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95 歓待
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瀟洒な田舎貴族の屋敷という風貌だが、よくよく見ると戦うために作られた家だ。小高い丘陵の上からは平地が見渡せる。風車が屋敷の近くにあるが、あれは物見やぐらも兼ねているのだろう。サーシャが使用人に到着を告げると、応接室らしき部屋へと通された。
「アラヒト殿、よくぞ来ていただいた。歓迎する」
「お久しぶりです」
リザの伝言を聞いていたのだろう。大仰に振舞うでもなく、オナー・ラドヴィッツは客人として俺とサーシャを迎え入れた。隣にいるご婦人は例の奥方か。
「私がアラヒト殿をお迎えするように主人に言ったのです。我々の・・・その・・・営みをよくもここまで改善してくれました!歓迎いたします!」
興奮の度合いにこの話し方。
ラドヴィッツは俺の教えを素直に受け止め、なんとか夫婦の危機を回避できたようだ。充実した夜があればわりとどうにかなる夫婦もいるってことだ。ましてや領主だものな。離婚だけは避けたいだろう。夫婦仲が改善されてラドヴィッツ領が平穏になるならばそれに越したことはない。
「お二人の相性が良かったということです。ラドヴィッツ様ご自身の努力もあるでしょうが」
「共同作業であるという認識は無かったからな。これほど我が妻との関係が深くなるとは思いもしなかったぞ」
ラドヴィッツ夫妻がお互いに顔を見合う。
幸福そうな夫婦が見られてなによりだ。
「今回私が呼ばれた理由はなんでしょうか?」
「戦争も終わってもうすぐ夏ですからね!お食事とお話だけでもと思いまして。それに直接お礼を申し上げたかったんですの。夫婦の危機を救ってくださった恩人ですからね」
ラドヴィッツの奥方はやや大柄で胸とお尻が実に魅力的だ。わずかにウェーブのかかった長い金髪が彼女の迫力をより引き立てているな。夫も大柄で威厳があるから二人はお似合いに見える。
「珍しい髪色に瞳まで黒いのですね。異世界人というものはみなこういうお顔立ちなのでしょうか?」
質問攻めだな。
「私が居た世界ではこういう見た目は珍しいものでは無かったです」
たまに忘れるが、俺はこの世界ではお味のあるお顔なのだった。
「まずは食事にしましょうか?食堂に案内させてもらいますわ!」
完全に奥さん主導になっているな。いや・・・ラドヴィッツ家だけではないか。王家もまた王妃の方が主導していた。ペテルグでは妻の方が旦那よりも強い立場にあるのかもしれないな。
新鮮な生野菜とチーズに塩とオリーブオイルをかけたサラダ。
ローストされた鶏に根菜の付け合わせ。
ブイヨンとクリームを混ぜ合わせた温かいスープ。
全粒粉が香る焼き立てのパン。
砂糖漬けされた果物にワインを入れたポンス。
どれも絶品だったな。高速輸送ができるようになったとはいえ食材の足は早い。振る舞われた料理はラドヴィッツの領地で手に入れられる食材だけで作ったのだろう。つまるところ食卓に上がる料理はラドヴィッツ家の力そのものでもある。これだけの料理が作れるし、これだけの酒が振舞えるし、これだけの食材がかき集められる、と。
リザも食卓へと加わって、たっぷりとご馳走になった。奥方が特別な食事の席だからと、サーシャとリザにレースをあしらったドレスを着飾らせた。美女に美食とは実にいい身分だが、こういうものは接待や外交の基本だ。女性同伴だから若い女性が食卓に居ないだけであって、連れが居なかったら女性まで用意していただろうな。
「ポンスのおかわりはどうかね?」
「赤ワインがありましたらいただきたいです。以前いただいたものは美味しかったですからね」
「そうだろう!あれは私の葡萄畑で作られていて、マハカムでも王族が買う逸品なのだよ!」
他国の王室御用達だとは知らなかった。
一方的に奥さんの方が話し続け、たまに質問が来たら適当に返事をしているだけで時間が過ぎていった。
「アラヒト殿は煙草を嗜むと聞いている。食後は男同士でどうかね?」
護衛が無いのは気になるが、王家を敵に回してまで俺を害そうなどとは思わないだろう。ラドヴィッツのあとについて行って、酒を飲みながら一服することになった。通された部屋は客人が訪ねて来た時に重要な話をするためのものなのだろう。ペテルグ製の重厚な家具が威厳を示すかのように配置され、彫像まで飾られている。
「酒が好きだとも聞いている。最近試作したものを一緒に試すのはどうだ?」
「いいですね」
この土地の統治者であると同時に、一級の酒を造る人間でもある。ガラス製で飲み口を薄く加工したゴブレットか。酒器も素晴らしいな。マハカムの瓶に入った酒から、マハカムの酒器に注がれる。・・・この香りは?
「マハカムに倣って作っている蒸留酒だ。金属の窯が無いので陶器の窯で作ったものだがね。飲んでみてくれ」
勧められるままに一口飲んでみる。グラッパだな。
「圧搾した葡萄の皮を良質な水と一緒に蒸留させたのですか?」
「分かるのか!いや、異世界にもこういう酒があるのだな!」
「ええ」
悪くは無いがもう少し改良の余地があるな。
しかし・・・陶器で窯を作るという発想は無かった。低温蒸留が可能ならば蒸留酒は作れる。一度の蒸留で物足りないのであれば、何度も繰り返して蒸留すればいい。あとはブナでもナラでもオークでもいいから、樽で五年はこの酒を熟成させたいところだ。
使用人が火だねを持ってきた。ラドヴィッツが勧めるがままに葉巻を取り、紫煙を楽しむ。
「これも上質ですね。煙草もこの領土で獲れるのですか?」
「いや、これは近隣の家から買っているものだ。試して作ってはみたのだが、ここまで上質なものは作れなかった。煙草の葉というものは土地が重要らしい。そう、土地で思い出した!アラヒト殿が我が家に来るという話になった途端、近隣の名家の者が我が家の食事会へ来ようとしていたのだぞ?」
大事にしたくなかったからなぁ。
「質問攻めにされても困りますからね。既に私は王家の仕事の多くを手伝っていますし、秘密も多く抱えています」
「うむ。それは分かっている。改めてこの冬に教授してもらった秘儀には感謝する」
名家の主人に頭を下げられた。
「いいワインで報われていますよ」
グラッパよりはワインの方がより洗練された味だ。
蒸留酒で酔っ払うワケにもいかないし、ここからが仕事だ。
「アラヒト殿、よくぞ来ていただいた。歓迎する」
「お久しぶりです」
リザの伝言を聞いていたのだろう。大仰に振舞うでもなく、オナー・ラドヴィッツは客人として俺とサーシャを迎え入れた。隣にいるご婦人は例の奥方か。
「私がアラヒト殿をお迎えするように主人に言ったのです。我々の・・・その・・・営みをよくもここまで改善してくれました!歓迎いたします!」
興奮の度合いにこの話し方。
ラドヴィッツは俺の教えを素直に受け止め、なんとか夫婦の危機を回避できたようだ。充実した夜があればわりとどうにかなる夫婦もいるってことだ。ましてや領主だものな。離婚だけは避けたいだろう。夫婦仲が改善されてラドヴィッツ領が平穏になるならばそれに越したことはない。
「お二人の相性が良かったということです。ラドヴィッツ様ご自身の努力もあるでしょうが」
「共同作業であるという認識は無かったからな。これほど我が妻との関係が深くなるとは思いもしなかったぞ」
ラドヴィッツ夫妻がお互いに顔を見合う。
幸福そうな夫婦が見られてなによりだ。
「今回私が呼ばれた理由はなんでしょうか?」
「戦争も終わってもうすぐ夏ですからね!お食事とお話だけでもと思いまして。それに直接お礼を申し上げたかったんですの。夫婦の危機を救ってくださった恩人ですからね」
ラドヴィッツの奥方はやや大柄で胸とお尻が実に魅力的だ。わずかにウェーブのかかった長い金髪が彼女の迫力をより引き立てているな。夫も大柄で威厳があるから二人はお似合いに見える。
「珍しい髪色に瞳まで黒いのですね。異世界人というものはみなこういうお顔立ちなのでしょうか?」
質問攻めだな。
「私が居た世界ではこういう見た目は珍しいものでは無かったです」
たまに忘れるが、俺はこの世界ではお味のあるお顔なのだった。
「まずは食事にしましょうか?食堂に案内させてもらいますわ!」
完全に奥さん主導になっているな。いや・・・ラドヴィッツ家だけではないか。王家もまた王妃の方が主導していた。ペテルグでは妻の方が旦那よりも強い立場にあるのかもしれないな。
新鮮な生野菜とチーズに塩とオリーブオイルをかけたサラダ。
ローストされた鶏に根菜の付け合わせ。
ブイヨンとクリームを混ぜ合わせた温かいスープ。
全粒粉が香る焼き立てのパン。
砂糖漬けされた果物にワインを入れたポンス。
どれも絶品だったな。高速輸送ができるようになったとはいえ食材の足は早い。振る舞われた料理はラドヴィッツの領地で手に入れられる食材だけで作ったのだろう。つまるところ食卓に上がる料理はラドヴィッツ家の力そのものでもある。これだけの料理が作れるし、これだけの酒が振舞えるし、これだけの食材がかき集められる、と。
リザも食卓へと加わって、たっぷりとご馳走になった。奥方が特別な食事の席だからと、サーシャとリザにレースをあしらったドレスを着飾らせた。美女に美食とは実にいい身分だが、こういうものは接待や外交の基本だ。女性同伴だから若い女性が食卓に居ないだけであって、連れが居なかったら女性まで用意していただろうな。
「ポンスのおかわりはどうかね?」
「赤ワインがありましたらいただきたいです。以前いただいたものは美味しかったですからね」
「そうだろう!あれは私の葡萄畑で作られていて、マハカムでも王族が買う逸品なのだよ!」
他国の王室御用達だとは知らなかった。
一方的に奥さんの方が話し続け、たまに質問が来たら適当に返事をしているだけで時間が過ぎていった。
「アラヒト殿は煙草を嗜むと聞いている。食後は男同士でどうかね?」
護衛が無いのは気になるが、王家を敵に回してまで俺を害そうなどとは思わないだろう。ラドヴィッツのあとについて行って、酒を飲みながら一服することになった。通された部屋は客人が訪ねて来た時に重要な話をするためのものなのだろう。ペテルグ製の重厚な家具が威厳を示すかのように配置され、彫像まで飾られている。
「酒が好きだとも聞いている。最近試作したものを一緒に試すのはどうだ?」
「いいですね」
この土地の統治者であると同時に、一級の酒を造る人間でもある。ガラス製で飲み口を薄く加工したゴブレットか。酒器も素晴らしいな。マハカムの瓶に入った酒から、マハカムの酒器に注がれる。・・・この香りは?
「マハカムに倣って作っている蒸留酒だ。金属の窯が無いので陶器の窯で作ったものだがね。飲んでみてくれ」
勧められるままに一口飲んでみる。グラッパだな。
「圧搾した葡萄の皮を良質な水と一緒に蒸留させたのですか?」
「分かるのか!いや、異世界にもこういう酒があるのだな!」
「ええ」
悪くは無いがもう少し改良の余地があるな。
しかし・・・陶器で窯を作るという発想は無かった。低温蒸留が可能ならば蒸留酒は作れる。一度の蒸留で物足りないのであれば、何度も繰り返して蒸留すればいい。あとはブナでもナラでもオークでもいいから、樽で五年はこの酒を熟成させたいところだ。
使用人が火だねを持ってきた。ラドヴィッツが勧めるがままに葉巻を取り、紫煙を楽しむ。
「これも上質ですね。煙草もこの領土で獲れるのですか?」
「いや、これは近隣の家から買っているものだ。試して作ってはみたのだが、ここまで上質なものは作れなかった。煙草の葉というものは土地が重要らしい。そう、土地で思い出した!アラヒト殿が我が家に来るという話になった途端、近隣の名家の者が我が家の食事会へ来ようとしていたのだぞ?」
大事にしたくなかったからなぁ。
「質問攻めにされても困りますからね。既に私は王家の仕事の多くを手伝っていますし、秘密も多く抱えています」
「うむ。それは分かっている。改めてこの冬に教授してもらった秘儀には感謝する」
名家の主人に頭を下げられた。
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