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68 マッチョさん、仕事を自覚する
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龍族の里に戻るとジェイさんが完全に回復していた。
回復薬のお礼から始まり、話があるというので、族長の小屋に私とフェイスさんとツイグさんが呼ばれた。
「族長には話したが、話というのは我の頭の中に入ってきた映像のことだ。」
ドワーフの里でも同じ事があったな。
「精霊の恩寵を賜った時、映像で精霊の力の使い方と戦い方を教えてくれた。過去らしいものも見えた。見えた先に居た人間がおそらく初代人間王なのだろう。初代人間王とともに我らの祖先は恐ろしいものに向き合ったのだな。」
うん?
「恐ろしいものと言いますと、魔王とか。」
「あれがおそらく魔王だったのだろう。我らの祖先の力がほとんど通じていなかったのだ。精霊の恩寵で肉体が光り、より強くなっていたにも関わらず、だ。あの祖先は我より強かったかもしれん。」
魔王のビジョンが示されたのか。
「ではどうやって魔王を封印したのでしょうか?封印ってことはたぶん弱らせないとできないですよね?」
「分からん。我らの祖先の力だけでは魔王は倒せず封印もできなかった、ということだろう。映像は途中で切れてしまっていたからな。」
「私はいま王家に伝わる文書から魔王についての記述を探す仕事をしているのですが、魔王の具体的な話は初めて聞きました。文書からもまだ魔王の話は出てきていません。」帰ったら大量の仕事があるな。数ヶ月は翻訳のために王宮に引きこもることになる。
「我が思うに、あれは戒めのひとつなのかもしれん。精霊の恩寵によって力を手に入れたことによって、どこか我は万能感のようなものを感じていたからな。もしや我らの祖先も自分の力を過信して一人で魔王に向かっていったのかもしれん。」それはまた豪気な話だ。
「人間族の伝説によれば、パーティで倒したってことになっているけれどな。初代人間王もそのうちの一人だと言われている。」
「ドワーフ族の勇者が言うには、各種族の方々がいたっていう話をしていましたよ。初代王に、龍族、ドワーフ族、エルフ族、それとえーと、ニャンコ族であってます?」
「・・・勇者とは龍族と人間族のみに出るものでは無かったのか。パーティ・・・仲間か・・・」
「パーティの中身については初耳だな。多種族間でパーティを作ったってことか。」
族長が話に割って入ってきた。
「なるほどのう。道理で種族間のいさかいが消えぬはずじゃ。」
「どういうことですか?」
「どの種族も魔王を封印したのは自分たちに与えられた勇者だと思っていたんじゃよ。初代人間王とどこかの種族が手を組んで、魔王を封印したと思われていた。我も龍族と人間族だけで魔王を封印したと思っていたからのう。」
「族長の言う通り、我だけが勇者であり、人間に顕れるであろう勇者と二人で魔王と戦うものだと思っていた。どうやら違うようだな。」
ジェイさんは少しほっとしているように見える。それほど強く恐ろしい相手と戦わなくてはいけないビジョンをジェイさんは見たのだろう。勝手に世界を双肩に抱え込んでしまったのなら、あの頑な態度にも納得がいく。
「おそらく長い年月を経て、自分たちの種族と人間族が戦ったという部分だけが、伝説として語り継がれてしまったのじゃろうなぁ。かといって、ジェイ。ニャンコ族と手を組んで戦うということは想像できるのか?」
「分かりませんな。そもそも我はニャンコ族というものに会ったことがありませぬ。」
「我らとは価値観を共有できぬ連中じゃよ。放埓にして怠惰。思った事をすぐに口に出さないと気が済まないらしい。我はニャンコ族と人間王の王都でケンカになったことがある。アレが生きていたらニャンコ族の長になっているはずだ。」族長が忌々しそうに吐き捨てた。
この世界最大の危機でも手を組みたくないというなら別だが、さすがに協力くらいできるだろう。
問題は魔王だ。
「魔王はどういう見た目だったんでしょうか?」
「映像が伝えるところによると、漆黒の衣に杖。広い肩幅に長い髪。それに二足歩行のようだったな。顔までは見えなかった。」
亜人や人に近い見た目だったのか。あまりにつかみどころが無いので、見たこともないような怪物とか霧とか液体とか、人間離れをしたものを想像していた。
「その、ドワーフの里に顕れた勇者殿とやらは、なにを見たのだろうか?」
「だいたいジェイさんと同じことを言っていました。精霊が過去と戦い方を教えてくれたと。見えた過去の状況が違うみたいですね。」
「・・・あれも精霊の声だったのだろうか。」
「・・・ごめんなさいって言ってましたか?」
「・・・やはり聞き間違いでは無かったのか。精霊がその信者たる我に謝るとは、どうにも考えづらくてな。」
神様にお詫びされても戸惑うだろう。
「精霊はなにに対して謝っていたのだ?我か、あるいは龍族にか?」
「分かりません。ドワーフ族も首をかしげていました。」
「精霊の考えることなぞ、我にもお主らにもドワーフにも分からぬだろうよ。精霊とはそういう存在なんじゃよ。我らはただ恩寵のみを賜り感謝することしかできぬ。」今はそういうものだと思うしかないのだろう。
旅をして、精霊についての話を聞き、魔王について話しているうちに私はある事に気づいた。
私は筋トレに比べたらそういった事に興味が薄いようだ。
未知の風景を見ることは楽しい。この世界の成り立ちや歴史について聞く話は興味深い。魔王がやってきたら筋トレの妨げになる。つまりはこの程度の興味関心であり、日々積み重ねる筋トレとは次元が違う話なのだ。
旅にしろ精霊の話にしろ魔王の情報収集にしろ、私にとってこれらはお世話になった人たちに頼まれたりお金になるからやるのだ。旅にも戦闘にも体力が必要なので、トレーニングをセーブしなくてはいけないのが辛かった。
つまるところ、私にとって魔王や魔物、それに精霊に関連することはすべてただの仕事だということになる。
魔王ごときが筋トレと同等などとは微塵も思っていない。魔王がこの世界最大の脅威であるにも関わらずだ。今後は仕事とトレーニングのバランスについて熟考しなくてはいけないだろう。
やはり筋トレは宗教なのだろうか?私にとってはそうなのかもしれない。
回復薬のお礼から始まり、話があるというので、族長の小屋に私とフェイスさんとツイグさんが呼ばれた。
「族長には話したが、話というのは我の頭の中に入ってきた映像のことだ。」
ドワーフの里でも同じ事があったな。
「精霊の恩寵を賜った時、映像で精霊の力の使い方と戦い方を教えてくれた。過去らしいものも見えた。見えた先に居た人間がおそらく初代人間王なのだろう。初代人間王とともに我らの祖先は恐ろしいものに向き合ったのだな。」
うん?
「恐ろしいものと言いますと、魔王とか。」
「あれがおそらく魔王だったのだろう。我らの祖先の力がほとんど通じていなかったのだ。精霊の恩寵で肉体が光り、より強くなっていたにも関わらず、だ。あの祖先は我より強かったかもしれん。」
魔王のビジョンが示されたのか。
「ではどうやって魔王を封印したのでしょうか?封印ってことはたぶん弱らせないとできないですよね?」
「分からん。我らの祖先の力だけでは魔王は倒せず封印もできなかった、ということだろう。映像は途中で切れてしまっていたからな。」
「私はいま王家に伝わる文書から魔王についての記述を探す仕事をしているのですが、魔王の具体的な話は初めて聞きました。文書からもまだ魔王の話は出てきていません。」帰ったら大量の仕事があるな。数ヶ月は翻訳のために王宮に引きこもることになる。
「我が思うに、あれは戒めのひとつなのかもしれん。精霊の恩寵によって力を手に入れたことによって、どこか我は万能感のようなものを感じていたからな。もしや我らの祖先も自分の力を過信して一人で魔王に向かっていったのかもしれん。」それはまた豪気な話だ。
「人間族の伝説によれば、パーティで倒したってことになっているけれどな。初代人間王もそのうちの一人だと言われている。」
「ドワーフ族の勇者が言うには、各種族の方々がいたっていう話をしていましたよ。初代王に、龍族、ドワーフ族、エルフ族、それとえーと、ニャンコ族であってます?」
「・・・勇者とは龍族と人間族のみに出るものでは無かったのか。パーティ・・・仲間か・・・」
「パーティの中身については初耳だな。多種族間でパーティを作ったってことか。」
族長が話に割って入ってきた。
「なるほどのう。道理で種族間のいさかいが消えぬはずじゃ。」
「どういうことですか?」
「どの種族も魔王を封印したのは自分たちに与えられた勇者だと思っていたんじゃよ。初代人間王とどこかの種族が手を組んで、魔王を封印したと思われていた。我も龍族と人間族だけで魔王を封印したと思っていたからのう。」
「族長の言う通り、我だけが勇者であり、人間に顕れるであろう勇者と二人で魔王と戦うものだと思っていた。どうやら違うようだな。」
ジェイさんは少しほっとしているように見える。それほど強く恐ろしい相手と戦わなくてはいけないビジョンをジェイさんは見たのだろう。勝手に世界を双肩に抱え込んでしまったのなら、あの頑な態度にも納得がいく。
「おそらく長い年月を経て、自分たちの種族と人間族が戦ったという部分だけが、伝説として語り継がれてしまったのじゃろうなぁ。かといって、ジェイ。ニャンコ族と手を組んで戦うということは想像できるのか?」
「分かりませんな。そもそも我はニャンコ族というものに会ったことがありませぬ。」
「我らとは価値観を共有できぬ連中じゃよ。放埓にして怠惰。思った事をすぐに口に出さないと気が済まないらしい。我はニャンコ族と人間王の王都でケンカになったことがある。アレが生きていたらニャンコ族の長になっているはずだ。」族長が忌々しそうに吐き捨てた。
この世界最大の危機でも手を組みたくないというなら別だが、さすがに協力くらいできるだろう。
問題は魔王だ。
「魔王はどういう見た目だったんでしょうか?」
「映像が伝えるところによると、漆黒の衣に杖。広い肩幅に長い髪。それに二足歩行のようだったな。顔までは見えなかった。」
亜人や人に近い見た目だったのか。あまりにつかみどころが無いので、見たこともないような怪物とか霧とか液体とか、人間離れをしたものを想像していた。
「その、ドワーフの里に顕れた勇者殿とやらは、なにを見たのだろうか?」
「だいたいジェイさんと同じことを言っていました。精霊が過去と戦い方を教えてくれたと。見えた過去の状況が違うみたいですね。」
「・・・あれも精霊の声だったのだろうか。」
「・・・ごめんなさいって言ってましたか?」
「・・・やはり聞き間違いでは無かったのか。精霊がその信者たる我に謝るとは、どうにも考えづらくてな。」
神様にお詫びされても戸惑うだろう。
「精霊はなにに対して謝っていたのだ?我か、あるいは龍族にか?」
「分かりません。ドワーフ族も首をかしげていました。」
「精霊の考えることなぞ、我にもお主らにもドワーフにも分からぬだろうよ。精霊とはそういう存在なんじゃよ。我らはただ恩寵のみを賜り感謝することしかできぬ。」今はそういうものだと思うしかないのだろう。
旅をして、精霊についての話を聞き、魔王について話しているうちに私はある事に気づいた。
私は筋トレに比べたらそういった事に興味が薄いようだ。
未知の風景を見ることは楽しい。この世界の成り立ちや歴史について聞く話は興味深い。魔王がやってきたら筋トレの妨げになる。つまりはこの程度の興味関心であり、日々積み重ねる筋トレとは次元が違う話なのだ。
旅にしろ精霊の話にしろ魔王の情報収集にしろ、私にとってこれらはお世話になった人たちに頼まれたりお金になるからやるのだ。旅にも戦闘にも体力が必要なので、トレーニングをセーブしなくてはいけないのが辛かった。
つまるところ、私にとって魔王や魔物、それに精霊に関連することはすべてただの仕事だということになる。
魔王ごときが筋トレと同等などとは微塵も思っていない。魔王がこの世界最大の脅威であるにも関わらずだ。今後は仕事とトレーニングのバランスについて熟考しなくてはいけないだろう。
やはり筋トレは宗教なのだろうか?私にとってはそうなのかもしれない。
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