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第四章 森ヲ噛零一
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しおりを挟む───······扉は、俺たちが生きている間には、見つからないかもしれない───
わかっていた。
いつか必ずあきらめなければならない時が、来るのだと。
あと何回か殺したら終わろう、明日には終わろう、今度こそやめよう······。
そんな言い訳をして“レイイチさん”をやめるタイミングを先延ばしにしても、結局同じことだ。
“死望者”は減らない。“レイイチさん”なんてもの、いてもいなくても、世界から死を望む者をなくすことなんてできないのだ。
───たすけて······たすけて······───
わかっているよ。
殺すのはただ、そう頼まれたから。
生きていることが死ぬことよりもつらいなら、殺そう、望み通りにしてあげよう、と。
私は殺すことしかできない。“死望者”を生かし続け、そしてしあわせにしてあげることができない。
「私はずっと、誰も助けられていないんだ······」
真心を助けることができなかった、あの日から。
───たすけて······───
「うん······いま、行くから······」
風が森のなかを駆け抜けていく。そのまま家の方まで行くのだろう。
零一は薄物から右腕を前に突き出し、銃を作り出す。
腕から指先までの細い血管が皮膚からするりと抜け出し、きれいに編まれるようにして銃の形になった。これも神の力。すぐさま消すことも出現させることもできるのだ。
込める弾丸は血液を固めたもの。撃ち出すと還ってくることはないので、間を開けずに何発も撃てば貧血になってしまう。
きっと、この銃を使うのもあと数回になるだろう。
───だから······必ず、俺のとこに帰ってきて───
東井の言葉が脳に反響する。
彼はいま、どこでなにをしているだろうか······。ずっと側にいてほしいけれど、彼にだってやらなければいけないことはどうしてもある。
いっそ、私の家で暮らせばいいのに······。
いや、私が彼に会いに行けばいいのだ。
零一はささやかな希望を胸に、絶望する声のもとへ向かった。
* * *
その部屋は薄暗く、二台のパソコンのディスプレイが光源になっていた。
たくさんの紙がテーブルにも床にも散らばっていて、足の踏み場もない。
部屋の広さに合っていない、異様に大きい機械が目についた。なにかを作るもののようだが、零一は機械系に詳しくなくわからなかった。
「······“レイイチさん”?」
椅子に座ったままくるりとその人は振り返った。
ディスプレイの光を背負っている形で、逆光になっていて顔がよく見えない。
声からして若い女性のようだ。
「きて、くれたんだ······」
力ない声が、よろこんでいる。
零一は微動だにせず、問う。
「あなたの声を聞いて来ました。───生きたいですか? 死にたいですか?」
「·········」
しかし女性は答えず、ぶつぶつとなにか言いはじめる。
「そうやって、いままでも······あの子のときも······」
すると、なんの前触れもなく女性が立ち上がる。
零一は反射的に銃を構えたが、女性の方が速かった。
バンっ!
爆発音がして、腹部に衝撃がくる。
「───!!」
───撃たれた!
女は見たことの無い銃を持っていた。もう一発撃とうとしている。
そう理解してからの零一の動きは速かった。
女の眉間めがけて発砲。
自らの血の弾が当たる前に、光にまぎれて逃げた。
どっと小上がりに両膝を着き、そのまま零一は倒れた。腹部を押さえる手は真っ赤に染まり、脈打つように血が勢いよくあふれ出る。
すぐに畳に血溜まりができていき、ついに零一は吐血してしまう。
倒れた音に気づいた雫が、庭から来る。
「零一? いつのまに帰って───」
雫は、最初は零一が横になって寝ているのかと思った。しかし違ったのだ。
「れ、零一!! なんで······っ───お兄ちゃん!! リンドウさん!!」
悲鳴のような雫の声を最後に、零一は意識を失った。
* * *
───東井くん······零一が危ない······
すぐに森へ······───
「!」
脳に直接届いたその声は、リンドウのものだった。
「零一になにかあったんだ───!」
東井は急いで車に乗り込み、サービスエリアを出る。
リンドウが知らせてくるなんて初めてのことだ。
東井は最悪な予感がし、しかしすぐに否定する。
そんなことはない、きっと無事だ。大丈夫だ······。
何度も通っている、静岡県へ向かう高速道路がいつもより長く感じ、忌々しく思いながら走った。
家への森は、いままでで一番早く抜けた。まるでリンドウが「はやく来い」と言っているようだった。
零一は、いつもの小上がりに敷かれた布団で眠っていた。すぐ隣で士草雫も横になっている。
「零一······!」
東井はかたわらに駆け寄り、そして言葉を失った。
血の気のない青白い顔、固く閉じられた目蓋。
呼吸も浅く、布団がわずかに上下していなければ、死んでいるように見える。
「───東井くん」
「リンドウさん······っ」
彼は持ってきた木桶を零一の枕元に置いた。
「な、なにがあったんですか······こんな、零一っ······意識がないんですか?」
リンドウは手ぬぐいを木桶の水につけ、きつく絞り、零一の髪をやさしく拭きはじめる。
所々、手ぬぐいが赤くなっている。
「······何者かによって、腹を撃たれたようだ。
太い血管が損傷していたが、すぐに塞いだ。だが、出血が多く、雫の血を輸血したが······いつ目覚めるかわからない」
「······───“死望者”に撃たれたんだ······」
東井は震える指先で彼女の顔にふれる。
体温はある。しかし、あまりにも動かない。
その姿が“死”そのもののようで、東井は怖くなった。
零一が死んでしまうんじゃないかという恐怖と絶望に、涙が出てくる。
「東井くん······来てくれて、ありがとう」
リンドウは子をあやすように、東井の背中をさすった。
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