間から考えても墓参りしただけか」

 そんな村田の言葉が胸に刺さる。確かに僕はジョンのお墓だと言われてそこへ行った。だけど、ジョンを知る人に会ったでもなし、そこが本当にジョンの墓だと言える確証はない。


 その日の夜。いつものように10時過ぎから店を開けたら、程なくして宣言通りに村田が現れた。

「よお」

 いつもと変わらない態度で、顔をクシャクシャにして笑う村田。昨日のことは何もなかったかのように。
 だから助かった。今は悩みの種を増やしたくない。今の僕には村田の気持ちを考える余裕がなくて、目の前の問題だけで手一杯だ。

「どうやら失敗だったか」

 村田は苦笑って、グラスに注いだオリオンビールを一気にあおった。


 村田の言いたいことはよくわかる。口には出さないけれど、伊達に村田と二十年以上も幼なじみでいるわけじゃない。
 さっきの『どうだった?』には、吹っ切れたかといった意味も含まれているんだろう。だけど生憎あいにくロンドンに出向いても、恋しさばかりが募った。

「死んでもまだジョンが一番か」

 何気なく村田が言ったその一言に、磨いていたグラスを落としそうになる。

「冗談だよ。ごめん」

 言い過ぎたと思ったんだろう。村田は慌てて謝った。でも、その一言が胸に刺さる。


「村田、ありがと。ちゃんとわかってるから。ジョンはいないって」

 だけど、信じたくない自分がいるだけだ。人生で一番楽しい時間を過ごした相手が、もうこの世にいないだなんて。
 しかも、ジョンの亡きがらに対面していないばかりか、訃報を村田の口から聞いて、墓だという場所を見て来ただけだ。もともとが日本とイギリス、そう考えると一生会えなくても仕方がない距離だし。

 いっそのこと、ジョンはイギリスに帰国してしまっただけで、訃報はなかったことにしようかとも考えた。だけどそうしてしまえば、村田の好意をなかったことにしてしまう。

「……そか」
「ん?」

 いやなんでもない。そう返しながら、少しだけ思考をよそに飛ばした。
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