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十九章
日常の1ページ②
しおりを挟む「─────そっか。じゃあ、このまま買い物に行く感じ?」
「そうですね。ついでに色々と買い足したいので……」
温泉宿を後にしてから。
帰り道、アイリスは買い物を含め寄り道をしたいそうで。
「俺も荷物持ちとして着いていこうか?」と聞こうとした時、背後から誰かがやって来た。
「あ、リーン。もしかしてリーンも買い物?」
「ええ。お菓子作りをしようと思ったのですが、ちょっと材料が足りなさそうで………」
あはは……と苦笑いを零すリーン。
どうやらまた無意識に多く下準備をしてしまったらしい。
生地を用意してから、飾り付けに必要な果物が足りないのでは?と気付いたそうで……。
分かる。
お菓子作りって意気揚々と作り始めるのは良いんだけど、実際に下準備を終えた時に思ってたより量が多いことってあるよね。
趣味でお菓子作りをやってたら慣れそうなものだが、案外慣れとか関係なく誰でも陥る現象だと俺は思ってる。
むしろ慣れてる人こそ無意識に手が動いて気づいたら…………なんて事もありそうだ。
俺的にはいっぱいリーンのお菓子が食べられるので、むしろ万々歳ではあるのだが。
「んみゅ………リーンお姉ちゃん、スゥもお菓子作りやってみたいの!」
「あら♡もちろん大歓迎ですよ」
ちょうど今作っているのは比較的、簡単なお菓子らしく。
スゥも参加するには持ってこいだろう。
そういう訳で、三人は市場の方へと向かって行った。
これは夕方が楽しみだ。
今回はどんなお菓子なんだろうな………。
果物が必要だって言ってたし、タルト系かな?
それともケーキか………いやいや、もしかしたら初挑戦のものかも。
この前作ってくれたアップルパイも美味しかったしなぁ………。
そんなことを考えながらぶらぶら歩いていると、不意に通りかかった冒険者ギルドからひょっこり出てきた赤髪の少女を見つけた。
冒険者装備のミリアだ。
「おかえり、ミリア」
「あっ、シロ様ただいま!」
こちらを見つけたミリアが満面の笑顔で抱きついてきた。
少し勢い余ったミリアを支えつつ、頭を撫でてから手を繋いで一緒に歩き始める。
「今日はミノタウロスの討伐だっけ。どうだった?」
「う~ん、そこまで強くは感じなかったわ………って、そうよ見て見てシロ様!Sランクになったの!」
興奮気味のミリアが見せてくれた冒険者カードには、確かに"Sランク"の表記があった。
今まではAランクだったので、今回の依頼でついにランクアップしたという事だ。
最初は"Dランク"だったミリアもついにはSランク………その成長度合いが恐ろしい。
「え、凄いじゃん。やっぱりジンさんの稽古を受けてから強くなっなぁ……」
「えへへ~」
感慨深いものがあり思わず頭を撫でると、ミリアは年相応の少女のようにはにかんだ。
ミリアは剣神ことジンさんに鬼の稽古をつけてもらってから格段に実力がアップした。
元々努力家だった上に剣の神様による直々の鍛錬があったのだ。
そりゃあ強くなる。
スキルの使い方もかなり慣れてきたらしいし、もう前のように俺も一筋縄じゃ勝てないかもしれないな……。
「よし。じゃあランクアップお祝いに、今度新しい武器買いに行こうよ。そろそろ………というかもうその剣も相当ガタが来てるでしょ」
ミリアは未だに俺が初めて渡した片手剣を使い続けている。
大事にしてくれているのはありがたいが、さすがにもうただの剣ではミリアの実力に着いていけていない。
ちゃんとしたものを用意した方が良いだろう。
しかし俺の考えとは裏腹に、ミリアは難渋の仕草を見せる。
「シロ様に初めて貰った剣だから、できる限りこの子を使ってたいわ」
「………じゃあ、その剣を精錬するのは?」
ミリアが抱える剣をベースに強化を施す感じだ。
それだけで格段に武器としての性能が上昇する。
「うん、それなら………えへへ、シロ様ありがとう!」
満面の笑顔を浮かべたミリアと手を繋ぎ直してから、再び歩き出した。
◇◆◇◆◇◆
「じゃあシロ様、私お風呂入ってくるね」
「了解。剣の話はまた後でな」
「うんっ」
玄関のドアを開いて風呂場に向かうミリアを見送り、俺もそれを追って靴を脱いで中に入ろうとしていると、何やら家の裏の方から話し声が聞こえてきた。
途切れ途切れの会話に加えて、向こうの気配が急激に膨らむのを感じだ。
気になったのでひょっこり覗いてみると、そこには謎のオーラを纏ったイナリと、その傍で腕組みをして見守っているクロの姿があった。
…………どういう状況?
「…………えっと、何してるの?」
「ん、気のコントロールの練習中」
ああ………そう言えば俺達がダンジョンに潜ってる間、クロとイナリは桜綾から気功について教わってたんだっけ。
確かに完全物理タイプの二人にはピッタリの能力だよな。
二人とも基礎はもうマスターしたようで、今は気功の応用編へと突入しているそうだ。
「…………」
目を閉じた棒立ちだが、一切隙を感じさせない。
終始無言で極度の集中状態にあったイナリを中心に、ヒリついた静寂が辺りを支配する。
風が吹く音や草木が擦れる音、近くの水遊び場で水面が揺れる小さな音。
いつもなら聴き逃してしまいそうなあらゆる音が流れ込んでくるのを感じる。
イナリはそれに加えて、周囲のあらゆる気配さえ感じ取っているのだろう。
不意にイナリがゆっくりと瞼を持ち上げた。
気配が完全に凪いだ。
次の瞬間。
「─────はああっ!!」
イナリの内から爆発的に気が膨れ上がった。
圧倒的な気の嵐に耐えきれなかった地面に亀裂が走り、先程までのそよ風が嘘のような暴風となって周囲の草木を激しく揺さぶる。
握りこぶしに力を込め構えたイナリは、あまりのエネルギーにスパークする気をオーラのように全身に纏っていた。
成功したのだ。
俺はついに気功を我がものにしたイナリを前に、二つの意味で頬が引き攣るのを感じた。
一つは、単純にどこまでも進化を続けるフィジカルモンスターを恐ろしく感じたから。
イナリはどこまで強くなれば気が済むのだろうか………。
そしてもう一つは、気を解放したイナリの姿があまりにもあの"伝説の戦士"に似ていたからだ。
「いやスーパーサ〇ヤ人じゃん」
思わず口に出してしまった。
髪色は変わっていないがオーラの感じがモロにそれ。
めちゃくちゃかっこいいんだけど。
ここに来て俺に気功の才能が無かったことが悔やまれる。
「ん、さすがイナリ」
これにはさすがのクロも後方腕組でニッコリ。
それからしばらく解放状態を保っていたが、やはり消耗が激しいのかそこまで時間が経たないうちにイナリはオーラを鎮め、元の状態に戻った。
途端に風も収まり、荒ぶっていたイナリの尻尾や髪も落ち着きを取り戻した。
「ふぅ………あっ、ご主人様!」
かなり神経を使う動作だった故に汗だくになったイナリがやっと俺に気が付き、ピンッ!とケモ耳を立てて駆け寄ってくる…………が。
途中でピタリと笑顔のまま静止した。
そしてそそくさと姿勢を正して乱れた服を直すと、モジモジしながら疑問符を浮かべる俺に微妙な笑顔を返す。
「イナリ?」
「あはは………えっと、そのぉ~………」
後頭部に手を当て何やらぎこちない笑顔を浮かべるイナリ。
少し頬が赤い気がする。
一体どうしたと言うのだろう。
「………もしかして、汗まみれだから恥ずかしい?」
「あ、そういう事?」
「しょ、しょうがないじゃないですかぁ!だって匂いとか気になっちゃいますし………」
「俺は気にしないが?むしろバッチコイだが?」
「んぐっ、真顔はやめてください真顔は!」
真剣に答えたのに……。
より顔を赤らめて後ずさりされてしまった。
………まぁ匂いが気になるのはちょっと分かるので何とも言えないのだが………。
一連の会話を聞いていたクロがぽつりと一言。
「今更」
「そ、それはそうなんですけどぉ………」
「そもそも、夜はもっと汗だくで──────」
「ちょちょっ、クロさん!?さすがにそれはアウトですよ!!」
先に俺に抱きつくことで謎のマウントを取っていたクロが、とんでもない発言をぶちかました。
もちろん全て出し切る前にイナリが大声でかき消したので、重要な部分は聞こえていないだろうが…………いきなりなんて事を暴露しているのだろうか、この子は。
危うく己の痴態が晒されそうになったイナリは、それはもう顔を真っ赤にしてクロに食ってかかった。
もはや汗とか匂いとか気にしてる場合じゃない。
俺はこのまましばらく、イナリとクロに挟まれて二人の言い合いを観戦した。
結局イナリが色々と恥ずかしい姿を暴露されまくり、それをネタに当分の間、俺とクロに弄られることとなった。
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