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十九章
本心の吐露
しおりを挟む「あっ」
既に日が沈み、代わりに夜の帳が降りた時刻。
リビングのソファーでゴロゴロしていると、台所の方から「やっちまった……」というニュアンスが含まれたそんな声が聞こえてきた。
「う~ん………あ、ご主人様!」
「ん?」
「今、少し時間大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど………どうかした?」
パタパタとエプロンを揺らしながらやって来たアイリスは、手に持っていた細かく分かれた枝を見せると。
「実は、ラモンの実をお料理に使おうと思っていたのですが、切らしていたのを忘れていて………。すみませんが、取ってきていただいてもよろしいですか?」
「ああ、もちろん。いくつくらい必要?」
ラモンの実は果実が死ぬほど酸っぱいで有名な果物で、正直に言うとそれ単体ではあまり食べられない。
そのまま食べたら正気を疑われるくらい酸味がエグいからだ。
しかし煮たり蒸したりすることでその酸味はある程度取れるので、お菓子などのアクセントとして用いられるのが基本。
おしゃれなお店だとお酒に混ぜたりして嗜むこともあるとか………。
我が家でも主にお菓子に皮と果汁を混ぜたり、ドレッシング代わりにサラダに混ぜたりもする。
どうやら今日の夜ご飯ではそんなラモンの実を使おうと思っていたそうなのだが、普段あまり使わない食材故か、この前使い切ったのをすっかり忘れてしまっていたらしい。
そういう事ならお安い御用だ。
確か近くの森林に群生してたし、そう時間をかけず取ってこれるはず。
「盛り付けに使うだけなので、いつもの時間帯までに手元にあれば大丈夫ですので」
「了解。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
なら時間はあるし、転移魔法を使わないで歩いていくのも良いかもなぁ………。
たまには夜の散歩も悪くない。
「…………のぅ、ご主人様よ。妾もついて行って良いか?」
「おう。………ツクモ、どこか調子悪かったりする?」
「いいや、問題無いのじゃ」
本当にそうか……?
少し俯きがちに隣に並んで家を出たツクモ。
なんだか朝からずっとこんな感じで、少し元気がないように思える。
いや、今日が特にあれなだけで、正確には"最近"ツクモの調子がおかしいのだ。
いつもならもっとこう………ドM全開でいやんいやん体をくねらせるような場面でも、すん………と落ち着いた雰囲気でスルーしてた。
明らかに異常事態だ。
日に日に顕著になっていくそれのピークが今日。
それ程までに気持ちが沈む出来事が何かあったのだろうか。
少なくとも俺に心当たりは無い。
だから気になって先程のように何度か尋ねたのだが、同様に何でもないとはぐらかされてしまった。
本当に何でもないなら、こんな反応する訳が無いだろう。
まぁ十中八九確実に何かあったんだろうが………とは言え、詮索されたくない部分は誰にだってあること。
それを無理やり聞き出すのはちょっと違う。
もちろんツクモが頼ってくれるなら惜しみなく力を貸すし、このままさらに抱え込むようなら違う方法も考えなくてはならない。
だが………今の段階ではまだ早計だ。
難しいよなぁ………。
かと言って完全に病むまで傍で見てるだけってのもさすがに良くないし。
ツクモが思い詰めるなんて事は無いとは思うが、彼女とて一人の女の子なことに変わりは無い。
たとえ妖怪でも数千年単位で歳を重ねていても。
時には悩むことだってある。
むしろ長い年月を生きているのだから、その数は多くて当たり前。
それを、今は家族同然の俺が支えられれば良いんだけど………。
─────そんな風にあれこれ悩んでいるうちに、いつの間にか村の入口を通り過ぎ、Y字の分かれ道までやって来ていた。
ここを左に曲がって約十分ほど歩くと目的地の森林に着く。
ラモンの実を取ろうと思うとその森林の少し奥へと行かなければならないので、実際にはもう少し時間がかかるだろう。
家からだと合わせて片道二、三十分程度。
散歩にはちょうど良い距離だ。
「………ツクモ?」
左の道に体を向けて歩みを進めようとしたら、不意に服の裾が掴まれ思わずたたらを踏んでしまう。
見ると、俯き気味のツクモがちょこんと背中の裾辺りを掴み、立ち尽くしていた。
言うべきか否か、彼女の横顔からは迷いと恐れが垣間見える。
「………ご主人様、先にちょっと寄り道しても良いかの?」
「………ああ」
勇気を振り絞ったであろうツクモの問いに、俺は迷うことなく頷いた。
そして裾の代わりに俺の右手の人差し指を遠慮がちに握り締めたツクモに導かれ、本来進むはずの道とは逆の右側の道に歩みを向けた。
しばらく無言のまま歩いた。
やがて道を外れ、草原の中をずんずんと進む。
明かりが少ないため足元がおぼつかず、しかしツクモは確かな足取りでどこかへ向かっている。
方向的には時計回りに徐々に村の方へと戻っている感じだろうか。
少し大回りなため向かっているのが村では無いことは分かるが………。
─────しばらくしてたどり着いた目的地は、周囲に何も無い草原のど真ん中。
しかし何も無いが故に広がった視界には満点の星空が輝き、降り注ぐ月明かりと相まってとても幻想的だ。
夜に照らすものが少ない異世界でも、特に綺麗な星空だった。
ツクモはいつの間にか空を見上げる俺から手を離し、距離を取ってから同じように夜空を見上げた。
こちらに向けられた背中からツクモの感情を読み取ることは出来ない。
「………ご主人様よ。ご主人様は………妾をどう思っておる?」
背中越しの問い。
前にも同じようなことを聞かれた気がして、思わず「救いようのない変態」と口にしようとした寸前。
俺は踏みとどまった。
ツクモが求めている答えはこんなのじゃない、と察したからだ。
不安と恐れの入り交じった声色は明らかに意気消沈としていて、とてもじゃないがふざけられる雰囲気ではなかった。
「どうって………いつもはちょっとアレだけど、いざと言う時は何だかんだで頼りになる変態………的な?」
「………くふふ、ご主人様は優しいのぅ」
いまいちツクモの意図が分からない。
しかし今し方の声に含まれていた、乾いた寂しさのようなものを俺は聞き逃さなかった。
「急にどうしたんだ?」
「いやな…………妾は、本当にお主らと共におって良いのか、迷ってしまっての」
ツクモから吐露された思いもよらぬ告白に、俺は一瞬動きを止めてしまった。
「あやつ………ソアレじゃったか。聞いたじゃろう?原初の悪魔どもが"狭間"にて力を蓄えていると」
「………ああ」
「どうやってあそこから生き残ったのかは知らんが………原初の悪魔はおそらくまだ目覚めておらん。いわば休眠状態じゃ。そして、それを叩き起すことが奴らの真の目的じゃろう」
原初の悪魔を叩き起して何をしたいかなど、もはや想像にかたくない。
「本来、いくら原初とて全てを使い果たした瀕死の重体から、完全な力を取り戻すには途方もない年月がかかる。じゃが奴は原初の"悪魔"………。人の悪感情さえあれば、それを糧に通常の何倍もの速度で力を取り戻すことが出来るのじゃ」
「それって………」
「もう分かったじゃろう?妾の封印が解かれたのも、それが原因じゃ」
ツクモはここで一旦話を切ると、深く息を吸い………自嘲気味な笑い声を上げる。
「くくっ………どうやら妾は、呪われた因果から逃れることは出来んようじゃ。ご主人様も知っておろう。妾は生きているだけで、人々の悪感情を招く」
ツクモが生まれ持った残酷な宿命。
奴らはそれを利用した。
これは、生まれながらにしてあらゆる悪意の中に突き落とされた、たった一人の女の子がやっと漏らした悲痛な叫びである。
「奴らは妾を復活させることで、一気に主君たる原初の悪魔の復活を目論んだのであろう…………まぁ、それはご主人様の手で阻止されてしまった訳じゃがな」
「…………ツクモは─────」
「ご主人様は、妾が憎くないのか?」
核心を突いた質問だ。
声は震えている。
こちらを振り返ったツクモは自嘲気味に、今にも押し潰されてしまいそうな儚げな表情で笑っていた。
「ご主人様に絶望を叩き付け、一度は死の間際にまで追いやったのも、お主の家族が傷付くキッカケを作ったのも、世界を再び破滅させるのも………全て妾のせいじゃ」
空を見上げたツクモの頬に一筋の涙が伝う。
「こんな気持ち初めてじゃよ………。昔は、それでも良いと思っていたのじゃ。他を尊ぶ事無く、自分のやりたいように生きる。喰らいたい時に喰らって、殺したいだけ殺しもした。そういう時代だからと、言い訳出来ない程度にはの」
「…………」
「じゃが、お主に負けて…………くふふ、不思議なものじゃのぅ。まさか初めて負けた相手に抱くのが、憎悪や憤りなどではなく………こんな恋心じゃとは」
ツクモは再び俯くと。
そっと鼓動を確かめるように胸に手を置き、少しの間を空けて俺を見つめる。
「妾は、お主になら殺されても良い………。そして、お主にはそれを成す力と権利がある」
向けられた笑顔は、偽りない………しかし見ていられないほど悲痛な感情の籠ったものだった。
「………もう一度問おう。ご主人様よ、お主は妾が憎くないのか?お主の全ての感情を、妾を受け止める覚悟がある。だから………お願いじゃ。妾を────」
「………らしくないな」
「っ」
黙って聞いてたら………!
内からふつふつと湧き上がってくるのは………怒りだろうか。
何に対しての?
半分はツクモへの、もう半分はツクモを利用してここまで思い詰めさせた原初共への。
俺の発言に、ツクモはビクリと肩を震わせた。
少しは………というかだいぶ自覚はあったのだろう。
そもそも昔のツクモがこんな弱気な発言をするはずがない。
むしろ恨みつらみを吐いた輩を返り討ちにするくらいはやる。
だがそんなツクモを、ある意味ここまで丸めたのは先程も本人が言っていた"恋心"が芽生えたから。
虫の良い話だ。
たくさん殺して、殺して、殺して、殺して。
自分の好きなように生きた結果、「好きな人が出来たから今までの過去全部チャラね?」なんてなるはずがない。
それを一番分かっているのはツクモ自身だ。
そういう生き方を選んだのだから。
確かにツクモに恨みが無いかと言えば嘘になる。
イナリと俺は死にかけ、皆も大いに傷付いた。
下手をすれば誰か死んでいてもおかしくなかった状況だ。
もちろん後者はツクモが直接手を下した訳では無いが、その原因を作ったのはツクモの存在………。
間違いは無い。
だけど。
俺は我慢ならず歩み寄ると、驚きつつもしかし俺の怒りを敏感に察知したのか、ツクモは寂しそうに満足したように少しだけ口角を弛めた。
だがそこで、俺はおそらくツクモが想像していたであろう行動とは全く違い、彼女の和服の胸元を掴んで思いっきり引き寄せた。
予想外の動きに、ツクモの口から小さい悲鳴が漏れる。
今だけは"普通の女の子"だ。
そんなツクモの胸ぐらを掴むなんて普段やれば死罪ものだが、今だけは許して欲しい。
「"死ぬこと"が、贖罪になるなんて思うなよっ………!?」
こんなに強い口調になったのは久しぶりだ。
だけどそれくらい、俺は自分の感情が抑えられなくなっていた。
「もし本当に過去の行いを悔いているなら、生きて償うんだよ!!今度は壊すんじゃなくて守って……!別にそれで全てがチャラになる訳じゃない………でも、"悪"のまま死ぬよりそっちの方がよっぽどマシだ!!」
「じゃ、じゃが────」
「お前を殺せば俺が満足するとでも?もし本気でそう思ってるなら、俺の事を舐めすぎだ………!!」
目を白黒させるツクモを突き放して、俺は彼女に左の手のひらを向け呪文を唱える。
それは、さらにツクモを戸惑わせた。
「【ツクモ。お前に本来の力を使用することを許可する】」
ツクモの力の大半を封じているのは、イナリの中に残った"器"としての力に加え俺とノエルによる神の力だ。
この三人のうち、誰かの承認があれば一時的にツクモはその力を取り戻すことが出来る。
己のうちに戻ってきた莫大な妖力を始めとした様々な権能に、ツクモは驚きというよりも困惑が勝るようで、戸惑いの視線を俺に寄越す。
まだその意図が分かっていないらしい。
「来いよ。一発ぶん殴って、目を覚まさせてやる」
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