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第二十六話 大先輩に見てもらおう

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「いいか? こういう相手の時はどれだけ早く敵の後ろに回り込めるかが重要になる」

「は、はあ……」

 おかしい。
 ちゃんと身になるお話をしてくださっている。

「お前は魔導師らしいが、魔導師がソロでやる以上は多少の護身術くらいは覚えておく必要がある。遠距離攻撃ができない場面もあるからな」

 どうやらドールは楓の基本的な戦闘スタイルを知らないらしく、魔導師にも出来る簡単な立ち回り方を教えてくれている。

「おい、どうなっている」

『わしに訊かれてもしらん。だがあの時は確かに悪意を感じたんじゃ』

 猫神と小声で話す楓。
 楓と猫神はドールが楓に何か嫌がらせのようなことをしてくると踏んで、それを返り討ちにしようと思い、一時的なパーティーを組んでクエストを承けた。

 いつドールから攻撃を仕掛けられても大丈夫なように常に警戒していたのだが、そんな様子もなく、むしろためになる話をしてくれている。

 もしかして別人なのでは? と思っても仕方がないほど、ギルドでのドールと今のドールはあまりにも違っていた。

「……私達の考え過ぎだったんじゃないか?」 

『まだ分からんぞ。警戒しておいて損はないはずじゃ』

 猫神はこう言っているが、楓はそこまで警戒は必要ないと考え始めていた。
 実際、彼が教えてくれていることはなるほどと素直に納得出来る部分も多いし、対人の立ち回り方は知っていてもモンスターへの立ち回り方はこの世界に来てから実践で培った経験からの独学でしかない。
 しかし実践の経験なら彼の方が上なのは確かだし、モンスターの特性なんかもよく知っているため、モンスターに応じた対処の仕方を身に付けている。楓の戦闘スタイルに幅が広がっているのは確かだ。

 もし彼が楓に色々と教えることで自分の方が上なんだぞと自分の優位性を確認できるのならそれでいいと思った。

 別にそのくらいなら特に楓に不利益はないし、もし仮に「おい、この間モンスターへの立ち回り方を教えてやったんだからそのお礼に焼きそばパン買ってこいよ」と言われても一度くらいなら買ってやらんでもないと思えるくらいにはためになっている。この世界に焼きそばパンがあるかは分からないが――。


 と、そんなことを考えていると、突然パーカーのフードを思いきり後ろに引っ張られ、首が絞まる。
 
「――っ!?」

 警戒心を薄れさせてから仕掛けるつもりだったのかと、さっきまでの自分の甘い考えを捨て、パーカーを掴んでいるドールの右手の手首を強く握る。

 しかしすぐさま左手で口を塞がれ、

「バカッ出過ぎだ! 見つかりてぇのか!」

 と、耳元で小声ながらも怒鳴られた。

 考え事をしていたせいで気が付かなかったが、既に30メートル程前方に、今回のクエストの討伐対象であるワーウルフが住み着いているという廃墟となった教会が見えていた。

「……っ、すまない。考え事をしていた」

 慌てて草陰に隠れる楓達。
 楓は謝りながら掴んでいたドールの手首を離した。

「アホか。先に見つかったら奇襲ができねぇだろ。見ろ、入り口に4体いる。多分中には倍以上いるだろうな」

 ワーウルフは基本的に4~12体の群れで行動すると言われている。
 特定の場所には住み着かず、住み処を転々とするのが特徴らしいのだが、よほど住み心地が良いのか森の中にあるあの廃墟となった教会に半年以上住み着き、段々と仲間も増やしているらしい。

「まずはあの4体を倒して入り口を制圧する必要があるな…………ん? 様子がおかしいぞ?」

『あれは、こちらに気付いておるの』

 教会の入り口に立っていた4体のワーウルフがこちらを見て何やら会話を始めていた。
 4体それぞれが棍棒なり石剣なり武器を持っているところを見ると、恐らくあの4体は見張りなのだろ。

「やはり、さっきのを見られてしまったのか?」

『分からん。が、ワーウルフは鼻が利く。もしかしたらそれで気付いたのかもしれん』

「ちっ、気付かれてしまっている以上奇襲は失敗か……ドール、どうする? ……? おい、ドール?」
 
 反応がない。

 どうかしたのかと後ろを振り向くと、そこには誰もいなかった。

「……なるほど、こういう算段だったか。いつの間に逃げたんだ?」

『いや、気配はしておる。恐らく姿を消すマジックアイテムでも使ったのじゃろ』

「ほう、そんな便利な物もあるのか」

 突然ドールがいなくなったにも拘わらず大して動揺もしない1人と1匹。
 ここで楓に何も言わず姿を消す理由など限られている。

『ま、最後の1体になったら出てきて手柄を横取りしたり、お主がピンチになったら助けて後から威張るつもりとかそんなところじゃろ』
 
「何とも拍子抜けだな。どうせやるなら敵の群れのど真ん中に置き去りにして先に帰るくらいはしてくるかと思ったんだが」

『あやつの目的はあくまでもお主よりも上だと周りやお主自身に思わせることじゃからの。死なせるよりもお主を守ってやったという事実が欲しいんじゃろ』

「なるほどな……まあ帰っていないというならちょうどいい。巻き込まれても困るし、安全なところから私の実力を是非大先輩に見てもらおうじゃないか」



 楓は腰のベルトポーチから赤い液体の入ったガラスの瓶を取り出し、不敵な笑みを浮かべた。







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