異世界マッチョ

文字の大きさ
上 下
21 / 133

21 マッチョさん、タベルナ村へも行く

しおりを挟む
 タベルナ村にもしばらく寄れなさそうなので、少し顔を出すことにした。村の人たちにも挨拶がしたいし、なにより定期的にハムを送ってほしい。ギルドに相談したら、ギルドの馬車を使ってもいいと言われた。私は馬を扱えないので、ついでに馬車の運転?の仕方も教えてもらった。まだ握力は半分程度しか回復していないが、この程度なら問題なく動かせる。
 「そうそう、マッチョさん上手いじゃないすか!」
 彼の名前はツイグ。私がバイトしていた公衆浴場のマキ割りを私の代わりにやってくれるそうだ。身長170cm程度、体重60kg程度。体脂肪率17%前後といったところか。比較的やせ型なのに体脂肪率が高いのは、やはり食料事情のせいだろう。
 先日の戦いを見て、私のような身体になりたくてマキ割りのバイトをすることを決意したそうだ。
 まるでランドクルーザー岡田と私のような関係ではないか。
 筋肉に憧れる若者がしっかりとしたトレーニングを積むことはいいことだ。
 「ツイグ君。」
 「ツイグでいいっす!」
 「マキ割りでくたびれたら、できるだけ肉か豆を食べるように。そうすることで筋肉は成長します。」
 「うーん、肉は難しいけれども、豆なら買えますね。了解っす!」
 元気な後輩ができた。

 タベルナ村に着いた時、私はここがあの食べ物にも困っていたあのタベルナ村だとは思えなかった。
 メチャクチャ発展している。
 一面の小麦畑はもうすぐ収穫を迎えそうだし、小屋のようだった家々はしっかりとした住居に変わり、養鶏所は数百羽を超える鶏を放し飼いにしている。そして、村の人たちの顔つきと体つきまで違う。笑顔にあふれていて、肉体労働で程よく鍛えられた筋肉に満ちていた。
 たかが半年ほどで、ここまで発展するものなのだろうか。もはや村ではなく、宿場町程度の規模になっている。あの村長、いったいなんなのだ。
 「あ、マッチョさんだ。こんにちはー!」
 マントをくれた女性だ。ずいぶんと体つきが変化している。
 「マッチョさん、なんか昨日凄いたくさん魔物を倒したみたいですね。一人で200匹とかなんとか。」少し話が盛られているようだ。
 「凄かったっすよー、マッチョさん。」
 内容はともかく、昨日の話がこんなに早く伝わっているのか。
 「私ちょっとソロウを離れなくてはいけなくなったので、ご挨拶に来ました。あとハムが美味しかったので、あとでどこに行くか決まったら送っていただきたくて。」
 「うーん、村長は不在なんですよね。でもマッチョさんの頼みですから、ちゃんと伝えておきます。」
 「皆さんいいカラダになりましたね。」
 「あ、やっぱり分かります?仕事をしていても疲れづらくなりましたし、マッチョさんに倣って多めに肉を食べようって村長が言い出して。何ヵ月かふつうに働いていたら、みんなそこそこ筋肉質になったんですよね。マッチョさんほど大きくはならなかったですけれど、私なんか胸まで大きくなったんですよ!」
 うーむ。仕事で身についたナチュラルな筋肉も、やはり美しいものだ。私も仕事で筋肉を使いたいところだが、どうにもおっかない局面でしか筋肉を使う機会が無い。
 「そういえば村長の提案で、鶏ムネ肉を使った料理の試作品があるんですよ。マッチョさん食べていかれませんか?この村でしか食べられませんよ?」
 「是非いただきます。」
 返事をすると同時に筋肉が高揚しているのが分かる。あの村長の指示で作った試作品だ。筋肉に効かないワケが無いし、美味しくないワケが無いだろう。
 
 さて、どんな料理が出てくるのか。
 おお、運ばれてくる匂いだけで美味しいということが分かる。
 「お待たせしましたー。鶏ムネ肉の蒸し焼きタベルナ村ソースかけです!」
 捌きたての新鮮な鳥ムネ肉を下処理したあとに蒸したもののようだ。ソースはピンク色に近い。
 さてお味はどうだろう。
 「いただきます。」
 「いただきます!ふおおおお!なんすかこれ?なんすかー!?」
 私よりも先にツイグが反応した。
 たしかにこれは声を上げたくなる。私も思わず唸った。
 「試作品の段階でこれはすごいです。美味しいです。」
 捌きたての新鮮なムネ肉となると、なかなか産地でしか食べられないだろう。輸送の過程でどうやったとしても鶏は弱ってしまう。しかしこのソース、なんだろう?少しだけソースを取って、じっくりと味わってみる。マヨネーズにトマト?オーロラソースか!
 「ソースも凄くないですか?村長が若いときに食べたトマトのソースを再現して煮詰めて、そこにタベルナ村特製のスペシャルな調味料を加えているんですよ!」
 マヨネーズであれば卵黄と酢と油で作られるが、油が違うようだ。わずかに動物の香りがする。おそらく鶏の皮から鳥油を抽出して、このソースのためだけに特製のマヨネーズを作ったのだ。必要以上の脂質は筋肉の敵だが、完全に油を断つことも不適切だ。これほど新鮮なものであれば、少量の摂取が望ましい。
 「トマトのほうのソースは瓶詰になる予定です。村長が売る気満々ですよ!ソロウでもトマトソースは食べられると思います。」
 「料理自体は無理っすか?」
 「うーん、鶏も痛みますし、ソースの方は秘伝ですから、たぶんムリでしょうねぇ。」
 「ソロウでもこれ食べたいっす!」
 「あはは!こちらに食べに来てください。マッチョさんのお連れさんですから、歓迎しますよ。」
 「あざざざーす!」
 
 二人そろって試作品を完食した。ソース少な目でいいので、もっと食べたい。
 「村長さんは王都へ向かったようですが、なにを欲しがっていたんですか?」
 「えーとですね、今度は豚を増やしてみたいというお話でした。」
 豚肉!
 いいぞ。ヒレであればなおいい。 
 「でも、養豚まで手を入れるのであれば、ちょっと村の方でお金が足りないんですよねぇ。今回は金策にも走っているはずですよ。」
 「いくらくらい足りないんでしょうか?」
 「だいたい金貨100くらいでしょうか?」
 ざっくり一千万円ほどか。
 「私が出します。その代わりに脂身が少ないところを優先して私に食べさせてください。」
 「ええええ?いいんですか?そんな大金・・・」
 豚肉も食べたいが、村長の仕事っぷりもこの村の発展の速さも面白い。
 「昨日倒したやつの報奨金っすね。やっぱりスゴイ金額が出たんすねぇ。」
 私は持ち物袋に手を入れて、さっきもらった報奨金から金貨100枚を出した。村長は、いや村長さんはおそらく筋肉の味方だ。資金さえあればものすごい速さで結果を出してくれるだろう。そしてその結果は村人にも私にも、筋肉となって返ってくる。
 「うーん、私だけでは決められないので、少し上の人たちにも相談してみますね。」
 話を詰めて、契約書を作り(いらないと言ったのだが)、たっぷりのタンパク質を補給しながら宴会となった。これだけタンパク質を摂ったのだから、明日の朝には筋肉痛も消えているだろう。
しおりを挟む

処理中です...