異世界マッチョ

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39 マッチョさん、謝られる

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 固有種二体が倒れたあとは一方的だった。スクルトさんの小隊で怪我人も出たようだが、死人は出なかった。勝利を祝う歓呼の声が聞こえる。それに精霊の恩寵が出たという喜びの声もだ。
 ドワーフたちにも怪我人は出たが、死人は出なかったようだ。なんとか普通の魔物災害の規模に納めたというところか。
 「肉体が光って強くなることが、精霊の恩寵なのですか?」
 「ワシも詳しくは知らん。だが、肉体が光り、変化し、まるで身体強化魔法がかかったような状態になったという伝説はあるはずじゃの。」
 「光が黄色がかっていたからな。俺らが信仰する土の精霊の恩寵で間違いないだろう。あとはロキがきちんと回復してから話を聞くしかないな。伝説の通りであれば、ロキには精霊の声が聞こえたはずだ。」
 ロキと呼ばれたあの牛飼いのドワーフは、まだ意識が戻らないらしい。精霊の恩寵が宿った人間には力が与えられる反面、その反動もあるのか?身体強化魔法持ちの固有種を一撃で倒すほどの威力を、通常の武器で発揮したのだ。反動があってもおかしくない。
 「まぁロキの話は、アイツの意識が戻ってからだ。とりあえず祝杯だな。」
 「私はお茶でお願いします。」
 「なんだマッチョ、飲めないのか?」
 「そういう宗教なのです。」間違いではない。
 「はぁー。俺ら好みの肉体の使者なのに。肝心のところが抜けているな、人間王は。ドワーフの里に飲めない人間を送ってくるとはな・・・」
 「代わりにワシがマッチョ君の分まで飲むから、そう言わんでくれ。」
 「俺らの二人分は、人間の五人分はあるぞ。」
 「人間十人分でもいいわい。里長、飲み比べでもするかの?」
 「ドワーフと飲み比べしようってか?ははっ、面白い!やろう!」
 どっかでこういう雰囲気、見た気がするなぁ。

 魔物災害撃退のお祝いになった。大食堂はこういう時に便利だなぁ。
 魔物のせいで、ロキさんが育てた牛が怪我をしてしまっていたらしい。どうにも助かりそうもないので、彼には悪いが私たちで食べることになった。それにしても久々の牛肉は旨い。ヒレ肉をただオーブンで焼いて岩塩と胡椒で味付けしただけなのに。
 今回はあまり働いていないので、たいした疲労も無い。怪我も無かった。戦況にかなり焦ったけれども、里長とロキさんのおかげで最悪の事態は免れた。
 「今回はすまなかったの、里長。それにマッチョ君。」
 「?」
 「固有種のことじゃよ。ワシが小さい方を倒して、マッチョ君には大型のほうを抑えてもらったらよかったの・・・」
 「もう言うなドロス。アンタの判断は間違ってなかったよ。ロキに精霊の恩寵が与えられたみたいだし、結果オーライだ。」
 「そうですよ。抑えきれなかった私も実力不足を感じています。」
 「そう言ってくれると助かるの。」
 「ドロスとマッチョがいなければ、やられていたのは俺たちの方だ。判断ミスのうちにも入らねぇよ、あんなの。」
 そもそも我々がほとんど人為的に引き起こした魔物災害なのだ。ドワーフたちは巻き込まれただけだ。ドロスさんはもっとうまくやりたかったのだろう。
 
 「まぁ飲み直そう。固有種を倒した英雄に乾杯!」
 「かんぱーい!」
 ドワーフという種族は、本当に宴会がスキなようだ。誰かが呻いていると思ったら、ドワーフの酒の席の歌らしい。呻いているなどと言わなくて良かった。
 しかし彼らは、野菜を食べないのだろうか?肉だけ食べていても栄養が偏りそうな気もするが。
 既に里長とドロスさんの飲み比べはメインイベントとなって、周囲のドワーフたちが盛り上がっている。二人で火酒と呼ばれるドワーフの蒸留酒をどんどん空けてゆく。木の実で香りづけをしたお酒らしいので、おそらくジンかウオッカのようなお酒だろう。あの熱気に巻き込まれたら、ノリで私も酒を飲まされそうだ。
 少し離れたところで食事を摂って、ドワーフの女性に調理した野菜をもらったりした。ドワーフの男性は主に肉だけも生きられるが、女性の方は野菜も好むらしい。どういう身体構造をしているのか知らないが、人間とは栄養摂取の方法や必須栄養素が違うのだろう。

 スクルトさんたちの仕事が終わったようだ。城内に兵隊を入れるワケにはいかないので、スクルトさんだけが入って来た。
 「マッチョさん、今回もお疲れ様でした。」
 「スクルトさん、お疲れ様でした。かなり大変そうでしたね。」
 「いやぁ、ウチの部隊だけだったら危なかったですね。思っていた以上に馬が機能してくれなくて・・・剣聖とマッチョさんがいて助かりましたよ。」
 スクルトさん自身も相当に強い。私と模擬戦を行えば、4-6で私の方が負ける。きちんとした技量があると筋肉やパワーの差以上のものが如実に現れる。
 今回の魔物災害で痛感したが、私は戦闘には向いていないのではないだろうかと思う。道具をうまく用いるための肉体改造は行ったが、私は別に誰よりも強くなるために筋肉をつけているワケではない。バランスよく美しい肉体になるために筋肉を鍛えているのだ。この世界では勝手に魔物が逃げて、固有種と戦う機会ばかりになってしまうため、殺されないように肉体改造をしただけだ。
 フェイスさんのような戦闘狂でも無ければ、スクルトさんやドロスさんのように隊を指揮する能力も無い。それに、魔物を倒すための強い動機というものも私には無いのだ。私の肉を奪おうとする魔物がいたら固有種であろうが魔王であろうが倒してやりたいが。
 王やドロスさんが私をどういう風に使いたいのか知らないが、いつか暇をもらって筋トレに励む生活に戻る方がいいかもしれない。王やドロスさんの面子を潰すことなく、金銭や諸々の事情やらが許すのであれば、私は落ち着いた生活がしたい。

 「・・・あれ。もしかして、剣聖と里長で飲み比べになってます?」
 「ええ。ドワーフと飲み比べをやるというのが面白いって話で、里長がノリノリで始めました。」
 「・・・マズいですね。」
 「え?」
 「剣聖、ふだんはあんまり飲まないハズなんですよ。以前に王都の飲み屋にあった酒をぜんぶ飲んでお店に迷惑をかけてしまったことがあって。それ以来は禁酒していたハズなんです。なにかあったんですか?」
 「少し落ち込んでいましたね。固有種の割り当てが私とドロスさんで違っていたということで。」
 「はぁー•••そんなことで。我々は死者も出なかったんですから、十分に及第点でしょうに・・・」
 なにか怖いことが起きるんだろうか?
 「ドロスさん、飲むとどうなるんですか?」
 「相手にも自分が飲んだ分だけ無理矢理飲ませます。しかも本人は憶えていないんですよ。娘のルリさんと同じです。せっかくのドワーフとの外交が台無しになる前に、私が不意打ちで気絶させます。イヤな役目ですが・・・」
 剣聖に不意打ちなど効くのだろうか。我々の外交はいまスクルトさんの双肩にかかっているようだ。
スクルトさんがドワーフの手斧を隠し持った。
 「マ、マッチョさん、私が失敗したらマッチョさんが剣聖を止めてください・・・」
 私もやらなくてはいけないのか。まだ固有種の方がマシだ。怖い。
 手にも額にも汗がにじんできた。スクルトさんの額にも汗がにじみ出ている。
 なぜ私はいま、固有種よりも恐ろしい人間と戦わなくてはいけないのだろうか?
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