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十九章
結婚記念日
しおりを挟む「じゃあ、行ってきます」
「行ってくるのだ!」
「はい、行ってらっしゃいませ」
手を振るアイリスに見送られ、マシロとノエルは仲睦まじく手を繋ぎながら村の方へと降りて行った。
遠ざかるその背中をしばらく眺めた後、アイリスはそっと玄関の戸を閉める。
「んぬ………ふわぁ………」
「あら?ツクモさん、おはようございます。今日は随分とお早いですね……」
「うむ、ちと寝付けなくての………。今出かけたのはマシロとノエルか?」
「ええ。今日はほら、あの日ですので」
「あの日?」
「ご主人様とノエルさん、お二人の結婚記念日です」
「ほう」
そう言えばツクモは知らなかったなと思い出しつつ、アイリスは微笑みながらおそらく草原を連れ添って歩いているであろう二人の背中に目を向けると。
「素敵ですよねぇ………。たとえ百年過ぎてもお互いを愛し続けて、こうやって記念日は二人っきりですごすなんて。憧れちゃいます」
「………そうじゃのぅ」
例の件があったからか、ツクモが胸の内に感じた寂しさはいつも以上であった。
しかしそれと同時に、マシロとノエルの関係性に憧れ納得もした。
次から次へと増えていくマシロの嫁達を前に余裕を崩さないのは、彼の"一番"が自分であるという絶対的な自信の表れなのだろう。
彼に一番愛され、また彼を一番愛している。
その愛の深さはマリアナ海溝より深い。
さすが天下の正妻様だ、面構えが違う。
「くふふ、妾も負けてられないのぅ」
今のところマシロにとってツクモは"大切な家族"であって、"特別な人"では無い。
少なくともツクモ自身はそう思っている。
真偽は不明。
だがあんな事があったからには、マシロにも責任を取ってもらわなくては………。
ツクモが浮かべた妖しい笑みにどことなく嫌な予感がしたアイリスから苦笑が漏れる。
──────二人とも、"一番"が羨ましくない訳では無い。
しかし"一番"がノエルにこそ相応しいという事を、この家で暮らしマシロとノエルを間近で見てきたからこそ断言出来る。
それはもう仕方ない。
森羅万象の如く当たり前なのだから。
だったらせめて、彼にとって唯一無二の"特別な存在"でありたい。
"せめて"と言うにはあまりにも傲慢かもしれないが、それが彼女らの想いである。
そしてこの家の住人のほとんどは、その願いを叶えた。
一人は、かつて進めなかった先に足を踏み入れて。
一人は、"当たり前"が当たり前であるために行動して。
一人は、誰にも折ることの出来ないド根性で。
一人は、トラウマに向き合い己の殻を破って。
一人は、訪れるはずだった無数の運命すらもぶち破って。
「アイリスよ。ご主人様を陥落させる方法、共に考えてはくれんか?」
「そ、それは良いんですけど………なぜ縄と鞭を?」
真面目な話かと思ったらすぐこれだ。
キリッとした瞳とは裏腹に、両手に持った長めの縄としっかりした黒い鞭からはそこはかとなくどころか、それはもう強烈に嫌な予感がする。
そもそも一体どこから取り出したのだろうか。
「実は亀甲縛りの練習がしたいのじゃが………ちと手伝ってくれんかの」
「ええと………たぶん、ご主人様がこれで喜ぶことはないかと………」
「おお、すまんの。こっちの縄の端を持っとってくれ」
「あれ!?」
「一言も手伝うなんて言ってないんですけど!?」と驚愕の表情で、さりげなく縄の端っこを手渡してきたツクモにバッ!と視線を向ける。
しかし当の本人はどこ吹く風。
確実に初めてじゃない動きで自らの体に縄を巻き付けていく。
「あっ、ちょ、なんで服を脱いだんですか………!」
「決まっておろう!こっちの方がご主人様の理性がプッツンする可能性が高いからじゃ!!」
慌てて散乱した和服や足袋を拾うアイリスの横で、さも当たり前のように決意に満ち溢れた瞳でそう言い放ったツクモ。
「いや、たぶんドン引きするだけ………」と思ったのは何もアイリスだけでは無いはずだ。
縄さえ無ければ握りこぶしを天上に掲げそうな勢いのツクモは、そのまま(全裸)でついに亀甲縛りを完成させてしまった。
その手際の良さが完全に物語っている。
こいつ、素人じゃねぇ…………と。
「さて、この格好でご主人様が帰ってきたら出迎えるとするかの…………くふふ、これこそまさに"全裸待機"と言うやつじゃな!」
「なに上手いこと言ったみたいに笑ってるんですか!普通にアウトですから!!」
「あふんっ」
言葉のまんま、全裸で玄関の前に待機するためぴょんぴょん跳ねて移動しようとしているツクモの脳天に、アイリスの天罰(物理)が下った。
朝っぱらからなんて事をしているのだろうか。
こんな姿、皆には………とくにまだ無知な子供のスゥには情操教育上、決して見せられない。
もしスゥの性癖まで歪んでしまったら、もうマシロは立ち直ることが出来ないだろう。
末期の変態は一人で十分だ。
「あんっ♡アイリスからの一撃もこれはこれで…………お主、才能あるのぅ」
「嬉しくないです!」
「ああっ、お尻が!妾のお尻が削れちゃうのじゃ~!」
悶える変態の縄を掴んで自室まで引きずり、放り投げて外から魔法で鍵を閉めた。
これでひとまず後二時間はここから出て来れないはず………。
いつもこんな変態の相手をしている主人の気苦労が少し分かった気がするアイリスだった。
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