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十五章
乱入したのは②
しおりを挟むドゴォオンッ!!
そんな轟音と共に、美しい氷の壁が粉砕され二つの影がクロとシロの居る部屋に突っ込んで来た。
拳を振り抜いた状態のマシロに、その拳が頬にクリーンヒットし、顔を顰めながら殴り飛ばされる黒いマシロ。
コマ送りに流れるその光景を呆然と眺めていたクロとシロの目の前で、マシロの拳が最後まで振り抜かれ、黒いマシロは反対側の壁までぶっ飛ばされた。
『………ッ!!』
ズズゥンッ………!という重々しい衝撃と同時に、砕け散った氷の破片が散乱する。
渾身の一撃。
いかに自分自身であっても、まともに喰らえばタダではすまないだろう。
余韻の残る地面に着地したマシロは、己の虚像の事など一切無視して、ボロボロで地に伏せるクロの元へと駆け寄る。
「主………?」
「ああ。紛れもなくクロの相棒、マシロさんだよ。今治してやるから、じっとしてるんだぞ」
クロを仰向けに寝転がし、抱き抱えたマシロが向けた手のひらに淡い光が灯り、クロの体を包み込む。
上級回復魔法だ。
マシロの魔力をもってすれば、酷く魔力効率の悪い迷宮の中で、その上対象が瀕死の状態からでも、一分もあれば傷を治しきることが出来るだろう。
クロは、ただ呆然と目の前の主人の顔を眺めることしか出来ない。
昨日まで、寝たきりだったはずだ。
九尾の狐に受けた傷が原因で、一度は生死の狭間をさまよっていた。
九尾の狐に傷付けられた魂魄の再生は、創造神であるノエルですらどうしようもなかったらしく、肉体の修復以外に彼女らに出来ることは何も無かった。
このまま、死んでしまうのではないか。
静かに眠り、目を開けてくれない愛しい主を目の前に、クロがそう思ったのは決して一度では無い。
また自分は何も出来ず、大切なものを失ってしまうのか?
そう考えると、いても立っても居られなかった。
─────しかし、彼は帰ってきた。
夢や幻なんかじゃない。
体を支える温もりが、確かに彼の存在を現実だと知らしめている。
涙は出ない。
けれど、クロが抱いている感情は涙なんかでは表せないくらい昂っていた。
…………その反面。
己の役目を果たせなかったことへの責任感も、共に蘇ってきた。
「…………主、ごめんなさい。クロは………イナリを守れなかった」
マシロが目覚めたら、絶対に謝罪しようと決めていた。
主に任された留守の番。
クロはそれを守ることが出来なかった。
イナリを頼んだぞ、と頭を撫でられたのに、クロは守れなかった。
…………そしてそれ以外にも。
クロ自身が世話のかかるやつだと思いつつ、しっかり面倒を見ると決めたイナリへの謝罪も、これには込められていた。
真面目で忠実なクロらしい責任の感じ方だ。
それを聞いて、マシロは─────────口をへの字に曲げた。
不満そうな、それはもうとてつもなく不満そうな表情。
今までクロに一度も向けたことがないであろう感情のこもった視線を、しかし俯き気味のクロは気がついていない。
「クロ」
「ん………」
マシロの呼び掛けに、クロは答え顔を上げる。
謝ったところで、マシロなら「気にするな」と言うに決まっている。
そんなのはクロも分かっていた。
主のことは誰よりもよく知っていると豪語しているのだから、それくらい分かって当然。
…………でも、謝らなければ気がすまなかったのだ。
謝って済む問題でもないし、主がそれを求めている訳でもない。
それでも、己の矜恃として─────。
そんなクロの心情とは裏腹に、やっと二人の視線が合うかと思った、その直前。
ゴスッ、ゴスッ、ゴスッ。
クロの額を三度の衝撃が襲った。
しかも割と威力が高く、まるでギャグマンガのごとくおでこから一筋の白煙が立ち上っているではないか。
突然の出来事に、クロの頭上は"???"で埋め尽くされていた。
わけも分からず両手で額を押え硬直するクロ。
犯人は言わずもがなマシロだ。
なんだか無性に腹が立ったので、かる~くチョップを三回お見舞してやったのだ。
ちなみに一応言っておくが、なにも意味の分からない八つ当たりをしている訳では決してない。
ないったらない。
「クロ、なんでも一人で背負うのは禁止だよ。今回のは俺たち家族の責任。クロだけのせいじゃない」
イナリを奪われたのも、マシロが傷付いたのも自分のせい。
だから自分が強くなって、イナリを取り戻さなければならない。
確かに一人で背負いすぎだ。
イナリの件はそれこそ全員がしてやられたし、そもそもマシロが九尾の狐に負けたのは、単純にマシロ自身の実力不足。
クロに非は一切ない。
けれど主至上主義者にして、過去に"ヤマト"というトラウマの前例を持つクロ。
彼女からすれば、主があんなにボロボロなのに何も出来なかった自分を責めるのは、当然のことなのかもしれない。
それこそシロに言われた通り、"自分の力不足のせいでまた大切なものを失う"と頭に過ぎったからなのか………。
もう二度と失わないために、力が欲しくてこんな所まで来た。
だが結果は見ての通り。
結局、自分にすら勝てなかった。
情けなくて、悔しくて。
主に合わせる顔がない。
そう思っていた矢先の事だ。
だから、どうしてもまだ責任感が前に出る。
「でも………」
「"でも"も禁止!…………て言うか、謝って欲しいのはそっちじゃないんですけど」
「………?」
クロがやっと疑問を抱えながらも目を合わせたマシロは、分かりやすいくらい不満げのジト目。
ある意味、クロを責めるような視線と言っても良い。
しかしそれは当然、イナリを守れなかったことや自分が傷付いたことに対するものであるはずが無く。
主から向けられた感情を敏感に察知したクロの頭上に、さらに"?"が増える。
責めていないのに責めてる。
一体どういう事なのか。
クロには検討もつかなかった。
未だに"?"を浮かべキョトンとしているクロに、ついにマシロが痺れを切らし────。
「なんで誰にも言わず、こんな危ない場所に一人で行っちゃうのさ!皆から聞いた時、卒倒するかと思ったよ?今回は間に合ったから良かったけど、もしクロに何かあったら………」
バカだった。
失礼、親バカならぬ嫁バカだった。
どうやら欲しかったのは、こんな危ない場所で何かあったらと思い、心配させたことに対する謝罪だったらしい。
もちろんただのダンジョンならばマシロだってこんな心配はしないだろう。
けれど今回は場所が場所だし、なんならクロも全快には程遠い状態だったのだ。
逆に心配しない方がおかしい。
ツラツラと如何に心配していたか、無事でよかったかなど、傍から聞いていれば胸焼けして砂糖を吐き出すマーライオンになりかねないセリフを、堂々と口にするマシロ。
当然、思いもよらなかったクロはキョトンと目を瞬かせる。
マシロにとって、クロはノエルとはまた違った意味の相棒であり、家族であり、自分を好いてくれる一人の女の子なのだ。
甘い。
砂糖で何重にもコーティングしたケーキのように甘い。
「……ん………」
やっとこさ頭の処理が追いついたクロは、次第に嬉しさを隠しきれず口元をむにむにさせ、頬を赤らめる。
喜んでいるのが丸わかりだ。
そりゃあ嬉しいだろう。
好きな人から、こんなにも本気で気にかけられていて、しかも自分の無事を心から安心してくれた。
色々あったことを察し、温もりの感じる距離で、ギュッと優しく抱き締めてくれている。
陰鬱だった気配なんて一気に吹き飛んで、ひたすらに甘えたい年相応の気持ちが湧き上がってくる。
たまらずクロは、そのままギュッとマシロに抱きつき、腹にグリグリと顔を押し付ける。
ふんすふんす鼻息が荒い。
マシロの匂い。
マシロの温もり。
久々のマシロ成分の補給である。
全てがじんわりと体中に広がっていく。
一瞬だけ、全てを忘れて甘えん坊と化した。
「んぅ………主、ごめんなさい。好き」
モゴモゴとくぐもってはいるが、普段より圧倒的にだらしなくなっているであろうクロの声。
やっとこさマシロもため息をつきつつ、目尻を緩めて愛おしそうにクロの頭を撫でる。
超絶甘々桃色空間の出来上がりだ。
なぜだか二人を中心に、ほわほわしたハート型の空間が広がっているように見えるのは気のせいだろうか。
マシロはクロの頭を撫でながら、そっとその体を引き寄せる。
「…………大丈夫だ、クロ。イナリは絶対に取り戻すし、もう誰も失わせやしない。だから、焦らなくて良いんだ。ゆっくり前に進めばいい」
泣きじゃくる幼子をあやすかのような優しい声色で。
全てしっかりとお見通しだと、しかしその上で無責任な言葉を吐くだけでなく、クロの意思も否定せず尊重する、と。
クロが強くなって他の人が守れるようになるまで、マシロが変わって守る。
だから焦りは禁物。
無理して焦らずゆっくりで良いのだ。
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