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45 太陽
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リーベリを経由して、マハカム王家の馬車がうちの前に着いた。贅沢な飾りに王家の紋章らしきものが堂々と描かれている。さすがは一国の王女様だな。
侍女が馬車の扉を開くと、太陽のような赤毛の女性が笑顔で降りてきた。ゆるやかなパーマがかかった赤毛が腰まで伸び、動くたびにふわりと揺れる。長く小さな鼻に、クルミを想像させる大きく茶色い瞳が丸く朗らかな顔つきによく似合っている。近づいてくると長いまつ毛まで赤い。
太陽が大地に降り立った、というカンジだな。
「あなたがアラヒト様でしょうか?」
「私がアラヒトです。アンナ・マハカム姫ですね。歓迎します」
にっこりと笑った後に、宮廷作法らしき礼をした。
なるほど。俺が抱いた女性を下賤などと言う人間がいるのはこれか。
今まで会った人間とは所作がまるで違う。
サーシャたちの所作は的確な重心移動と、有事の際の俊敏性に重きを置いている。
アンナの所作は自分の美しさを最大限見せつけるための動きだ。日本舞踊に近いかな。
「アンナ・マハカムです。アンナとお呼びください。もはや王家の人間ではなく、ただのアンナです。こちらは侍女のクレアです。私では及ばないこともあるだろうと教育係として連れてきました」
侍女の所作はサーシャたちに似ている。実質的には護衛だろうな。
「私、とても楽しみにしていましたのよ?異世界の才に満ち溢れた殿方と結ばれるなど、マハカムでもありえないお話ですもの」
「立ち話もなんですから、まずは家に入ってもらいましょうか」
「可愛い別邸ですこと」
本宅なんですが。城を家にしていた女性が侍女みたいなことなんてできるのかな。
アンナは家の中をサーシャに案内されて、最後に俺が紅茶を飲んでいる食堂へとやって来た。対面へ座るように促す。アンナの椅子をクレアが引こうとしたが、アンナは自分で椅子を引き座った。背筋を伸ばして背もたれには腰かけない。仕事の交渉でもしているかのような隙の無い見事な居住まいだ。
「まずはこの家の生活に慣れてください。外出はこの屋敷の誰かを連れてお願いします。なにかありましたら外交問題に発展しますので」
「ご配慮に感謝します」
「マハカムについては、山を挟んでこのペテルグの南にあるということしか知りません。どういった国なのでしょうか?」
「そうですね・・・果物が美味しいですよ!あとは香辛料や野菜などは他国に比べてよく育つと聞いています。土地が良いのか野菜はたくさん獲れます」
へぇー。なんだかよさげな土地だな。
「それに綿です。そうそう!アラヒト様が多くの女性を求めているというので、たくさんの織物を持ってきたんですよ!皆さんで着る服を作りましょう!」
「それはありがたい。仕立てのいい服ができたらここで働いている皆も喜ぶでしょう」
いまのところ王女様っぽいところとその美貌を除けばふつうの女性だな。
困るのは目的が分からないことだ。
「この家では俺に仕える侍女という立場になるのですが、ご理解されていますか?」
「もちろんです。殿方に仕えるためにやってきたのですから」
「家の中での仕事はサーシャや他の女性たちを参考にしてください。彼女がこの家の女主人ですから、サーシャの指示は俺の命令だと思ってください」
「よく分かりました。サーシャ様、世間知らずの女ですがよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私も王女様だとは思わずに指導させていただきます」
紅茶とタバコを持って来させて、自室にサーシャを呼んだ。最近はタバコの質が安定してきたので、紙巻きたばこを作ってもらった。桐箱に保管して火さえあればいつでも吸えるようにしている。葉巻もパイプも悪くはないが、俺は紙巻きの方が好みだ。
「アンナとクレアのふたりをどう見た?君の意見が聞きたい」
「クレアの方は護衛ですね。アンナの方はやはり目的が分かりません。本当に異世界人の殿方と結ばれたいというだけで別の国に侍女として来るんでしょうか?」
目的が分からないってところが怖いんだよな。
「本日はるばるやって来た女性たちですので、床入りも本日にしますか?」
「長旅で疲れているだろうし、しっかり休んでもらって疲れが取れてからでいいだろう。クレアとは同室にしてやってくれ」
「ではそのように伝えておきます」
初夜を迎えるというのだったら今日のうちに抱くのが礼儀なのだろうが、別に結婚したワケじゃないからなぁ。俺の顔を見ても特別な反応を示さなかったし、クレアに見えた緊張感のようなものも感じなかった。心の底からここに来るのが楽しみだった、という雰囲気がアンナからはにじんでいた。
「マハカム国内の情勢についてはどれくらい分かっている?」
「仮想敵国ではありませんのマハカムは最も情報が少ない国ですね。リーベリとの交易で稼いでいる農業国家です。チュノスの本隊を何度も相手にしているのですから、軍もそれなりの強さだと思います」
国としての発展、軍の強さ、すべてにおいて中程度だということか。アンナの話を鵜呑みにすれば食糧にだけは困らなそうな言い方だったな。
「ひとつ引っかかることがあるのですが・・・マハカムの織物は私たちが一生かかっても買えないような超高級品です。王族や貴族、リーベリの大商人あたりでなくてはおいそれと手が出るようなものではありません。戦勝の対価として織物で支払ってもいいようなはずなのに、私たちの分まで持ってきているというのが解せません」
十分な対価を国家ではなく、わざわざ俺に贈ったということか。
「他の国にも俺がペテルグで働いているということは知られているだろうが、俺自身のことはどの程度知られているんだ?」
「虚実織り交ぜて流布させていますので、仕事の内容までは分からないかと。風体はさすがに目立ちますので他の国でも知られているかもしれません」
「ペテルグという国にではなく俺に女性と貢物をする、ということにどういう意味があると考えられる?」
「マハカム内部に諜報部でも捕え切れていない大きな問題を抱えていて、異世界人の知恵が欲しいとか・・・もしくはペテルグ王家とアラヒト様の関係を崩すために贈られて来たか・・・」
サーシャは自分の言葉に自信が無さそうだ。
ちょっと会っただけでなにを考えているのか分かるほど、簡単なお姫様ではないということか。
「他の侍女たちにもそれとなくアンナとクレアにマハカムの話を聞き出すように指示しておいてくれ。それとマハカム内部の情報も頼む。間違った情報を掴まされるとこちらが踊ることになる」
「承知しました」
サーシャのことだから既に手配済みだろうな。
侍女が馬車の扉を開くと、太陽のような赤毛の女性が笑顔で降りてきた。ゆるやかなパーマがかかった赤毛が腰まで伸び、動くたびにふわりと揺れる。長く小さな鼻に、クルミを想像させる大きく茶色い瞳が丸く朗らかな顔つきによく似合っている。近づいてくると長いまつ毛まで赤い。
太陽が大地に降り立った、というカンジだな。
「あなたがアラヒト様でしょうか?」
「私がアラヒトです。アンナ・マハカム姫ですね。歓迎します」
にっこりと笑った後に、宮廷作法らしき礼をした。
なるほど。俺が抱いた女性を下賤などと言う人間がいるのはこれか。
今まで会った人間とは所作がまるで違う。
サーシャたちの所作は的確な重心移動と、有事の際の俊敏性に重きを置いている。
アンナの所作は自分の美しさを最大限見せつけるための動きだ。日本舞踊に近いかな。
「アンナ・マハカムです。アンナとお呼びください。もはや王家の人間ではなく、ただのアンナです。こちらは侍女のクレアです。私では及ばないこともあるだろうと教育係として連れてきました」
侍女の所作はサーシャたちに似ている。実質的には護衛だろうな。
「私、とても楽しみにしていましたのよ?異世界の才に満ち溢れた殿方と結ばれるなど、マハカムでもありえないお話ですもの」
「立ち話もなんですから、まずは家に入ってもらいましょうか」
「可愛い別邸ですこと」
本宅なんですが。城を家にしていた女性が侍女みたいなことなんてできるのかな。
アンナは家の中をサーシャに案内されて、最後に俺が紅茶を飲んでいる食堂へとやって来た。対面へ座るように促す。アンナの椅子をクレアが引こうとしたが、アンナは自分で椅子を引き座った。背筋を伸ばして背もたれには腰かけない。仕事の交渉でもしているかのような隙の無い見事な居住まいだ。
「まずはこの家の生活に慣れてください。外出はこの屋敷の誰かを連れてお願いします。なにかありましたら外交問題に発展しますので」
「ご配慮に感謝します」
「マハカムについては、山を挟んでこのペテルグの南にあるということしか知りません。どういった国なのでしょうか?」
「そうですね・・・果物が美味しいですよ!あとは香辛料や野菜などは他国に比べてよく育つと聞いています。土地が良いのか野菜はたくさん獲れます」
へぇー。なんだかよさげな土地だな。
「それに綿です。そうそう!アラヒト様が多くの女性を求めているというので、たくさんの織物を持ってきたんですよ!皆さんで着る服を作りましょう!」
「それはありがたい。仕立てのいい服ができたらここで働いている皆も喜ぶでしょう」
いまのところ王女様っぽいところとその美貌を除けばふつうの女性だな。
困るのは目的が分からないことだ。
「この家では俺に仕える侍女という立場になるのですが、ご理解されていますか?」
「もちろんです。殿方に仕えるためにやってきたのですから」
「家の中での仕事はサーシャや他の女性たちを参考にしてください。彼女がこの家の女主人ですから、サーシャの指示は俺の命令だと思ってください」
「よく分かりました。サーシャ様、世間知らずの女ですがよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私も王女様だとは思わずに指導させていただきます」
紅茶とタバコを持って来させて、自室にサーシャを呼んだ。最近はタバコの質が安定してきたので、紙巻きたばこを作ってもらった。桐箱に保管して火さえあればいつでも吸えるようにしている。葉巻もパイプも悪くはないが、俺は紙巻きの方が好みだ。
「アンナとクレアのふたりをどう見た?君の意見が聞きたい」
「クレアの方は護衛ですね。アンナの方はやはり目的が分かりません。本当に異世界人の殿方と結ばれたいというだけで別の国に侍女として来るんでしょうか?」
目的が分からないってところが怖いんだよな。
「本日はるばるやって来た女性たちですので、床入りも本日にしますか?」
「長旅で疲れているだろうし、しっかり休んでもらって疲れが取れてからでいいだろう。クレアとは同室にしてやってくれ」
「ではそのように伝えておきます」
初夜を迎えるというのだったら今日のうちに抱くのが礼儀なのだろうが、別に結婚したワケじゃないからなぁ。俺の顔を見ても特別な反応を示さなかったし、クレアに見えた緊張感のようなものも感じなかった。心の底からここに来るのが楽しみだった、という雰囲気がアンナからはにじんでいた。
「マハカム国内の情勢についてはどれくらい分かっている?」
「仮想敵国ではありませんのマハカムは最も情報が少ない国ですね。リーベリとの交易で稼いでいる農業国家です。チュノスの本隊を何度も相手にしているのですから、軍もそれなりの強さだと思います」
国としての発展、軍の強さ、すべてにおいて中程度だということか。アンナの話を鵜呑みにすれば食糧にだけは困らなそうな言い方だったな。
「ひとつ引っかかることがあるのですが・・・マハカムの織物は私たちが一生かかっても買えないような超高級品です。王族や貴族、リーベリの大商人あたりでなくてはおいそれと手が出るようなものではありません。戦勝の対価として織物で支払ってもいいようなはずなのに、私たちの分まで持ってきているというのが解せません」
十分な対価を国家ではなく、わざわざ俺に贈ったということか。
「他の国にも俺がペテルグで働いているということは知られているだろうが、俺自身のことはどの程度知られているんだ?」
「虚実織り交ぜて流布させていますので、仕事の内容までは分からないかと。風体はさすがに目立ちますので他の国でも知られているかもしれません」
「ペテルグという国にではなく俺に女性と貢物をする、ということにどういう意味があると考えられる?」
「マハカム内部に諜報部でも捕え切れていない大きな問題を抱えていて、異世界人の知恵が欲しいとか・・・もしくはペテルグ王家とアラヒト様の関係を崩すために贈られて来たか・・・」
サーシャは自分の言葉に自信が無さそうだ。
ちょっと会っただけでなにを考えているのか分かるほど、簡単なお姫様ではないということか。
「他の侍女たちにもそれとなくアンナとクレアにマハカムの話を聞き出すように指示しておいてくれ。それとマハカム内部の情報も頼む。間違った情報を掴まされるとこちらが踊ることになる」
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サーシャのことだから既に手配済みだろうな。
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