異世界マッチョ

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6 マッチョさん、公衆浴場へ行く

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 「マッチョさん、こちらですよ。」
 村長に連れられて浴場へやって来た。なんというか、煙突がある以外はこの街のふつうの建物と変わらない。
 料金を村長が払い、中に入ってビックリした。
 男と書かれたのれんと、女と書かれたのれんがある。
 ローマ帝国のような共同浴場を想像していたら、まるで銭湯みたいな作りだ。
 のれんをくぐったら番台もあった。脱衣所だ。
 「あれ?マッチョさん。壁に掛けてあるアレなら着られるんじゃないですか?」
 村長が指差した先に目線を持っていくと、浴衣が売っていた。たしかにあれなら私の身体でも入りそうだ。
 「着るんならその汗臭いカラダを洗ってからにしたらどうだい?」
 番台の女将の言う通りだ。
 二日も着ていて汗と汚れが染み込んでいる服を脱ぐ。
 やはり視線が集まる。筋肉が注目されるのは気分がいい。
 私の肉体が目立つことと同時に、この街の人間の筋肉不足が気になる。誰もが細いカラダをしている。

 浴場の中へ入ってゆくとさらに驚いた。
 壁に絵が描いてある。富士山だ。
 「凄い絵でしょう、マッチョさん。」
 「凄い絵ですね。」
 「この山は初代の人間王の故郷にあった山だそうです。やっぱり伝説の王様といえど、故郷が恋しかったのでしょうねぇ。」
 間違いない。初代人間王は私と同じ日本人だ。
 作法を知っているといろいろややこしくなりそうなので、村長の言うがままにかけ湯をして、身体を洗い、湯船に浸かった。もちろんタオルは湯船に浸けない。
 「ぷっふぁー・・・」
 「はっはっは。やっぱりそういう声が出ますよね。」
 「いやー、気持ちいいですねぇ、あったかいお湯に浸かるって。」
 いい気分だ。ここが異世界だということを忘れてしまいそうなくらい高い完成度だ。相当なこだわりを持って造られたものが、文化としてしっかりと残っている。
 「村長、初代の人間王ってどんな方だったんですか?」
 「子どもの童話に出てくる勇者の一人ですが、そういう話すらマッチョさんの故郷ではされていないのですか?」
 「ええ、初めて聞きます。」
 魔物が出て、魔王がいて、勇者もいたのか。
 「かつて魔王がこの世界を支配しようとした時、勇者の一行が精霊の恩寵をいただいて魔王を封印した。その勇者の一人ですよ。いまの人間王はその勇者の末裔と言われていますね。」
 「へぇー、立派な方というより伝説の英雄ですね。」
 「初代王の銅像は王都に行けば見られますよ。ああいうものは似ているかどうかは分かりませんが。」
 「村長は王都へも行ったことがあるんですか?」
 「若いころに物見遊山で行ってきましたよ。まぁなにもかもがスゴいところでしたねぇ。」
 ざぶざぶと湯船で顔を洗いながら村長は続けた。
 「ま、本当に勇者が必要な時かもしれませんね。これだけ魔物が出てきているんですから。」
 村長が真顔になった。やはりできる男なのだな。
 「さて、長湯をしたらのぼせてしまいますぞ。出ましょう。」
 
 脱衣所に戻って来たものの、着る服がないことを忘れていた。
 「アンタ、これ履いてみたらどうだい?」番台に座っていた女将だ。
 ぴったりのサイズの下着だ。これは助かる。
 「ありがとうございます。なかなか私が着られるものが無くて。」
 「だろうねぇ。アンタみたいな立派なカラダの人間、生まれて初めて見たよ。ああ、それとこれも着たらどうだい?」
 かなり大き目の浴衣だ。こちらはちょっと大きすぎる。が、着られない服よりマシだ。
 「女将、あんな大きい服がなんでここにあるんだい?」
 「むかーし龍族が来たときにやたら浴衣が気に入ったらしくてねぇ。その時に仕立て上げたものが残ってたんだよ。まぁ龍族の住む場所じゃぁ着ないだろうからねぇ。ここに置いていったのさ。」
 「へぇ、龍族ねぇ。龍族の旅人とは珍しいねぇ。」
 「変わってたんだろうねぇ。」
 龍族。人間以外の種族もいるのか。
 そういえば人間王、という呼び方をしていたな。種族ごとに王がいるのかもしれない。
 「ありがとうございます。おいくらくらいでしょう?」
 「タダでいいよ。倉に寝かせていたってしょうがないだろう?服なんだから着る人がちゃんといないとねぇ。」
 「しかしタダというワケにも。」
 「うーん。じゃぁアンタの身体、すこし触らせておくれよ。そんな筋肉は滅多に触れるものじゃないからねぇ。」
 「ああ、どうぞ。」筋肉を求められたら応じないワケにはいかない。
 「あ、僕も触っていいですか?」
 「あ、俺もじっくり見てみたいな。いいですか?」
 私の筋肉に人が集まってきた。ちびっ子を腕で抱え上げたりする。
 「ありがとうございました。きっとこの子は元気に育ちますよ。」
 「おじさん、ありがとう!」
 なんだかお相撲さんになった気分だ。
 こうして私は異世界で普段着を手に入れた。
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