上 下
25 / 36

第二十五話 間違いを正すのも生徒会長の役目

しおりを挟む
 せっかくギルドで食べれば無料だというのに、楓は飲食店や屋台が並ぶ大通りのベンチで猫神と朝食を取っていた。

 正直ミノタウロスの賞金やその後のクエストの報酬により、この1ヶ月でお金には一切困っていなかった。
 むしろ多すぎるくらいで、余ったお金はこの街にある孤児院に寄付をしていた。

 この街は国の中でもかなり大きい方で、必然的に人口もそれに比例して多くなる。
 しかし人口が多いということは冒険者も多いという訳で、モンスターなんかが蔓延るこんな世界では両親がモンスターに殺されて孤児になる子供も少なからずいる。
 
 モンスターに殺されるのは何も冒険者だけじゃない。
 例えばファリーのように街の外にしかない薬草を取りに行く者だっているし、鉱物やその他にも何かの材料となるものを無防備な格好で取りに行ってしまう者もいる。

 1歩街の外に出ればモンスターに殺されるかもしれない。
 だから街の外に用がある者はギルドに依頼を出す。

 しかし、それができない者も多くいる。
 報酬が出せない者。冒険者だって命を張ってお金を稼いでいるのだから、報酬が払えない者の依頼を承けるわけにはいかない。

 だから自分で街の外に出る。
 そして案の定モンスターに襲われる。
 これだけ毎日討伐しても、次から次へと湧いてくる。それがこの世界のモンスターだ。


 話が逸れたが、そうやって両親を失い孤児になる子供がこの街にも多くいる。

 そんな子供達を育てていく施設が孤児院だ。

 しかしそれなりの数の孤児がいるため、どうしても金欠状態に陥ってしまう。
 国からもいくらか出てはいるが、大きな街には必ずある孤児院1つ1つにそんな多額の支援金は払えないのが現状だ。

 そんな場所を見てしまえば楓の性格上放っておける訳がない。
 この世界のお金は日本に帰ればただのガラクタとなってしまう。
 何年もこの世界にいるつもりもないので貯金する必要もない。
 だから必要な分だけを残し、あとは全て孤児院へ寄付しているのだ。

(今日もあとで様子でも見に行くか……)

 お気に入りのコロッケの最後の1つを頬張り、果実ジュースでそれを流し込む。
 
「さて……そろそろ行くか。おばちゃん、今日も美味しかった」

「はいよ。あんたは女の子なのにいつもよく食うね。良いことだよー」

 コロッケの入っていた紙袋を潰し、すっかり常連になってしまった肉屋のおばちゃんにお礼を言って楓は立ち上がる。

『ん? もう行くのか?』

 皿の上に置かれたコロッケを頬張っていた猫神が顔を上げる。

「ああ。そろそろ騒ぎも落ち着いた頃だろう。今日のクエストを選びに行く」

 そろそろ2時間ほど前に行われていた月間クエスト達成数上位者の発表による熱も冷め、冒険者達もそれぞれがクエストを承けて街の外に出ている頃だろう。

 楓は15個ほど入っていたコロッケの紙袋をゴミ箱に捨て、ギルドへと向かった。




 ◇◇◇




「さて、何にするか……」

 クエストボードの前に立った楓は数あるクエストを1つ1つ内容を読みながら確認していく。

 そして今日もいつも通り一発目は軽いものからいってウォーミングアップをし、昼から討伐クエストへと向かうかと決めた楓はお使いクエストの依頼書を持って受付へと向かう。

 が、その途中に1人の男が立ち塞がった。

「おいおい、1人でミノタウロスを倒してクエスト達成数でも断トツトップの第一位様は一体どんな凄いクエスト選ぶのか見てたんだが、まさかお使いクエストなんて選ぶとはな」 

「…………」

 せっかく時間をずらして再びギルドに来たというのに、よりにもよって一番面倒そうなのに絡まれてしまった。
 楓は小さく溜め息を吐きながらドールの横を通り過ぎようとするが、肩に手を置かれて止められてしまう。

「おい、何無視してんだよ」

「……これは失礼した。私の名前は来栖 楓といって、決して第一位様などというおかしな名前ではないのでてっきり他の人に話しかけているのだと思ってな」

「ああ!?」

 互いに睨み合う2人。

「それで? 私に何か用でも?」

「けっ……なんでも聞いたところによると、お前冒険者になってまだ1ヶ月らしいじゃねえか」

「……? それがなにか?」

「だから大先輩であるこの俺が、冒険者とは何かというのを一から叩き込んでやろうと思ったんだよ」

「言っている意味があまり……」

「だーかーらー、俺とお前が同じクエストを承けてモンスターとの立ち回り方なんかを教えてやるって言ってんだよ」

 そう言って1枚の羊皮紙を楓に見せるドール。
 そこに書かれていたのはワーウルフの群れの討伐というクエストだ。

 ワーウルフとは一言で言えば二足歩行の狼だ。
 しかし普通の狼よりも非常に頭が切れ、しかも常に群れで行動する。
 羊皮紙に書かれたワーウルフは棍棒や石剣などの武器も扱うらしく、森に群れで住み着いているらしい。

「私と……貴方の2人で? 確かお仲間がいたのでは?」

「あいつらは別のクエストに行かせた。わざわざ1人でお前を待っていてやったんだぜ?」

「…………」

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべているドール。

『分かってると思うが、こんな馬鹿みたいな誘いに乗るでないぞ?』

 もちろん分かっていると猫神に頷く。
 こんなの猫神に言われるまでもない。
 
『どうせ1位の座を奪われたからその腹いせに仕返しでもする気じゃろう。悪意の匂いがプンプンす――』

「いいだろう。是非とも教えてもらおうではないか」

『あれぇ!?』

「おー、話が分かるじゃねぇか。んじゃあこいつの承認貰ってくるからここで待ってな」

 ドールはそのままワーウルフの依頼書を持って受付の方へと行ってしまった。

『おい! どういうことじゃ!』

「大丈夫だ。昔から目立った場所にいたせいでああいった嫌がらせには慣れている。当然、その対処法にもな」

『だからあんなのは無視しておけばいいんじゃ!』

「いいや違う。例えばここで無視をして、奴が私に構わなくなったとする」

『それでいいではないか』

「だが、その場合奴は私が逃げただのと大声で騒ぎ立て、余計に調子に乗るだろう。そうなると流石に周りに迷惑だ」

 そう、まるで小学生のような男なのだ。



「だから教えてやるのさ。間違った生徒を正すのも、生徒会長の役目だからな」




 
しおりを挟む

処理中です...