0110.

緋崎辰也

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第四章 森ヲ噛零一

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    ───······扉は、俺たちが生きている間には、見つからないかもしれない───

    わかっていた。
    いつか必ずあきらめなければならない時が、来るのだと。

    あと何回か殺したら終わろう、明日には終わろう、今度こそやめよう······。
    そんな言い訳をして“レイイチさん”をやめるタイミングを先延ばしにしても、結局同じことだ。
    “死望者”は減らない。“レイイチさん”なんてもの、いてもいなくても、世界から死を望む者をなくすことなんてできないのだ。

    ───たすけて······たすけて······───

    わかっているよ。
    殺すのはただ、そう頼まれたから。
    生きていることが死ぬことよりもつらいなら、殺そう、望み通りにしてあげよう、と。
    私は殺すことしかできない。“死望者”を生かし続け、そしてしあわせにしてあげることができない。

「私はずっと、誰も助けられていないんだ······」

    真心を助けることができなかった、あの日から。

    ───たすけて······───

「うん······いま、行くから······」

    風が森のなかを駆け抜けていく。そのまま家の方まで行くのだろう。

    零一は薄物から右腕を前に突き出し、銃を作り出す。
    腕から指先までの細い血管が皮膚からするりと抜け出し、きれいに編まれるようにして銃の形になった。これも神の力。すぐさま消すことも出現させることもできるのだ。
    込める弾丸は血液を固めたもの。撃ち出すと還ってくることはないので、間を開けずに何発も撃てば貧血になってしまう。

    きっと、この銃を使うのもあと数回になるだろう。

    ───だから······必ず、俺のとこに帰ってきて───

    東井の言葉が脳に反響する。
    彼はいま、どこでなにをしているだろうか······。ずっと側にいてほしいけれど、彼にだってやらなければいけないことはどうしてもある。

    いっそ、私の家で暮らせばいいのに······。
    いや、私が彼に会いに行けばいいのだ。

    零一はささやかな希望を胸に、絶望する声のもとへ向かった。




    *    *    *




    その部屋は薄暗く、二台のパソコンのディスプレイが光源になっていた。
    たくさんの紙がテーブルにも床にも散らばっていて、足の踏み場もない。
    部屋の広さに合っていない、異様に大きい機械が目についた。なにかを作るもののようだが、零一は機械系に詳しくなくわからなかった。

「······“レイイチさん”?」

    椅子に座ったままくるりとその人は振り返った。
    ディスプレイの光を背負っている形で、逆光になっていて顔がよく見えない。
    声からして若い女性のようだ。

「きて、くれたんだ······」

    力ない声が、よろこんでいる。

    零一は微動だにせず、問う。

「あなたの声を聞いて来ました。───生きたいですか?    死にたいですか?」

「·········」

    しかし女性は答えず、ぶつぶつとなにか言いはじめる。

「そうやって、いままでも······あの子のときも······」

    すると、なんの前触れもなく女性が立ち上がる。

    零一は反射的に銃を構えたが、女性の方が速かった。

    バンっ!

    爆発音がして、腹部に衝撃がくる。

「───!!」

    ───撃たれた!

    女は見たことの無い銃を持っていた。もう一発撃とうとしている。
    そう理解してからの零一の動きは速かった。

    女の眉間めがけて発砲。
    自らの血の弾が当たる前に、光にまぎれて逃げた。





    どっと小上がりに両膝を着き、そのまま零一は倒れた。腹部を押さえる手は真っ赤に染まり、脈打つように血が勢いよくあふれ出る。
    すぐに畳に血溜まりができていき、ついに零一は吐血してしまう。

    倒れた音に気づいた雫が、庭から来る。

「零一?    いつのまに帰って───」

    雫は、最初は零一が横になって寝ているのかと思った。しかし違ったのだ。

「れ、零一!!   なんで······っ───お兄ちゃん!!    リンドウさん!!」

    悲鳴のような雫の声を最後に、零一は意識を失った。




    *    *    *




    ───東井くん······零一が危ない······
    すぐに森へ······───

「!」

    脳に直接届いたその声は、リンドウのものだった。

「零一になにかあったんだ───!」

    東井は急いで車に乗り込み、サービスエリアを出る。

    リンドウが知らせてくるなんて初めてのことだ。
    東井は最悪な予感がし、しかしすぐに否定する。

    そんなことはない、きっと無事だ。大丈夫だ······。

    何度も通っている、静岡県へ向かう高速道路がいつもより長く感じ、忌々しく思いながら走った。





    家への森は、いままでで一番早く抜けた。まるでリンドウが「はやく来い」と言っているようだった。
    零一は、いつもの小上がりに敷かれた布団で眠っていた。すぐ隣で士草雫も横になっている。

「零一······!」

    東井はかたわらに駆け寄り、そして言葉を失った。

    血の気のない青白い顔、固く閉じられた目蓋。
    呼吸も浅く、布団がわずかに上下していなければ、死んでいるように見える。

「───東井くん」

「リンドウさん······っ」

    彼は持ってきた木桶を零一の枕元に置いた。

「な、なにがあったんですか······こんな、零一っ······意識がないんですか?」

    リンドウは手ぬぐいを木桶の水につけ、きつく絞り、零一の髪をやさしく拭きはじめる。
    所々、手ぬぐいが赤くなっている。

「······何者かによって、腹を撃たれたようだ。
    太い血管が損傷していたが、すぐに塞いだ。だが、出血が多く、雫の血を輸血したが······いつ目覚めるかわからない」

「······───“死望者”に撃たれたんだ······」

    東井は震える指先で彼女の顔にふれる。
    体温はある。しかし、あまりにも動かない。

    その姿が“死”そのもののようで、東井は怖くなった。
    零一が死んでしまうんじゃないかという恐怖と絶望に、涙が出てくる。

「東井くん······来てくれて、ありがとう」

    リンドウは子をあやすように、東井の背中をさすった。
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